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争乱の予兆

ルディガー達のいるリネインからエドナ山塊を経た東側、エルニア公国公都アウデンリート、その中心に大公家の居城が聳え立つ、ルディガー公子の反乱事件からニ週間が経過した城内は落ち着きを取り戻していたが、エルニア国内では次に起きるであろう事態を予感し緊張感が高まりつつあった。


そしてバーレムの森を捜索していた部隊からの情報が徐々に公都に集約される、そして宰相執務室の隣の会議室にエルニアの首脳部が集まった。


テーブルに広げられた大きなエルニア公国の地図を棒で指し示すのは、軍務庁長官のクルト=ヘーゲル男爵だ。

「この地図を見たまえ、宰相閣下の手の者が壊滅したのがこの地点、ボルトの町から北西の方角だ、ボルトからエドナを越えてテレーゼに向かう最短ルートならば真西に進む、ここは旧街道の跡が残っているからテレーゼに進みやすい」

「そしてグリンプフィエルの猟犬との交戦場所がここだ、やはりボルトからおおまかに北西の位置にある、明らかにこの方向に謀反人は向かっている、そしてエドナの鼻で焼け落ちた山小屋の跡が見つかった、ごく最近焼けたと思われるそうだ」


エルニア公国宰相ギスラン=ルマニクは己が抜擢した武官を一瞥した。

「謀反人ルディガーの生死は確定していないが、グリンプフィエルの猟犬の自爆から生き残り、国外に脱出した可能性が高い、だが生存を公表するわけにはいかぬ、しかし彼らはどこに向かっている?」

クルトが再び棒で地図を叩く。

ギスランがそこで言葉を挟んだ。

「テレーゼの北西のラーゼか、その北のグティムカル帝国だな」

総務庁長官のオイゲンが苦笑いを浮かべながら話を継いだ。

「しかし宰相閣下、生死不明のままでは問題が多すぎます、死亡したと公表すべきです、どこかで名乗り出てきた場合は偽物で押し通す、敵対勢力の旗印に担ぎ上げられる事だけは避けねば成りません」


「そうだな、そろそろクライルズの使節団に関する報告が来る頃合いだ」

「例の婚約の話ですかな?」

クライルズ王国は歴史の浅い国でクラビエ湖沼地帯を挟みエルニアの南にある王国だ。

婚約の話とはエルニア大公家の第一継承者のルーベルト殿下の婚約の件で、ギスランはクライルズ王国と水面下で話を進めていた。


「大公妃様がつまらぬ野心を捨てていただければエルニアは盤石になるのですが」

大公妃は母国アラティアと婚姻関係を結ぼうとしていた、だが二代続く縁戚関係に眉をひそめる者も多い。

「周辺諸国に対して万全の体制を確保してから、国内の難題に手を付けたい」

その場にいた者達はギスランの言葉に頷いている。

ついにギスランは決断を降した。

「やむなし、謀反人ルディガーはバーレムの森で死亡したと公布しよう」


「仕りました、公布の詳細はこちらにお任せ下さい」

総務庁長官のオイゲンが答える、それにギスランが頷いた。

「ああ、では本日の閣議はこれで閉会といたそうか」


そこに魔導庁長官のイザク=クラウスが声を挟んだ。

「報告が遅れましたが、グリンプフィエルの猟犬が自爆し、かなりの量の精霊変性物質を回収できました、価値としては180000アルビィン程になります」

「それはまた凄まじいな」


その場にいた者達はその価値に感嘆する事しかできなかった。






エルニアの南に広がる広大なクラビエ湖沼地帯、その自由開拓村の一つにクラスタ家の本拠が置かれている、その村の館の狭い執務室に当主ブラスとクラスタの重臣達が集まっていた。

館は地主の館と言ったところで粗末ではないが貴族の館には不足していた、ブラスは執務机の前に家臣たちは狭い執務室に立ち並ぶ。

クラスタ家はエルニアの有力豪族で家臣の数こそ500名を越えるが、その中で戦えるのは350名程度だ、農兵を徴募すると1000名を優に越える動員が可能だが、その様な事態はここ50年の間まったく起きていない。

