第7話 テスト用紙の叛乱
中間テスト初日。
ユウキは、数学のテスト用紙を受け取った。
「それでは、始めてください」
先生の合図で、一斉にペンを走らせる。
ユウキは、第一問を読んだ。
『問1: 次の方程式を解け
2x + 5 = 15』
簡単だ。余裕じゃん。
答えを書こうとした瞬間、問題文の数字が動いた。
「え......?」
『2x + 5 = 15』の“5”が、ゆっくりと“8”に歪んでいった。
インクが生きているみたいに、紙の上でうねる。
「おかしい......」
ユウキは目をこすった。今度は『3x - 2 = 16』になっている。
「問題が書き換わってる!?」
周りを見ると、他の生徒たちも混乱していた。
「先生! 問題文が変です!」
「数字が動いてます!」
「何これ!」
先生がユウキの用紙を見た。
「何を言って......あれ?」
先生の目の前でも、数字が変わった。
「これは......印刷ミス? いや、リアルタイムで変わってる!?」
教室中が、パニックになった。
ユウキは、端末を確認した。
『バグ検出
場所: テスト用紙
レベル: 2.0
種類: テキストデータ改変
危険度: 中
影響範囲: 全学年のテスト用紙』
「またか......!」
テストは、緊急中止になった。
ユウキ、ミカエラ、レイは、保健室に集まった。
「テスト用紙のバグ......厄介ですね」
「どうやって直せばいいんだ?」
ミカエラは、テスト用紙をスキャンした。
『テキストデータ: 固定されていない
ランダムに書き換わる
周期: 約30秒
原因: テキスト表示システムのバグ
影響: 印刷物全般に波及の可能性』
「印刷物全般......つまり、教科書とかも?」
「その可能性があります」
レイが言った。
「私の教科書は、大丈夫ですけど」
「やっぱり、NPCには影響しないのか」
その時、田中が駆け込んできた。
「大変だ、ユウキ! 掲示板のお知らせも、文字がめちゃくちゃになってる!」
「マジか!」
四人は、掲示板に向かった。
掲示板には、こう書いてあるはずだった。
『中間テスト 日程変更のお知らせ』
でも、今は——
『ジャガイモ 料理方法の お知らせ』になっていた。
「ジャガイモ......?」
30秒後、また変わった。
『火星移住 希望者募集の お知らせ』
「めちゃくちゃだ......」
田中は笑っていたが、ユウキたちは深刻だった。
「このままじゃ、学校の機能が麻痺する」
「早く直さないと」
ユウキたちは、テキストバグの発生源を探した。
端末でスキャンしながら、校内を回る。
「発生源は......どこだ」
図書室の前を通りかかった時——端末が激しく反応した。
『バグ発生源検出
場所: 図書室
信号強度: MAX』
「図書室だ!」
三人は、図書室に入った。
中では、司書の先生が困惑していた。
「本の題名が......全部変わってしまって」
本棚を見ると——
『吾輩は猫である』の“猫”の文字が、墨を垂らしたように滲み、
やがて“タコ”に形を変えた。
本棚の中で、世界が静かに別の意味に書き換わっていく。
『走れメロス』が『歩けメロス』に。
『人間失格』が『人間合格』に。
「これは......酷い」
ミカエラがスキャンする。
『バグ発生源: 図書管理システム
テキストデータベースが暴走
全ての文字情報を無秩序に書き換え中』
「図書管理システムか」
ユウキは、司書室のコンピューターに向かった。
画面には、エラーメッセージが表示されていた。
『ERROR: テキストエンコーディング異常
文字コード: 破損
辞書データ: ランダム化』
「文字コード破損......これは厄介だ」
ミカエラが、画面をじっと見つめる。そして、小声で言った。
「......このバグ、自然発生とは思えません」
「え?」
「破損パターンが、あまりにも綺麗すぎます。まるで、誰かが意図的に文字を混乱させようとしているような......」
ミカエラの表情が、一瞬曇った。
「でも、それは......考えすぎですね。今は、修復を優先しましょう」
ユウキは、その言葉が気になった。誰かが意図的に?でも、誰が?何のために?疑問が頭を巡るが、今は目の前のバグに集中するしかない。
ミカエラが説明を続ける。
「文字コードは、文字をコンピューターが理解するための基礎です。これが壊れると......」
「全ての文字が、意味不明になる」
ユウキは、修復を試みた。しかし——
『修復失敗
理由: 辞書データが複雑に破損
手動修復が必要』
「手動修復......? どうやって?」
レイが言った。
「正しい辞書データが必要なんですよね?」
「ああ」
「だったら......」
レイは、本棚の本を一冊取った。
「私には、正しい文字が見えます。これを、一つずつ教えればいいんじゃないですか?」
ユウキとミカエラは、顔を見合わせた。
「時間がかかるぞ......」
「でも、他に方法がないなら」
ミカエラが提案した。
「分担しましょう。レイさんが正しい文字を読み上げて、ユウキさんがシステムに入力。私が、動作確認をします」
「よし、やろう!」
三人の作業が始まった。
レイ:「『あ』は、正しく『あ』です」
ユウキ:「入力......OK」
ミカエラ:「確認......正常です」
レイ:「『い』も、正しく『い』です」
ユウキ:「入力......OK」
ミカエラ:「確認......正常です」
一文字ずつ、丁寧に修復していく。
50文字、100文字、200文字......
