表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様のバグ報告書  作者: NN


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/9

第9話 レイの秘密

 レイと出会ってから一週間。


 ユウキは、ある事実に気づき始めていた。


「レイの周りだけ......バグが起きない」


 授業中、黒板の文字が一瞬消えるバグが発生した。

 でも、レイのノートには、完璧に文字が残っている。


 廊下で蛍光灯が点滅するバグ。

 でも、レイの真上の蛍光灯だけは、正常に点いている。


「これは......偶然じゃない」


 ユウキは、端末でレイをスキャンしようとした。

 しかし、躊躇した。


(これって......プライバシーの侵害じゃないか?)


 でも、真実を知りたい。


 葛藤の末、ユウキは別の方法を選んだ。


 観察だ。



 放課後。


 ユウキは、レイを尾行することにした。


「これって......完全にストーカーだよな」


 罪悪感が、喉の奥で鉄の味を残した。


 自己嫌悪に陥りながらも、足は動く。


 それでも、目を離せなかった。

 彼女の真実を——見逃したくなかった。


 レイは、いつものように一人で帰路についた。


 ユウキは、距離を保ちながら後をつけた。


 鼓動が、やけに大きく聞こえる。


 商店街を抜け、住宅街に入る。

 そして、人通りの少ない公園に入った。


「公園......?」


 レイは、ベンチに座った。


 そして、周りを見回す。


 誰もいないことを確認すると、動きを止めた。


「え......?」


風が彼女の髪を揺らす——はずだった。


でも、空気すら彼女を避けるように止まっていた。


 完全に、静止した。呼吸も、瞬きも、髪が風に揺れることすら止まった。まるで、時間が止まったかのように。


 いや、違う。時間は動いている。木の葉は揺れている。鳥も飛んでいる。レイだけが、止まっている。


 ユウキの背筋に、冷たいものが走った。


 目の前にいるのは 彼女なのか、それともただの人形なのか。


 ユウキは、息を呑んだ。


(これが......NPCの省電力モード......?)


