第4話 報告書の書き方が分からな
翌朝、ユウキは学校に着くなり、ミカエラに呼び止められた。
「ユウキさん、昨日の報告書ですが......」
「何か問題あった?」
ミカエラは困った顔をしていた。
「上層部から、修正依頼が来ました」
端末が小さく“ピッ”と鳴り、赤い通知が点滅した。
「修正?」
端末の画面を見せられる。
『報告書 #000002 再提出要請
理由:
- 再現性の記述が不十分
- 優先度の判断根拠が不明確
- 影響範囲の調査が不足
- 対処方法の詳細度不足
デバッガーレベル: 1
報告書品質: C-
再提出期限: 24時間以内』
「C-......」
喉がカラカラに乾いた。昨日の達成感が、一瞬で消えた。
「報告書って、こんなに厳しいのかよ……」
「ええ、あそこは“神様の書類仕事”ですから」
ミカエラは申し訳なさそうに言った。
「私が、もっときちんと教えるべきでした......」
「いや、俺の責任だ。でも、どう直せばいいか分からない」
その時、チャイムが鳴った。
「放課後、一緒に修正しましょう」
「頼む!」
一時間目、国語。
ユウキは授業に集中できなかった。
頭の中は、昨日の報告書のことでいっぱいだ。
(再現性って、どう書けばいいんだ……)
(影響範囲の調査も、何をすれば……)
チョークの音が、黒板を走る。
先生が書いた文字が目に入った。
『文章は、読み手を意識して書くこと』
その瞬間、ユウキの手が止まった。
(……読み手を意識する。報告書も、同じか。)
(俺の“読み手”は——神様たちなんだ。)
ノートにペンを走らせながら、ユウキは少しだけ笑った。
ようやく、書く意味が見えた気がした。
すると、視界の端に、またあの表示が『WARNING: 教室温度異常 28.5℃→35.2℃ 上昇中』
「暑い......?」
教室の空気が重く、机の表面がじっとりと汗ばんでいる。
確かに、教室が急に暑くなってきた。
周りの生徒たちも、汗をかき始めている。
「先生、暑くないですか?」
誰かが言った。
「ん? 確かに少し......窓を開けようか」
でも、窓を開けても変わらない。
むしろ、どんどん暑くなる。
『ALERT: 温度 40.1℃ 危険域』
ユウキは端末を確認した。
『新規バグ検出
バグタイプ: 環境制御エラー
レベル: 1.5
危険度: 高
影響: 熱中症のリスク』
「まずい......」
ユウキは手を上げた。
「先生、保健室に行ってもいいですか」
「大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
「はい、少し......」
ミカエラも手を上げた。
「私も付き添います」
「そうか、頼むよ」
廊下に出たユウキとミカエラ。
「温度バグです。このままだと、みんな倒れます」
「分かってる。でも、レベル1.5......俺にできるかな」
ミカエラは頷いた。
「できます。私がサポートします。それに——」
ミカエラは端末を操作した。
「これは、報告書の練習にもなります」
彼女の声は、まるで担任教師のように落ち着いていた。
「練習?」
「はい。バグ修正と同時に、正しい報告書を書く練習です」
ユウキは決意した。
「やろう!」
二人は教室の外から、バグをスキャンした。
「まずは再現性。つまり——“どうやったらまた起きるか”ですね」
ミカエラが説明する。
「このバグは、いつから始まったか。どんな条件で発生するか。それを調べます」
ユウキは端末で、温度ログを確認した。
『温度変化ログ:
08:45 - 22.3℃ (正常)
08:52 - 22.5℃ (正常)
09:03 - 25.8℃ (上昇開始)
09:15 - 35.2℃ (異常)
09:20 - 40.1℃ (危険)』
ユウキは額の汗を拭いながら、ログをスクロールした。
数字が、現実の暑さとリンクしているようで——背筋が冷えた。
「9時3分から上昇してる。授業開始の3分後だ」
「いいですね。では、なぜ授業開始後に発生したか考えてみましょう」
