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第2話 天使は新人だった

 翌朝。

 ユウキは昨夜の出来事が夢だったのではないかと思いながら学校へ向かった。


「よう、ユウキ!」

 田中が駆け寄ってくる。


「おはよう」

「なんか今日、転校生が来るらしいぞ」

「転校生?」


 ユウキの脳裏に、金髪の天使の姿が浮かんだ。


「まさか......」


 ホームルーム。

 担任の先生が教室に入ってきた。


「おはよう。今日から、新しい仲間が加わる」


 扉が開き、一人の少女が入ってきた。


 金色の髪——でも、今は黒髪。

 白い羽——見当たらない。

 頭上の輪——もちろん、ない。


 でも、顔は間違いなく昨日の——


「ミカエラ・エンジェルです。よろしくお願いします」


 クラス中がざわついた。


「えっ、外国人?」

「いや、名前からして……えんじぇる? 芸名か?」

「天然系キター!」

「めっちゃ可愛い!」


 ミカエラは、ユウキを見つけて小さく微笑んだ。


「では、ミカエラさんの席は......高橋の隣でいいか」

「え!」


 ユウキの隣の席が、ちょうど空いていた。


 ミカエラが近づいてくる。


「おはよう、ユウキさん」

「お、おはよう......」


 周りの視線が痛い。


「なんだよ、知り合いかよ!」

「ずるい!」


 田中がニヤニヤしながら肘でつついてくる。


「やるじゃん、ユウキ」

「違うって......」


 ミカエラは席に座ると、カバンから教科書を取り出した。

 逆さまに。


「あの......ミカエラさん」

「はい?」

「その教科書、逆ですよ」

「あ!」


 ミカエラは慌ててひっくり返した。


 周りから笑い声が起きる。


「天然だ!」

「可愛い!」


 ミカエラは顔を赤くして、小声でユウキに言った。


「すみません......人間の学校は初めてで」

「大丈夫、大丈夫」


 ユウキは苦笑いした。


 一時間目、数学。


 先生が黒板に数式を書いている。


 ユウキは、ミカエラのノートをちらっと見た。

 すると そこには数式ではなく、プログラムコードが書かれていた。


『class MathProblem {

constructor() {

this.equation = "2x + 5 = 15";

}

solve() {

return (15 - 5) / 2;

