リネインの夜
ルディガー達がリネインの城門をくぐった時、日は落ちて夜の暗闇にとざされていた、城門にはリネイン伯の出迎えが待っている、聖霊教会の巡察使団は領主に案内され城に向かった、その直後に都市を囲む城門が総て閉ざされた。
コッキーが数歩離れると三人に向き直った。
「巡察使団の方々は明日リネインの聖霊教会を視察されるのです、私も一度帰らなきゃいけませんので」
「そうなんだ、コッキーともここでお別れだね」
ベルサーレは少し名残おしそうに別れを告げる。
「短い間でしたが楽しかったですよ」
コッキーは聖霊教会に向かって走り去って行った、一度振り返りこちらに手を振っている。
コッキーの向かう先に黄昏の闇の中に聖霊教会のシンボルを尖塔の先に付けた塔の影が浮かんでいる。
リネインの町並みは新しく実用本位の建物が多い、ラーゼの様に古い建物が無く建築に遊びが無い、城壁の石垣には処々焼け焦げた様な跡が確認できた。
街の東側の城壁と一体化するようにリネイン城が建てられていた、その城の城壁を幾つもの松明が明々と照らし出している。
「巡察使団の歓迎の宴があるのだろうな」
ルディガーは感慨深げだ。
「街の東側に城があっても町を守るには不便だよね」
ベルサーレは城の位置に疑問を感じていた、その方向はエドナ山塊があるだけだ。
「ベル、昔はこことエルニアのボルトを結ぶ街道があったのだ」
「そうかエルニアに備えた城なのか・・・」
彼女は遥か東のエドナ山塊の山影を見た、まるでエルニアを思い出しているのように見えた。
「あなたも長旅お疲れ様でした、良く大人しくしていましたね、我々も宿を探さなければいけません」
アゼルは白い猿のエリザをいたわりながら二人を促した。
町はラーゼより小さく寂れていたが、三人は比較的上等な宿を探し部屋をとる事にした。
結局アゼルが宿の手配をすることになる、この三人の中では平民出のアゼルが一番世間知があった。
ベルサーレはは野宿や狩りの才はあるがあまりこう言った事は得意ではなかった、所詮はお嬢様崩れだ。
「部屋の空きが一つしか有りませんでした、ベルには申し訳有りませんが、同じ部屋で我慢してください」
「ん?いいよ?」
「・・・・」
アゼルとしてはベルには令嬢以前に女性として少しは気にして欲しかったのだがあっさり承諾されてしまった。
「ベッドが二つしかありませんから、私が下で寝ますよ」
「僕は野宿に慣れているから平気だよ、僕が下で寝る、ラーゼで敷布とか確保したからね」
アゼルは精霊通信盤の準備をしながら彼女の意見を否定した。
「女性を床で眠らせる訳にはまいりません」
エリザが鳴いたのでアゼルが気がつく。
「そう言えば貴女も女性でしたね」
「ならば俺が下で寝よう」
ルディガーが申し出たがそれもアゼルに却下された。
「一応あなたは殿下でしょ?何を言っているんですか?」
アゼルはそう言う間に精霊通信盤を組み立ててしまった。
「さて『リネイン着く』で報告しますよ、他に何か伝えたい事はありますか?」
アゼルは術式を組み合わせメッセージを精霊達に託した。
「ねえアゼル、アマンダがこっちに向かっているはずだけどいつ来るかな?」
ルディガーは少し考えるとそれに答える。
「歩きならグラビエからアマンダでも最低3日以上かかるな、馬なら一日と少しだ」
「アマンダは何の用で来るんだろう?」
「ベルは気になるのか?」
「うん少しね」
同じくリネインの安宿の酒場に新人を加えたピッポ一味が集合していた、旅人らしき男たちが多くラーゼの様な華やいだ雰囲気は無い。
そこにいるのは女魔術師のテヘペロ=パンナコッタ、スリで元は細工師のテオ=ブルース、力担当のジム=ロジャー、傭兵崩れのマティアス=エロー、そしてインチキ学者のピッポ=バナージだ。
「さて自己紹介はこんなところでいいでしょう、イヒヒ」
ピッポが嫌らしい笑い声を立てる、テヘペロが生まれた一瞬の無音を破った。
「マティアスはいろいろ顔が効くみたいよ」
