第十話
まだ慣れないこの土地で少々迷いながらも何とか寮に到着した。ここが今は自分の家なのだということにまだ実感はない。
ドアを開けると最初に飛んできたのは、おかえりではなく怒号だった。
「お前、どこ行ってたんだよ」
祖父母のおかえりがないことに、祖父母にただいまが言えないことに寂しさと、スマホを取りに行く選択をした自分の愚かさが押し寄せてきた。
「富良野さんのところ。色々調べてもらった、俺の体のこと」
久我山は納得した表情を浮かべた。
「もしかして、久我山、昼飯の後に俺のこと待ってたのか?」
「………うっせーな」
目を逸らして小さな声で吐き捨てた久我山に俺は頬を緩めた。冷たいように見えて、面倒見はいいらしい。
「なんだよー、優しいとこあんじゃん!うりうりー」
肘で軽く突くと、その何倍もの威力のパンチを人類の弱点に喰らった。
「……お前‥‥みぞおちはダメだろ……」
「どうせすぐ治るんだからいいだろ」
「それは傷だけだから!それに痛みもちゃんとあるんだよ!」
「そうか、色々わかったみたいで何よりだ」
俺が悶えていると、「飯あるから温めて食え」と久我山は言って、中断していた腹筋を再開した。
キッチンには青椒肉絲がラップをかけて置いてあった。それをレンジで温めて、炊飯器の中から白米をよそう。
青椒肉絲と白米と味噌汁を机の上に持ってきて、手を合わせた瞬間に着信があった。画面には平野さんの名前が映し出されている。
「もしもし、どうしたんすか、平野さん?」
『ごめんね、急に電話して。蒼真くんは、亮くんたちが次の白討伐の際に同行することは知ってる?』
「ああ、聞いてるっす。俺は待機すか?」
『そう、そのことなんだけど、蒼真くんには和泉くんの班に混ざって欲しいの』
「和泉くん?誰だ?」
『藤井和泉くん。あのムキムキの子ね。食堂にいなかった?』
「あー、あの人っすか。なんか因縁つけられちゃってまだちゃんと話してないんすよね。まあ、ぶっちゃけると久我山以外の人とはそこまで仲良くなれてないっす」
『じゃあ、これを機に少し仲良くなってね。この仕事は最初のうちは連携をしていかないと厳しいから。それと、蒼真くんは戦わないでね。和泉くんと違ってまだ未知数だから。戦い方を参考にするだけね。絶対に危険なことはしないこと。いい?』
「うす。了解っす」
『よし、じゃあ、これからも頑張ってね。おやすみなさい』
「おやすみっす」
スマホを置いて、食事に手をつけ始めたところで今日のトレーニングが終わったらしく、久我山は汗をタオルで拭っている。
「藤井と何かあったのか?」
「次の討伐に参加しろって。藤井の班にな。まだあいつのことわからないからちょっと怖いな」
「俺らからしたらお前の方が不気味なんだよ。何も知らないのに平野さんが連れてきて、俺に至ってはお前が人間じゃないことも知ってるんだぞ。あんなふうになるのが普通だ。逆にグッドウィンと花道が優しすぎるんだ。警戒心がないと言ってもいいな」
さすが、初対面で俺の胸ぐらを掴んだ男は説得力が違う。それを加味すると一番警戒心が強いのは久我山だろう。
久我山は言うだけ言って、バスタオルを持ってリビングを出て行った。俺はようやく夜ごはんを味わえた。
ご飯を食べ終えて、久我山を見習って俺も腹筋をし始めたところで風呂から上がった久我山が現れた。
「おい、待て!お前は筋トレするな」
精力的に取り組み始めたことにいきなりの制止をかけられて俺は困惑した。
「何でだ?筋肉はあるに越したことないだろ?」
「お前は武器を持てないってことは素手で殴るしか攻撃手段がない。つまり、誰よりも近接戦になる。近接戦は相手の懐にどれだけ素早く潜れ込めるかが重要になってくるから、余計な筋肉をつけて動きが鈍くなるのは避けた方がいい」
「おー、なるへそ」
「お前は走って筋肉をつけろ。だから変にトレーニングするな」
「おっけーい」
跳ね起きをして俺も風呂に入ろうと、バスタオルを手に取ると、鋭い声が飛んできた。
「飯食った後の皿はちゃんと水につけておけ!脂が固まって洗いづらくなるんだよ」
だんだん久我山が同期なのか、母親なのかわからなくなってきた。まあ、俺は本物の母親を知らないから、イメージでしかないが。




