第十六話
久我山視点。ちょっと長いです
「弓使いなんて初めて見た!飛び道具系は近距離武器に比べて、扱いにくくて戦闘にも不向きなのに」
「俺は弓道をずっとやってたんで。それに常に指を使うわけではなくて、選択肢として持っているだけです。というか、そういう更科さんも銃じゃないですか」
「私も前まで近接武器を使ってたんだけどさ、やっぱりコレティスと近いとどうしてもやられる未来を想像しちゃだて、いろいろと判断が鈍っちゃうから変えたの。それにほら、銃ってロマンの塊みたいなところあるじゃん?」
初討伐の場所へと向かう車内で、俺は更科さんとそんな会話をしていた。
更科さんが言ったように、銃や弓などの武器は、基本的に刀や剣に比べて弱点が多い。
一つに近接になると圧倒的に不利になるということだ。相手の攻撃を防いだり、いなしたり手段がなく、全てこちらの回避能力に委ねられてしまう。
さらに、弓や銃弾の数が限られているため消耗戦に適していない。多く持っていったところで、近づかれたらその分、機敏に動くことが難しくなり、自分の首を絞めてしまう。
そんな欠点を抱えているが、俺は絶対に弓を手放すことはない。弓だけが俺と由良を繋いでいたものなのだから……
「そういえば、久我山くんの同期に半人間がいるんだってね。確か、高平くんだっけ。どう?安全?」
「今のところは。まだ完全に俺らサイドと断言はできませんが、知性もしっかりとあり、善悪の判断もできるので大丈夫でしょう。コレティスと戦いもしましたし、そのときは人間と共闘もしたので、限りなく安全とはいえそうです」
「そっか。それなら安心、安心!でも、まあ爆弾を抱えていることは常に意識しておかないとね。導火線に火がついているかどうかは、私たちには知る由もないんだから」
導火線に火か。確かにそうだ。アイツが俺らを裏切ろうと企んだとしても俺らはそれに気づく術はない。アイツが人でも殺さない限りは、俺らは抱えている爆弾を手放すことはできない。
「ソイツが話していたんですが、平野さんが花の技を使っていたみたいなんですけど、何か知りませんか?」
アイツが昨日話した時から、密かにずっと気になっていた。紫に限りなく近かった緑が何もできずに、首を刎ねられたというその強力な技はどのようなものなのか知りたかった。
「あー、血技のことかな、多分。一応シラを熟知すればどんな剣使いでもできるよ。でもその威力とか恩恵は、その人の実力に準拠するから、血技を使えても負けて死んじゃう人はいっぱいいるよ」
「更科さんはできるんですか?」
「私も一応できるよ。だけど、平野さんほど強くもないし、なにより銃弾一つ一つにあらかじめ私の血をつけておかないといけないから、ちょっと面倒なんだー。そう考えると、近接武器は一回だけでいいから楽だし、それを使いこなしている平野さんと古谷さんは化け物だね」
「そうなんですか。ありがとうございます」
やはり相当、高みにいかなければそれを実用的に活用するのは叶わないらしい。アイツができるようになるのは一体何年後だ。その頃にはもう、俺は死んでいるかもしれないな。
「到着しました。健闘を祈ります」
車から降りて、俺の初陣となる戦場を見渡す。滑り台とブランコしかなく、それに加えて曇っていることによりどんよりとした雰囲気が漂ったこの公園に現れるとは、なかなかセンスが悪い。
「昨日みたいなこともあるから、絶対に気を抜かないで。私も、警戒しておくから」
車内にいたときの緩い雰囲気はどこへやら、一気に戦う人の顔つきと雰囲気になった。
「はい、お願いします」
俺はゆっくりと寂れた公園に足を踏み入れる。一見すると、コレティスは見当たらない。
「どこですかね。滑り台の後ろに隠れているのでしょうか?」
「いや、来た」
コレティスは滑り台を滑って登場した。こちらには気づいていないようで、再び滑り台を楽しむために、テッペンへと続く階段へ向かっていく。
「なにあれ、ちょっと可愛い!」
「どこがですか。五足歩行ですよ」
俺は静かに弓の弦を引いた。標準を定めて、矢を放った。しかし、コレティスが急に走り出したため、矢は無情にもその横を通り過ぎて、その先にあった木にも刺さらずに当たっただけで、落ちていった。
コレティスは俺らの存在にようやく気づいた様子であったが、無視して再び滑り台で遊び始めた。
「俺らが見えていると気づいても襲ってこないなんて。こんなに敵意がない奴もいるんですか」
「なかなか珍しいけどね。こういうの見るとちょっと殺すのは気が引けちゃう」
「そうですか」
俺は再度、弦を引いて逡巡することもなく、矢を放った。今度はしっかりと命中して、黒煙となって空へと消えていった。
「うわーお、無慈悲だね」
「でないと、この仕事でやっていけませんよ」
「そうだね。特に半人間は見た目的には人間と遜色ないくらいに似ているから、その心意気は忘れないようにね。油断が死に直結するから」
俺はコレティスの命を奪った矢と、外して遠くに落ちた矢を拾う。いくらCAUに在庫があるからといっても、できるだけ無駄にはしたくない。経年劣化で大方が使えなくなる日も来るかもしれないため、できるだけストックは多いに越したことはないだろう。
「ほら、久我山くん。油断してる」
更科さんは俺に指を差して、俺の気の緩みを指摘した。