ユウキは教室の中を観察した。
生徒たち、先生、電気、窓、エアコン——
「エアコン!」
教室のエアコンが、フル稼働しているのに、熱風が出ている。
「原因は、エアコンの制御システムバグか」
「正解です! それが『原因』の特定です」
次に、ミカエラは言った。
「次は『影響範囲』。誰が、どれくらい影響を受けているか調べます」
ユウキは端末で、教室内をスキャンした。
『影響範囲分析:
影響人数: 35名
危険レベル:
- 重度: 3名 (持病あり)
- 中度: 15名 (体調不良)
- 軽度: 17名 (軽い症状)
予測: 15分以内に、5名が熱中症で倒れる可能性』
「15分以内......急がないと!」
「そうです。これが『優先度』の判断材料になります」
ミカエラは続けた。
「人命に関わる場合は『最優先』。今回は、15分以内なので『高優先』です」
「分かった!」
ユウキは、修正モードを起動した。
「エアコンのシステムを正常化します」
画面に、エアコンの制御コードが表示された。
```
// 温度制御
target_temp = 24.0; // 目標温度
current_temp = sensor.getTemp(); // 現在温度
if (current_temp > target_temp) {
mode = HEATING; // ← バグ! 冷房にすべき
power = MAX;
}
```
「あった! 冷房と暖房が逆になってる!」
ユウキは、コードを修正した。
```
if (current_temp > target_temp) {
mode = COOLING; // 修正
power = MAX;
}
```
『修正実行しますか? [YES] / [NO]』
「YES!」
エアコンが 冷風を出し始めた。
教室の温度が、みるみる下がっていく。
『40.1℃ → 35.4℃ → 30.2℃ → 26.5℃ → 24.0℃
正常化完了』
「やった!」
教室の中では、みんながホッとしていた。
「あれ? 急に涼しくなった」
「エアコン、直ったのかな」
「助かった......死ぬかと思った」
ユウキとミカエラは、廊下で顔を見合わせて笑った。
「さあ、次は報告書です」
ミカエラが、テンプレートを開いた。
「今度は、さっき調べた情報を、全部書き込みます」
ユウキは、丁寧に報告書を作成した。
```
【バグ報告書 #000003】
件名: 教室温度異常(エアコン制御逆転)
■ 基本情報
日時: 2024/XX/XX 09:03〜09:25 (22分間)
場所: ○○高校 3年2組 教室
発見者: 高橋ユウキ
担当者: 高橋ユウキ / サポート: ミカエラ
■ バグ概要
エアコン制御システムのバグにより、冷房と暖房が逆転。
教室温度が危険レベルまで上昇。
■ 再現性
- 再現率: 100%
- 発生条件: 授業開始後、エアコン自動起動時
- トリガー: 温度センサー読み取り時
- 発生時刻: 09:03 (授業開始3分後)
- 期間: 22分間継続
- 再現手順:
1. 教室の気温が目標温度より高い
2. エアコンが自動起動
3. 制御システムがモードを判定
4. バグにより暖房モードを選択
5. 温度がさらに上昇
■ 優先度
高 (★★★★☆)
理由:
- 人命への影響あり (熱中症リスク)
- 15分以内に5名が倒れる予測
- 持病のある生徒3名が重度の危険域
- 授業継続不可能
■ 影響範囲
- 直接影響: 3年2組 35名
- 間接影響: 同フロアの教室 約100名 (温度上昇)
- 施設: エアコンシステム (1台)
- 時間: 授業1コマ分の損失
- 健康被害: 予測5名 → 実際0名 (早期修正により回避)
■ 原因
エアコン制御システムのロジックエラー
- 温度判定条件は正常
- モード選択ロジックが逆転
正: 高温時 → 冷房
誤: 高温時 → 暖房
- コードレビュー:
