来訪者
翌朝早くベルサーレは食事を済ませリネインの見物に一人で出かける、ルディガーとアゼルは昔の知人に関して何か込み入った話があるらしく二人で話し込んでいた、なんとなく二人に邪険にされたので少し拗ねて宿を飛び出した。
リネインはラーゼと比較すると小さい上に面白みが少ない、中央広場に向かうとボロボロの服を纏った男が何やら大きな声で叫んでいる。
その男は長身だが痩せこけ、背が少し曲がっていた、見た目50歳以上だろう。
「アラセナ解放義勇軍に参加する者はいないのか?正義の志を持つものはいないのかぁ?」
男の語尾が下からねじり込むような話し方に興味を惹かれた、よせば良いのに彼女の好奇心が余計な事をしろとベルサーレに命じる。
「おじいさん義勇軍って傭兵なの?」
その男は目を大きく見開くと大声で叫ぶ。
「馬鹿者めがっあああ!!!!!」
「うわあっ!!」
思わず耳を両手で塞いだ、貧相な男がその体からは信じられぬ凄まじい大音声を上げたのだ。
通行人が残念そうな視線をこの男ではなく彼女に向けてくる。
「そんな金目当ての汚れた者など、この正義の義挙に参加する資格などぬぁあああいいいい!!」
だが彼女はそれぐらいでは黙らなかった。
「ただ働きで命を賭けろと?」
「栄えある正義の戦いに参列する栄誉をもって報償とするのだぁ!!」
更に男の声が大きくなった。
「おじいさん実はお金がないんでしょ?」
「無礼者!!!お前はさっそく打首じゃ!!」
「しまった、関わるんじゃなかった」
ベルサーレは今更後悔したがまたもや好奇心がうずく。
「おじいさん、アラセナ解放義勇軍って何?」
「我こそはアラセナ伯爵である!!」
爵位しか名乗らない・・・明らかに偽物だと確信できた、ベルサーレは内心で舌打ちする。
「犯罪者共に簒奪された我が領地を取り戻す為の聖戦を今起こさん!!」
男は彼女を無視して他の通行人に向って叫び始めた。
『御恩と奉公』が染み付いているエルニア豪族の姫には理解しがたい内容だった、文明国の無償の忠誠の一端を見た様な気がする。
父親のブラスならこう言いだろう『古い格言にある、領地と言うものは最後に支配した者の物だ』
とつぜん何者かがベルサーレの背中を引っ張った、振り返ると野菜を詰め込んだ籠を背負った見知らぬ婦人がエリ元を掴んでいた。
「こっちにおいで、その男には関わらない方がいいよ」
ベルサーレは大人しく婦人に引かれて行った、彼女は婦人に尋ねる。
「あの人アラセナ伯爵とか言ってたけど?」
「ああ、アラセナ伯爵は5年ぐらい前に殺されて滅んだよ、それは間違いないね、あの男は気の触れたどこかの馬の骨さ」
周囲の通行人はその男を無視して通り過ぎていくだけだ。
「お人好しが余り物を恵んでやるから生きていられるのさ」
その婦人は吐き捨てる様に去っていってしまった。
ベルサーレはリネインの街の中をうろついたが、街の商店の品揃えがラーゼと比較しても貧弱で値段が高いと感じた、特に食料品が高い。
「ラーゼだってエルニアよりずっと値段が高かった、それに質も良くないね」
さらに西門を通過する伝令の数が妙に多いことに気がつく。
「たしかラーゼとハイネの真ん中で戦が始まるとか言ってたけど」
やがて街頭の往来の中から、聖女様が聖霊教会を視察すると言う言葉が漏れて聞こえてくる。
「あの綺麗な人が来るのかな?」
興味を感じた彼女は高い尖塔を目印に教会に向かう。
目的が同じ人間が多いのだろう、やがて聖霊教会の前に群衆が集まり先に進めなくなる。
めったに見れない聖霊教会巡察使を見ようと多くの人々が集まっているのだ、その上今回は聖女までもが同伴している。
「しょうがないな」
少し戻り狭い路地に入る、壁の僅かな出っ張りを利用して壁をスルスルと昇り二階の屋根の上に登ってしまった。
そして群衆を上から観察していると、遠くにルディガーとアゼルを発見した、さすがに声をかける気にはならない。
もう少しよく見える場所に移ろう、そう考えて屋根から屋根に飛び移り聖霊教会に向かう。
