第十二話
「まずい、強そうな奴が来た。多分、あれは緑だ」
「な……!今回は白じゃなかったんすか!?」
「コレティスはたまに他の個体に引きつけられることがある。今までも何回かあったが、このタイミングで来るとはな……!お前らは下がって、伊良波さんに連絡しろ!こいつは俺が倒す!」
俺は素直にその指示に従って、スマホで伊良波さんに連絡をする。それを見た藤井は、一歩俺の前に出た。
「オレも戦う。ここで倒せれば俺はCAUの正式戦力としてカウントされるんだろ?」
「ダメだ!新入りは無傷で帰ることがいちばんのミッションだ!怪我をしたり、ましてや死んだりでもしたら、僕の目覚めが悪くなる!」
「そんなに必死な形相をしてるアンタは、一人で緑を倒せるのかよ?」
「こないだ倒したばかりだ!だから下がってろ!足手纏いほど役に立たない奴はいない!」
「うるせえ、オレは大丈夫だ。それにオレはアンタと違って、恐怖はない」
二人の永遠に終わらない押し問答に、伊良波さんに連絡を終えた俺は口を挟めずにいた。俺は死ぬことは許されない。静観するのが最も良い判断だ。しかし、本当にそれで良いのか?俺は、多少の怪我であったらすぐに回復する。だったら俺も戦うべきなのではないか?
答えが出ないうちに、コレティスは口を開けて歯を剥き出しにした。それが不気味で、俺は冷や汗をかく。
その次に口を大きく開けた。顔の三分の二が口となった。そこから何本も舌が伸びて、こちらを攻撃してきた。それは藤井と皆端さんを狙ったもので俺には届いていない。
二人は示し合わせたようにそれぞれ左右に飛んでそれをかわした。皆端さんは近くに伸びていた舌を数本、斧で切り裂いた。
それに痛みを覚えたのか、すぐに舌を引っ込めた。地面はコレティスの攻撃によって、数箇所抉れていた。
コレティスに視線を戻すと、いつの間にか藤井はそいつに近づいていた。その動きに迷いはなかった。
右手で先ほどと同様に胴体を殴った。その場所にあった目ん玉が潰れて、青色の血飛沫が舞った。
コレティスが大声で唸った。それに気を良くしたのか藤井はニヤリと笑った。その目は獲物を刈り取る狩人のようであった。
強い。
そう思ったときだった。
藤井が蹴られて、ファミレスの方へ吹き飛んで行った。ガラスが割れた音が響き渡り、看板が落ちて地面にぶつかり、その形を崩した。時間が止まった、そんな錯覚に陥った。
「藤井!!」
藤井が消えて行った方へ駆け寄ると、頭から血を流してくたばっていた。店内には箸やフォークが散乱しており、椅子がいくつか折れた状態で転がっている。
「藤井!大丈夫か!」
目を瞑って、反応を示さない藤井に何ともそう呼びかける。
「……うるっせ……大丈夫だっての……」
薄く目を開けて、返事をした藤井に安堵する。しかし、それも束の間、今度は皆端さんが声を上げた。
慌てて外を覗くと、斧はその手から離れた場所にあり、皆端さんは赤い血を流しながら、膝をついていた。
もう、迷っている暇はない。悩んでいる余裕はない。俺がやらなくては全員死ぬ。俺がやらなければ、こいつが街に解き放たれてしまう。
震えはなかった。その代わりにこれまで感じたことのなかった怒りが漲っている。
俺は余程のことがなければ死なない。肉弾戦にはもってこいだ。
俺は足にシラを溜めて、走り出した。どうやって倒すかの算段はついていない。それでも、躊躇うことはない。
「オラっ!!!」
俺の拳でまたもや目が潰れた。服の一部が青色に染まる。俺は構わずにもう一度パンチしようとしたところで、視界の端に足が映った。俺は瞬時にそれを避けて、後退する。だが、鼻にかすっていたようで、少しよろめく。赤紫の鼻血が出たのを手で荒々しく拭う。
反応はできている。神経が研ぎ澄まされている。
倒せる。いや、倒すっ!!
再び近づこうとしたとき、またもコレティスが笑った。口は縦に長くなり、歯は横向きに生えている。
本能が警鐘を鳴らしていた。コイツは戦ってはいけないと、警告している。俺はすくむ足を手のひらで力一杯叩いて、強く睨む。
ここで逃げ出したら、終わる。わずかながらに残っている俺の中の人間の部分が完全に消滅する。
俺は戦う。そう心に決め、瞬きをして、目を開けた瞬間に、奴が、目の前に、いた。
「……は……?」
俺は腹を殴られて、うまく受け身も取れずに転がった。内臓が損傷を受けたようで口から血が大量に流れた。服は摩擦で所々に穴が空いている。そこから生々しく流がれている血が、肌を伝う。
死が目の前に迫ってきている。首元に死神の鎌が近づいている。
心臓の音がやけに大きく聞こえた。変わらずに頭の中に警報音がこだましている。
うるせえ、うるせえ、うるせえ、うるせえ!!
「ぜってぇーに殺す!」




