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第十九話

 久しぶりに任務以外で下山した。人が忙しなく歩いている様子は新鮮で、暗澹とした心をいくらか和らげてくれた。

 俺らが訓練をしている間にも人々はコレティスの存在を知らずに職場やら学校やらで各々のやるべきことをこなしている。それが、とても平和なことに思えて、頬が緩んだ。

 そんな良い気分の途中でスマホが振動する。見ると、四人それぞれが食べたいものをメッセージで送ってきた。

 俺がそれで再度、現実を突きつけられると一気に気持ちが萎んだ。

「高平?」

 その聞き覚えのある声に俺はスマホから目を離した。そこには俺がまだ高校生をやっていた時のクラスメイトであった。仲良くもなかったが、話さないわけでもないという絶妙な関係性の人で、街中であったら挨拶を交わすくらいの仲だ。

「高平、学校やめてこんなところで何してるんだよ。それになんだその服?転校でもしたのか?」

「いや、まあちょっとな。相沢こそ、こんなところで何してるんだよ。今日学校だろ?」

「今日は体育あるからな。思わず仮病で休んじまったんだ」

 少し恥ずかしそうにそう語る相沢に懐かしさを覚えた。過去の出来事が鮮明に蘇ってきて、俺が捨てたものが途端に大層大事なもののように感じて、寂寥感が押し寄せてきた。それを悟られないように、俺は笑顔を貼り付けた。

「わりぃけど、ちょっと急がないといけないからまたな。次の体育はちゃんといけよ!」

 俺はそんな負の感情を置いてくるかのように、全速力でその場を去った。

 コンビニに向かっている最中、途中で早退したのか楽しそうに笑い合いながら自転車を漕いでいる制服姿の生徒がいた。

 コンビニで注文されていた品々と、皆端さんのお見舞い用としてカットされているスイカを買った。久我山が頼んだ冷やし中華は売り切れていたため、代わりに素麺を買った。

 今度は山を登るため、暑さも相まってどんどん体力を削られていった。

 ようやく帰還して、テーブルと椅子は使えるという食堂でそれぞれに昼食を配った。冷やし中華がじゃないことに文句を言わせると思ったが、久我山は何も言わずに素麺を頬張った。麺類であればなんでも良かったのかもしれない。

 昼食を食べ終わって、皆端さんのお見舞いのために医務室へ赴く。藤井も誘ったが、普通に断られた。

「皆端さん、お邪魔するっすよ」

 皆端さんは体から魂が抜けたかのように心ここに在らずの様子で天井を眺めていた。

「まさかお見舞いに来るとは思わなかった。藤井もいるのか?」

「いや、面倒だからって言ってこなかったっす」

「あいつ……。まあ、あいつはそういうやつじゃないか」

 哀しそうに乾いた笑いをこぼす皆端さんに俺は、じめったさを感じて顔を顰めた。

「スイカ買ってきたんすけど、食べれるっすか?」

「いや、無理だ」

「それはこんな状態だからっすか?それとも普通に苦手?」

「後者だ。……だけど、せっかく買ってきてもらったから一口だけ食べる」

 俺は頬を緩めて、スイカの容器の蓋を開ける。甘い匂いが鼻腔をくすぐった。

 ここに来た時から皆端さんは全く動いていなかったため、それすらも辛いのかと思って、付属の小さなフォークでスイカを刺して、皆端さんの口元へ運んだ。

 皆端さんは少し躊躇った様子であったが、小さくひと齧りした。

「どうすか?美味しい?」

「不味いな。人間の食べ物とは思えない」

「怒られるっすよ、農家の人に」

 俺は許可を取ってから、齧りかけのスイカを食べる。旬なだけあって甘味が強くて、美味しい。美味しいのにこれを共有できなくて残念だ。

 俺がスイカを食べている間、皆端さんは一言も言葉を発しなかった。もともと口数が多くない人であるイメージで尚且つ、スイカによって少なくなっていた元気がさらになくなってしまったのかもしれない。

