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幻影の森と大神殿

二人は不可解な森に踏み込み神殿を目指して歩みはじめる。


「コッキー僕から離れないで、そして周りの物に気を捕らわれないで」

周囲を警戒しながらベルサーレはコッキーを見もせずにささやく、彼女の感覚は異常なまでに研ぎ澄まされ広い領域を把握する事ができた。

「わかりましたです」


その時、近くの藪から下草を踏みしめる様な物音がする、ベルサーレが音のする方を観察する、湿った何かがズルズルと這うような音がする、だが何も見えない。

よく見ると枯れ葉と下草の一部が踏みしめられた様にへこんでゆく、何かが跳ねる音がして少し離れた枯れ葉と下草がへこんだ。

二人は思わず目を見合わせる。


ベルサーレは蛇とカエルの様な生き物を想像してから気分が悪くなる。

「ここには見えない生き物が居るみたいだ、かまわず進もう!」

僅かに彼女の声は震えていた。


森の樹木の枝がまるで二人を邪魔をするように道を塞いだ、ベルサーレはグラディウスを抜いて、情け容赦無く邪魔になる小枝を払いながら進む、道は開かれ順調に進む。

後ろを進むコッキーは木々がベルサーレを避けるように道を開けているように感じられて身震いする。

二人は森の中に満ち溢れる命の気配を感じたていた、だが生き物らしき姿を全く見る事ができない。

時々何かに触れられてむず痒くなる、だがそこを見ても何も居ない、ベルサーレは長い黒髪が何者かに引っ張られるのを感じていた。


「ひっ、今何かに舐められましたです!!」

コッキーが小さな悲鳴を上げた。

「気にしないで、どんどん行くよ」

ベルサーレはそう言いながら、この世界に来てからコッキーがそれほど怯えてもいない事に驚いていた。


そして森に入ってどのくらい時間が過ぎただろうか、二人は再び時間感覚を失っていた。

この黄昏れた世界では時間感覚が失われる、ベルサーレは焦りを感じていたがそれをなんとか抑えた。


「まずいな、神殿まで辿つけない、そろそろ着かないとおかしい、僕の感覚が狂っているのかな?」

彼女の声は焦りと困惑を滲ませている。


「コッキーだいじょうぶ?まだ歩ける?」

だがコッキーの反応が無い。

ベルは後ろからついて来ているはずのコッキーを振り返る、コッキーの目が驚愕に見開かれているのを見た。

後ろに何か危険が存在すると察知した彼女は、心の準備を固めてから一気に振り返った。

だが心の準備も無駄だった、コッキーと同様に目を見開らく事になったのだから。


眼の前が白亜の石畳みが敷かれた広大な庭になっている、その奥に巨大な威圧的なまでに巨大な大神殿の建造物が聳え立っていた。

「さっきまでこんな場所は無かったぞ!!」

彼女はその大神殿の大きさに呆れる。


正面に城の塔程もある巨人が通れるほど巨大な扉が行く手を阻む、この扉を開閉するだけでどのくらいの労力がかかるのか想像しただけでベルは開いた口が塞がらなかった。

そして神殿は滑らかな局面で構成されている、全体像を掴もうとしたが、頭の中に神殿の形を描く事がなぜかできない、それは苦痛を伴う作業だ、やがてベルは気にするのを止めた。