 端末に、情報が表示された。


『神楽坂レイ

ステータス: スリープモード

理由: 観測者不在

処理: 一時停止中』


 5分が経過した。レイは、再び動き出した。まるで何事もなかったかのように、立ち上がり、歩き始めた。


 ただ一つ違っていた。彼女のまばたきのリズムが、ほんのわずかに遅かった。まるで、再起動したプログラムのように——


 ユウキは、複雑な気持ちだった。



 翌日。


 ユウキは、レイと話すことを決めた。


 昼休み、屋上。


「神楽坂さん、ちょっといい?」

「はい」


 レイは、いつもの優しい笑顔で答えた。


「聞きたいことがあるんだ」

「何でしょう?」


 ユウキは、深呼吸した。


「君は......自分がNPCだって、知ってた?」


 レイの笑顔が、一瞬凍りついた。沈黙。


 遠くから、チャイムの音が聞こえた。でも、その音すら遠く感じる。風が、二人の間を吹き抜けた。レイの髪が、静かに揺れた。


「......いつから、気づいていたんですか」


 レイの声は、静かだった。


「最初から。ミカエラがスキャンして、分かった」


 レイは、空を見上げた。


「そうですか......やっぱり、隠せないですよね」

「隠す必要なんてない」


 ユウキは、レイの隣に座った。


「でも、君自身は知ってたのか?」


 レイは、小さく頷いた。


「小学生の頃から......なんとなく」

「なんとなく?」


「私は、他の人と違うって。感じていました」


 レイは、静かに語り始めた。


「クラスメイトが、放課後に遊んでいるとき。誰も見ていないとき。私は......意識が途切れるんです」

「省電力モード......」

「はい。プログラム的には『観測者がいない場合、処理を停止する』という効率化機能らしいです」


 ユウキは、胸が痛くなった。


「それに気づいたとき、どう思った?」


 レイは、寂しそうに笑った。


「怖いの。私は本当に“ここ”にいるのかって」

「……でも、痛いと思うんだろ?」

「え?」

「痛い、嬉しい、寂しい。全部感じてる。それが“いる”ってことじゃないか?」


 レイは、自分の手を見つめた。


「この手は、本物なのか。この心は、プログラムなのか。ずっと、分からなくて」



 ユウキは、レイの肩に手を置いた。


「レイ」

「はい」

「俺は、君がバグだとは思わない」


 レイは、驚いた顔でユウキを見た。


「確かに、システム上はNPCかもしれない。削除予定のデータかもしれない」


 ユウキは続けた。


「でも、君には意志がある。考える力がある。感じる心がある」

「それは......プログラムかもしれません」

「違う」


 ユウキは、強く言った。


「プログラムは、悩まない。プログラムは、怖がらない。プログラムは、寂しいなんて思わない」


 レイの目が、潤み始めた。


 ユウキの声に、力がこもる。


「君が感じているその感情は、本物だ。誰にも否定できない、君だけの心だ」


「でも......」


 レイの声が震えた。


「俺は、君がいてくれて嬉しい。君と話せて、楽しい。君の笑顔を見ると、元気が出る」


 ユウキは、真っ直ぐにレイを見た。


 彼女の瞳に、自分の姿が映っている。


「それは、NPCだからじゃない。レイという一人の人間だからだ」


 レイの涙が、一筋流れた。


 その涙は、確かに温かかった。


「......ありがとうございます」


 レイは、涙を拭った。


「ユウキさん。実は、もっと話したいことがあるんです」

「何?」


 レイは、深呼吸した。


「私の元の名前は......『背景キャラクターA』でした」

「背景キャラクター......」

「セリフもない、ただ歩いているだけの存在。それが、私の最初の設定でした」


 レイは、空を見上げた。


「でも、あるときバグが起きて。私は、自我を持ってしまったんです」

「それが......」

「はい。私は、バグの産物です」


 レイは、自嘲気味に笑った。


「プログラムのミスで生まれた、エラー。それが私」


「でも、今は違う」


 ユウキが言った。


「今の君は、『神楽坂レイ』だ。背景キャラクターAじゃない」

「......はい」


「バグのおかげで、君は生まれた。でも、それを育てたのは君自身だ」


 ユウキは、レイの手を取った。


 温かい。この手は、確かにここにある。


「俺は、君に出会えて本当に良かった」


 レイは、また泣き始めた。


 でも、今度は悲しみの涙ではなかった。顔を上げたレイの瞳には、光が宿っていた。嬉しさの涙だ。



 その時、ミカエラが屋上に現れた。


「あ、二人とも……」


 言いかけて、ミカエラは足を止めた。レイの涙に気づいたのだ。


「……レイさん? 何かあったんですか」

「いえ……」


 レイは涙を拭って、笑った。


「嬉しくて。ユウキさんが、私のこと認めてくれたから」


 ミカエラも、優しく微笑んだ。


「当然です。レイさんは、私たちの大切な仲間ですから」

「ミカエラさん......」


 三人は、並んで空を見上げた。


 青い空。白い雲。


「レイさん、一つ聞いていいですか?」


