ラーゼ城市
馬車を見送りロバを繋いだ場所に戻る途中でベルサーレが突然街道を振り返った。
「ルディ視線を感じる、こっちを見てる連中がいる」
「ああ?さっきの野盗共か?」
「殿下とりあえずロバのところまで戻りましょう」
三人は足を早める。
「ねえ、あの馬車の奴らも訳ありな感じだったよね?」
「そうだな堅気の商人には見えなかった」
やがてロバが繋がれている森に戻った、エリザがロバの上で大人しく留守番をしている。
「エリザベスお留守番ご苦労様でした」
アゼルの言葉に嬉しそうに子猿が鳴いた。
ベルサーレはバックパックを背負うが愛剣をそのまま抜き身で握り締めたままだ。
「さて行きますか、ただし途中にお迎えがいるかもしれませんが」
三人とロバと猿の一隊は街道のT字路まで戻り左折するとラーゼ方面に向かう。
「奴らがこの先に先回りして待ち構えているのに帝国銀貨一枚」
彼女は賭けを提案したのだが。
「わたしも同じですね」
「俺も同じだ」
アゼルもルディガーも同じだ。
「賭けにならないじゃないか!!」
肩を竦めたがまだ余裕がある。
しばらく進むと薄汚いガラの悪い数人の男が現れ道を塞いだ、その中に先程の野盗のリーダーがいる。
左右の森からも数人の野盗が出てきてルディ達を取り囲む、そして後ろにも数人回り込んできた、総勢20名近く残っていたようだ。
「てめえら、奴らを治療してただろ?見ていたんだぞ?」
「仲間の敵だお前ら皆殺しにしてやる!!」
「その女は殺すなよ、お楽しみの後殺してやるからな」
野党たちが下卑た笑いを立てる。
ルディガーはその女とやらの表情を慌てて確認した、彼女は台所の虫けらを見るような蔑んだ視線を野盗達に投げかけていた、そこで少しだけ安心した、まだあまり怒って居ないようだなと。
「汚いおじさん達、八つ当たりは止めなよ?」
ルディガーはこの一言で彼女の内心の怒りを察したが。
リーダーのエッベは激昂して喚き立てる。
「てめーから犯してからぶっ殺してやる!!!!」
「ルディこの人達には話が通用しそうもない」
呑気な彼女の反応が野盗達を刺激したのか、彼らは怒りに任せてそれぞれ得意な得物を振りかぶりながら三人に襲いかかってくる。
その瞬間、血の霧に辺りは包まれた、ベルサーレベがその霧の向こう側に瞬時に移動し包囲の外側に立っている。
その時に三人の野盗が崩れるように倒れ伏していた、その場に居たものは皆その出鱈目で現実離れした光景に心を奪われ、血の霧の向こうに立つ彼女の姿を美しいとすら感じた。
ちなみにベルは瞬間移動したわけではない、瞬発的な加速のため少し見え難かっただけだ。
そして鈍い音を聞いた野盗達が我に帰る、音のした方を見た者は、胸に巨大な氷柱を生やした仲間が二人倒れ伏しているのを目撃し唖然とした。
そして呆然とした男の胸に氷柱が突き刺さり後悔する間もなく意識を狩られた。
魔術師は非常に数が少なく術の行使を見た事がある者は少ない、だが野盗達もさすがにその意味を理解した。
そしてルディガーは頭のエッベを狙い斬撃を叩き込もうと邪魔になる者は総て粉砕する気迫で前進を開始した。
エッベは愚かではあった、だが戦士の感が奴とはまともに戦ってはいけないと叫びを上げている、だがエッベより更に愚かで鈍い4人の仲間がルディガーを半包囲状態から同時に斬りかかる。
そのおかげでエッベにルディガーから距離をとる余裕が産まれた。
ルディガーが魔剣を斜め上から一閃させる、最初にその剣を受けた男は剣で受ける間もなく、錆びついた手入れの悪い胸甲ごと上半身を切り裂かれた、剣はそのまま二人目の腰にめり込み、更に体を捻り込み残り二人の剣を弾き回避すると再び剣を構える、澱みのない流れる様な剣筋にして圧倒的な力を秘めた剛剣だ。
腰を砕かれた男が壮絶な絶叫を上げて崩れ落ちる。
そして間髪置かず第二撃が次の獲物に叩き込まれた、剣で受けた男はそのまま剣ごと首を切り裂かれる、その男は自分の剣がチーズの様に切り裂かれる様に驚愕した表情を貼り付けたまま絶命、そして剣はそのまま奔り抜け四人目の胸にめり込んだ、4人目の男も短い絶叫を上げ倒れ伏す。
