第8話 体育館の重力異常
体育の時間。バスケットボール。
ユウキたちは、体育館でアップをしていた。
「よし、じゃあ試合形式でやるぞ!」
体育教師が笛を吹いた。
田中がボールを持って、ドリブル。
「よっしゃ、見てろよ!」
田中がシュートを打とうとジャンプした瞬間、異変が起きた。田中の体が天井近くまで飛び上がった。
「うわあああああ!?」
ふわりと浮いたまま、そのままダンクシュート。ゴールのリングを掴んだまま、まるでスローモーションみたいにゆっくりと降りてくる。
「え……? 俺、飛びすぎた?」
体育館中が、静まり返った。誰も、声を出せない。
「今の……何?」
「田中、いつの間にそんなジャンプ力……」
体育教師も、呆然としていた。口がぽかんと開いている。
ユウキは、すぐに気づいた。
(これ、重力バグだ……!)
端末を確認する。
『バグ検出
場所: 体育館
レベル: 1.5
種類: 重力異常
重力: 通常の1/6 (月面レベル)
危険度: 中』
「重力が1/6......月面と同じだ」
ミカエラが小声で言った。
「修正しますか?」
「いや、待って」
ユウキは、周りを見た。生徒たちは楽しそうだった。
「俺も飛んでみよう!」
「すげー! めっちゃ跳べる!」
「ダンクできた!」
跳ぶたびに、足の裏が空気を蹴る感覚。
地面が遠ざかり、世界がふわりと静かになる。
落ちてくる時間が、やけに長い。
笑い声が、体育館の天井で反響していた。
みんなが高く跳び、ダンクシュートを決めている。
誰もが笑顔で、子どものようにはしゃいでいた。
「これ......修正すべきか?」
ミカエラは考えた。
「危険度は中。怪我のリスクは......低いですね。着地がゆっくりなので」
「じゃあ、少しこのままでもいいか?」
レイも笑顔で見ていた。
「みんな、楽しそうですね」
「ああ......」
体育教師も、状況を受け入れた。
「よし! 今日は特別に、宇宙バスケだ!」
「やったー!」
生徒たちは大喜び。
ユウキも、田中と一緒にプレーした。
「うおー! 飛べる飛べる!」
「すげえな、これ!」
普段は絶対できないダンクシュート。空中での華麗なプレー。
まるで、プロのバスケ選手になったみたいだ。
「ユウキ、パス!」
田中がパスを出す。
ユウキはジャンプして——天井近くでキャッチ。
そのままダンク!
「決まった!」
みんなが拍手した。ユウキも、つい楽しんでしまっていた。笑顔になっていた。でも、心のどこかで。
(これでいいのか……?)
授業が終わり、ユウキたちは更衣室に向かった。
「楽しかったな! また宇宙バスケやりたい!」
田中が興奮していた。
「ああ......」
ユウキは、複雑な気持ちだった。
更衣室を出ると、ミカエラとレイが待っていた。
「ユウキさん」
「ああ......重力バグ、このままでいいのかな」
ミカエラは真面目な顔で言った。
「楽しいバグでも、バグはバグです。放置すべきではありません」
「でも、誰も困ってない......」
「今は、ね」
レイが言った。
「でも、このバグが広がったら?」
ユウキは、ハッとした。
「体育館だけじゃなく、学校全体に広がる可能性があります」
ミカエラが端末を見せた。
『バグ拡大予測:
現在: 体育館のみ
6時間後: 校舎全体
24時間後: 街全体
重力異常が拡大すると:
- 交通事故の増加
- 建物の構造的ダメージ
- 人体への悪影響』
「そんなことに......」
ユウキは決意した。
「分かった。修正しよう」
三人は、体育館に戻った。
幸い、もう授業は終わっていて、誰もいない。
「重力バグの修正......どうすればいいんだ?」
ミカエラが説明する。
「重力は、物理エンジンで制御されています。その設定を正常化すればいいです」
ユウキは、端末で物理エンジンにアクセスした。
『物理エンジン設定:
重力加速度: 1.63 m/s² (異常)
正常値: 9.8 m/s²』
「1.63......これ、本当に月面の重力だ」
ユウキは、値を修正しようとした。しかし——
『ERROR: 設定変更権限がありません
必要権限: レベル3以上』
「レベル3......? 俺、まだレベル1だぞ」
ミカエラが申し訳なさそうに言った。
「すみません、私もレベル2です。この修正は、できません......」
「じゃあ、どうすれば?」
レイが言った。
「諦めるんですか?」
ユウキとミカエラは、レイを見た。
「でも、権限がないし......」
「権限がないなら、作ればいいんじゃないですか?」
ユウキは、ハッとした。