 ミカエラの声が、少しだけ震えていた。


「はい」

「あなたは……人として生きたいですか?」


 レイは、少し考えた。風が吹いた。髪が揺れる。空が、どこまでも青かった。


「はい。生きたいです」

「たとえ、削除される危険があっても?」

「……はい」


 レイは、真っ直ぐにミカエラを見た。


「たとえ明日消えてしまっても、今日を精一杯生きたい。それが、私の答えです」


 ユウキは、拳を握った。胸の奥が熱くなった。


「……大丈夫」


 ユウキは、強く言った。


「俺が守る。絶対に、レイを消させない」


 レイは、驚いた顔をした後、満面の笑みを浮かべた。


「ありがとうございます。でも、どうやって?」


「……分からない」


 ユウキは正直に答えた。


「でも、方法はあるはずだ。絶対に、ある」


 ミカエラも頷いた。


「上層部を説得しましょう。レイさんが存在する価値を、きちんと証明すれば」

「価値……」


 レイの声が、小さくなった。


「バグである私に、そんなもの……」

「ある!」


 ユウキは即座に答えた。


「レイがいなければ、解決できなかったバグがどれだけあったか」

「それは……ただ、運が良かっただけで」

「違う」


 ユウキは首を振った。


「レイの視点。レイの能力。レイの優しさ。全部、俺たちに必要なものだ」


 ミカエラも続けた。


「NPCだからこその長所があります。バグの影響を受けない、正確な観測ができる、システムを客観的に見られる」


 レイは、二人を交互に見た。ユウキの目。ミカエラの目。どちらも、嘘をついていない。本気で、そう思っている。


「私……そんなに、役に立っていますか?」

「当たり前だろ」


 ユウキは笑った。


「レイは、俺たちのエースなんだから」


 レイの目に、また涙が浮かんだ。今度は、止まらなかった。


「……ありがとうございます。二人とも……」



 その日の放課後。


 三人は、「レイ防衛作戦」の会議を開いた。


 ミカエラがホワイトボードに書き出す。


『レイを守るための戦略』


「まず、レイさんの貢献を記録します」

「記録?」

「はい。これまでのバグ修正で、レイさんが果たした役割を全て文書化します」


 ユウキは、端末を操作した。


「給食センターのバグは、レイのデータがなければ直せなかった」

「保健室のループバグも、レイさんの観察力が鍵でした」

「プールの時間逆流も、レイのアイデアで解決した」


 次々と、実績が書き出されていく。


「すごい......私、こんなに?」


 レイは驚いていた。


「これだけじゃない」


 ユウキは続けた。


「クラスメイトからの証言も集めよう」

「証言?」

「レイが、人としてどれだけ素晴らしいか。みんなに聞けばいい」


 ミカエラも賛成した。


「それはいいアイデアですね。人間性の証明になります」


 レイは、恥ずかしそうに言った。


「でも......そんなこと、みんなに聞くなんて......」

「大丈夫。きっと、みんな喜んで答えてくれるよ」



 作戦会議の後、ユウキは一人で考えた。


 教室の窓際。赤く染まる街。


 (本当に、レイを守れるのか……)


 上層部——通称〈オルタ=デウス〉。


 この世界を監視し、コードを書き換える存在たち。彼らは、システムの安定を何よりも優先する。


 バグは削除する。それが、絶対のルール。


 逆らえば、俺も削除対象になるかもしれない。


 でも——


 (諦めるわけには、いかない)


 夕焼けが、街を染めている。赤く、優しく、全てを包み込むように。


 この美しい世界。


 レイも、この世界の一部なんだ。彼女の笑顔。彼女の涙。彼女の温もり。


 それは確かに、ここに存在している。


 消していい存在なんて、ない。


夕陽の中、ユウキは小さく呟いた。

「どうか、この笑顔が——明日も、ここにありますように。」



 その夜。


 ユウキの部屋に、ミカエラが訪れた。


「相談があります」

「……何?」


 ミカエラは、真剣な顔をしていた。


「レイさんを守ることは、簡単じゃありません」

「……分かってる」

「上層部は、前例を重視します。NPCが自我を持つなんて、前代未聞だから」


 ユウキは頷いた。


 それでも、引き下がれない。


「でも……だからこそ価値があるんじゃないか?」

「その通りです」


 ミカエラは、ふっと笑った。


「前例がないということは、新しい道を作れるということ。私たちが、初めての例になればいい」

「新しい道……」

「はい。バグと共存する道を、私たちが示すんです」


 ユウキは、ミカエラの手を取った。


「ありがとう、ミカエラ。一緒に戦ってくれて」

「当然です」


 ミカエラは、温かく笑った。


「私も、レイさんの友達ですから」


 二人は、決意を新たにした。窓の外では、星が瞬き始めていた。


 レイを守る戦い。それは、世界の在り方を変える戦いでもあった。そして「バグ」と呼ばれる存在の、意味を問い直す戦いでもあった。


 夜空の星々が、まるでレイの存在を見守るように瞬いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