表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

第3話 初めてのバグ修正

 三日目の朝。

 ユウキは、デバッガー端末を制服のポケットに入れて家を出た。


「おはよう、ユウキ!」

 田中が走ってくる。


「おはよう」

「昨日さ、保健室で変なことあったらしいな」

「ああ、聞いた」

「そうみたいだな」


 ユウキは、さりげなく話題を変えた。

 一般人には、バグの修正は記憶から消えるシステムになっている。


 一時間目、英語。


 授業中、ユウキは窓際の時計を見た。

 11時33分。

ふと、ページをめくる音も、風の流れも——さっきと同じだった。

 ……あれ?


 五分後にもう一度見る。

 11時33分。


 十分後。

 11時33分。


「おかしいな......」


 ミカエラが小声で囁いた。


「気づきました? 時計のバグです」

「あの時計、ずっと11時33分で止まってる」

「いえ、止まってないんです。見てください」


 よく見ると、秒針は動いている。

 でも、11時33分33秒で一周すると、また11時33分0秒に戻る。


 ユウキは、教科書をめくった。

 次の瞬間——また同じページをめくっていた。

 まるで、世界の方が巻き戻っているようだった。


「時間ループ......?」

「はい。レベル1のバグです」


 ミカエラは端末を確認した。


「ユウキさん、これを修正してみませんか?」

「え、俺が?」

「はい。レベル1なら、一人でもできるはずです」


 ユウキは少し緊張した。


「......やってみる」


 昼休み。


 ユウキは、ミカエラと一緒に時計のある廊下にいた。


「では、手順を確認します」


 ミカエラが説明を始めた。


「まず、端末でバグをスキャン」

「うん」

「次に、バグの種類と原因を特定」

「分かった」

「そして、適切な修正手順を選択して実行」

「......できるかな」


 ミカエラは優しく微笑んだ。


「大丈夫です。私がすぐ近くにいます。困ったら助けますから」


「でも最後は、ユウキさんの判断に任せます。それがデバッガーの成長ですから」



「ありがとう」


 ユウキは深呼吸して、端末を起動した。


『デバッガー端末 v2.1.0

スキャンモード起動』


 端末を時計に向ける。


『スキャン完了

バグタイプ: 時間ループ

レベル: 1.0

危険度: 中

修正難易度: ★★☆☆☆

原因: 時刻表示システム 数値固定エラー』


「原因は......数値固定エラー、か」


 画面に修正オプションが表示された。


『修正方法:

A) 時刻リセット

B) ループ解除

C) システム再起動』


「どれを選べば......」


 ミカエラが後ろから覗き込む。


「まず、原因を理解しましょう。なぜ11時33分で固定されているか」

「うーん......」


 ユウキは時計をじっと見た。


「11時33分33秒......3が並んでる」

「そうです! それがヒントです」


 端末に詳細情報が表示される。


端末に英数字が流れる。

「時が十一、分も三十三、秒も三十三……条件一致でループ、だってさ」

「つまり、“三三三”で引っかかってるんですね」

「なるほど、バグの数字か……」

「なるほど! 3が並ぶ瞬間に、システムがループしてるんだ」

「正解です」


 ユウキは、オプションBの『ループ解除』を選択した。


『ループ解除を実行しますか?

注意: 実行後は元に戻せません

[YES] / [NO]』


 ユウキは、一瞬躊躇した。


「大丈夫、やってみましょう」

 ミカエラが背中を押してくれた。


「よし......!」


 [YES]をタップ。


『ループ解除......実行中』


 時計が回り始めた! でもおかしい。秒針がものすごい速さで回っている。


「え、ちょ——」


『WARNING: 時間加速 制御不能』


「やばい!」


 時計の針が唸りを上げて回転し、空気が震え、廊下の蛍光灯が明滅した。11時34分、35分、36分とどんどん進む。


「ミカエラ!」

「落ち着いて! まだ大丈夫です! 端末の『緊急停止』ボタンを押してください!」

「ど、どこ!?」

「画面右上の赤いボタン!」


 ユウキが慌てて押す。


『緊急停止......実行』


 時計の針が止まった。時刻は14時52分。


「はぁ......はぁ......」

 ユウキは冷や汗をかいていた。


「す、すみません......失敗しました」


 ミカエラは首を振った。


「いいえ、よくできました」

「でも、暴走させちゃって......」

「初めてで完璧な人なんていません。ちゃんと止められた、それが一番です」


 ミカエラは端末を操作した。


「今から正しい手順を教えます。一緒にやりましょう」

「お願いします......」


 ミカエラの指導のもと、ユウキは再挑戦した。


「まず、時計を正しい時刻に戻します」


『時刻設定: 12:45

実行しますか? [YES] / [NO]』


「はい」


 時計が12時45分になった。


「次に、ループの原因だった条件判定を修正します」


 画面にプログラムコードが表示された。


```

if (hour == 11 && minute == 33 && second == 33) {

// ループ処理

resetTime();

}

```


「この条件判定が、ループを引き起こしていました」


 ミカエラが説明を続ける。


「このコードを削除するか、条件を変更します」

「削除していいの?」

「はい。これは、バグによって勝手に追加されたコードです。本来は存在しません」


 ユウキは、コードを選択して削除した。


『コード削除確認

削除後は復元できません

実行しますか? [YES] / [NO]』


「今度は慎重に......YES」


『削除完了

システム再起動中......』


 時計が一瞬点滅して 正常に動き始めた。


 12時45分、46分、47分......


