アゼルとエーリカ、そして大道芸人
アゼルは借りていた本を恩師に返却した後、後は残りのそれなりに値がつく書籍と魔術道具を店が閉まる前に処分したかった、もともと売れそうな物しか隠れ家から持ち出していない、価値の低いものは小屋と共に灰になった。
道具屋で全て処分し今後の旅の為にと新しいバックパックを購入する。
「やれやれ、これで今日やるべき事は終わりました、エリザベス帰りましょう」
一人と一匹は『ガゼルの宿』へ向かう、だかアゼルは自分の前を歩くある女性の後ろ姿に妙に気を引かれた、その女性は聖霊教会の修道女の衣服を纏っていたが、その歩き方や後ろ姿に見覚えのある特徴がある。
心臓が激しく鼓動を初め、不安と期待に胸が締め付けられる。
アゼルは女性を追い越し顔を確認したくなった、はしたないが止められない、アゼルは少し足を速める。
エリザがアゼルのバックパックにしがみつく。
修道女は自分を足早に追い抜いていく男を一瞥したが、アゼルもその時後ろを振り返る、その瞬間アゼルは叫んでいた。
「エーリカ!!」
「アゼル?アゼルじゃないの!?」
二人は街頭で顔を見合わせ立ちすくむ。
アゼルの記憶の中のエーリカは十四才の美しい少女だ、彼女は美しいと言われる湖の精霊の化身に例えられたていた。
プラチナブロンドの美しい髪も深い蒼い瞳も昔と変わらない、だが五年の歳月は彼女を少女から大人の女性に変えていた。
「なぜこんな所に?貴女はアルムト帝国にいるとばかりに」
アゼルの声は緊張のあまりしわがれていた。
「アゼルこそなぜここに?」
「この町に先生がいるのです」
「先生が?この町にいるなんて知らなかったわ」
エーリカはエルニアの平民サロマー家の出身だった、サロマー家はエルニアの東の港町リエカの商家だ、エーリカは裕福で恵まれた環境で育った。
そして彼女は街の私塾でアゼルと共に学んだ事があった。
「貴女が聖霊教の修道女になっているとは思いませんでした・・」
そこでアゼルの言葉が途切れる、エーリカの胸から下げられたメダルが彼女が教会の巡察使の一員である事を示していた。
聖霊教の巡察使とは各地の聖霊教の活動を視察し監督する役割で教会の精鋭である証だ。
そして彼女が身につけている装飾品はかなりの高位の聖職者である事を示している。
かつて彼女は大公妃の精霊宣託に招致されたアルムト帝国の精霊宣託で高名なヘルマンニの送迎使節に志願した事がある。
この使節団にはアゼルも参加していたが、彼女はそのままアルムト帝国で姿をくらましてしまった、アゼルにその苦い記憶が甦った。
「ごめんなさい、どうしても学びたかったのよ、アルムトで学んだあと聖霊教会に入ったの」
エルニア人にとって魔術を学ぶのならアルムト帝国が理想だ、アルムト帝国はかつてのセクサルド帝国の中枢を支配しており、また聖霊教の中枢がある大都市だ。
「私達は貴女が犯罪に巻き込まれたのではないかと心配しましたよ?あの時は送迎使節としてエルニアに帰るしかありませんでした、貴女はエルニアでは死んだ事になっています、貴女がアルムトで名を捨てて学生として学んでいたなんて、先生からその事を教えていただいた時の気持ちが貴女に解りますか!?」
「アゼルには悪いことをしたと・・・」
アゼルがエーリカの両肩を強くつかみ揺さぶる、彼女は言葉を続ける事ができなかった。
通行人が二人をジロジロと見ながら通り過ぎていく。
アゼルは聖霊教の導師と修道女達がこちらに向かって来るのを視界の隅に捉えた。
「今の貴女の名はなんですか?」
「アウラ=フルメヴァーラです」
「ではアウラまたお会いする事があるかもしれませんね」
エーリカは衝撃を受けたように目を見開き、悲しそうにアゼルを見返した。
「ええ、もう貴方と道が交わる事はないのですね」
アゼルはエーリカから離れ宿に向かう道を進む、一度振り返るとエーリカは聖霊教の団体に囲まれていた。
物思いに耽りながら進むアゼルに前方から騒がしい喧騒が聞こえてきた。
なぜか嫌な予感にかられて足を速める。
「嫌な予感に限って当たるものです」
アゼルとエーリカが再会していた頃から少し時をさかのぼる。
ルディガーとベルサーレの二人は中央広場の武器屋に向かいそこで軍用のバックパックと麻袋を手にいれる、
バックパックはテレーゼ軍仕様の頑丈なもので、麻袋は猟犬の尻尾を入れる為の物でかなりの大きさだ。
「うむ、剣を1つ買おうと思うのだがな」
ルディガーは金が無いので隣のベルサーレを伺うようにささやく。
「その剣があるのに?」
彼は口を彼女の耳元に寄せる、一瞬目を剥いたが拒絶はしない。
「俺の剣だがな、野盗共を倒した時に切れすぎる事に気がついた、鋼鉄を紙のように切り裂いた、前はそんな事は無かったのだがな」
「変だな?とにかく普段使いの剣が欲しいんだね、でもおたかいんでしょ?」
「・・・・・」
「でも心配しないで」
彼女は彼の背中を軽くぽんぽんと叩く。
彼女は幼馴染の少女の顔をしている、だがその瞳の中の不穏当な揺らめきに心が騒ぐ。