我に返った野盗達はアゼルを倒そうと殺到した、そこに彼女が彼らの側面から死の旋風と化して切り込む、その混乱状態から更にアゼルの魔術が野盗達に突き刺さる、何が起きたか理解できないうちに野盗達は戦力の過半を失っていった。
僅か数秒の間に野盗団は壊滅したのだ、その時エッベは賢明にも逃げ出していた、残った者達も士気を完全に喪失し逃亡を始める、三人は逃亡する者を追う気は無かった。
盗賊への興味を既に失ったルディガーは地面に落ちている綺麗に切り裂かれた敵の剣先を真剣な表情で見つめている。
果たして鋼鉄の剣がこのようになるのだろうかと。
だが逃げるエッベはこの時一つだけミスを犯した、好奇心から後ろがどうなったのか振り向きたくなったのだ、エッベが立ち止まり振り返った瞬間、凄まじい速度でガントレッドの鉄拳がエッベの顔面を直撃したのだ。
地面に転がっていた野盗のガントレッド、それをベルサーレベが完璧なコントロールで投げつけた。
エッベは顔面を血まみれにしながら足を縺れさせながら逃げていく。
「てめえら殺してやる!!絶対殺してやるからな!!!今に見ていろ!!後悔させてやる!!!!!このアバズレ女が!!!!!」
エッベの叫びは美しい大森林の空に遠く木霊して消えていった。
旧テレーゼ王国のラーゼ子爵領、そこはテレーゼ王国時代アラティア王国との玄関口の要衝だ、混乱の坩堝と化したテレーゼの北東の端に位置しているが今の所は安定していた。
そんなラーゼ子爵領の中心都市ラーゼに一行がたどり着いたのはかなり日も傾きはじめた頃合いだ。
「まずは宿を借りましょう、私が何時も使うところで良いですか?ロバを預けられるのですよ」
ラーゼに詳しいアゼルが主導権を握る。
二人は異論もなく従う、そこでアゼルが二人を案内したのは、中央広場にほど近いそこそこ上等な『ガゼルの宿』と言う名の鹿の看板が掛かった宿だ。
アゼルはこの宿の主人と顔見知りだ。
「おお、あんたか久しぶりじゃあないか、今回はお仲間がいるのかい?」
「ええ、私の手伝いの者達です」
「そうか、あんたら食事はここの一階でも食べられるからな、部屋はすべて二階にある」
主人と会話を交わしたアゼルはさっそくカウンターで二部屋取る。
「二部屋とりましたよ、これは貴女の部屋の鍵です」
鍵をベルに手渡そうとした。
「えっ?アゼル気を使いすぎだよ?」
「何を言っているのですか!?貴女は男とは別の部屋です!!」
そこで初めてベルサーレは気づいたらしい、大人しく鍵を受けとる。
荷物を部屋に置いてきたベルが男部屋のドアを開け顔を出す。
「ねえルディさっそく町を見物しよう」
「どうぞお二人で町を見物して来てください、私は精霊通信で近況を伝えます、その後は知人の所を周りますので」
「この町に知り合がいたんだね」
ベルサーレは意外なアゼルの顔の広さに驚いた。
「アウデンリートで魔術の私塾を開いていた先生が引退してこの町にいるのですよ」
アゼルはどこか懐かしむように語る。
「ではお二人ともくれぐれも騒動を起こさないように頼みますよ」
「アゼルよ俺が付いているから心配するな」
ルディガーはポンポンと彼女の肩を叩くと、ルディガーを呆れ顔で睨みつける。
「お前トラブルがあると真っ先に飛び込んでいくタイプだろ?」
だが意外にもアゼルがそれに賛同する。
「ええ世間ズレしたベルサーレ嬢の方が騒動を起こさないと思います」
「ほんとそうだよね」
ルディガーがそれを聞いて不機嫌になる。
「二人共俺を猪武者扱いするのか?」
「まあ貴女も殿下の勢いに巻き込まれてそのまま付いて行くタイプですがね」
彼女は自分に延焼してきたのでルディガーの袖を引っぱる、その仕草はどこか幼く見えた。
「はやく街に行こう?」
「殿下は自分用のバックパックを買って来てください、あとベル嬢、グリンプフィエルの猟犬の尾を隠す方法を考えてください、見る目の有る者が見ればあれが何か理解できる可能性があります、ここを出る前に貴女の荷物をこの部屋に入れてください、私が出る時に部屋に魔術的な防御を施しますから」
「うんわかった」
「二人ともここの市場が閉まるのは5時ぐらいです、必要な物は明日買い足せば良いので慌てる必要はありませんよ」
「わかった、じゃあ行ってくる」
