休息
ルディガーとアゼルは温泉に向かう彼女の後ろ姿を見送る。
「困った御令嬢ですね、殿下」
アゼルの言葉にルディガーは笑った、アゼルがそう言うのも2年ぶりだ。
「追放されてから大切な時期に森にいたせいか、かなり世間離れしている、ブラス殿もベルの身の振り方を決めていたようだが、それを振り切って森で気楽に猟師生活していたらしい、クエスタは長らく大公家の狩猟区の管理をしてきた家柄だ、勢子の指揮から獲物の解体までなんでもできる」
「それは良く知っています、私もお祖母様がクエスタの出ですからね」
「まあそれはさておき、ベルが戻って来る前に話をしておくか」
ルディガーはアゼルの庵に現れるまでの経緯から話始める、大公妃と宰相によるルディガーの抹殺を狙った謀略をアマンダが察知した事、彼女の手引きで城から脱出しバーレムの森の逃走と宰相直属部隊との戦い、そしてグリンプフィエルの猟犬との戦闘まで一連の出来事を説明する。
「殿下、私もいつかこうなるだろうと予想していました、しかし広いバーレムの森で彼女と普通出会いますかね?」
「事実は物語より奇なりとも言うだろ、まあベルと出会わなければ死んでいた」
「しかしこれからどうしましょう?ここも引き払う時が来たようです」
「三人そろってから決めよう」
「では私は食事の用意でもしましょう」
アゼルは小さなキッチンに向かう。
その同じ時刻、バーレムの森を武装兵の集団が西に進む、そのエルニア軍部隊は最後に受けた命令のままルディガー捜索を遂行していた。
「森に埋もれた旧街道が生きていればな、馬ならば半日もかからずにボルトからエドナまで到達できるのだが」
小隊の指揮官は愚痴をもらす、深い森で見晴らしが悪く、足元も悪くなかなか進めない苛立ちばかりが募る。
ボルトの町から離れるに従い司令部からの指令やこちらからの報告が届くまで時間がかかる、そして森の中を徒歩で移動するとボルトからエドナ山塊の麓まで2日以上かかるのだ。
小隊の指揮官はままならない森の行軍と情報の遅れに苛立ちを隠せなかった。
「魔術士が全ての小隊に配属されておればな」
すでに陽は中天を周り西に傾き始めている、指揮官は二日目の野営地の事を考えはじめていた。
「隊長様」
その時部隊の先頭の方から呼ぶ声がした、ここで指揮官を隊長様呼ばわりするのはガイドとして雇われた民間人の猟師しかいなかった。
「どうした?」
すると壮年の細身の男が軽い身のこなしでやってきた。
「へい、この先に新しい野営の跡がありやす」
「なんだと、何かしら殿下に由縁のある物が見つかるかもしれん」
今度は最後尾にいた小隊の副官が指揮官の側によってくる。
「そこが殿下の昨晩の野営地とすると、すでにエドナ山脈を越えた可能性があります」
「ああ俺もそう判断する」
指揮官は天を仰ぐ。
だが野営地に到達した彼らは更に困惑する事になる、真新しいキャンプの跡があったが、その周辺が不自然に荒らされていたからだ。
大型の獣らしき足跡と人の足跡がいくつも入り乱れ、下草や木々の小枝がへし折られ踏みにじられていた、そこは戦いの跡のようにも見えたのだ、更に北東の方角にその戦いの痕跡が伸びている。
「新しい焚き火の跡だが、それ以上の確たる物はないな」
「ずいぶん荒されていますね、何か大きな獣と戦った跡の様に思えます」
彼らはグリンプフィエルの猟犬が呼び出された時、すでに森に深く踏み込んでいた、精霊召喚が行われた事を知らなかった。
「ここを辿って進もう」
指揮官は戦いの痕跡にそって部隊を進める、だがしばらくして小隊は前進を停止した。
「なんだこれは?」
指揮官は見回して唖然とした、兵士達も眼の前の異様な光景に恐れ慄く。
周囲の樹木が部隊が来た方向になぎ倒されている、その上に吹き飛ばされた樹木が積み重なり、向こう側に大きな水面が見える、だが池の近くの樹木は根本から引きちぎられた様に無くなっている。
兵士達は臆病では無いが異常な光景に迷信深い兵士達から動揺し始める。