 俺も昼ごはんである程度満腹になっていたため、3個食べただけで十分になって容器の蓋を閉めた。

 沈黙が漂っている真っ最中であるが、俺はそれを苦痛と感じる性格ではないため気にしなかった。ただ、静寂がこの空間を支配している現状は今の俺にとっては最悪であった。

 俺は無意識にコンビニに向かっていた時のことを思い出してしまった。

「何かあったのか?」

「え?」

 唐突な問いに俺は素っ頓狂な声を上げて、さらにはそんな顔をしていたと思う。そんな俺を見て、皆端さんはフッっと軽く笑った。

「顔に出過ぎだ。僕には心配してくださいって言っているように見えた」

「……はは、そうすっか?」

「ああ、十人中十人がそう感じるぐらいにな。それで、何があったんだ?高平の悩みを解決できる保証はないが、とにかく話してみろ。聞くだけなら僕にもできる」

 数秒逡巡した後に、俺はボツリボツリと話し始めた。心のどこかでは話を誰かに聞いてもらうことを望んでいたのかもしれない。

「さっきコンビニに行った時に、元クラスメイトと、楽しそうに会話している高校生を見たんすけど、ただでさえ人間じゃない俺が、普通は高校生をやっているはずの年齢でCAUにいるっていうので、俺は社会の歯車から弾き出されたって思ったというか、自覚してしまったというか……」

 小さかった声が、さらに小さくなっていることにすら自分で気づかなかった。心臓がキュッと締め付けられて、呼吸も浅くなり、俯いてしまった。

 そんな俺を相変わらず目以外をピクリとも動かさずに、皆端さんは芯のある声で言った。

「確かに僕らCAUは他人から見れば社会から外れた異質な存在だ。一般人からしたら、目視どころか認識すらできないやつと戦ってるんだからな。だが、それがどうした?」 

 力強く言い放ったその言葉に俺は顔を上げた。

「何も社会から外れた人たちが一切、社会の役に立っていないわけではない。それどころか僕らは何人もの命を救っている英雄だ。この世界に生きている人々がコレティスも半人間も知らないで、笑い合ってなんでもない日常を享受する。それが僕らの使命であり願いなんだから、高平が見たその光景は僕らがしっかりとその責務を果たしているという何よりの証明だ。だから、胸を張って、それを誇れ」

 それまで体を少しも動かさなかった皆端さんが、柔和な笑顔を浮かべながら、握られた右拳で俺の胸を軽く叩いた。

 俺は胸の中にあったしこりのようなものが綺麗さっぱりなくなり、体が軽くなったのを感じた。

「いって!」

 顔を歪める皆端さんは、ほんの数秒前にかっこいいことを言っていた人と同一人物なのかと思ってしまうほど面白く、不謹慎だと理解しながらも笑ってしまった。

「カッコつかないっすね」

「うるせ。高平は先輩のかっこいいとこだけ覚えておけ」

「うっす!」

 穏やかな時間が流れていることを象徴するように、皆端さんも声を漏らして笑った。

「それにしても、高平はそこら辺の人間よりもよっぽど人間クセェよ」

 その言葉は、俺を喜ばせるのに最も適したものだった。

「あざす!」

 医務室には相応しくない大きな声が、反響して何重にもなって俺の耳に届く。

 そんな折に、扉が開かれる音がした。そちらに目を向けると、そこには平野さんがいた。

「蒼真くん、休憩中に悪いけどコレティスと半人間が発見されたから現場に行くよ」

 俺は一瞬で緩んでいた気を引き締めて、頷いた。

「皆端さん、ありがとうございました。お大事に」

「ああ、絶対に死ぬなよ」

 俺が椅子から立ち上がると、平野さんが声を上げた。

「蒼真くん、スイカも持ってきて。私の好物なの」

 俺は緊張感のないその発言に、出鼻がくじかれたように感じながらも、スイカを持って医務室を出た。


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