}

}』


「え......」


 ミカエラが気づいて、ノートを隠した。


「あ、すみません。つい、コードで考えちゃって」

「いや、すごいな......」


 その時、教室の蛍光灯が一つチカチカと点滅し始めた。ユウキの視界に例のウィンドウが現れる。


『WARNING: 照明システム 電力供給不安定 0x00A1B3』


「バグだ......小規模ですね。レベル0.5くらい」


 ミカエラが小声で言った。


「俺、直せる?」

「まだ無理です。まずはバグの報告方法から学ばないと」


 ミカエラがこっそりと手を動かすと、蛍光灯は正常に戻った。


「今のは緊急修正です。後で正式な報告書を書きます」


 昼休み。


 ユウキ、ミカエラ、田中の三人は屋上で弁当を食べていた。


「それでさ、ミカエラさんって、どこから来たの?」

 田中が興味津々で聞く。


「えーと......遠いところから」

「外国?」

「もっと、遠いです」


 ユウキは慌てて話題を変えた。


「田中、今日の体育、何だっけ?」

「バスケだよ。って、ごまかすなよ!」


 その時、田中の箸が空中で止まった。


「え......?」


 空気がぴたりと固まった。音も風も、息すら流れない。箸だけではなく、田中の頭上の落ちかけていた鳥の羽も空中で静止している。


「時間停止バグ!」


 ミカエラが立ち上がった。


「でも、なんで田中だけ?」


 ユウキが手を伸ばすと田中の体には触れられたが、動かない。


『ERROR: 時間軸制御 個体0x7F4A 時間凍結 0x00F9C2』


「これ、危険ですね......」


 ミカエラは両手を広げた。

 すると、もっと大きなウィンドウが現れた。


『システム管理ツール v3.5.2

管理者: ミカエラ

緊急修正モード』


「ユウキさん、見ていてください。これが基本的なバグ修正手順です」


 ミカエラの説明が始まった。


「まず、バグの特定。エラーコードから時間軸制御システムの個体凍結と分かります」

「個体凍結?」

「特定の人物だけ時間が止まる現象です」


 ミカエラの指が動き、ウィンドウに大量のコードが流れる。


「次に、原因の分析......見つけました。えっと、時間軸の同期エラーですね! 田中さんの個体IDが一時的にシステムから外れています」

「それって、ヤバいんじゃ......」

「はい。放置すると田中さんの時間だけ永遠に止まります」


 ユウキは焦った。


「早く直して!」

「落ち着いてください。修正します」


 ミカエラは集中してコードを打ち始めた。


『個体ID再登録......処理中

時間軸同期......処理中

システム再接続......処理中』


『完了』


 田中が動き出した。


「——って、あれ? 今、何か変じゃなかった?」

「気のせいだよ」

 ユウキは笑顔で答えた。


「そう? なんか、一瞬意識が飛んだような......」


 田中が首を傾げながら弁当を食べ始めると、ミカエラが小声でユウキに説明した。


「見てください。田中さん、もう完全に忘れかけています」

「さっきの説明通り......一般人は、バグを認識できないんだな」

「はい。記憶も曖昧になります。ユウキさんとデバッガーだけが、真実を覚えているんです」


 ユウキは田中を見た。何事もなかったかのように笑っている親友。彼には見えない世界で、今も無数のバグが発生しているのだろう。


 ミカエラは、ユウキに小さなタブレット端末のようなものを渡した。


「これ、デバッガー専用端末です。バグを記録し、報告書を作成できます」

「スマホみたいだな」

「見た目はそうですね。でも、中身は全然違います」


 ユウキは端末を受け取った。


「あれ、でもこれ……いつも持ち歩くの? 体育の時とか、プールとか困らない?」

「あ、そうですね。説明を忘れていました」


 ミカエラは端末を指差した。


「この端末は、異次元ストレージ機能がついています。使わない時は、こうやって……」


 ミカエラが手のひらを端末にかざすと、端末がふわりと光の粒子に変わって消えた。


「え!? 消えた!?」

「消えたわけじゃありません。異次元空間に格納されただけです」


 そして、ミカエラが再び手を出すと、空中から端末が現れた。


「必要な時に、こうやって取り出せます。どんな状況でも、手を出せば端末が現れますよ」

「すごい……便利だな」

「はい。デバッガーは24時間いつでも対応できる必要がありますから。入浴中でも、水泳中でも、端末を呼び出せます」


 端末の画面には、先ほどのバグ情報が表示されていた。


『バグ報告 #000001

日時: 2024/XX/XX 12:35

場所: ○○高校 屋上

種類: 時間軸制御エラー

レベル: 1.5

対象: 田中 (ID: 0x7F4A)

