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精霊通信

三人の視線が自然に開いた扉に向けられた、そこに小さな白い猿がちょこんと座っている、猿は小さく鳴くとアゼルに向かって走り肩にそのままかけ昇る。


「あっ、あの白い猿だ!!」

ベルサーレが白い猿向かって小指を差す。


「お帰りエリザベス」

アゼルは愛しそうにその小さな白い猿にパンを分ける。

「その猿はアゼルのペットだったのか」

「そいつ懐いているみたいだね」

アゼルは猿から二人に視線を向けた。

「この娘は群れから除け者にされて死にかけていたので私が育てました」


「ふーん、エリザベスって事はメスなんだね、愛称は?」

アゼルは彼女の指摘で初めて気づいた。

「あっ、まだ決めていませんでした」

「ならばエリザベスだからベスではどうだ」

アゼルはルディガーの提案を軽く無視する。

「ではエリザにしましょう」

そう呟くと立ち上がる。

「後で殿下の無事を皆に知らせます」

「精霊通信を使うのか?アゼル」

「そうです殿下」


アゼルが部屋の片隅を指差した、四角テーブルの上に奇妙な道具が置いてある、

それは30センチ四方の四角い板の上に灰色の粉のような物が敷き詰められ、板の四隅から柱が上に伸び、

透明な丸いガラスの様な板を支えていた、そのガラスの板の縁に小さな鈴がぶら下げられている。

アゼルの部屋には二人に理解できない道具が幾つも置いてあるので、二人はこれを気に留めてもいなかった。


「それはなに?アゼル」

「精霊通信板ですよ、触らないでくださいね」

少し馬鹿にした様な言葉の響きに彼女はむくれた。


「貴女も知って於いた方が良いです、これは精霊を通し幽界で伝言をリレーし相手に伝える連絡方法です、馬を使った伝令よりよほど速い、ただ着信側にも術士が必要になりますがね。

伝言なので精霊が怠けたり内容を間違える事もあるので注意が必要です、複数のルートを使い確実性を上げます」


「ベル、軍でも重要な伝令は複数送り出しそれぞれ別のルートを行かせる、それと同じようなものだ」

ルディガーがそれを補足した。

「怠けるってどういう事?」

「美味しそうな食べ物を見つけたり、他に興味が移ってしまったり、術者が気に入らないからと放棄してしまう事がよくあります、時には他の精霊に食べられて死んでしまったり・・・」

「ええっ!?だめだろそんなの!!」

「そのとおりです、あまり当てにならない上に複雑な文章は送れません、より知性の高い上位精霊を使役する事も可能ですが、それができる術者自体がほとんどいませんし、上位精霊を日常の業務で使役できません」


情報の即時性の重要性を知っているルディガーはそれを馬鹿にはしなかった。

「ベル、頼りないが使い方によっては国の運命すら左右するのだ」


「着信側の術士は確保しています、ですがここ数日連絡がとれません、今どこにいるのかどのような状況なのか不明です、応答があるか保証できませんが。

まずは殿下の無事をお味方になりそうな方々に伝えます、とにかく向こうの状況を把握したいですね、それから今後の方針を決めましょう」

アゼルは精霊通信盤の操作を始める。




そんなエドナの鼻の庵から遥か南の地、エルニアの南にクラビエ湖沼地帯が広がっている、この地域はクライルズ王国との緩衝中立地域になっていて自由開拓民の村が点在している。

そんなある自由開拓村の村長館の一室は、木の箱と怪しげな器具類に乱雑に埋め尽くされていた、まるで引っ越して来たばかりの様に。


その部屋の片隅に迫害されたかの様に置かれた机に、女性がうつ伏せになって気持ち良さそうな寝息を立てている。

部屋の中なのに黒い魔女の帽子のような鍔広のトンガリ帽子を頭に乗せていた、そのせいで顔が良く見えなかった。


その静寂を破り小さな鈴の音が室内に鳴り響いた。

彼女は寝ぼけたまま突然起き上がる、あわてて左右を見回している内に意識がはっきりしてきた。


「ひっ、まだ明るいのに寝ていたわ!!今のは精霊通信かしら?」

部屋の片隅の四角テーブルの上に奇妙な道具が置いてある、それはアゼルの庵にあった物と似ているが高級な創りだ。


彼女が立ち上がると、彼女の奇抜な服飾センスが嫌でも目についた、黒地に星と月の模様が黄色い糸で織り込まれたローブを纏って、まるで奇術師かおとぎ話の魔法使いに見える。