「そうか......システムをハックすれば......」
「ハック!?」
ミカエラが驚いた。
「それは、禁止されています!」
「でも、緊急時だろ? 俺たちで解決したい」
ユウキは決意した。
「やってみる」
ユウキは、物理エンジンのセキュリティを調べた。
その時——ミカエラの端末に通信が入った。
「は、はい! ミカエラです」
画面に、厳格な顔の天使が映った。
「ミカエラ、そこにいるのか」
「ガブリエル様!」
ガブリエル——上級天使。
「重力バグの報告を受けた。我々が修正に向かう。到着まで10分だ」
「じゅ、10分......」
「君たちには、まだ荷が重い。待機していなさい」
通信が切れた。
「10分......! 急がないと!」
ユウキは焦った。上級デバッガーが来る前に、自分たちの手で——
『セキュリティレベル: 3
突破方法: ???』
「どうやって突破するんだ......」
プログラミングの知識を総動員する。そして、一つの方法を思いついた。
「こういうときこそ、バグの裏を突くんだよ......!」
「え?」
ユウキの目が、輝いた。
「プログラムってのは、完璧じゃない。どんなシステムにも、必ず抜け道がある」
「ユウキさん......」
「このシステム自体にバグがあるはずだ。そのバグを見つけて、利用すれば......」
ユウキは、システムの脆弱性をスキャンした。
『脆弱性検索......
見つかりました: 権限チェックのバイパス
場所: 設定変更プロセス』
「あった!」
ユウキは、その脆弱性を突く。
```
// 権限チェックをバイパス
bypassAuthority() {
// 一時的にレベル3権限を取得
tempAuthority = 3;
changeSettings();
tempAuthority = 1; // 元に戻す
}
```
「これで......!」
『権限取得......成功
一時的にレベル3権限を付与
制限時間: 60秒』
「60秒!? 急がないと!」
ユウキは、すぐに重力設定を修正した。
『重力加速度:9.8 m/s² に変更
適用しますか? [YES] / [NO]』
「YES!」
『適用中……』
画面のバーが、ゆっくりと伸びていく。
『残り45秒……』
指先が震えた。
コードの一文字でも間違えれば、失敗だ。
汗がキーボードに落ち、静かな“滴音”が響く。
『残り20秒……』
心臓の鼓動が、画面のカウントと同じリズムで鳴っていた。
『残り10秒……5秒……』
「頼む……間に合え……!」
——ピッ。
『適用完了!』
その瞬間、重かった空気がふっと軽くなる。
ボールが自然な速度で床に落ち、軽い音を立てた。
同時に、体育館のドアが開いた。
光が差し込み、白い翼の影が立っていた。
「む……?」
ガブリエルが、そこにいた。
「誰が修正を……」
「俺です。」
ガブリエルはしばらく沈黙し、そして小さく笑った。
「……やるではないか。」
「え?」
「確かにルール違反だ。しかし、結果は完璧。そして、スピーディーだ」
ガブリエルは、ユウキの肩を叩いた。
「今回は、特別に見逃そう。だが、次からはルールを守りなさい」
「はい!」
「それと——」
ガブリエルは、端末を操作した。
『高橋ユウキ
特別権限付与: 一時的レベル2相当の権限
理由: 独創的問題解決能力、高速対応
備考: 正式な昇格には試験合格が必要』
「これは......」
「一時的な権限だ。君には才能がある。だが、正式なレベル2になるには試験に合格しなければならない」
ガブリエルは、厳しい目で続けた。
「この権限は、君がレベル2相当の実力を持つと私が認めた証だ。だが、システム上の正式な昇格は別だ」
「......分かりました」
「期待しているぞ、高橋ユウキ」
ガブリエルは、去っていった。
ユウキ、ミカエラ、レイは、三人で顔を見合わせた。
「特別権限......でも、これは大きな一歩だ」
「おめでとうございます!」
「まだ仮ですけど、ユウキさんの実力が認められたんですね!」
ユウキは、端末を見た。
確かに、特別権限が表示されている。
「これで、もっと難しいバグにも挑戦できる。正式なレベル2試験に向けて、頑張らないと」
「はい!」
三人は、体育館を後にした。夕日が、長い影を作っていた。
校庭を歩いていると、風がまだ少し軽かった。
まるで今日の重力が、ユウキの心にも少しだけ残っているようだった。
「今日は、いい日だったな」
「ええ」
「はい」
三人は、笑顔で帰路についた。空が、ゆっくりと茜色に染まっていく。




