テレーゼで蠢く者達
コッキーが加わり四人に増えたパーティは街道を西に進む、二つの都市の中間地点に差し掛かった、周囲には人家も農地も見えない、かつてはこの近辺も豊かな田園地帯だったと言う。
「ベルさん達とまた一緒になって嬉しいです」
沈黙して歩いていたコッキーが突然ベルサーレに微笑みながら話かけてくる。
「えっ、そうだね、あの次のゲーラってどんな街?」
「えーとリネインより小さな街ですよベルさん、何度も通った事があるのです、ハイネと仲良くしています、昔は学問の街と呼ばれていたようです、学校は廃墟になっているのです。
あと交通の要所なんです、西に向かうとハイネ、南に向かうとド・ルージュの廃墟を通ってルビンに出ます、北に向かうとベントレーです」
「たしかべントレーって戦争になっている処だっけ?」
「はい、たしかそのはずですが、ゲーラに行けば何かわかるかもしれませんよ」
その時一行の先頭を進むルディガーはエッベとの戦いを回想していた。
「思い出したぞ、エッベに感じたあの感覚、ラーゼで買ったあの奇妙なダガーに似ているのだ」
「ベル、ラーゼで買ったあの黒いダガーを覚えているか?」
「あれがどうかした・・・・あっ!?」
アゼルが二人の態度に不審をいだいた。
「どうしました?私が預かっているあのダガーのことですか?」
コッキーは訳が分からないと言った顔で3人のやりとりを見ている。
アゼルは懐から魔法道具を入れる特殊な袋を取り出す、中から黒いダガーが現れた、ダガーは石綿を練り込んだ特殊な布で巻かれていた。
ルディガーは極僅かではあるがエッベの気配に似た何かをそれに感じた。
「そうか、これだったんだな」
ベルサーレもアゼルの手の上の黒いダガーを覗き込んでいる。
「私にはほとんど何も感じる事ができません、感度に差があるのでしょうね」
アゼルも黒いダガーを見つめていたが、頭を横にふる。
コッキーも興味ありげに覗き込んできた。
「その黒いダガーは魔法道具なのです?」
「私にもはっきりとした事はわかりません」
アゼルはそれを否定した。
「アダムさん、ゲーラは昔は学問の街と呼ばれていたんですよ、昔なら調べられたかもしれないですね」
アゼルは誰の事かと戸惑ったが、すぐに自分の偽名と気がついた。
「テレーゼ王国時代は研究機関があったと記録にあります、今は封鎖されているはずです、あと中にはもう何もないでしょうね」
アゼルは黒いダガーを布で包み袋に入れ懐にしまい込む。
「価値の有るものがそのままなわけ無いか」
それにベルサーレも気楽に応じた。
「アゼルよところで狂戦士とはなんなのだ?」
コッキーがふと頭を傾げた、彼女はエッベを知らない。
「魔術師の素質がある者とは精霊との感受性が強い者を指します、幽界との通路を作る事ができる才能がある者なのはご存知ですね?」
「その素質を持った人間は少ないそうだな」
「ええ、500人に一人と言ったところですか、そして特定の家系に集まる傾向があります、エルニアではメーシー家につらなる者に特に多く生まれています、
そしてその素質を持った者でも、精霊力の制御が難しく精神や肉体を害してしまう者が現れます、これが狂戦士化する素質を持つ者なのです、これも魔術師の素質のある者の中から一定の割合で生まれます、ですが若い頃に素質を見出されて魔術師としての専門の訓練を受ければ殆ど回避できるのです、だが環境や運が悪いとあの男の様な末路を辿ります」
「じゃああいつも魔術師になれたかもしれないのか・・・」
黙って聞いていたベルサーレが南の空を見上げた。
逃げ出したエッベは衝動的にひたすら南に向って走り続けていた、最近意識が遠くなる時間が増えている、怒りと憎しみに塗りつぶされ何も考える事ができない時間が増えている、だが今は恐怖にかられて逃げていた、あの黒い剣を持つあの男から。
