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第十三話

血濡れた口からそう絞り出すと同時に、背中から大声が刺さった。

「オレも混ぜろ!!」

 声の主が誰なのかは目視せずともわかった。 

 藤井は味方の俺でも気圧されるくらいの鋭い殺意を放ちながら、ゆっくりとこちらに向かってきた。

「戦えるのか?」

「貴様よりはな」

「じゃあ、頼りにしてるぞ!」

 二人横並びになり、コレティスを迎え撃つ。藤井が隣にいる、そのことがさっきまで一人で戦っていたときに感じていた拭えない不安を消し去った。

「奴の潰された目が回復していないということは、このままダメージを与え続ければ倒せる。ただひたすらに攻撃することだけに集中しろ」

「おっけー。死ぬなよ、藤井」

 俺はひたすらに目玉だらけの体に拳を振るう。一発殴るたびに咆哮が鳴り響く。返り血で視界の一部が青くなっている。

 藤井は常にコレティスの背中をとって、視覚からの攻撃を試みている。藤井の方も青く染め上げられている。

 目のほとんどは潰されて、残るは顔にあるものだけとなった。 

 間髪なく最後の目を潰すために、顔面へ。 

 殺れる……!!

 そう思った瞬間に、俺の腕に痺れが走った。俺の拳はコレティスには当たらなかった。その代わりに、藤井の拳と重なった。

 コレティスは上へ飛んで俺らから距離をとっていた。

「いってーー!!」

 俺が右手を左手で覆ってうずくまっている一方で、藤井は険しい顔でコレティスを見据える。

「コイツから目を離すな。気を抜いた瞬間に死ぬぞ」

 俺は切り替えて、同じように注視した。一挙手一投足を見逃さぬように。

 コレティスは対面してから初めて、目を瞑った。一時的にコレティスにある目は全てなくなった。

「嫌な予感がするな………」

 俺も藤井と同意見であった。これだけで終わらないと、直感する。

 次にコレティスが目を開けたとき、一つの目に目玉が三つあった。両目に三つずつ、所狭しと並んでいる。

 本能的な嫌悪感で背筋が凍った。それは藤井も同じだったようで、小さく声を漏らしていた。

 コレティスは四つの手を上に上げた。

 くる!!

 右の二つの手のひらと左の二つの手のひらをそれぞれ合わせた。それはまるでハイタッチをするかのようであった。

 パンッと乾いた音が鼓膜を振動させた。そして、俺と藤井の体にベッタリとついていた青い血が宿主の元へ戻るかの如く、コレティスの方へ俺らの体を引っ張っていく。その力は体力を消耗している俺らには抵抗できなかった。

 首を掴まれて、地面に押し付けられた。抜け出そうにもそれは叶わない。それでももがき続けていたら、その締め付けがすっかりなくなった。俺の喉を抑えていた腕が、地面に転がる。

「皆端さん!」

「まだ戦えるか、藤井!高平!」

「「うっす!」」

 自分を再度奮い立たせるために、腹の底から返事をした。誰も戦意を喪失している人はいない。

「いや、その必要はないよ」

 気合いを入れ直したところで、高くて透き通った声が耳朶を打った。その言葉を理解するよりも前に、視界が青く染まった。

「ごめんね、遅くなった。あとは私に任せて」

 平野さんが、俺と初めて会ったときに持っていた剣を片手に、風に髪を靡かせながら立っていた。それはさながら、ピンチの時に駆けつけるヒーローのようにかっこよく、それでいて綺麗だった。

 コレティスは三本の腕を失っていた。皆端さんが俺と藤井を助ける際に切った二本と、たった今平野さんが切った一本。

 平野さんは人差し指を噛んだ。そして、そこから滴る血を自らの剣に垂らした。

 剣の先端をコレティスへ向けた。

「月桂樹」

 そう呟くと、コレティスの、平野さんが切り落としたために、そこから下を失った肩に黄色い蕾が無数に現れた。そして、次の瞬間にはその蕾は赤へと変色し、徐々にその範囲を拡大させた。

 そうして、体全体に広がることわずか数秒。体一面を赤の蕾に覆われたと同時に、勢いよく花が咲き、花弁が宙に散った。

 ひらひらと舞う花びら全てが地面に落ち、床一面が赤色へと変貌した。

 コレティスは干からびていた。体中の全てを抜きとられたようであった。

 平野さんはゆっくりとコレティスとの距離を詰めて、その首を剣で一振りして、落とした。

 俺も藤井も、皆端さんでさえ言葉を失っていた。見た目の華やかさとは程遠い、残酷な殺し方だけがそのせいではなかった。俺らと平野さんの圧倒的な力の差。それに唖然とするしかなかったのだ。

「三人とも、大丈夫……ではないよね。伊良波さんにここまで来てもらうからもう少し………」

 言い切る前に、平野さんは俺らから目を逸らして明後日の方向を見た。

「平野さん?どうしたんですか?」

「……まだ、いる」

「え?」

「まだ誰かいる。けど、コレティスではない。半人間か、人間か」

 その声量は独り言のようであった。だけど、冷たく、鋭利でもあった。

「みんなはここで伊良波さんを待って。私は残党を始末してくる」 

 そう言い終わるや否や、平野さんは俺らの目の前から姿を消した。


「ストップ。そこから一歩でも動いた瞬間に、あなたの両足を切断します」

 平野の脅しに男は素直に従った。それは余裕の表れか、平野の凄まじいオーラにそうせざるを得なかったのかは、男のみが知っている。

「あなたはイェーレス派の人だよね?なぜこんなところにいるの?」

 男は答えなかった。それどころか、息をしているのか不明なほどに、静かである。

「うーん、黙っちゃうか。でも、沈黙は肯定と同義。そうでなかったとしても、答えないのが悪いってことで、恨みっこなしね」 

 心臓を一刺し。それは男の命を奪うのには十分だった。赤い血溜まりが広がる。

「どこから漏れたんだろう。もしかして、内部に裏切り者でもいるのかな」

 その言葉に反応する者はおらず、虚空に漂って、消えていった。


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