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悪夢の始まり

その夜ゲーラの安宿の一室にピッポファミリーが集結していた、その宿の名は『ゲーラの首飾り』、建物自体はそう悪くなく帝国時代の様式を残した建築だ、薄汚れていたがその造りを見る者が見れば理解できる、だが優雅な名前が恥じるぐらい長い時をへて客質が低下してしまった。

「あいつら、スキが無いわねー、簡単に魔剣だけ持ちだせるスキなんて無いわよ」

どこか眠そうにテヘペロが椅子の背もたれに身を預けた、するとローブの前がはだけて大きな胸が存在を主張する。

ピッポの視線がテヘペロの胸に吸い寄せられる。

「小娘は隙があれば無意識で行動しはじめるはずですぞ」

「しかしピッポあの娘はどうなっているんだ?暗示をかけたのか?」

そこにテオ=ブルースが小声で割り込んでくる。

「暗示にかけたわけではありません、小娘を操る事ができる存在を憑依させ命令を与えたのです、私の術は二段階になっておりましてね」

「魔術師でも無いのにそんな事ができるのか?」

「ピッポは魔術師では無いけど、錬金術師として精霊の制御に関わる研究に関わっていたのよ」

テオの疑問にテヘペロが答える。

「残念ながら、わたしには幽界との通路を開く才能が無いので、魔術師としての感受性があると言われてはいたのですがね、キヒヒ」

ピッポの顔は苦い。

「私は幽界の通路を開く方法を長い間探しているのです、残念ですが今だに目的は果たせていませんがね」

「なんとも俺には理解しがたい話だな」

テオ=ブルースが肩をすくませた。

テヘペロはテーブルの一角上を見つめている、そこには穴が開いておりその周りが黒く焦げていた。

ピッポはしばらく悩んでいたが再び話を進める。

「私は、精霊を簡単に呼び出せる方法の研究に関わってきました、珍しくもない研究ですぞ?昔は簡単に呼び出せたので世界中でその研究をしています。

その中で精霊召喚の原理、命令を強制する仕組みの研究に関わっておりましてね。

そこで思いついたんです、死霊術が人の霊魂を精霊の様に扱えるのなら、生きている人間も支配できるのではと」

そこで一息つくとエールをすする。

「精霊召喚で使う触媒からある程度は近い事ができるところまでは行けましたが、禁忌とされ実験資料を奪われ呪いをかけられ追放されました」

「呪いとはなんすか?」

今まで話に加われなかったジムが思わず口を開いた。

「それは私の知識を人に教える事、使うことができなくなる呪いですぞ」

「いや、使えている様に見えるが?」

マティアス=エローが疑問を呈した。

「ある事故で部分的に呪いが壊れましてね、イヒヒ」

「ところで小娘を操っているのは精霊とやらなのか?」


「マティアスさん死霊ですぞ、精霊を使いたくとも私には幽界への通路を開く事ができません、もっとも人を操るには死霊の方が向いているのです、精霊憑きは世に知られていまして発見される危険が高すぎるのですよ」

一同は言葉を失った、テヘペロだけが心ここにあらずで何事か考えていた。

「死霊ならば初めから現世にいる奴なら召喚しなくても良いのよね?」

「それなら通路を開く必要はありません、さて術をかけて二日目です、しだいに支配が強まって行く、これからが本番ですぞ、イヒヒ」





コッキーは手を引かれ街の中を走り続けていた、周囲は悲鳴と泣き声と怒声に溢れ人々が逃げ惑っている。

「やつら町に火を付けやがった、逃げろ焼け死ぬぞ!!」

近くにいた誰かが叫び声を上げた、その声音に恐怖がにじみ出る。

後ろを振り返ると町の家並みが燃えていた、炎が夜の闇を焦がし火の粉が群衆の上に降り注ぎ、群衆の混乱に拍車をかける。


「コッキー絶対に手を離さないで!!」

「お父さんはどこなのです?」

幼い娘が母親に縋りつくそれは自分だった、見上げるのはコッキーにとても似た美しい女性、髪の色は同じ薄い金髪で腰までの長髪だ。


「今は私達が生き残る事だけ考えて、お父さんはきっとご無事です!」

炎は風に煽られ街の中に広がり家々をなめる、母娘は群衆に揉まれ流されながらノロノロと東に向かっていた。


「東の城門に向かえ、そこから町の外に出るんだ!!」

どこからもなく叫び声が聞こえてくる。

東側にはリネイン城がある、そこの門だけが開け放たれている。他の門は固く締め切られたままで逃げ場が無かった、もっとも開いていたとしても街の三方は敵に包囲されていたので逃げようも無かった。