聖霊教会の裏手に木造の二階建ての長屋が見える、あれがコッキーの孤児院だろうか。
やがて護衛に守られた、聖霊教会巡察使の一行がやってくる、群衆を伯爵の警備が押しのけて道を開いた、
群衆はアウラをひと目見ようともみ合い警備の者が叱咤した。
「静粛にせよ!!」
聖女アウラをひたすら見つめる者、中には祈りを捧げる者までいた。
屋根の上からもアウラの美貌とプラチナブロンドの髪は目を惹いた、ベルサーレは少し彼女の髪が羨ましい。
ベルサーレの神は漆黒の黒い長髪だから。
再び眼下に視線を戻すと、アウラはまっすぐ前を向きその表情はベルサーレからは伺い知れない。
一団は聖霊教会の中に入っていく、この式典はリネイン市民に向けた儀式的な物だ、司祭と聖女が祈りをささげ祝福を与え、孤児などの歓迎を受けて式典を終えるのだ。
その後に手順どおりの監査を聖霊教会で行い、城で宿泊し明日次の街に向かう予定だ。
聖女が中に入ってしまうとベルサーレは急に退屈になり始めた。
ふと聖霊教会の中を見たくなる、そと瞬間刺すような視線を感じた、それはまるで矢に射られたかのような物質的な圧力を感じる程の視線だった。
「あっ!?ルディガー!!アゼル!!」
ベルサーレは思わず小さくさけんでしまった。
群衆に紛れたルディガーとアゼルが『どうせ禄でも無いこと考えているだろ?おまえ』と言った目付きで屋根の上のベルサーレを睨み付けていたのだ。
本当に禄でも無いことを考えていたベルサーレは首をすくめた。
屋根の上を中央広場方面に戻る、すると屋根の上を進むベルサーレは中央広場にどこか見慣れた姿を認めた、それは懐かしい幼馴染のアマンダの姿。
均整の取れた長身の女性が佇んでいる、その燃え上がるような赤毛が遠目から見て取れた、
下は男性用の乗馬用の長パンツをアレンジし、革の長ブーツ、上は女性用の旅行ドレスをアレンジした裾を大胆に短かくした旅行ドレスだった、その服装はアマンダの工夫から編み出されたものだが、不思議な危うい調和と魅力を奏でていた。
アマンダは自称アラセナ伯爵の前で、愛馬の手綱を引きながら腕を組んでいる。
ベルサーレは手近な壁からスルスルと下り石畳に降り立つ、そして完全に気配を消してアマンダに接近していく、そのままどんどん真後ろから接近する、アマンダの均整の取れた美しい鍛えられた後ろ姿が次第に大きくなって来た、そんなベルサーレを街の通行人が不審者を見るような目で見ながら通りすぎて行く。
突然アマンダがクルリとベルサーレに向き直った。
「気配も音も完璧に消しているのは美事だけど、周りの通行人の態度でバレてるわね?」
アマンダがにやにや笑っている、端正で禁欲的なアマンダの美貌にはまったくそぐわない表情だ。
「やっぱりばれてた?」
「ええ、街の中では無意味ね、ねえ私が気が付かなかったら何をしようと思っていたのかな?」
「えー、アマンダの目を塞ごうと思ったんだ『だれだ?』って遊びあるでしょ?」
「信じないわよ?貴女のことだからもっと酷い事をするつもりだったよね?」
アマンダは両手で拳を握りしめた、何かぎしゅぎしゅと軋む様な嫌な音が聞こえてくる。
何をしようとしてたかなんて、とても言えない、ベルサーレは心の中でつぶやく。
「えーところで、そこの伯爵に何か用?」
「えっ?それはね、来る時にアラセナを通って来たから・・・」
「ああ・・」
自称アラセナ伯爵は義勇軍の募集を何時までも虚しく続けている。
「アマンダ、ここじゃあ何だからどこかでご飯食べよう」
「いえ、まずはルディガーガー様にご挨拶しなければ」
「今この町に聖霊教会の巡察使団が来ていて、教会に聖女様が来ていて儀式中なんだ、ルディガーもアゼルもそっちに行っている」
「聖女ですって!!?お名前は知っていて!?」
アマンダはベルサーレの両肩を掴み前後に揺さぶった、それはベルサーレが力を僅かに解放しなければ気を失う程の激しさだった。
「ちょ!?止めて!!聖女アウラ様だよ」