状況: 個体時間凍結

原因: 時間軸同期エラー

対処: 個体ID再登録、システム再接続

担当: ミカエラ

備考: 初回事例。再発の可能性あり』


「すごい......自動で記録されるんだ」

「はい。でも、『備考』欄は手動で入力します。デバッガーの感覚や、気づいた点を書くんです」


 ユウキは端末を操作してみた。

 直感的で、使いやすい。


「これ、俺も使えるの?」

「もちろんです。今日の放課後、基礎訓練で使い方を教えます」


 放課後。


 ユウキとミカエラは、人気のない旧校舎に来ていた。


「ここなら、誰にも見られません」


 ミカエラは、天使の姿に戻った。

 金色の髪、白い羽、頭上の輪。


「わ、やっぱりすごいな......」

「恥ずかしいです」


 ミカエラは頬を染めた。


「では、基礎訓練を始めます」

「お願いします」


 ミカエラは、小さなバグを召喚した。

 空中に浮かぶ、赤い立方体。


「これは、訓練用の模擬バグです。実害はありません」

「模擬バグなんてあるんだ」

「はい。新人訓練用です」


 赤い立方体が、ゆっくりと回転している。


「では、端末を起動してください」


 ユウキは端末のスイッチを入れた。

 画面に、システム管理ツールが起動する。


『デバッガー端末 v2.1.0

ユーザー: 高橋ユウキ

レベル: 0

権限: 見習い』


「まず、バグをスキャンします。画面の『スキャン』ボタンを押してください」


 ユウキが押すと、端末から光線が出て、立方体を照らした。


『スキャン完了

バグタイプ: 空間歪曲

レベル: 0.5

危険度: 低

修正難易度: ★☆☆☆☆』


「簡単なバグですね。では、修正してみましょう」


 画面に、修正用のインターフェースが表示された。

 スライダーやボタンが並んでいる。


「この『空間座標』のスライダーを、真ん中に合わせてください」


「真ん中に、と……」


 ユウキが指先を軽く動かすと、空中に浮かぶ光のバーがゆっくりと中央へ滑った。

 それに合わせて、立方体がわずかに形を変える。

 空間が呼吸するように、空気がわずかに揺れた。


「次に、『回転軸』を正常化します」


「正常化ボタンっと――」


 指で軽く弾くと、立方体の回転が止まる。

 静かな余韻だけが残った。


「最後に、『修正実行』ボタンを」


「修正っと――!」


 その瞬間、立方体の中心から光が広がった。

 波紋のように空間を包み、揺らぎが消えていく。

 ユウキの頬を、かすかな風が撫でた気がした。


『修正完了

バグ解消率: 100%

評価: A』


 立方体が消えた。


「やった!」

「素晴らしいです! 初めてにしては完璧でした」


 ミカエラは拍手した。


「これで、レベル0.5のバグなら修正できます」

「でも、さっきの田中のは無理そうだな......」

「はい。あれはレベル1.5でした。レベル1以上は、もっと訓練が必要です」


 その時、ミカエラの端末が鳴った。


「あ、新しいバグ報告が......」


 画面を見たミカエラの顔が、少し曇った。


「どうしたの?」

「近くで、レベル3のバグが発生しました」

「レベル3!?」

「はい。保健室です」


 二人は顔を見合わせた。


「行くぞ!」

「はい!」


 保健室に着くと、異様な光景が広がっていた。


 保健室の扉の前に、三人の生徒が立っている。

 そして——出られずにいる。


「どういうこと?」


 ユウキが近づくと、扉の前に見えない壁があるように、生徒たちは跳ね返されている。


「助けて......出られないんです」

「さっきから、何度やっても......」


『ERROR: 空間制御 無限ループ 0x0FE325』


「無限ループバグです!」

 ミカエラが叫んだ。


「保健室が、一つの閉じた空間になっています。入ることはできますが、出ることができません」

「それって......」

「はい。閉じ込められた人は、永遠に出られません」


 ユウキは端末を起動した。


「俺にできることは?」

「レベル3は、まだ早いです......でも」


 ミカエラは決意した表情で言った。


「一緒に修正しましょう。私がメイン、ユウキさんがサポート」

「分かった!」


 ミカエラは両手を広げ、大きな管理ウィンドウを展開した。


「ユウキさん、端末で『空間座標スキャン』を実行してください」

「了解!」


 ユウキが操作すると、保健室全体の3Dマップが表示された。


「この赤い線が、ループポイントです。ここで空間が繋がっています」


 確かに、出口の座標が入口に繋がっている。


「私がループを切断します。ユウキさんは、切断と同時に『空間正常化』ボタンを押してください」

「タイミングは?」

「私が『今』と言ったら」

「分かった!」


 ミカエラの手が、空中で複雑な動きをする。


『ループポイント特定......完了

切断準備......完了

カウントダウン......3、2、1——』


「今!」


 ユウキがボタンを押す。


『空間正常化......実行中』


 保健室の扉が、一瞬光った。


 そして——


「あれ? 出られた!」

「本当だ!」


 生徒たちが、無事に保健室から出てきた。


「なんだったんだろう、さっきの......」

「扉が壊れてたのかな?」

「でも今は普通に開くし......」


 生徒たちは首を傾げながら去っていった。


「あの人たち、バグだって分かってないんですね」

 ユウキが呟くと、ミカエラが頷いた。

「ええ。きっと『扉の故障』か『自分たちの開け方が悪かった』と記憶を書き換えるでしょう」


『修正完了

バグ解消率: 100%

評価: S

特記: 二人での共同作業。連携良好』


「やった......!」


 ユウキとミカエラは、ハイタッチした。


「ユウキさん、才能ありますよ!」

「ミカエラのおかげだよ」


 二人は笑い合った。


 帰り道。


 ユウキとミカエラは、夕焼けの中を歩いていた。


「今日は、ありがとうございました」

「俺の方こそ。いい経験になった」


 ミカエラは空を見上げた。


「実は私、天使になってからずっと失敗ばかりで......」

「え?」

「説明書を逆さまに読んだり、修正コードを間違えたり。上司にもよく怒られます」


 ミカエラは寂しそうに笑った。


「だから、ユウキさんと一緒に仕事ができて、嬉しいんです。私を信頼してくれて」

「当たり前だよ。ミカエラは俺の相棒だろ?」


 ミカエラの目が潤んだ。


「相棒......そうですね。頑張ります!」

「うん。一緒に頑張ろう」


 その時、ユウキの視界に、また見えた。


 街の向こうで、信号機が——全部青になっていた。


「あ、また……」

「バグですね」

「仕事は終わらないな」


 青く染まった交差点の向こうで、二人の影が並ぶ。

 どこかぎこちなく、けれど確かに寄り添うように。


 新米デバッガーと、新米天使。

 ちょっと不器用で、ちょっと不思議なコンビの二日目。


 でも、確かに——何かが始まっていた。

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