「それは助かりますぞ、我らは4日前にテレーゼに来たばかりでして、では新顔さんしばらくはよろしくですな」
「ああ、しばらく世話になる」
「とりあえずテオが無事でよかったわねー」
テヘペロが麦酒を口にした。
「ああ、いろいろ迷惑をかけたな」
テオが軽く皆に詫びを入れる。
「姉さんの魔術のおかげですよ」
大柄な少年のジムも麦酒を口にしながら陽気に笑う。
「俺も助かったぜ、マジであのまま一生木こりにされてた処だったわ」
傭兵崩れのマティアスが感慨深げに語る。
「でピッポの方はどうだった?」
「道中、聖女様が近くに来た時には冷や汗ものでしたよ?キヒヒ」
「アハハッ」
テヘペロが嘲る様に笑う。
「まあ、行列の中から奴らを観察する事しかできませんでした、あいつら衣裳をまるっと変えていて驚きましたぞ」
「あいつら変装を変えてたの?」
テヘぺロが何かを考え込み始めた。
「前よりは自然な旅の商人に見えましたぞ、イヒヒ」
「ほーそいつらが例の高価な剣とやらを持っているのか?」
マティアスは興味深げだ。
「テヘペロさんそこまで話していたんですか?」
ピッポは呆れ顔でテヘペロを睨んだ。
「あいつら危険だと思うぜ?」
そこにテオが会話に割り込んでくる。
「あの小娘に俺の仕事を見破られた、奴に腕を掴まれたがとんでもない怪力だった」
「僕より上なの?」
ジムが興味深げに身を乗り出してくる、目が空いているのか閉じているのかわからない顔でテオに迫った、テオは少し引き気味になる。
「それはわからんが、あの剣を持った男も底が知れない」
「あと魔術師の優男が居ます、実力は不明ですぞ、テヘペロさんなら当たりが付くかもしれませんが、ヒヒッ」
「ピッポ、見ただけで魔術師の力なんて解るわけないでしょ?」
テヘペロは呆れた様に肩をすくめた。
「姉さん人間ばなれした力に思い当たる事はないすか?」
ジムの質問にテヘペロはすぐに答えた。
「そうね、魔術で力を強化する方法があるわよ、効果時間は短いけどね、あと聖霊拳があるわ」
ピッポは知っていたのか聖霊拳の言葉に僅かに驚く。
「聖霊拳ですか?聞いたことがありますぞ、聖霊教の司祭などが学ぶ護身術でしたか」
「聖霊拳ってのは俗称で、近接護身術とか格闘術とか連中は呼んでいるけどね、これも極めると瞬間的だけど人間離れした事ができるわよ、まあこれも精霊力の応用だけどね」
「三人とも並の相手では無い可能性がありますな、奴らの実力をはっきりさせたいですぞ?その上で攻め方を決めましょう、返り討ちにされては敵いません」
「そんな危ない橋を渡ってまで手に入れたい剣なのか?」
マティアスが疑心暗鬼になった。
「ええ高価な剣なのよ、でもその価値が解るのは限られているわ、誰かに戦ってもらうのがいいけどね、都合よくそんな奴がいるかしら?」
「そこでマティアスさん、使えそうなのに思い当たりませんか?」
「いる、頭が悪く眼の前の美味しい話に飛びつく奴ら、そうするしか無い奴らなんて幾らでもいる、そこらへんの農夫すら煽れば乗りかねない、あのラーゼすら流れ者が多すぎて裏社会の引き締めが効かなくなっていた、俺も元からの裏稼業の連中に売られたんだ」
「もし噛ませ役が駄目なら搦手から行きますぞ、それまでは我輩の出る幕はありませんな、ヒヒッ」
ピッポは一同の顔を見渡してから先を続けた。
「あと他にもいろいろ手を打って起きましょう、物は試しです、スパイを作れるか試します、もしかしたら皆さんの協力が必要になるかもしれませんな」
「スパイだと?」
マティアスの声が少し大きくなった。
「静かに、ピッポにもいろいろ特技があるのよ?」
テヘペロが妖艶に微笑んだ。
三人が食事から戻るとアゼルが精霊通信盤を覗き込んだ。
「返信が来ました『アマンダ明日』で来ましたね、アマンダさんが明日着くならこの街で一日待ちましょう」
「一日ぐらいはどうって事は無い、急ぐ旅ではない」
ルディガーは鷹揚に答えた。
「アマンダとは半年ぶりかな、マイア村に密かに帰った時に会っていたんだ」
