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死靈術の影

間もなく日が沈もうとしている、その夕焼けの赤い空を背景に城塞都市ゲーラの影が黒く映える。

そしてゲーラの南西の方角の空に黒い煙が幾筋も立ち昇っている。

「なんだろう山火事かな?」

視力の優れたベルサーレが真っ先にその煙に気がついた。

「なんだろうな、戦火ならば街の警戒も厳しくなるはずだが」

ルディガーも眉を潜めてその方角を眺めた、そうしている間にゲーラ城市の古風な城壁がしだいに近づいてくる。

「ゲーラの城門が閉まる前に中に入れそうですね」

エリザがアゼルの背嚢の上で小さな欠伸をした。

「今日は本当に忙しい一日でした、エリザベスもつかれたでしょう?」


「あの、お猿さんのお名前はエリザベスですか?」

コッキーがそう言いながらアゼルの側に近づいてきた。

「ええ、そうです」

四人は城塞都市ゲーラの閉門時刻ギリギリで内部に入る事ができた、ルディガーはさっそく門番にゲーラの南西の大きな黒い煙について尋ねた。

「あの煙はなんだろうか?この近くで戦が行われていると聞いて心配しているのだ」

「ああ、あの煙のことか」

門番も南西の空を眺める。


「まあ、秘密と言うわけではないからな、あれは死霊術を利用した犯罪を摘発した後で焼いているのさ」

「死霊術ですか?」

アゼルが驚き反応する。


「ああ、死霊術を利用して屍体を働かせている者がいるらしいぜ」

門番は不快そうな顔をして教えてくれた。

「屍体を働かせるだと?」

ルディガーはバーレムの森で動く屍体に襲われた夜を思い出したのだ。


「そりゃ旦那、給料もいらないし食い物も要らないから儲かるんだとさ、最近は人手不足だ」

「ではあれは火葬の煙なのか!?」

「そういう事ったなあ」

門番が肩を竦める。


「ベントレーで戦が有ったそうだが、どうなったか知らないか?」

「うん?どうせ小競り合いで終る、どちらも余り本気でやりたくないんだ、味方を見捨てないと言うポーズを取りたいだけさ」

「ではまだはっきりとは判らないんだな」

「俺達の様な身分では詳しいことはわからんよ、さてと閉門!!閉門!!」

門番が大声で叫び城門を閉じ始めた。



ラーゼは城壁や建物がセクサルド帝国時代の古風な様式が残っている、それは街自体が徹底的な破壊を逃れてきた事を物語っていた。

入城した時間が遅かったのか、商店もすでに今日の商売を終えて店仕舞いを始めている、街の中央広場に進むと魔法道具屋はまだ開いていた。

それは石造作りの塔の様な2階建てのいかにも魔法使いの住処らしい瀟洒ショウシャな店で、店名の『精霊の椅子』と三角帽子の絵が描かれた看板が下がっている。


「私はここに寄ります、宿の契約は若旦那様とベルサーレに頼みます」

「わかった任せておけ、決まったらベルサーレを行かせる」

アゼルは三人から別れた。


アゼルが店に入ると、入り口の正面がカウンターで、老魔術師が店番をやっていた、白い長い顎髭を伸ばし頭には看板の絵と同じ魔術師の黒い三角帽子を乗せている。

店内は商品棚が所狭しと並べられ狭苦しい、その天井に近いところには採光窓が設けられ、そして店内は薬草と干物と香料の臭で満たされていた、それは魔術に縁があるものには親しみ慣れた空気だった。