「ルディ、安物買いは銭失いと言う言葉もある、安くてもいいなら中古を買った方が良いからね」
「それは正論だ」
彼女に煽られているような気もするが言っている事は正しいと思った、展示されている剣をいろいろ試し一番馴染む長剣を選ぶ。
「その剣は125アルビィンです」
店主は少し困惑気味に二人を見ていた、二人の素性が見えないからだ。
「本当にそれでいいの?ルディ」
「戦士は剣に己の命を託すのだ、剣を選ぶのに手抜きは無い」
「そうだその通りだね!」
店主はやっと笑みを浮かべて告げる。
「合計で161アルビィンでございます」
「はいこれを使って」
彼女は帝国金貨を一枚手渡す。
そして二人は支払いを済ませ中央広場の出店などを覗きながらガゼルの宿に向かって歩き始めた。
「さて用は済んだから、すこし見物していこう」
「俺もお忍びで街に出た事もあったが、いつも護衛の目が光っていた、自由に街を歩くのは初めてだな」
「身分の高い人はいろいろ大変だよね」
彼の拳骨が軽く彼女の頭にこつんと当たった。
「うっ!?」
「何を言っているんだ!?お前より上なんて三伯と大公家しかいなかったんだぞ!?だいたいお前は貴人の義務など果たした事ないだろ?」
彼女は何するんだと言いたげに見上げるが、なぜか彼は清々した気分になっていた。
だが二人は前にできている人混みに気を取られる。
商家の倉庫の壁の周りに人だかりができている。
「なんだあの人だかりは?」
「行ってみる?」
すぐに大道芸人のような大仰な口上がやがて聞こえてきた。
「皆の衆、これこそ聖霊の加護を受けた聖なる地上最強の盾ですぞ?この盾に僅かでも傷を付ける事ができたら大銀貨3枚を進呈いたします、たった3ヴィンで参加できます、さあ腕や力に自信のある方はふるって参加いたしましょうぞ!!」
その地上最強らしき大きな盾は鋼鉄の枠に樫の木の分厚い板を嵌め込んだ頑丈そうな盾だ、それは大げさな精霊王の浮き彫りで飾られていた。
口上を述べているのは40代なかばの小柄で泥鰌髭を生やしている男、どこかの大学の学衣を改造したような服を着込んでいる。
男の顔はまるでリスかネズミに似ている、頭髪は年齢の割には薄くなっていた、愛想笑いを貼り付けているがその目は笑っていない。
「あの盾だけど本物に見えない」
「たぶん魔術で強化するつもりだな、だがそれでは長くは続かない、近くで重ね掛けしている者がいるはずだ、あの男の左後ろの壁際にいる女を見ろ、町の女に見えるがあれが怪しいな」
「あの女の人かな?」
彼が指摘した女性は20代後半ほどの婀娜っぽい美女だ、豊満だが太っている程ではない、身長は160cm前後であろう、ブルネットの肩までの髪と唇が厚めで色気のある女性だ、唇の右に大きなほくろが目立つ、とくかく一見すると術士には見えない。
「俺がやるぜ」
群衆から一人の傭兵風の大男が名乗り出てきた、掛け金が3ヴィンなので遊び半分で参加する気になったのだろう。
「そこの強そうな旦那が名乗り出ました、はたして聖なる盾の守りを打ち破る事ができるでしょうか!!」
「いいぞー、やれサムス」
傭兵の仲間と思われる男達が囃子立てる。
サムスと呼ばれた男は小銅貨3枚を、泥鰌髭男を手伝う下働きの大柄な少年に渡す、自慢の大剣を担ぎ盾の前に進み出ル群衆も面白半分で喜んでいる。
「いけー」
その時二人は先程の女から力が動く気配を感じた、サムスは大剣を振りかぶり盾に叩き込んだ。
だが盾は大きな音を立てこそすれ、大剣が盾の表面を傷付ける事はできなかった。
「あの男まずまずの腕だったが、あの女もかなりの術者なのではないか?」
「まったく盾に傷が付かないね」
怪しい中年の小男が芝居がかった仕草で口状を述べる、何度も繰り返された言葉なのだろう。。
「残念、だが他に誰か我こそわと思う勇士はいないのか!?精霊王の試練を打ち破るものはいないのか!!」
「こんどは俺だ!!」
鍛冶屋らしき筋骨隆々とした頭の禿げた大男が名乗り出る。
ルディガーは小声でベルサーレにささやく。
「ベルよこれは詐欺ではないのか?」
「それを言うのは野暮だ、これ自体が娯楽なんだ、種も仕掛けもあるのは皆んな知っている、国宝級の盾がこんな所に出てくるわけないだろ?」
鍛冶屋の筋骨隆々の禿げた大男も敗れ去る、群衆からは野次と笑いが沸き起こった。
「なんと言うことだ!!さあこの中に真の勇者はいないのか?」
「あの盾どうなっているんだ?本当にびくともしないのか」
野次馬の中から感嘆の言葉が漏れてくる。
その時ベルサーレがルディガーの右腕を肘で突付く、そして声を落としてささやいた。
「スリがいる、野次馬の懐を狙っている」
「なんだと?」
彼女は野次馬の中に割り込んで行った、行商人らしき男の懐から小銭入れを巧みに抜き去った男に気がついたのだ。
その男は町の住民の様に見えるがその動きも体捌きもその筋のプロを伺わせるものがあった、ベルサーレだからこそ気づけた。
ルディガーも慌てて彼女を追う。