「くそ西風だ!!」

「はやく動いて!!」

「もたもたするなー」

しだいに動揺が群衆に広がる、それが更に恐怖を煽り群衆が争うように東門に殺到していく。

やがて恐慌状態の群衆に巻き込まれ揉まれている内にコッキーは母の手を離してしまった。


「お母さん、お母さん!!お母さん!!!」

その悲痛な叫びは騒音に飲み込まれる。



『コッキー』


遠くから声がきこえる。





「コッキーどうしたの?」

コッキーが目を覚ますと、その目の前に美しいベルサーレの顔が見下ろしていた。

全身が汗でじっとりと濡れている、そして涙までも。

「うなされていたね」

「夢でした、久しぶりに見てしまいましたです・・」

「嫌な夢だったんだね、無理に言わなくてもいいよ」

ベルサーレは布でコッキーの顔から汗を拭いてやる。


「ベルさん、ありがとうです、もう大丈夫です」

コッキーは薄っすらと笑う。


「大丈夫みたいだね、まだ朝まで時間があるよ、眠れる?」

窓を見るとたしかに外は暗かった。

「はい、眠れそうです」

ベルサーレは微笑む。

「じゃあ、おやすみ」

「おやすみですベルさん」

「リネインが燃えたあの夜の夢を見たのは久しぶりです」

心の中でつぶやくと再びコッキーは眠りに落ちて行った。





なんとなく鼻がムズ痒くなり再び目が覚める、眼の前にベルサーレの顔がある、彼女の鼻息がコッキーの顔にかかっていた。

窓の外は日の出前だが既に空は明るくなっている、彼女がベットから出て窓辺によると外は薄曇りの朝だ。

「今日は旅しやすい天気になりそうです」

ふと部屋の奥を見ると、反対側のベッドにルディガーが寝ていた、その枕元に彼の剣が目に入った。


その瞬間コッキーの意識がいきなり暗転した。



彼女はその光を失った瞳のままその場にたたずむ。

『さあコッキー、その剣を持って早く部屋からでるのよ』

どこからともなく声が聞こえる、不思議とそれを変だとは感じなかった、それを自然に受け入れ当然の様に感じていた、感情が麻痺している、頭も靄モヤがかかったように何も考えられない、だが心の奥の何かが喜びを感じていた。


「わかりましたです!!」

コッキーはルディガーのベットに近づく一歩二歩と。


その瞬間、部屋の中で鈴が鳴り響いた、コッキーの体がびくりと震えた。


「なんですか!?こんな朝から精霊通信ですか」


アゼルが起き出した、彼はそのままあわてて精霊通信盤に向かう。

「昨日連絡がないと思ったら朝くるとは」

少し忌々しげにつぶやいた、そしてその騒ぎでルディガーも起きた。

「コッキーか?もう起きていたのか」

「えっ!?ルディさんおはようございます」

今意識が跳んでいましたか?心の中で首を傾げる。


「どうかしたか?顔色があまり良くないようだが」

「ルディガーさん、寝起きがあまり良くないのですよ」

「寝起と言えばベルだな、殺気や異常事態に機敏に反応するが普段はぐうたらなのだ、コッキー起こしてやってくれないか」


その間にアゼルが通信内容を整理した。

「通信内容は『クライルズ婚姻』ですね、クライズ王国から婚姻話が来たと言うことでしょうか?」

「ルーベルト、殿下に婚姻話が来たのかもしれんな、アラティアとの婚姻よりは歓迎されるだろうな、後は大公妃がどう出るかだな」

「しかしエルニア諸侯もルーベルト殿下の継承自体に反対する者も特にいないのですから、そこは大公妃も引けば良いと思うのですが」

「まあそうなんだがな・・・」


ルディガーはアゼルに目配せする、アゼルはコッキーを一瞥し話を打ち切った。

「エルニアの王子様が結婚ですか?おめでとうです」

「うむ、結婚ともなれば商売の機会なんだが残念だった」

ルディガーは適当に誤魔化す。


「ベル、朝飯を食べたら妖精の腰掛けによってからハイネに向かうぞ」

「朝ご飯!?」

ついに彼女も半分寝ぼけたままもぞもぞと起き出す。

「皆んな今日少し早くない?」

とぶつぶつと文句を言いながら。





一行は宿屋を後に街の中央広場を目指した、魔術道具屋『精霊の椅子』は一際目立つ建物だった。

童話の中に出てきそうな小さな塔で瀟洒な造りだ、店名の『精霊の椅子』と三角帽子の絵が描かれた看板が入口に下がっていた。

「あれが昔セザール=バシュレの弟子だった男が経営している店なんだな」

「そうです若旦那様」

アゼルがドアを開け中に入ると、魔術の触媒の独特の匂いが溢れ出る。

ベルサーレは顔をしかめコッキーは堂々と指で鼻をつまむ。

正面カウンターには昨日と同じに、老魔術師が店番をやっていた、やはり頭には看板の絵と同じ魔術師の黒い三角帽子を乗せている。

「おぬしは昨日のアゼル=メイシーだな、今日は店をあけたら一番か」

「おはようございますホンザさん」

「何か買い忘れたのか?」

「私の知人がセザール=バシュレについてお聞きしたいと申しまして」

「あんたは?」

そこで初めてホンザはアゼルの後ろにいる奇妙な組み合わせの集団に目をやった。


「エルニアのリエカの商人ルディ=ファルクラムだ、ホンザ殿」

「何用かな?返答次第では何も教えんよ」

ルディガー以外の三人に緊張が走った、ルディガーは一瞬目を瞑り開いた時には決意を固めていた。


「俺は精霊魔女アマリアに会いたいのだ」

「な、なんじゃとお!!!」

ホンザは驚きの余り大声を上げてしまった。

アゼルもベルサーレもいきなり直刀を叩き込みに行くとは予想していなかった。


コッキーがベルサーレの耳に口を寄せてささやく。

「あのベルさん、精霊魔女アマリアってどなたです?」

「とても偉い魔女なんだよ、これ以上は僕に聞かないで」

衝撃から落ち着いたホンザが口を開く。

「精霊魔女アマリアに会ってどうするのだ」

「俺に関する精霊宣託の中身を知りたい」

「それは宣託主がお前以外の人間なのか?」

「そうだ」

「精霊宣託は契約に縛られている、契約によっては他者の精霊宣託の内容を知る事はできないぞ、高位の宣託ともなるとそんな事ができるのは精霊王・・・そう言う事か」

しばらく長い沈黙の後にホンザが口を開いた。

「お主にとって余程の問題なのだろうが、思いついても実行しようとする奴がいるとはのう」





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