「お客さんか、すまんがもう店じまいじゃよ」

年老いた風格のある老魔術師の店番が珍客に驚いたように応じた。

「ぎりぎりでご迷惑をおかけしました」

「あまり見ない顔じゃな?」

「エルニアから来ました」

「ほうほう」

アゼルは魔術の触媒をいくつか買い足す事にした。

「やはり触媒も高いですね」

そう小さくささやく。

「ところでセザール=バシュレと言う魔術師に付いて何かご存知でしょうか?」


老魔術師は驚き警戒心をむき出しにした。

「なぜそいつに興味があるのだ?」


「精霊魔女アマリアの高弟でハイネにおられると聞きました、私も魔術師の端くれですので精霊魔女アマリアに興味を持ちまして」

「セザール=バシュレは儂ワシの師だった男だ」

「なんと、しかし、貴方もかなりのご高齢とお見受けしますが?」

「ふぉふぉ、精霊魔女アマリアが生きていたら何歳になると思うかね?」

「死を超越しましたか?アマリアの高弟ならばありえるかもしれませんが」

「詳しい事は言えぬが、セザール=バシュレはまだ生きておる、精霊魔女アマリアの高弟であったのも確かだが、はるか昔に破門されておる」

「なぜ破門されたのですか?」

「詳しい事は言えぬが、儂は若い頃奴と袂を分かったのだ・・・」

老魔術師は物思いに浸りこんでしまったようだ。


「今は、これ以上は得られそうもありませんか」

小さく呟くとアゼルは触媒代の代金をカウンターに置く。

やがて老魔術師は再び語り始めた。

「この町は精霊魔女アマリアと多少の縁があるのだよ、150年以上前の事だ、この街の学問所の設計などに関わっておるのだ、あの頃の彼女はまだ伝説では無かったようじゃがな」

「儂ワシの名前はホンザ=メトジェイじゃ、おぬしは?」

「私は・・・アゼル=メイシーです」

「ほほぅ、エルニアのメイシーの出だったか」




すでに宿屋の多くは客で埋まっていた、ルディ達は街で一番高級な宿の一部屋しか取れなかった。

『ゲーラ宮殿』と言う恥ずかしい名前の宿屋は建物だけは立派だったが、備品は高級からはほど遠いいい加減な宿だ、ルディガーはそれに眉をひそめていたが口には出さない。

「もうどこも空き部屋が無いしコッキーも一緒でいいじゃない?」

「皆様、ご迷惑おかけしますです」

コッキーも結局3人と同じ宿の同じ部屋に泊まる事にする、幸い部屋は大部屋だ。

「さて、そろそろ食事にしないか?」

椅子に座り一息ついていたルディガーが誘う。

精霊通信の準備を終えたアゼルは、部屋に防護魔術の結界を貼った。

「そうですね、たしかこの宿の一階に酒場がありました」

「アダムさん、防護魔術ってなんです?」

「我々4人以外がこの部屋に強引に入ろうとすると妨害と警告が発せられるます」

「魔術ってすごいです!!」

アゼルはコッキーの素直な賛辞に悪い気はしていないようだ。

「ほんと魔術って素敵だね!!」

ベルサーレが調子に乗って付け加える。

「なぜか貴女が言うと何でも怪しくなりますよね?」

「それはどういう意味だ?」

アゼルとベルサーレは何時ものように言い争いをしながら階段を降りていった。



階下の酒場は多くの客で賑わっていた、客層がましなのかあまり不快な臭はしない、煙草と妖しげな薬草と獣脂ランプの匂いが混じる、4人は片隅の空いていた小さなテーブルに座り、本日のお勧めの定食を注文した。

「ほんとテレーゼは物価が高いね」

「ベルサーレは最近奥方じみてきたな」

ルディガーがからかうとベルサーレの顔が赤くなった、それにコッキーが気づく。

「ベルサーレさん風邪をひきましたか?」

「なんともない!!」


「ところでアゼルよ、死霊術について詳しく教えてくれないか?」

エリザにパンくずを与えていたアゼルはテーブルの一同を眺めた。

「殿、えー若旦那様解りました、ところで死霊術に関してどこまでご存知ですか?」

「ベルサーレも居るので基本的な事から頼む」

「なるほど、解りました」


「我々のいる世界を『物質界』と言います、近い順に『幽界』『霊界』『神界』『魔界』などがある、それはご存知ですか?」

「前にルディから聞いたよ」

「人が死ぬとその霊魂は『物質界』を離れ、まず『幽界』に向かいます、そして準備を調えより上位の『霊界』に旅立ちます、その中でより霊質の高い霊は『神界』に昇っていきます」

「ですが、異常な死に方をしたり、この世に強い未練がある場合は、幽界に進めない、幽界から霊界に進めない霊魂が生まれます、死霊術とはその様な霊魂を利用する為、禁忌になっています」

「さまよえる霊魂を利用するんだね」

「ベル嬢、例えるならばまさしくそれです、死霊術と精霊術には多くの共通する要素があります、違うのは精霊は物質と精神の中間的な存在ですが、死霊は精神的な存在と言う大きな違いがあります」