現在エルニア本国の本領と分断されていて状況は決して良くは無いはずだが、館に悲壮な空気はまったくなかった。


「どうだリコ、物資の集積状況は?」

ブラスにリコと呼ばれた壮年の男が答える。

「ほぼ必要量集まりましたが、油の入手に難渋しています」

「わかった」


ブラスはうなずき今度は若い屈強な男に視線を向けた、長身で細身で細面だが黒い髪と無精髭の精悍な男だ。

「サカリアスよエミディオとの連絡は?」

クラスタの密偵頭を努めているサカリアスが進み出る。

「今のところ連絡体制に不備はありません」

「連絡は密にな」

サカリアスは頭を軽く下げる。


やがて定例会議は終わり家臣達は解散していく。

ブラスはソファから立ち上がり館の私室に向かった。


「あなた」

後ろから声をかける者がいたそれは女性の声だ、ブラスが振り返るとそれは妻のアナベルだ。

アナベルは小柄で少女じみた年齢不詳な清楚な美しい女性だ、髪は長く美しくそれはベルサーレに似ている。


「なんだ?」

少し間ができたがブラスが問いかける。

「貴方は本気なのですね?」

ブラスは一瞬怪訝そうな顔をしたがすぐに応じる。

「ん?ああ本気だぞ?今の俺はエルニア大公の家臣ではないのでな、好きな様にやらせてもらう」


「ギスラン様に勝てるのかしら?」

「ギスランはデギオン様が見出した能吏だ、大いにエルニアの為に貢献してきたが、だが奴はアルムト帝国産まれ故に見えぬ死角がある、エルニア人とは何者なのかそれを思い知らせてやるつもりよ」

ブラスは不敵に笑った、先代大公が生きていれば野獣を野に放ったと嘆いたかもしれない。

「うふふ、そこに正義はお有りですか?」

「奴らは二年前のベルの神隠しの件で言いがかりのように爵位を取り上げた、そしてルディガー殿下の謀反を捏造したあげくクラスタの領地までも取り上げようとしている、だがこのまま奴らの思い通りにはさせんさ」

そのブラスからは言葉とは裏腹に悲壮感など無かった。


「今の貴方はとても生き生きとされていますのね」

アナベルはそのブラスに改めて見惚れた様に妖艶に微笑む、少女じみた彼女に相応しくない。

「何もなければ、平凡な御領主様で終わったかもしれないのに、なにか楽しくなってきましたわね」


そこに少年が現れた、身長はベルサーレより少し低いぐらいだろうか、黒い髪に金色の瞳が目立つ、容姿は美少年と言って良い、ベルとは髪の色以外似ていなかった、その容姿は母親のアナベルに良く似ている。

「父上、ベルサーレ姉さまの事は何か解らないのですか?」

「ミゲルか、そんなにベルが心配なのか?アマンダが戻れば詳しい話を聞けるさ」

更にそのミゲルの後から幼い少女が現れる。

クルミ色の薄いブラウンの髪と、蒼い瞳がとても目立つ美しい少女だ、顔の形はアナベルに似ていたが、目や鼻筋は父親のブラスや姉を思わせる。


「おねえたまはもりにすんでいるのです」

「もうお姉さまは森には居ないんだよ、ルディガー様と旅に出たんだ」

ミゲルが幼い妹を諭す。


「わたしもたびをしたい!!」

「駄目だよ?」

「いや~~ん」


「セリアお嬢様、わがままはお辞めください、旅に出るのは無理でございますよ?」

その後ろからクラスタ家のセリア付きのメイドが追いかけてきた。

「エルバのいじわる」


ブラスは家族の賑やかなやり取りを横目に窓からクラビエの風景を見やる。

ここも干拓が進めば素晴らしい農地になるのだが、今はそれを考える時ではないか・・・

それがブラスの心の声であった。


「この二年間万が一に備えて準備してきたが、時間が経つにつれジリ貧になる、速やかに動かねばならぬ」

ブラスは一人窓の外を眺めならが一人呟いた。




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