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さよならエルニア

「貴方、エリセオ様がいらっしゃているのになぜ私を呼んでくれないのですか?」

柔らかいな甘い声がエステーべ家の新しい隠れ家のエントランスから聞こえてくる。

居間の古びたソファーに小太りで人の好さそうな壮年の金髪の男が寛いでいたが、その向かいに座っていたブラスに語りかけた。


「お前アナベルを呼ばなかったのか?」

「せっかく女共のお喋りに興じていたのだ、邪魔するのは無粋と言うものよ」

ブラスは美男子だが刀傷が走る凄みのある顔でニャリと笑う、彼の顔は娘のベルサーレに良くにていた。


「エリセオ様おひさしぶりね」

ブラスの妻のアナベルが居間に入ってくる、そしてエリセオと呼ばれた小太りの男こそエステーベ家の当主エリセオ=エステーベその人だ、アマンダとカルメラの父親でもある。

「アナベル様もお元気そうでなによりです」

エリセオのお世辞に微笑えむアナベルは色白で長い黒髪の黒い瞳が印象的な清楚な美女だ、3人の子供がいるとは思えない程若々しく、父親似のベルサーレと二人並ぶと姉妹の様に見える。


「貴方、公都の様子が解りましたか?」

アナベルは踊るような軽やかな動きでブラスの隣に座る。

「エステーべとクラスタの謀反などと騒いでおるよ」

「あらまあ、あちらから仕掛けてきたのでしょうに」

アナベルは少女の様に微笑んだ。

「我がクラスタと大公家の主従契約は二年前に解消されている謀反とは片腹いたいわ、200年前に臣従していらい色々な義務を負ってきたが、領地までくれてやった覚えはない、今エルニア諸侯は大公家の采配を注視しておるよ、どこまで本気で諸侯の力を削り大公家の力を強めたいのか見極めたいのだ」


エリセオがそれを継いだ。

「この乱世ですから大公家の力を今の内に強めたいのは解りますが、東は大絶海、西はバーレムでその西のテレーゼ王国は内戦状態、南は大湿原地帯で中立地帯、もともと北の脅威しかなかった、それすらアラティアのテオドーラ様の輿入れで落ち着いていますからね、大公家の強大化を望むでしょうかね」

「時勢に沿わぬ改革など通らんぞ、それにアラティアとは長年にわたる確執があるからな、その大公妃のご実家の影響力を強める形で諸侯の力を殺ごうとしたら無事で済むわけがないわ」

ブラスは苦々しく吐き捨てる。

「代替わりする前に、エルニア公会議の影響力を弱めルーベルト殿下への継承をスムーズにさせたいのだろうね、エルニア大公が代替わりする度に、諸侯と大公家は主従契約を結び直してきた、慣習的に新大公の選定にエルニア公会議の承認が必要になっていたからな、これをなんとかしたいのだろうよ」

「あとエステーべの廃爵が決まったようだぞ?」

エリセオが肩をすくめた。

「まあ愚かな話だよ、我らの爵位はセクサルド帝国から下されたものだ、厳密に言えば我らは帝国騎士なんだよな、セクサルド帝国は解体したが直系の王国がまだある」

そこで侍女がお茶とお菓子を運んで来た処でアナベルが二人に声をかける。


「せっかくですからお茶にしませんか?」

その時エステーベ館のエントランスから早馬の到着が告げられた。





アゼルの庵では引っ越しの準備が進んでいる、持ち出すものと置いていく物にアゼルの指示で分けられる。

「ロバで運べるものだけ運びだします、残りは小屋と共に燃やして処分します」

「ええ?もったいないね」

ベルサーレが半分呆れた放火とは大胆すぎる。

「ここには思い入れも有りますが、できるだけ誰が住んでいたか手がかりを残さない様にします」

「ところでベル、ブラス殿は今どこに居られるのか知っているのだろ?」

ルディガーが古い本を運びながら彼女に話しかける。


「だいたい解っているよ」

「前から知っていそうだったからな・・・」

彼女は一瞬だけ迷っていたが意を決して秘密を明かす事にした。


「クラビエ湖沼地帯だよ、自由開拓村にいるはずだ」

エルニアの南のクラビエ湖沼地帯はクライルズ王国との緩衝中立地域になっていた、処々に自由開拓民の村が点在している、自由開拓村はどこの支配をも受けないがどこの保護も受けられない。