 ゆっくりと、正しく。


『修正完了

バグ解消率: 100%

評価: B

特記: 初回失敗から学び、正しく修正完了』


「やった......!」


 ユウキは、思わずガッツポーズをした。


「おめでとうございます! 初めての単独修正成功です」


 ミカエラが拍手する。


「でも、最初失敗しちゃったから、Bランクか......」

「いいえ、素晴らしいです。失敗を恐れず、学んで修正する。それが大切なんです」


 ミカエラは優しく微笑んだ。


「これで、ユウキさんはレベル1デバッガーです」


 ユウキは端末の画面を見つめた。

 まだ始まったばかり。でも——確かに何かが変わり始めていた。


 端末を見ると、確かにレベル表示が変わっていた。


『ユーザー: 高橋ユウキ

レベル: 1

権限: 見習い → 初級デバッガー

修正実績: 1件』


「本当だ......上がってる!」

「これから、もっと難しいバグにも挑戦できます」


 放課後。

 ユウキは、初めての報告書を書いていた。

 ミカエラが隣で見守っている。


「報告書の基本項目は五つです」

「五つ?」

「はい。『再現性』『優先度』『影響範囲』『原因』『対処方法』です」


 端末の画面に、整ったテンプレートが表示された。

 でもユウキの手は、少し震えていた。

 ——これはただの入力作業じゃない。

 “世界の記録”を残す仕事だ。


【バグ報告書 #000002】


■ 基本情報

日時: 2024/XX/XX 11:30〜12:50

場所: ○○高校 3階廊下 掛け時計

発見者: 高橋ユウキ

担当者: 高橋ユウキ / サポート: ミカエラ


■ バグ概要

時計が11時33分でループする現象


■ 再現性

- 再現率: 100%

- 条件: 特定時刻(11:33:33)

- 継続時間: 約90分


■ 優先度

中(時刻表示に限定。人的被害なし)


■ 影響範囲

- 当該時計のみ

- 視認した生徒・教師 約50名

- 授業時間に軽微な影響


■ 原因

- 時刻表示システムの条件判定ループ

- 不正なコード挿入によるバグ


■ 対処方法

1. 緊急停止

2. 時刻リセット

3. 不正コード削除

4. 再起動


■ 結果

正常動作に復帰。バグ解消率100%



 ユウキは、真剣な目で画面を見つめた。

 小さな端末の中に詰まった、たった一件の修正。

 それでも、確かに“自分の手で世界を直した”証だった。


 指先に残る微かな緊張と達成感。

 打ち込んだ文字のひとつひとつが、現実とつながっているように思えた。


「『備考』欄には、何を書けばいいの?」

「あなた自身の気づきや感じたことを書いてください」


 ユウキは少し考え、ゆっくりと文字を打ち込んだ。


追加備考ユウキ

初めての単独修正。緊張したが、ミカエラのサポートで成功できた。

失敗を恐れずに挑戦することの大切さを学んだ。

時刻ループバグは、特定の数値パターンで再発の可能性あり。

11:11:11、22:22:22なども注意が必要。



「……こんな感じでいい?」

「はい。とても良い報告書です」


 ミカエラは嬉しそうに頷き、端末に承認印を押した。


『報告書 #000002 承認

 上位システムへ送信します』


「これで、神様のデータベースに記録されます」

「神様……本当に、見てるのかな」

「もちろん。あなたの修正も、ちゃんと届きます」


 ユウキは画面に映る自分の顔を見て、少しだけ笑った。

 見習いデバッガーの顔に、ようやく小さな自信が宿っていた。


 帰り道。

 田中も一緒に、三人で歩いた。


「なあ、今日の時計、やっぱ変じゃなかった?」

「変?」

「うん、昼休みの時間、ずっと止まってた気がしてさ……」


 ユウキとミカエラは目を合わせた。

「気のせいじゃない?」

「そうかなあ……まあ、いいや!」


 田中はいつもの調子で笑い、手を振った。


「じゃあな、二人とも! 明日の体育、絶対負けねーぞ!」

「また明日!」


 彼の背中を見送りながら、ユウキは小さく息をついた。


「今日、ありがとう。助かった」

「どういたしまして。でも、修正したのはユウキさんです」

「一人じゃ無理だった」

「これから、もっと難しいバグが出てきます。でも、二人なら大丈夫です」


「うん。一緒に頑張ろう」


 夕焼けの光が二人を包み、影が長く伸びていく。


 その時——端末が震えた。


『新規バグ検出

 場所: 学校体育館

 レベル: ???

 種類: 重力異常』


「体育館……?」

「まさか……」

端末の画面が淡い光を放ち、周囲の空気が一瞬だけ重くなった気がした。


 二人は顔を見合わせた。

 不安と、ほんの少しの期待を胸に。


 ——新しいバグ。新しい挑戦。


 デバッガーとしての日々は、まだ始まったばかりだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