第6話 給食の味覚バグ
レイが仲間に加わって、三日目。
昼休み、ユウキたちは給食を楽しみにしていた。
「今日のメニューは……カレーライスだ!」
田中が嬉しそうに叫ぶ。
「やった! カレー大好き!」
給食が配られ、いい匂いが教室いっぱいに広がる。
「いただきまーす!」
田中が一口食べた瞬間――
「うわああああああ!!」
田中の顔が真っ赤になった。
「辛い! 辛すぎる!」
「え?」
ユウキも一口食べてみた。
……普通の味だ。
「俺は普通だけど……」
「マジか! 口の中が燃えてる!」
田中は慌てて牛乳を飲んだ。そして――
「ぶはっ! 牛乳が炭酸!?」
教室中が騒然となった。
「私のカレー、甘すぎる!」
「俺のは苦い!」
「牛乳が酸っぱい!」
「デザートが辛い!」
ユウキは、端末を確認した。
『バグ検出
場所: 学校給食
レベル: 2.5
種類: 味覚データ混乱
危険度: 中
影響範囲: 全校生徒 約500名』
「全校規模のバグだ……!」
ミカエラとレイが駆け寄る。
「これは大変ですね」
「どうしよう……みんな、給食食べられない」
レイは自分の皿を見つめた。
「……あれ? 私のは普通ですけど」
ユウキとミカエラは顔を見合わせた。
「レイさんだけ、影響を受けていない?」
「はい」
ミカエラがレイをスキャンする。
『味覚データ: 正常
理由: 対象がNPCのため、味覚バグの影響外』
「そうか……レイさんはNPCだから、人間の味覚システムとは別なんだ」
ユウキは考え込んだ。
「じゃあ、レイさんの味覚データを基準にすれば……」
「他の人の味覚も正常化できる!」
ミカエラが頷いた。
しかし、問題は給食センターにあった。
「給食センターに行かないと、根本的な修正はできません」
「でも、授業中に学校を出るのは……」
その時、担任の先生が入ってきた。
「みんな、大変だ。給食センターでトラブルが起きたらしい」
「トラブル?」
「味が全部おかしいって。市内の五つの学校で同じ現象が出てる」
教室がざわつく。
「給食は中止。今日はパンと牛乳だけだ」
先生が出ていくと同時に、ユウキは立ち上がった。
「行くしかない。給食センターに」
「でも、どうやって?」
「保健室に行くって言えばいい」
レイが小さく手を上げた。
「私も行きます」
「危険かもしれないよ?」
「大丈夫です。……私にしかできないことがあるなら、やりたいです」
ユウキは頷いた。
「分かった。三人で行こう」
――――
給食センター。
学校から走って10分の距離。
工場のような建物の中は、騒然としていた。
「砂糖と塩が入れ替わってる!?」
「いや、全部だ! 味がぐちゃぐちゃだ!」
三人は裏口から侵入した。
「静かに……バグの発生源を探そう」
ユウキが端末をスキャンする。
『バグ発生源:
場所: 調味料管理システム
原因: 味覚データベースの破損』
「あそこだ」
調理場の奥、コンピューター室。
中は、赤い警告ウィンドウで埋め尽くされていた。
『ERROR: 味覚DB 整合性エラー
破損率: 78%
甘味⇄苦味 / 塩味⇄酸味 / 旨味=削除
ランダムノイズ混入』
「……ほぼ全滅だ」
ミカエラが深刻な顔をする。
「レベル3相当です」
「そんな……」
その時、レイが言った。
「私の味覚データを使えませんか?」
ミカエラがスキャン。
『NPCデータ: 神楽坂レイ
味覚データベース: 完全版
バグ率: 0%
抽出可能: YES』
「いけます! レイさんのデータをコピーできます!」
ユウキは頷いた。
「やろう!」
抽出が始まる。レイの頭上に淡い光が灯り、味覚データが流れ出す。
「少し変な感じ……でも、大丈夫です」
数分後――
『抽出完了。
次に、システムへのインストールを開始します。』
順調に進んでいた、はずだった。
『ERROR: データ拒否。
理由: NPCデータは人間システムと互換性なし。
復元失敗。』
画面が赤く点滅した。
「だめだ……互換性がない!」
レイが小さく肩を落とす。
「……やっぱり、私は人間とは違うんですね」
レイの声は、笑おうとして笑えなかった。
その声に、ユウキは胸が痛んだ。
「……違う、方法がある」
端末を開き直す。指先が震える。
「互換性がないなら――変換すればいい」
「変換?」
「NPCデータを、人間用の構造に書き換えるんだ」
ミカエラが息を呑む。
「そんなこと、成功例はありません!」
「やってみなきゃ分からない!」
ユウキは端末にコードを書き始めた。汗が滲む。心臓の鼓動が早くなる。
その瞬間――
端末の画面が、強いノイズを放った。
「えっ……!?」
火花が弾けた。
光が一瞬、視界を白く染める。
次の瞬間——端末が沈黙した。
かすかに、焦げた匂いが漂う。
「ユウキ!」
ミカエラが叫ぶ。
「大丈夫……ちょっと焦げただけだ」
ユウキは苦笑した。焦げた端末を両手で包み込み、目を閉じる。
「頼む……まだ動いてくれ」
静かに祈るように再起動を試す。一瞬の沈黙。そして、青い光が再び灯った。
『リカバリーモード起動
未保存データ検出
自動修復を開始します』
ミカエラが息を呑んだ。レイは、祈るように手を組んでいる。
復元が完了すると同時に、ユウキは小さく笑った。
「……やれる」
再びコードを走らせる。
『変換プログラム実行中……
変換成功!
味覚データベース 復元中……
進捗 10%→50%→100%』
モニターが静かに青へと戻る。
「……成功だ!」
三人は同時に息をついた。給食センター中の警告音が止まり、代わりに小さなチャイム音が鳴った。
『味覚データベース:正常化完了』
調理師たちの声が響く。
「味が戻った!」「正常だ!」
三人は小さくハイタッチした。
――――
帰り道。
夕暮れの光が三人を照らしていた。
「私のデータ……役に立てて、よかったです」
「ああ。レイさんがいなかったら無理だった」
「NPCだからこそ、できたことですね」
レイは、少しだけ照れたように笑った。
「バグだと思っていた自分が……誰かの役に立てた」
「これからも、一緒に頑張ろう」
「はい!」
――――
放課後。
ユウキは報告書をまとめた。
【バグ報告書 #000005】
■ 概要
味覚データベースの破損により、
五校の給食が異常化(影響人数 約2,300名)
■ 原因
味覚DBのデータ破損
■ 対応
NPCデータを人間用に変換し復旧
■ 結果
完全復旧
■ 備考
神楽坂レイの協力により解決。
NPCデータの有用性を確認。
(手書きメモ)
「次の給食、ちょっと甘めだと嬉しい。
——ユウキ」
■ 評価: S
『報告書承認
評価: S
コメント: 「NPCデータの応用、独創的な修正方法。見事です」』
ユウキは満足そうに端末を閉じた。
窓の外、夕焼けの中を歩くレイの姿が見える。
(……ありがとう)
夕焼けに照らされる彼女の笑顔が、ゆっくりと遠ざかっていく。
ユウキは胸の奥で小さく呟いた。
「この世界で、君が笑えるように」
その願いだけを、静かに心にしまった。