コッキーはその話に驚かされた様に聞き入っている。


「ねえルディ、バーレムの森で会った動く屍体も死霊術だったのかな?」

「いや、あれは気の強い場所に放置された屍体を依り代にして、異界の下等な精霊が憑依したものだ」

「お二人はそんな物にも遭遇していたのですね、死霊術はもともとその現象をヒントにして生み出されたものなのですよ」

「門番が死霊術を使った犯罪が多いと言っていたよね」

「死霊術は禁忌ですがこのテレーゼでは有名無実なんでしょうね」

しばらく四人は沈黙してしまった。


「私からもお話しておきたい事があります」

「なんだアゼル?」

「この街の魔術具屋でセザール=バシュレの弟子だった老人にお会いしました、名前はホンザ=メトジェイと言います」

「それは重要だぞ、セザール=バシュレに会う手がかりが得られそうだな」

アゼルは魔術具屋でのホンザとのやり取りをルディガーに話した。



「明日、俺も老人と話をしてみたいのだ良いか?」

ルディガーはその老人に興味を持った様だ。

「道具屋にお連れする事はできますが、どこまでお話をいただけるかは解りませんよ?」

「かまわぬ、今は手がかりが欲しい」

「畏まりました」

そこに4人分の本日のお勧め定食が運ばれてきた。


「ルディさん達はどこから来たです?いったい何者なのです?」

コッキーの質問にベルサーレとアゼルは戸惑った様にルディガーに目配せする。


「私の父はエルニアの大商人でな、見聞を広める為の旅に出されたのだ、旅のお供に小間使いのリリーベルと若番頭のアゼルが付けられた、何か商売のネタがあればそれを生かす様に言われている、魔術道具はエルニアでは大きな商いになるのだ」

「エルニアの方でしたか?それで修行の旅に?」

「武芸者では無いが、商売にも修行がある」

ルディガーはアゼルの設定を適当に盛って話を作っているだけだ。


ベルサーレは食事をしながらも内心では適当な話をスラスラ言えるルディガーに感心する事しきりであった。

「でも皆様からは武人の匂いがします」


スープを飲んでいたベルサーレが噎せた。

「ゴホッ!!グフッ!!」


「武の嗜みがなければまともに旅などできんぞ?コッキー」

ルディガーはまったく動じなかった。

「そうですよね、護衛も無いのに旅なんてできませんです」

「はは、コッキーは解っているじゃないか?」

のんきにルディガーは堅いパンと格闘している。


4人は食事を終え部屋に戻ってきていた、もともと二人部屋の為ベッドが二つしか無いのだ。

「えー、若旦那様はベッドで寝て下さい、ベルサーレとコッキーさんは二人でベッドで寝て下さい、私は床で寝ます」

「ア、アゼルさん申し訳ありませんです」

コッキーが申し訳なさそうにアゼルに詫る。

「気にしないで結構です、私はルディやベルサーレと同じベットには入りたくありません」

部屋は微妙な沈黙に満たされた。

「早めに寝て疲れを癒そうではないか、ん?ベルサーレは何をやっているのだ?」

ベルサーレは先程から一生懸命に手帳に細かく文字と数字を書き込んでいた。


「これは、ルディの使ったお金の管理をしているんだよ?」

「ああ、忘れていなかったのだな・・・」

「絶対に忘れないけど?」


コッキーはベルサーレの手帳を覗いて驚いた。

「ベルサーレさん字が書けるんですか?あと計算までなさっています凄いです!!」

「あっ!!」

小間使いが文字の読み書きができたり計算など普通は出来ない、貴族か聖職者か商人の生まれでないと学ぶ機会すら無いのだ。


「ベルサーレは特別な教育を受けているのだ、俺の旅に同伴する為にな」

ルディガーがすかさずフォローに入る。

「そうなんですね、凄いですベルサーレさん」

「えっ?まあそうなんだよね」

尊敬のこもったコッキーの瞳に見つめられベルサーレはとぼけてあちらを向いた。


アゼルはベッドの側の小さな机に置いた精霊通信盤に近寄った。

「さて、精霊通信しますよ『ゲーラ着く』で送信します」

「聞いた事ありましたが、それが精霊通信なんですね?」

コッキーは精霊通信が行われる処を見たのは生まれて初めてだ。

「初めて見ましたか?コッキー」

「はいアゼルさん、今日は驚くことが多かったです」

そして少し離れたところから精霊通信を行うアゼルを物珍しげに観察している。


やがて作業を終えたアゼルは部屋を見渡す。

「明日の朝まず魔術道具屋に向かい、その後ハイネに向かうでよろしいですか?」

「異議なし!!」

金色の獅子の置物をなでていたベルサーレが無駄に大きな声で賛同したので、アゼルはベルサーレを軽く睨みつけた。




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