神殿の前の庭は無数の彫刻や意味不明なモニュメントに埋め尽くされている。

その彫刻の中には人に似ているが、明らかに異質な生き物と思われるものが見える。


手足が細く顔も細長く知性を湛えた気品のある女性的な像に目を引かれた、それは全体的に人に似ていたが、その像には腕に肘が二つもあったのだ。

彼女はそれらのモニュメントの意味を捉えようとしたが、本能的な危機感からそれを深く突き詰めるのを止めてしまった。


「ベルさん気持ち悪くなってきました」

コッキーも彼女と同じ事になっているようだ。

「うん、あまり気にしない方が良いと思う」

「ベルさんここは何でしょう?」

「僕にもわからない」

正直に答える事しかできなかった。


二人は正面の大神殿に向って進む、だが進むほど神殿が遠ざかっていく。

「ちょっと止まってコッキー」

「変ですよね?」


ベルサーレは大神殿を注意深く観察した、そして周囲の風景をまたよく見る。

「神殿から遠ざかっているんじゃない、神殿が小さくなっているんだよ、周りと良く較べてみて」

「ええ、そうかもしれません、小さくなったから離れた様な気がしたんですね」

「とにかく進んで見よう」



進むほど神殿は小さくなっていく、やがて二人は神殿の入口まで到達してしまった。

その神殿の大きさはエルニアのアウデンリートの聖霊教会と大差ない大きさにまで小さくなっていた。

「ベルさん扉の大きさが普通になりましたです」


彼女は警戒しながら神殿の大扉を開ける、その先は長い通路が真っ直ぐ先に伸びている、それも遥か彼方まで続いていた、先がまったく見えないほど深い。


その通路の両側には、延々と得体のしれない像が立ち並ぶ、通路は明かりも無いのに薄っすらと照らされている、天井が僅かに光を放っていた。


「何だこれ?いや目で見たものはもう信じない方がいいかもね」

「ええ、そうですよねベルさん・・」

「とにかく進んで見よう」


二人は廊下を進む、通路の両側には人間を抽象化したような立像が等間隔で並んでいる、奥に進むベルはそれらの像を見る度になぜか胸が騒ぐ、ただその理由が良くわからない。

「ベルさん、なんか嫌な感じのする像ですね」


彼女はふとある像に強く目が引き付けられた、その像を見た瞬間ベルにあるひらめきが走った。

その像は人間の女性的な雰囲気を良く伝えているが、その全体的な印象が与える何かがベルにある人物を思い出させる。


アマンダ!!


