無銘の魔剣
ベルサーレがスリを追う間に、3人目の挑戦者が現れた。
「今度は、肉屋の女将さんだ!?」
群衆から声援が湧いた、すぐに太った逞しい御婦人が凶悪な肉切包丁を抱えて出てきた、泥鰌髭の男が少し引き気味になっている。
「マリアさんやっちゃってください」
甲高い少女の野次が入って観客達から笑いが上がる。
この瞬間の事だった群衆の中から男の叫びが上がる。
「うぎゃあああぁぁぁぁ!!」
観客から小銭入れを抜き去ろうとした男の手首をベルサーレが掴んだのだ、彼女はしまったと言った表情を浮かべてから力を少し弱めた。
「何をしやがる!!」
男はベルサーレを睨み叫んだ。
「じゃあお前が掴んでいるそれは何?」
男は彼女を振りほどこうとしたがそれはできない、暴れる度に手首を強く締め上げられる。
「いてて!!」
スリはしだいに彼女の力の異常さに気づいたのかその目が怯えに染まった。
今度は自分の小銭入れをスラれた男が気が付き激怒しはじめる。
「おい、それは俺の金じゃあないか!お前スリだな?」
男は銭入れを取り戻して懐にしまった。
「姉ちゃん強いな?まあ助かったぜ」
周りの観客達は自分の懐を慌てて確認しはじめた、そして何人かが被害に気が付く。
彼女はスリの懐にいきなり手を突っ込んでダガーを強引にもぎ取る。
「それは俺の物だ!!」
「危険だから没収するからね?」
被害者達が二人の周りに集まってくる。
「そいつが俺の金をスリやがったのか?」
「俺もやられた!!」
みな口々に叫びスリがリンチに合いそうな空気だ、彼女はスリと周りの男達に視線を巡らせた。
「おじさん大人しく出した方が良いよ?もう隠せない」
諦めたスリは懐に手を入れる、硬貨の入った小袋を幾つか取り出して地面に投げ落とす。
それはたちまち元の持ち主の下に帰っていく。
彼らは感謝しながら小銅貨をベルのポケットに放り込んでいった。
「そうやって稼いだのか?ベル」
それを見ていたルディガーは小さく独り言を呟いた。
だが観客達はそれでスリを許すつもりなど無かった。
「そいつを警備隊に引き渡そうぜ!!」
「ああ、まってくれ」
そこで泥鰌髭の男が割り込んでくる、観客達は何を言うのかと不審な目で男を見た。
「大道芸や演劇の上演中に客相手に犯罪を起こした者にはだね、引き渡す前に興行主が制裁を加える権利があったはずだ」
実はそんな法律は無いが慣例的にそうだったに過ぎない、だが観客達はそれに納得した。
男を引きずり泥鰌髭男の前に連れて行ったが、泥鰌髭男はスリのスネを蹴り上げた、男は悶絶し倒れ観衆はさらに湧き上がる。
だが二人は先程の豊満な美女から力が解放され、蹴られる寸前に何かしらの術が男に行使されたのを見逃さなかった。
「さてお嬢さんとお兄さんありがとうよ、俺はピッポ、ピッポ=バナージと言う」
「俺はルディ=マーシー魔術師の先生の手伝いをしている」
「私はエドナの山ガイドのララベルですわ」
二人はアゼルが適当に造った偽名をとっさに名乗った、ベルの口調に悪寒を感じたルディガーは軽く身震いした。
ピッポは二人を眺めながらルディガーに興味を持ったようだ。
ルディガーは魔導師の導衣を着ているが、下は上等の長パンツに靴も傷んでいるようだが上等の物、そしてバックパックに二本の長剣まで挿していた。
かなりちぐはぐな異様な風体だ。
そこに誰かが呼んだのであろうラーゼの警備隊が数人やってくる。
「そいつがスリか?」
ピッポと観客がそれに賛同すると、男は乱暴に警備隊に引きずられていった。
「アイツどうなると思う?」
「犯罪奴隷として森か鉱山行きだろう、流れ者ならば一生奴隷だろうな」
「どこも似たようなものなんだね」
ベルは警備隊に引きずられる男の後ろ姿を見送る、観客達もこれで終わりかとそれぞれ帰えり始めようとしていた。
「さてお嬢さんとお兄さん、どうだねお礼と言ってはなんだが、ただで良いから一回挑戦してみないか?」
二人は自分達の事だと直ぐに気がついた、観客達の興味が二人に集まり帰り足が止まる。
「おお、ではお言葉に甘えてもらおう」
ルディガーはさっそく普段使いの剣が役に立った事に内心ほくそ笑みながら剣を構える、だが結局彼の剛剣を持ってしても刃先が盾の表面すら傷つける事はなかった。
「さすが精霊王の盾じゃあないか!!」
ルディガーは心にもなく精霊王の盾を褒め讃えた。
「さあルディ帰ろう」
彼女はもう興味を失っていた。
「おおそうだな、親父最後に楽しませてもらった」
ルディガーもニコニコしながら手を軽く振って帰ろうとする。
慌てた様子でピッポが叫んだ。
「お兄さん待ってくれ、その背中の剣は何か凄い剣なんじゃないかい?」
二人はピッポを睨みつけ振り返る。
何を言い出すんだこの野郎と言いたかったのだ、このピッポには不信を感じていたのだから。
観客達までもがそんな凄い剣なら盾を切れるかもしれないなどと囃し立てる者までいる。
すでに群衆の興味はこの大道芸と奇妙な格好の二人に集まっている。
ピッポは愛想笑いをふりまいているが、その目は狡猾そうな光を湛えていた。
ルディガーが隣の彼女の顔を覗き込む、その瞳はどう乗り切るのか興味津々な光を湛えている、そしてついにルディガーは意を決した。
「俺の言葉に逃げるとか誤魔化すなどない、ベルに俺のやり方を思い出させてやろう」
「えっ!?」
だが彼女の方が驚いてしまった。
「ピッポよ大銀貨三枚とは本当なんだろうな!?」
「も、もちろんですとも、嘘は申しません!!」
「謀るならばその首はね飛ばす!!」
「ルディ!!?」
彼女の警告を無視すると背中の魔剣を抜き放つ、彼女の瞳が驚きで丸くなり、ついでに口まで丸く開いている。
おかげで彼女の小憎らしくもかわいらしい間抜け顔に大いに満足を覚えた。
「行くぞ!!!見よ!!そして刮目せよ!!!!」
彼の叫びが力強く響き渡りその声はよく通る、その場の空気が一変し熱を帯び群衆から喚声とどよめきが巻き起こった。
「「「「いっっけーーー」」」」
その時その場にいた者達の心が確かに一つになったのだ。
その瞬間魔剣が一閃し精霊王の盾をパンケーキの様にいともたやすく両断した。
見開かれた彼女の瞳は左右に別れて割れていく精霊王の顔を写している。
ベルサーレ=デラ=クエスタはルディガー=イスタリア=アウデンリートと言う漢がいかなる奴かやっと思い出したのであった。
アゼルがそこに到着したのは、まさしく観衆が興奮でどよめき沸き返った瞬間だった。




