第十五話
「どうだった、初討伐は」
リビングの扉を開けて、開口一番に久我山は訊いてきた。緑が現れていたことを知っているなら意地の悪い質問であるし、知らないでいるのだとしても、俺に訊くのは間違っている。俺は当初の予定ではただ傍観しているだけだったのだから。
「なんか、凄かったよ、色々」
「なんだよ、色々って。まあ、いい。ちょうど飯できたから食いながら聞かせろ」
俺は初めて、この部屋で久我山と一緒に机を囲んで飯を食べた。久我山のお願いの通り、俺は今日あったことを話した。
「緑が出たのか。他の人たちは無事だったか?」
「ああ、藤井も監督役だった皆端さんも特にこれからの活動に支障をきたすレベルの怪我はない。俺からしたら数十メートルも吹っ飛ばされたのに、その後に普通に俺と共闘した藤井の方がバケモンに思えた」
「あいつは俺たちの中で一番シラの操作が上手いからな。蹴られる瞬間に、その場所にシラを集中させてダメージを軽減できたんだろう」
「え、シラってそんなこともできるのか!?俺そんなの教えてもらってねー!」
「うるさい。唾飛ぶだろ」
どうやら俺が思っているよりもシラはずっと有能であるらしい。
「そうだ、平野さんがなんか必殺技みたいなの使ってたんだけど、何か知ってるか?」
月桂樹、そう言っていた。あれは美しさと共に恐ろしさを与える強烈なものであった。干からびて、全身が皺だらけになり、首を切られる。コレティスに同情してしまうほどの、残酷さであった。
「それは知らない。勘違いしているようだが、お前よりはこの界隈のことに詳しいが、俺は最低限の知識しか有していない。俺だってCAUに来てからまだ半年と少ししか経っていなから、なんでも答えられるとおもっちもらっちゃ困る。ただ、紫に近い緑を、いくら消耗しているとはいえ、なんの抵抗もさせずに殺せたんだ。簡単に習得できるものではないことは確かだ」
「そうだな。みんな、その技に魅入られていた。俺もできるようになりたいなー」
「お前はまずシラ操作を完璧にしろ。他の奴らはみんな実戦レベルでできるようになったんだから」
そうだ。俺は遅れをとっているんだ。それを自覚して早くみんなに追い付かなければならない。それが俺を拾ってくれた平野さん、ひいてはCAUに対する恩返しに他ならない。そして、それが俺という人間の紛い物が味方であるという証明への近道になる。
「久我山。俺は明日、半人間であることを告白する」
急なことで、取り乱すかと思ったが、久我山は予見していたかのように冷静であった。
「そうか。しくじるなよ」
その淡白な反応が今の俺には嬉しかった。
明くる日の午前、俺はまだ久我山との一対一の訓練のため、花道とグッドウィンに伝えることはできなかった。そして、昼食の時間となったと同時に久我山が白討伐のために、昼飯を食べることなく、知らない女の人と共に現場に向かって行った。
食堂で、ようやく久我山以外の全員が揃った。あの冷めた目で見られたことが脳裏に過ぎって少しだけで気後れした。そのため、食事が終わるまで俺は言葉を発せずにいた。だが、この一歩を踏み出さなくてはいけない。そう自分を奮い立たせて、片付けを始めた面々を引き留めた。
「少し聞いてほしいことがあるんだ。時間いいか?」
お互いにどうするか、顔を合わせて確認しあった花道とグッドウィン。小さく頷いた後に、元いた席についた。
「まずは、ごめん。俺は何も知らなかった。知らなすぎたし、知ろうともしなかった。だから、ごめん」
突然の謝罪に面食らったような様子の二人。俺は構わずに話を続ける。
「信用できないのは当然だ。だから、少しでも信頼してもらうために俺の本当のことを包み隠さずに伝える。俺は……」
異様に喉が渇くのを感じる。俺はそんな中で掠れないように声を張った。
「人間じゃない。半人間だ」
「待て!早まるな!」
藤井のその大声で、机の上に片膝を乗っけて半身を乗り出していたグッドウィンが俺の顔の寸前で拳を止めた。俺は殴られる覚悟があったため避けることも、動揺することもなかった。
「取り敢えず最後まで聞け、グッドウィン」
藤井の制止で、再びグッドウィンは腰を下ろした。
「この話をしたのは平野さんに言われたからっていうのもあるけど、やっぱり俺自身がこのままじゃダメだって思ったっていうが一番だ。昨日、俺と藤井は死ぬところだった。そして、俺は二人との関係がこのままで死ぬのは嫌だって、そう感じた。今すぐに俺のことを信頼しなくてもいい。というができないと思う。でも、俺は二人が俺を認めてくれるまで人間側として貢献できるように努力する。だから、ひとまずはそれを見ていてほしい。その後に、俺が味方かどうか判断してほしい」
俺は立ち上がって頭を下げた。そうすること数秒、花道の声が聞こえた。
「頭を上げて、高平くん」
俺は言われた通りに、頭を上げて、二人を見据える。
「私は相手に信頼してもらうためには、まず自分が相手を信頼しなくてはいけないと考えているの。高平くんはどう思う?」
「俺もそう思うよ」
「そう。なら、なんでそんなに、君の瞳は不安そうに揺れているの?」
「え……」
俺は無意識に目を手で覆ってしまった。
俺は不安を感じていたのか。
この二人に信じてもらえないと、心のどこがで思っていたのだろうか。
俺は手を退けることができなかった。
「嘘、嘘!冗談だって!ちょっと揶揄っただけ。それは少しはびっくりしたけど、藤井の話を聞く限りだと、どうやらコレティス相手に奮闘してたらしいじゃん?確かに高平くんの言う通り、すぐには背中を任せることはできないよ。でも、銃を向ける気もないから安心して。グッドウィンもそうでしょ?」
「そうですね。ボクも満場一致です」
「……ありがとう、二人とも」
俺は二人の温かさに胸を打たれて、涙が頬を伝った。
「さっ!久我山は討伐に行っちゃったし、午後からはあたしたちと訓練するよ!あたしとグッドウィンはまだ高平くんがどこまでできるか知らないから、存分にそれを教えてね!」
「うっす!」
俺は残っていた昼食をかき込んで、片付けに取り掛かった。