さっそくルディガーとベルサーレは宿から街に出る、ラーゼの町はかなり大きな街で城壁で市街地が完全に取り囲まれている。
王国時代には城外にも市街地が広がっていたらしいが今はそれは無い、メインストリートと広場を取り囲む様に商店が集まっている、大きな穀物商や肉屋などの食料品店が目立つが、雑貨屋や武器屋なども軒を並べていた。
そして城壁に沿って各種工房が立ち並び煙が立ち昇る、パン焼き竈と鍛冶屋は城壁内に設けるように法令で定められていた。
町を囲む城壁の北東部に城壁と一体化する形で領主の城が守りを固めていた、テレーゼ王国時代にアラティアへの備えとして築かれた城と城壁は分不相応に巨大だ。
「ところでコステロはこの町にいると思う?」
「ベル、奴の商隊の方が遥かに速度が早い、ここを通過して先に進んでいるのではないか?」
「この時間だと先に進んでいそうだね、正直あまり関わり合いになりたくない」
「同感だな」
「さて最初に武器屋に行くかベル、作らせるなら武器屋だが、すぐ見つけたいなら中古の武器屋の方が良いぞ?」
「鞘だけ見つかるの?」
「お前の剣はグラディウスだ、ロムレス帝国時代の軍用剣で大量生産されたものでな、今でもその当時の規格のまま作られているぞ、だから鞘に互換性がある」
剣はオーダーメイド品や国や領主がそれぞれの規格で量産させた物が多いので、鞘に互換性などまず無いのが普通だ。
中古の武器屋は直ぐに見つかる、奪略品や盗品を含めて新品並に中古市場は大きい、店の名前も『エドナの山賊』と物騒だ、店の店員もあまり柄が良さそうには見えない。
「これはグラディウスだな?作りは悪くねえ、お嬢ちゃんの剣かい?まあやたらでかい剣振り回したがる馬鹿よりよほど目の付けどころはいいな、がはは」
だが見かけによらず人の良さそうな店主だった。
「鞘だけある?」
「有るぞ、その剣を使う奴は少ないが居ないわけじゃないからよ、鞘だけ浮いているのが倉庫で腐っているから売ってやるよ」
店主の指示を受けた店の下働きが倉庫からグラディウスの鞘を店頭に運んできた。
その鞘は骨董品の様に古びた物で、装飾もどこかの遺跡から出てきたかのような時代遅れの物だった、埃をかぶっており年季を感じさせる。
「古いが十分使えるぞ?お値段は15アルビィンだよ」
彼女は一目でその古びた鞘が気に入った、鞘のデザインが古い神話絵巻に出てくる重装歩兵軍団の軍旗の記章に似ていたからだ。
「わかったそれを買うよ」
「お嬢ちゃん気に入ったか?」
「うんデザインが神話絵巻みたい」
店主の顔が僅かに驚いたのをルディは見逃さなかった。
「ベルそれでいいのか?」
「手入れをすれば使える、作っていたんじゃあ時間がかかりすぎる」
ベルが愛剣が鞘に合うかいろいろ試している。
「ベル、あそこにあるダガーをどう思う?」
「なに!?あれ?」
彼が指さした棚にはダガーが適当に積まれ山になっていた、その中の黒ずんだ一本に妙に気を引かれる。
「おじさん、あのダガーの山のその黒いダガーも買うよ」
「これか?こんなものが気に入ったのか?お値段は一本7アルビィン、全部同じ値段だぞ?全部でお値段は22アルビィンだ」
ベルは帝国金貨1枚を払う。
「おいおい帝国金貨かよ?まってくれ」
店主は慌ててカウンターにある丸い穴の空いた木の板に金貨はめ込む、直径と厚みを確認し天秤で重さを図り始めた。
直径、厚み、重さが会わない場合は贋金だ。
「本物だな、お釣りは78アルビィンだ」
ベルは釣り銭として大銀貨3枚に小銀貨3枚と大銅貨3枚を受け取る。
「毎度ありー、また来てくれよ嬢ちゃん兄ちゃん」
「またね」
二人は『エドナの山賊』を後にする。
二人が出ていったあと店主は独り言をこぼす。
「あの二人は良いところの生まれだな」
この言葉は二人には聞こえない。
「なんだろうな、このダガーがなぜか気になったのだが」
ルディは黒ずんだダガーを弄びながら観察する。
「僕も気になった、帰ったらアゼルに相談しよう」
「うむ特に変わった処もないが?」
「次はルディのバックパックを買おう」
「さっき前を通った武器屋に売っていたな」
二人は道を引き返し武器屋に向かった。