心の中で叫ぶ、そして像の前で立ち止まってしまった、それは天才芸術家がアマンダの本質を捉えた上で、悪意を持って歪めて表現したとしか言いようが無い立像だ。

アマンダがごく一部の親しい者達にしか決して見せないリラックスした時のアマンダの本質を見事に良く捉えていると思った。

誇張された大きな胸に大きな尻、戦女神と讃えられる彼女よりこのアマンダの方が昔から好きだった、だがこの像からは不快感しか感じられない。

抽象的な立像でアマンダである事を示す肉体的な特徴はまったく存在しなかったが、この像が持つ総てがアマンダである事を指し示している。

その像は緩んだアマンダを巧みに表現している、怠惰を貪るアマンダを悪意を持って芸術的な高みで表現した立像だった、ベルは優れた直感力でそれらを電光の様に理解した。

そしてその立像を破壊したいと言う激烈な衝動に駆られていた。

だがそれを辛うじて自制する、この時初めて他の像もベルが知る人々を表現している事を理解した、正体不明の不快感の原因を解明したのだ。


「コッキーあの像が何に見える?」

アマンダの像を指さす。

「太ったおじさんに見えますよ?」


やっぱり見る人により違う。

「コッキー絶対に像を見ないで、前を見て進むよ」

彼女の言葉からコッキーも危機感を感じたらしい。

「わかりましたです・・・」

二人は再び延々と通路を進む、しかし何時までたっても通路が終わらない、二人は同じところを繰り返しているのでは?と不安を感じ始める、ふと後ろを見て固まる。


「ベルさんどうしました?」

コッキーが後ろを振り返り思わず間抜けな声を出した。

「はりゃ?」

50メートル程後方に入ってきた神殿の開け放たれた扉があったのだから。


「これしか進んでいなかったのか?」

信じられなといった顔で扉の向こうの石畳の庭を見つめる。


前を振り返ったコッキーは再び叫び声を上げた。

「ベルさん前を見て下さい!!」

彼女はコッキーの叫び向き直る。


「まただ!!」

先程までは延々と廊下が続いているはずだったが、振り返ったら廊下の先に広い部屋が生じていた。

そこはかなり天井の高い広い部屋の様に見える。


「もう、行くしか無い」

ふたたび二人は慎重に前に進む。




その部屋は材質不明の石材でできていた、まるで巨大な岩を削り出したかの様に壁に石材の繋ぎ目が見えない、漆喰の様なもので塗り固めた壁だと判断した。

そして部屋には殆ど何も無い、聖霊教会の礼拝堂には礼拝者が座る為の長椅子の様なものがあったが、ここにはそれが無い。

入り口の正面の部屋の真ん中に、壁と同じ材質の台座がありその上に丸い大きな皿が置いてあった、台座の高さはベルの首ぐらいまでの高さだ。

二人が台座に近づくと、皿の上にメダルが一つだけ置いてあるのに気がついた、それはコインのような丸い金属で不思議な文様と記号がレリーフ状になっている。

コッキーがつま先立ちして皿を覗き込むとその表情が変わる。


「ベルさん、これを見たことがあります!!」

「なんだって!?」

コッキーは上着のポケットをまさぐる。


「ないです、なくなっています!!」

「これと同じものを持っていたの?」

「はい、ここに来る坂の途中で穴に落ちた時に拾ったんです」

メダルを観察すべく顔を近づける、そこから黒いダガーに似た微かな気配を感じられる、彼女の表情が変わる。


「どうかしましたか?」

「覚えている?アゼルに預けている黒いダガーと似た感じがした、コッキーを背負って走った時は気がつかなかった、いつ無くなったんだろう?」

「それは、わかりません、すみませんです・・・」


ベルサーレはメダルの追求は後にする事にして、部屋の中を調査する事にする、入り口の正面の奥の壁際に台座があった、その台座の上に理解しがたい金属質の物体が置いてあった。

あえて言うならばホルンやトランペットのような楽器に近い、朝顔のような開口部と、狂った楽器職人が作ったかのように管がめちゃくちゃに絡み捻じくれ、ピストンが人間の手では操作不可能な配置で並んでいる。

いったいどのような楽士ならば演奏できるのだろうか?


そして左手側の壁の前に、石の細長い台座が置かれ、漆黒の像が台座に半分めり込む様に安置されていた。

漆黒の像は人間とは思えない、身長が2メートル程、非常に細身で頭は逆円錐形、目はアーモンドの様な形で三眼だ、口は細い顎に見合ってとても小さい。

体は女性的な曲線で構成され胸に緩やかな二つの起伏がある、そして手足は細長く六本指だ。

彼女はその像から高い知性と人とは異質な精神性を感じる、そしてこの黒い像を異世界の種族の女神の像だろうと判断した。

その石の台座の反対側の壁には人形の窪みが空いている、この窪みが異教の女神の像と同じ大きさで同じ形に思える。



「なんだろうここ?」

「前も来たのではないですか?」

「ルディと来た山の神殿とは全然違う」

「まずはメダルから確認しようか」


ベルがそっと台座の上のメダルに触れてみる、

特に何も起きない事を確認すると、メダルを掴み上げて裏表を観察し始めた。


「コッキー見てみて」


彼女はメダルをコッキーに手渡たす、コッキーはそれを恐る恐る受け取る、その瞬間異変が起きた。

部屋の内部に得体の知れない巨大な力が満ち溢れ渦巻いたく、それと同時に彼女の体内の精霊力が変調をきたし彼女の肉体を硬直させる、まったく体が動かなくなった、ただ意識だけが自由だ、だがかろうじて眼球だけは動かす事ができる。


メダルがコッキーの手の平の上から、手の中に沈み込んでいくところを為す術もなく見守る事しかできない、その視界の中のコッキーの顔から表情が消えていく、そして夢遊病者の様にホルンの様な物体が置かれた台座に向ってフラフラと歩き始める。


コッキー!!!


だが彼女の唇は言葉を紡ぎ出す事ができなかった。





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