アマンダは急激に落胆した。
「はっ!!ごめんねベル」
「どうしたのアマンダ?」
「聖霊教会に聖霊拳を極めて、グランドマスターにまでなった聖女様がいらっしゃるのよ、私が憧れる方よ」
「もしかして聖女様って皆んな聖霊拳の使い手なの?」
ベルサーレの頭の中で聖女アウラが裂帛の気合と共に分厚い木の板を拳で粉砕した。
「まさか、精霊術の使い手、学識者、教会に大きな貢献をした方が殆ど、聖霊拳の使い手で聖女になられた方は歴史上数える程しかいないの」
「その人かもしれないと思ったんだね?」
「聖女アンネリーゼ=フォン=ユーリン様よ『鋼の聖女』と呼ばれているの」
「残念だった?」
「少しね、じゃあどこかでお昼でも食べましょうか?」
「うん行こう」
「ねえベル、その恰好も意外と似合うわね」
使用人姿のベルサーレの姿を頭の上から足先まで眺めて微笑んだ。
深い森の中をテオ=ブルースが周囲に気を配りながら進む、ここはリネインからハイネの方向に徒歩で2時間程離れた林の中だ。
「そいつらはこの近くにいるのか?」
テオは後ろを進む新入りの元傭兵に声をかけた。
「ああ、奴らの隠れ家が近くにあるはずだ、奴らは街から出ていく奴を見極めてから、襲撃をしかけるのさ」
「なるほどな街の近くに見張りがいるわけだな」
後ろを進むジムが後ろから声をかけてきた。
「マティアスさん、よくそんな連中に面識がありますね」
「奴らは表向きは戦場稼ぎなんだ、戦場に出張り戦死者から持ち物を剥ぎ取り、それを売り払うんだよ」
「それでも正業なんっすね」
「はっそうだな、そして奴らの裏稼業が強盗と言うわけさ」
テオが警告を発した。
「何人かくる!」
「わかるのか?お出ましかな?」
男達が数人現れ、テオ、ジム、マティアスの三人は取り囲まれた、男共の装備や服装は予想外に小奇麗だった。
「なんだお前ら?」
「俺はマティアス=エロー、お前たちの首領に用がある、俺は首領の知り合いだ」
「首領か・・・まあ合わせてやろう、ついてこい」
この微妙な態度に三人は不審を感じたが、男達の後をついていくしかなかった。
数分歩くと林の中に小屋が数軒立ち並んでいる、ここが強盗団の拠点なのだろう。
「首領、マティアス=エローと言う奴を連れてきました」
「おっ?おお、わかった今出る」
一番大きな小屋から、30代半と思われる、厳つい顔をした禿頭の首領が出てきた。
「おおマティアスか久しぶりだな生きていたのかよ?ははっ・・・」
だがマティアスはその首領の態度に不審を感じた。
「何かあったのか?コーム?」
マティアスは小さな声で囁いた、狩猟の名はコームと言う名らしい。
「今な少々面倒な事になっているんだ」
コームも小声で囁き返した。
そして大きな小屋から巨大な何かが出てくる。
それは身長2メートルを軽く越える巨人で、岩の様に厳つい体つきをしていた、そして顔を包帯でグルグル巻にしている。
マティアスがその男を見て唖然とした声を上げる。
「エッベか、エッベ=ヴァリマーじゃないか、なぜここに?」
ジムが糸のような細い目を見開いたのを感じた、糸の様だがそれでも見開いているのがわかる。
「デカイっすね、こいつ人間ですかね?」
聞こえない様な小さな声でジムが囁く。
「あーなんだお前!?」
その巨人が包帯の奥からマティアスを睨みつける。
「忘れたのかい?マティアス=エローだよ」
「覚えてねーぞ、馬鹿野郎!!」
(お前がバカなんだよ)
マティアスは腹の中で毒ずいた。
そして深い同情を込めてコームを見る、この男に心から同情を感じたのは初めてだ、コームは弱々しい笑みを浮かべている、改めて見ると彼の部下達もとても疲れ切っている様子だ。
後ろのテオがマティアスに呟く。
「このデカい奴なら使えそうではないか?」
人間離れしたあの連中の力を見極めるにはちょうど良いと言いたいのだろう。
「いや、こいつは制御できないぜ?」
それがエッベを知るマティアスの偽ざる本音だった。