小柄で色白で燃えるような赤毛、とりたてて美人ではないが可愛らしい丸顔、柔らかい緑色の瞳と僅かに垂れ気味の愛嬌のある目の持ち主だ。

彼女は荷物の隙間を縫うように精霊通信板まで歩み寄りそれをのぞき込む。


「えー通信が二つ来ているわ、アゼル=メイシー様ね、一通は途中で力尽きたようね、どれどれ」


短い2種類の文章が精霊通信盤の砂の上に描かれていた。

『ルデトベルブベ』

『ルディベルブジ』


「これはなにかしら?」

可愛らしい頭を捻りあごに指を当ててしばらく考える。


「解ったわ!!『ルディとベル無事』ね、ルディはルディガー殿下の事よ、でもベルってクエスタの放し飼いのベルサーレちゃんの事かしら?でもなぜ殿下と一緒なの?姉さまは何も言わなかったけど」

側に置いてあった細長い板で精霊通信板の上の灰色の粉を平らに均し文字を消し去った。


「そうだわ、お兄様達にお伝えしませんと!」

ドアに向かって歩き出すと帽子を脱いで帽子掛けに引っ掛ける、そのまま一階まで下りると居間のドアをノックした。


「カルメラまいりましたわ」

部屋の中から若い男性の声が答えた。

「おはいり」

部屋の中央のソファーに頑健な20代前半に見える青年が座っていた、頭髪は薄いブラウン、瞳は濃い緑の瞳、日に焼けて精悍さが滲み出る、だがカルメラに注ぐ視線と笑みは温かい。

「お前もやっと家の中で帽子を外す様になったのだな」

「そんな事よりもエミリオ兄様!!アゼル様から精霊通信が入りましたわ」

「何!?内容は!!」

エミリオは思わず立ち上がりカルメラに駆け寄った。


「はい『ルディとベル無事』です」

「ルディガー殿下は無事なのか?」

「アゼル様の所におられるのではないでしょうか?」

「ベルとはクエスタのベルサーレ嬢の事だろうか?」

「たぶんそうかと思いますわ」


「おーいアマンダ!!アマンダ!!来てくれ」

エミリオは大きな声で妹の名前を呼ぶ。





昼食も終わりベルサーレが食器を洗っている、ルディガーは引っ越しの手伝いでアゼルの本を紐で束ねていた。

「私はロバの面倒を見てきます、精霊通信の鈴が鳴ったら教えてください」

するとエリザもアゼルの後を付いて外に出ていった。


「アゼルがペットを飼っていたなんて知らなかった」

「ベル一人は寂しいものだ、そう思うだろ?」

「だね・・・」

彼女はバーレムの森の孤独な狩猟生活を思い出す。


その瞬間の事だった庵の中に鈴の音が鳴り響く。

「きたーーーーッ」

「ベル落ち着け!!」

ルディガーがベルサーレをたしなめる、その時ドアが勢いよく開かれた。

「今の貴女のお馬鹿な大声、ついに返信が来ましたか」


アゼルは精霊通信板の側まで急いで向かう、透明な板と灰色の砂に刻まれた文字を確認した。

ルディガーとベルサーレも通信盤を覗き込む。


「これはカルメラ=エステーベ嬢からの通信です、どうやら通信できる環境になったようですね」

「いつの間にカルメラが魔術士になったんだ?」

その彼女の疑問をアゼルはスルーし先を続けた。


「えー通信が三通きています」

短い3種類の文章が精霊通信盤の砂の上に描かれている。


『ミナブジシンパナイス』

『ミンジブシダパイルナスル』

『ミンブジシンパイスルナ』

アゼルは困惑した。

「文字数はできるだけ少なく収めるのがセオリーなのですが、カルメラ嬢はまだまだですね」


「さて何の意味だ?」

「謎々みたい」

二人も意味が掴めない。


「どうやら『みんな無事だ心配するな』ですかね」

それでもアゼルが当たりを付けた。

「だね、直ぐに返信できるの?」


アゼルは丁寧に答える、彼女が誠実に魔術に関心を持つ時はそれに丁寧に答えてやるクセがある。

「精霊を酷使すると機嫌が悪くなるので多くても一日一回に抑えるべきです、「あとこれは『みな無事心配なし』にすべきですね」

「もっと多くの言葉を送りたいよね」

ルディガーも補足してやる。

「ベル、軍や商会では少ない文字で多くの情報を送る工夫をしているのだ」



三日はこれからの方針を決める、これでエステーべ家との連絡が確立したからだ。


「お二人ともここを引き払うのは確定しています、ここが捜索されるのも時間の問題です、

明日早くここを引き払いテレーゼに向かいましょう、ここからだとボルトに出るよりテレーゼ側の町にでる方が遥かに簡単なんですよ、峠越えなければなりませんが」


ルディガーは少し遠慮がちに言葉を紡ぐ。

「その前にやっておきたい事がある、合流する前に出来る事をやっておきたい、例えば精霊宣託の事とかな」


ベルサーレもアゼルも頷く、全てはエルニア大公妃の精霊宣託から始まったからだ。




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