池の手前には大きな穴が空いているようだがまだ距離が遠くて詳しくは解らなかった。
指揮官は勇気を出して部隊に前進を命じた、すぐ視界が開け北西の方角の森が広く焼き払われた様に無くなっている事に気がつく。
穴の周囲には数本の折れた剣と短剣、正体不明の何かの破片の様な物が散らばっている。
「なんだここは?昨日の轟音と関係があるのでしょうか?」
副官が指揮官に問いかける。
「とにかく殿下の遺体か遺品を見つけるのだ」
指令部に伝令を出したいが日没もそう遠くない。
「副長、ここを調査後に伝令を司令部に出したい、猟師の案内をつければ夜間でも移動できると思うか?」
それに副長が答えようとしたその時。
「隊長殿!!服か外套の切れ端の様な物があります」
穴の周囲を調べていた兵士が何かを見つけた様子だ。
「なに?」
指揮官はそれを確認すべくそこに向かう、彼が見たものは焼け焦げているが、仕立ての良い豪奢な服の切れ端だった。
しばらくするとアゼルの庵にベルサーレが戻ってきた、体を浄めた彼女はすっかりご機嫌になっていた、だが長すぎる導衣を持て余している。
「さてじゃあ俺の番だな」
そう言い残すとルディガーが立ち上がり庵から出ていった。
彼女は汚れた猟師の服と革袋を持っていたが、服をアゼルに差し出した。
それに目をやったアゼルは嫌そうな顔をする。
「温泉で洗濯したのですね?」
「うん」
「わかりました浄化魔法を使いますからそこに干してください」
アゼルが上着に浄化と乾燥の下位魔法を使い仕上げる、彼女はそれを感心したように眺めていた。
そして彼女が革袋をアゼルに差し出す。
「お願い、この袋の中身にも今のを、でも中は見ないように」
事情を察したアゼルはベルが両手で支えている袋の口に手をかざし浄化と乾燥の魔法をかけてやった。
「ほんと助かった、どうやって乾かそうか悩んでいたんだ」
いつのまにかベルサーレがうとうととし始めた頃、ドアが豪快に開け放たれた。
ベルサーレが飛び起きてドアに向かって身構える、だがそこにいたのは魔導師の導衣に着替えたルディガーだ。
「温泉とはなかなか良いものじゃないかベル!!」
彼は魔導師の導衣に着替えているが随分と窮屈そうに見える。
「ここの温泉は皮膚が綺麗になったり毒消しの作用がありますよ」
「ん?温泉にそんな効果があったのか?」
アゼルはルディガーの服を観察してから首を横にふる。
「この上着は捨てるしかありませんね」
「さて、そろったところで二人ともお座りなさい、簡単ですが食事を作りました」
「久しぶりにマトモなご飯が食べられるよ」
ベルサーレがやれやれと言った様子で小さなテーブルの前の椅子に腰を下ろす。
「どのくらい森に籠もっていたんだ?ベル」
「一週間前にボルトで毛皮を売って買い出しに出たきり、本当は今日あたり町に引き揚げる予定だったんだよ」
テーブルの上には野菜スープと黒パンと鳥の肉の炒めものらしき物が饗せられていた。
「アゼルここの水はどうしているの?」
「私は魔法で水を呼び出す事ができるのですよ?」
アゼルの言葉の責めるような微妙な響きにベルは少しむくれた。
アゼルは気にも止めずに食事の前のお決まりの聖句を唱えた。
「大地と森と水の恵みに感謝を」
アゼルは気にも止めずに食事の前のお決まりの聖句を唱えた、二人も神妙に同じ聖句を唱えてから食事を始める、エルニアは聖霊教教圏でこうした聖句は日常的なものだ、
普段は不信心な彼女も大人しく従う、怠け者なだけで特に聖霊教に敵意を持っているわけではない。
「大地と森と水の恵みに感謝を」
その時ドアが静かに開き始めた、ルディもベルもそれを察知し入り口を注視した。
二人も神妙に同じ聖句を唱えてから食事を始める、エルニアは聖霊教教圏でこうした聖句は日常的なものだ、普段は不信心なベルも大人しく従う、ベルは怠け者なだけで特に聖霊教に敵意を持っているわけではない。
その時ドアが静かに開き始める、三人はそれを察知し入り口に視線を集めた。