「矢を拾いに行くのはいいよ。だけど、その前に本当にそこが安全か確認した?まだ残党がいるかもしれない。何かしらのトラップがあるかもしれない。その可能性をしっかり排除してから気を抜かないと、これから先、生きてはいけないよ」
俺はもっともなことを言われて、思わず黙り込んでしまった。昨日、アイツから緑が現れたことを聞いたではないか。今から同じことが起きない保証などどこにもない。
「すみません。気をつけ────」
「ちょっといいですかね?」
聞いたことのない声であった。声のした方向を向くと、一人の男性がいた。そこは滑り台のせいで、更科さんには死角となって見えていない。俺は弓を回収する時にこの男性に気が付かなかった。いくら慢心していたとしても、人がいることに気がつかないほどではない。この男性はどれだけ気配を殺すのが上手いのだ。
突然に視界に入った人に対して驚いている俺と、人が俺ら以外いるはずのないこの場所で第三者の声が見えないところからして動揺している更科さんを尻目に、男性は弓を持っている俺を怖がるそぶりもなく、滑り台の元を離れて近づいてきた。それによってようやく更科さんにもその存在が認められた。
「少しあなた方にお願いがあるのですが……」
「止まれ!」
更科さんが銃を構えて、命令する。男性はそれに素直に応じて足を止めた。
「お前、なぜここにいる。一般人の立ち入りは警察によって制限されているはずだ」
数段低くなった声を発したため、まるで別人のようだった。
「先程も申しましたが、あなた方にお願いがあって、ここで待機していたのです」
「お前は人間か?それとも半人間か?」
「ここまで会話が成立しておいて半人間はあり得ませんよ。私はれっきとした人間です」
「悪いが、あまり簡単にそれを鵜呑みにすることはできない。こちらは最近、お前のような半人間を知ったんだ」
「なら、血でも見せましょうか。あなたたちと同じ赤い血ですよ」
懐から取り出したナイフで自分の指を浅く切った。そこから流れる血は、宣言通りに赤色であった。
「私が人間であるという証明も済んだことですし、そろそろお願いを聞いていただきたいのですが……」
更科さんは人間とわかっても、銃をおろすことはしなかった。それどころか銃を持つ手を片手から両手にして、しっかりと標準を男性に定めている。
俺も弓を構えて、警戒する。相手は半人間という言葉に疑問を呈すこともなければ、その半人間の血が赤でないことも知っている。CAUの関係者のようにも思えない。
「一応聞こう。ただ、おかしなことを言った瞬間に容赦なく引き金を引く」
「それで構いません。では、お聞きいただきましょう」
俺は浅くなる呼吸に対応すべく、その回数を増やす。額には冷や汗が流れている。
「私の願いはたった一つです。今からお伝えする日時と場所であなた方の上司である平野翼とお話しさせていただきたい旨をご本人にお伝えして欲しいのです」
「………お前、こちらのことをどれだけ知っている?」
「今は私があなた方に許可をいただけるかどうかの時間です。まずは私の願いが聞き入れていただけるかの答えを教えていただきたい」
「残念ながら平野さんは忙しい身だ。お前のような何処の馬の骨かもわからないやつに割く時間はない」
「左様ですか。ですが、念の為に。ここから東の方向に直進すると、土手があります。そこに今日の夜十時に来ていただきたいのです。これを伝えるかどうかはあなた方に一任しますが、どちらにせよ私はそこで少しの間、お待ちしています。ではよろしくお願いします」
男は拳銃と弓を向けられているのにも関わらず、怯むことなく公園を出て行き、じきにその姿が見えなくなった。
「はあーー、なんなのあの人。ちょー怖い」
男の放っていた威圧感と、醸し出された余裕で精神がゴリゴリ削られていたためであろう、更科さんはぐったりとした様子で銃を下ろした。
「更科さん、どうしますか?平野さんに伝えますか?」
「まあ、伝えて損は……ないとは思うよ。行くかどうかは平野さん本人の判断ってことで。平野さんなら殺されることもないだろうし、私も責任は取りたくないや。それは置いといて、ひとまず車に戻ろうか」
俺らは公園を出た。かいた汗が冷えて、肌寒く感じた。
「そう、土手に十時か。わかった、報告ありがとう、更科ちゃん。今日はゆっくり休んで」
「行く気ですか、平野さん?」
「うん、ちょっと興味があるの」
私は平野さんが少しだけ苦手だ。何を考えているかわからないが、私たち部下のことへは気遣いを絶やさない、理想の上司であるはずなのに、そこに不思議と不気味さを受け取ってしまう。雰囲気的にはあの公園にいた男と近しいものを感じる。美人は怖いという言葉はこの人をよく表せていると思う。
「もし私が十二時までに帰らなかったら殺されたって報告して。穏やかに話ができることが望ましいけど、話を聞く限りだとそうなるかは五分五分って感じかな」
「わかりました。では、失礼します!」
少しおちゃらけて、敬礼をした後に扉を閉めて、息を吐く。
私に報告のことを指示したっていうことは、遠回しにこのことは口外するなと命じているようなものだ。そういう役割は伊良波さんとかの役目なのに、それを私にお願いしたのが何よりの証拠だ。
「やっぱり、苦手だ」
私は忠告されたように、この話が広まらないようにするため、久我山くんに電話をかけた。