一時間後。
「ひらがな、完了!」
「次は、カタカナです」
さらに一時間。
「カタカナ、完了!」
「次は、漢字......」
漢字は、数千文字ある。
「これは......終わるのか?」
田中が、差し入れを持ってきた。
「頑張れよ! パンと牛乳持ってきたぞ」
「ありがとう、田中」
休憩を挟んで、再開。レイの声が、少し疲れてきた。でも——
「『愛』は......正しく『愛』です」
レイの声が震えていた。彼女の声に、何か祈りのような響きがあった。一文字一文字に、魂を込めているような。
「大丈夫? 休憩する?」
「いえ、続けます。......この文字たち、守らなきゃ」
レイは、頑張った。一文字ずつ。正しい形を、正しい意味を、守るように。ユウキも、ミカエラも。
三時間後——
「......最後の文字! 『龠』です!」
「入力......完了!」
「確認......全文字、正常化しました!」
『辞書データ 修復完了
文字コード: 正常
システム再起動中......』
図書室の本の題名が元に戻った。
『吾輩は猫である』
『走れメロス』
『人間失格』
「やった......!」
三人は、疲れ果てて床に座り込んだ。
「疲れた......」
「でも、成功しましたね」
「レイさんのおかげだ」
レイは照れくさそうに笑った。
「みんなで頑張りました」
その後、学校中の印刷物が正常化した。
テスト用紙も、掲示板も、教科書も。全部、元通り。
校長先生から、感謝の放送が流れた。
「本日のシステムトラブルは、復旧しました。明日から、テストを再開します」
教室中から、ブーイングが起きた。
「えー! 延期じゃないのー!」
ユウキたちは、苦笑いした。
「みんなには、内緒だけど......」
「私たちのせいで、テストが受けられる」
「複雑だな......」
放課後。
ユウキは、報告書を書いた。
```
【バグ報告書 #000007】
■ 基本情報
日時: 2024/XX/XX 08:50〜15:30
場所: 図書室 → 全校
担当者: 高橋ユウキ、ミカエラ、神楽坂レイ
■ バグ概要
文字コード破損により、全印刷物の文字が改変
■ 影響範囲
- テスト用紙: 全学年
- 図書室: 蔵書約5,000冊
- 掲示板: 全校
■ 対処方法
手動で辞書データを一文字ずつ修復
作業時間: 4時間
■ 特記事項
神楽坂レイの正確な文字認識能力により、修復が可能に。
NPCの長所を活かした解決方法。
■ コメント(ユウキ)
"正しい文字"を守るために、僕たちは4時間も戦った。
一文字ずつ、丁寧に。デジタルの世界にも、努力は通じる。
レイの「この世界を、正しい言葉で満たしたいんです」という言葉が、ずっと心に残っている。
■ 評価: A
```
『報告書承認
コメント: 「地道な作業を完遂。チームワークが良い」』
ユウキは、満足げに端末を閉じた。
窓の外では、夕日が沈んでいく。
「また一つ、解決したな」
明日は、テスト。でも、今日は頑張った。
ユウキは、家路についた。