バグ混入時期: 不明
推定: システムアップデート時の人為的ミス
■ 対処方法
1. バグ検出・スキャン (1分)
2. 温度ログ解析・原因特定 (3分)
3. 影響範囲調査 (2分)
4. 制御コード確認 (1分)
5. モード選択ロジック修正 (1分)
6. 動作テスト・温度確認 (2分)
計: 10分
■ 対処コード
修正前:
mode = HEATING; // バグ
修正後:
mode = COOLING; // 正常
■ 結果
- バグ解消率: 100%
- 温度正常化: 24.0℃
- 健康被害: なし
- 授業再開: 可能
■ 備考
早期発見により、重大な健康被害を未然に防いだ。
今後、同様の制御系バグに注意が必要。
定期的なエアコンシステムのチェックを推奨。
■ 評価
レベル: 1.5
難易度: ★★★☆☆
評価: A
■ 学んだこと
- 再現性の調査には、ログ解析が有効
- 優先度は、人命への影響を最重視
- 影響範囲は、直接・間接の両方を調査
- 対処方法は、時系列で詳細に記録
```
「どうですか?」
ミカエラは読みながら、小さく頷いた。
そして——顔を上げ、ふわりと笑った。
「……素晴らしいです!」
ミカエラの顔が輝いた。
「これなら、間違いなく承認されます!」
「本当?」
『報告書 #000003 査定中......
評価: A+
コメント: 「詳細かつ的確な報告。デバッガーレベル1としては優秀。今後の活躍に期待。」
承認されました』
「A+......!」
ユウキは、思わずガッツポーズした。
「やったぞ!」
「おめでとうございます!」
放課後。
ユウキは、昨日の報告書の修正に取り組んでいた。
今度は、今日学んだことを活かして、丁寧に書き直す。
再現性、優先度、影響範囲 一つ一つ、調査した内容を詳しく記載。
30分後、修正版を提出した。
静かな教室に、端末の通知音だけが響いた。
『報告書 #000002 (修正版) 査定中......
評価: B+
コメント: 「大幅に改善。学習能力が高い。」
承認されました』
「よし!」
その時、田中が教室に入ってきた。
「おー、ユウキ! まだいたのか」
「ああ、ちょっと用事が」
「そうか。じゃあ一緒に帰ろうぜ」
ユウキが返事をしようとした、その瞬間だった。
——田中の声が、一瞬だけノイズのように途切れた。
『……ろうぜ……ぜ……——』
耳鳴りのような音が、静かな教室に広がる。
「……今、変な音しなかったか?」
ユウキが眉をひそめる。田中は笑っている。
だが、その笑顔が——どこか“ズレて”見えた。
そのとき。
ユウキの端末が激しく震えた。
机の上に置いていたペンが跳ね、床に転がる。
同時に、地の底から響くような低音が鳴り、空気が一瞬、歪んだ。
画面が赤く点滅する。
『CRITICAL ERROR!!!
重大バグ検出
対象: 田中 (ID: 0x7F4A)
レベル: 2.0
危険度: 最高
種類: 存在エラー
警告: 対象の存在が不安定化
予測: 10分以内に消失の可能性』
「え......?」
ユウキの顔から血の気が引いた。
「田中......!」
「ん? どうした?」
田中の輪郭がざらついたノイズのように歪み始め、教室の蛍光灯が一瞬明滅した。田中の体が半透明になり始めている。
「ミカエラ!」
ミカエラが駆けつける。
「これは......存在エラー! すぐに修正を!」
田中の体がさらに薄くなっていく。
「おい、何か変だぞ......俺の手が......透けてる?」
パニックになる田中に、ユウキは必死に声をかける。
「落ち着いて、田中! 大丈夫だから!」
ユウキは必死に端末を操作した。
でも、レベル2のバグは、今までと全然違う。
修正方法が、複雑すぎる。
「ミカエラ、どうすれば!」
「時間がありません! 二人で同時修正を!」
ミカエラと、ユウキ。
二つの端末が、同時に起動する。
「田中、絶対に助ける!」
親友の姿が、どんどん薄れていく