なぜ逃げているのかすら良くわからず、逃げ出したいと言う本能だけで逃げ出した。
「どうなっているんだ・・・おれは・・・」
それは言葉にならなかった。
だが消して忘れる事のできない者達がいた、一人は黒い帽子に丸い金縁の黒い遮光メガネに長い顎髭と無精髭の男、そいつがエッベを嘲り嗤う。
その男の後ろから青白い人とは思えない美しい女が無感動に無機的な視線を向けてくる、その視線の中にあるのは無関心だけ。
もう一人は黒ずくめのローブに顔を見せた事がない、カサついた耳障りな声を立てる男の姿を鮮明に思い出す、その男にとってエッベは物以下の存在でしかなかった。
彼らの姿は強い憎悪の感情と共に甦る。
「殺してやる、ころしてやる、ころ、ころす・・・」
だがそこには拭いきれない恐怖がある、エッベは彼らこそが全ての元凶だと知っていた、エッベからふたたび異様な気が噴出する、そして空に向って咆哮を上げる。
周辺の森の鳥の群れが恐怖にかられ一斉に飛びたつ。
するとなぜか遠くから自分を呼ぶような何かを感じた、そこに向って進路を変えると闇雲に走り続ける。
「ヒィイイイーー」
森で猟をしていた男が、森の中を異常な速度で走り抜ける大男を目撃し腰を抜した、エッベの表情は正視に耐えられぬ異様な物だったのだから。
テレーゼの南西の端にある旧アラセナ伯領、山脈一つ越えた東にグラビエ湖沼地帯がある、そのアラセナ城の現在の主であるセルディオ=コレオリの前にオルビア王国の密使が訪れていた。
アラセナ盆地は守るに易く守るに堅い天然の要塞だ、北のラーゼ同様に近年まで比較的安定していたが、アラセナ伯爵が家臣に弑逆されてから不安定化した。
そしてアラセナ伯を僭称していた家臣を倒したのがこの傭兵隊長のセルディオ=コレオリだった。
だが統率力に難のあるセルディオから部下が離反、今やアラセナは3つに別れ内戦状態に陥っていた。
セルディオはいくぶつ詰問調に特使に問いかける。
「アマデオ殿、あの屑どもとの話は纏まっているのか?」
アマディオが僅かに眉をしかめる。
(こんな事だから部下が離反するのだ)
「セルディオ様、現在和睦の話を進めているのですから、お言葉には気をつけてくださらないと困ります」
「ああ、わかったよ、でどのような状況なんだ?」
「オレノ様、ジョス様共にオルビア王国が和睦の証人として入るのであれば和睦を受けられるそうです、ですが条件がありまして」
オレノとジョスはセルディオの部下の傭兵隊長だった男達だ、それぞれ500名近い兵を擁してアラセナ各位置を占領していた。
「どのような条件だ?」
「和睦を行う場所でございます、お三方の勢力のそれぞれの接点に近いこの村で行う事を要求してきました」
アマデオは地図の一箇所を指し示した、そこはアラセナ盆地のほぼ中央の村だった、この城からも比較的近い村だ。
「そこならばこの城でいいだろ?」
「オレノ様、ジョス様共に、それぞれ同数の兵を出し会談を行う事を要求されています」
この事からいかにお互いを信用していないかが理解できた、一年前までは同僚であり部下と上司であったと言うのに。
「まあ、会談の場所程度の条件ならばかまわんだろう」
セルディオ=コレオリは後ろに立っている副官の男を見やる、副官の男が一歩前に出てセルディオに報告した。
「まもなくオルビア王国から宰相様の名代が来られるはずです、その御方が和睦の証人兼立会人となります」
セルディオは副官の男に目配せした。
「ジョゼフ、細かいところはアマデオ殿と話を進めてくれ、まかせたぞ」
「おまかせください隊長殿、いえご領主様」
アマデオとジョゼフは謁見室から退去し会議室に向かった。
「俺もこれで本物のご領主様だ」
残されたセルディオは豪華な椅子の上でニヤケ顔で独り言を呟く。