アゼルが驚いた様に疑問をはさんだ。

「自由開拓村が受け入れたのですか?」

「アゼル違う、初めからクラスタが支援して開拓させたんだ、自由開拓村は隠し領地だよそんな村が幾つかあるらしい」

ルディガーが呆れ頭をふる。

「なんだと、中立地帯を侵略していたのか!!」

「さすがエルニアの豪族ですね、開拓しながら領土を拡大していくやりかたは伝統ですね」


「ベル、自由開拓村は自衛の為に砦の様な防衛設備を持っていたな」

自由開拓村は自由を謳歌しているが国の庇護も受けられない、奪略の自由から村を自衛する為に武装している、自由開拓村が武装していても誰も疑問には思わない。

「うん砦みたいになっている」


「大公家は知っているのですか?」

アゼルがルディガーに疑問をぶつけた。


「どうかな俺は知らなかったぞ、公国も大っぴらに軍を中立地帯に送りこめない、だが謀反人を匿ったと言う大義名分が立てば軍を送り込む可能性はある」

「表向きは自由開拓民の村と言う事になっていますからね」

「ねえ僕たちこれからどうする?」

彼女の問いかけにルディガーが答える。

「やるべき事は謀反が冤罪であると証明する事なのは解っている、だが公国の中枢が全て敵と言って良い状況でそれに意味があるのか?エルニア公国で堂々と生きるには政権を打倒でもしないと無理だ」


「今の時点で暴政を施いているわけではないですから、叛乱を起こしても成功する見込みはありませんね、まだその時期では無いと思います」

アゼルは現実的で身も蓋も無い事を言う。

「俺は大公妃の精霊宣託の内容を知りたい、あの神隠事件の後から義母上が俺を積極的に排除する様に変わられた、精霊宣託は今の状況を覆す大義名分になり得る内容なのではないかと踏んでもいる」

聖霊教において高位の精霊による宣託は大きな影響を与える、王侯貴族が主催する精霊宣託には高位の精霊宣託術師が招致される、アゼルは五年前に大公妃の送り出した使節団に随行したことがある。

魔術師でもあるアゼルがそれに答える、もうみんな作業の手を休めている。

「精霊宣託の内容は契約によりますが術者は他者に明かすことはできません、力ずくで術者から聞きだすか、大公妃が記録を持っているならばそれを手に入れるか、より上位の精霊から聞き出す方法しかありません」

「俺も今まで精霊宣託の内容を知ろうと調べてきた、そして義母上以外に知るものがいないと結論づけた」

「ならば、宣託した精霊より高位の精霊を呼び出せる術師を見つける方法ですかね・・・テレーゼ西方のニール神皇国のアムルト=オーダーの森に、現存する精霊術師の中で最高の実力者と言われる偉大なる精霊魔女アマリアがいると言われています、彼女ぐらいしか可能性がありません、まず会えるのか、会えたとして我々の話を聞いてくれるのかも解りませんよ」


ベルサーレが腰を拳で叩きながら背伸びをした。

「いきなり行ってその人が会ってくれるとも思えないよ」


「テレーゼの自治都市ハイネにアマリアの高弟と言われる精霊術師がいたはずです、たしか名前はセザール=バシュレでしたか、彼に接触すると言うのはどうでしょうか?」

ルディガーが少し考えてから結論を出す。

「アゼル、それが良いかもしれないな」

「僕もそう思うよ、テレーゼのハイネはここから近い」

「ではお二人共、自治都市ハイネを目指しますか?」

アゼルの提案に二人も賛同する。

「賛成だ」

「賛成ー」

「明日ここを立つ前に最後の精霊通信でそう伝えます、では食事をしましょうか、この庵で最後の食事になりますね、今日は早いので早めに眠り疲れを癒やしてください」

アゼルはそのまま調理場に向かう。







エドナ山塊はまだ夜の闇の中に微睡み、その遥か彼方でアゼルの庵が赤々と燃え上がる。

ルディガーは魔導師の服を窮屈そうに身に纏い、清潔になった猟師服に着替えたベルは清々しい表情を浮かべていた、アゼルは二年間過ごした我が家の最後を淋しげに振り返る、ロバの荷物の上に座っていたエリザがアゼルを慰めようとアゼルの肩に跳び移る。


「そこの坂を越えるとテレーゼですよ」

アゼルが暗闇に僅かに見える稜線を指差す。


「俺は必ずここに帰ってくる」

ルディガーは気分が乗って来たのか大きな声で宣告する。


ベルサーレが後ろをもう一度振り返り手を振る、そして叫ぶ。


「さよならエルニア」


その声は夜の風に乗り流れて行く。





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