「ベルはアマンダと会うのは楽しみか?」
「えっ!?うん」
ルディガーはベルサーレの微妙な反応が少し気になる。
「ルディはアマンダに会いたい?」
「城から逃げ出してまだ一週間だが半年経った気分だ、アマンダと長い間会っていないような気がする」
「そうなんだね、ルディの側に侍女として長くいたから?」
「ああアマンダには世話になった」
「アマンダは何の用で来るんだろう?」
「気になるのか?」
「昨日から少し気になってた」
彼女は少し不安げな表情をしていた、めったに見せる事のない彼女の表情に心を突かれる。
「ベル、アマンダが来れば目的も解る、それまでは思い悩むな」
「そうだね・・・」
しばらくしてからルディガーはベルサーレに語り始める。
「アマンダには俺の侍女をやって貰っていたが、護衛や密偵としては優れていたが侍女としては失格でな、下働きの様な事をする必要は無いが、客人の接待や公式の儀式の場では、壁際の飾りになっているように女官長に言い含められていたのだ」
「えっ!?何でも完璧にできると思ってた」
ルディガーは温かく微笑んだ。
「たしかに武術や勉学は傑出していたがな、完璧な人間なんて居るわけ無いだろ?アマンダは堂々とした美女だ、それがなかなか絵になってな、侍女の制服じゃなく鎧甲冑を着せたくなるほどだった、口の悪い侍女共に彫刻とか銅像とかあだ名を付けられていたのだ、だがアマンダが壁際から睨みつけると侍女共が震え上がるのだ」
「精霊教会の魔除けの像みたいだな」
二人は笑った。
聖霊教会の退魔の像とは、礼拝所の入り口にある二体の邪悪を退ける男女の聖人の像で、二体とも無駄なく鍛えられた肉体美を誇り、古代の名の忘れられた聖霊拳の達人ではないかと言われている像の事だ、ちなみに女性の聖人像は時代が下るに従い露出度が大きくなっていると歴史学者達が指摘している。
「生活力ではお前の方が遥かに高い、猟をして獲物を捌き、保存食を作り野性味のある料理も作れるからな、おかげで俺も生きのびられた」
「そうかな?」
「前の話だがエステーベ家で手作り料理を振舞って貰った事がある、カルメラ殿の料理は普通だったが、アマンダの料理は名状しがたきものだった、あんなに自信なさげなアマンダを見たのは初めてだった」
「ふふっ、そういえばアマンダが料理やお菓子を作っている処を見たこと無かった」
「人には得手不得手がある」
ルディガーは話題を変える。
「そう言えばクラスタの宴会は凄かったな、あれは野性味が有りすぎるぞ、焼き肉と野菜と酒だらけだったな」
「何を言っているんだ?あれは『狩猟感謝祭』だからだよ!!いつもあんな食事な訳ないだろ?」
「そうなのか!?」
二人の笑いが収まった頃にルディガーは続ける。ルディガー
「なあアマンダはベルにとっても姉妹の様なものではないのか?」
「うん、小さい頃は遊んで貰ったり、世話して貰ったよ、お仕置きされた事もあったね」
「ん?お仕置きされる方も痛いが、お仕置きする方は心が痛いのだ、どうした?」
「アマンダって結構楽しそうだったような感じがするんだよね」
「それは気のせいだろ?」
「鬼ごっこの時から楽しそうだった」
「俺は後ろ姿しか見たことが無いから楽しそうだったかはわからんな」
「そうなんだ・・・・・んっ!?」
「ルディ!!見ていたな!!!?」
ルディガーは顔を真赤にしてルディの襟元に掴みかかる、少し涙目になっている。
「すまん、偶然見てしまった、遠くからだし良くは見えなかったぞ、俺も子供だったから気にするな」
「よく見えてたまるか!!僕も子供だったから言い訳にならないだろ!!」
「いやその理屈は変だろ?」
そしてアゼルは先程から完全に蚊帳の外だったが、アゼルにはその時間が有難かった。
エリザが慰める様にアゼルを撫でる。
。
二人のじゃれ合いが終わる頃ルディガーがささやく。
「俺の予想だがアマンダはグラビエに来るように、ブラス殿達の要請を伝えにくる・・・」




