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2-4

「では両者、所定の位置へ」


 お互いに礼をして距離を取る。対人スポーツよりも遠いこの距離は、基本的な初級魔法攻撃の間合いによって決まっているらしい。

 とはいえ初級なので間に家一軒入るか入らないか程度のものだろう。

 レジーナと並んで振り返る直前、希星は意を決して息を吐き出す。


「レジーナ……ごめん。わたし、魔法使えない……」

「……えっ」


 振り返ってロバートとナーディルを見る。希星の足では合図と同時に走ったとしても彼らに近付くことはできない。

 横でレジーナは目をまんまるにして口を開けている。

 適度な距離を取ってうっすらと見える壁のようなものを正面に展開したテイラーが片手を上げた。


「では、始め!」

「え、ええええええええええっ!?」

『えええええええええええっ!?』


 テイラーの合図とレジーナの悲鳴が重なる。

 耳が痛いが、レジーナの肩を軽く叩いてその場から離れる。すぐに上から水の塊が降ってきた。

 辛うじて回避しつつ、頭の横を飛んでいるホープを掴む。


「ホープはなんかできないの? 聖獣なんでしょ!?」

「ボクは聖獣ポから、聖女を守る存在っポプ。でも流石に学校の授業から守るのは違うと思うップ~」

「役立たず!」


 尻尾を引っ掴んで円盤投げの要領で回転して投げる。

 ちょうどこちらへ魔法を展開しつつ近付いて来ていたナーディルの顔面にホープが直撃した。


「ぎゃっ」

「ポプーっ!?」


 悲鳴が聞こえるが無視。

 周囲を伺うと、レジーナは混乱しながらも土で人間大の壁を作り、ロバートの水球を防いでいた。


「れ、レジーナはなんかできる?」

「わ、わ、私はっ、土壁が精いっぱいでぇぇぇぇっ! ひゃんっ!」

『水と土だと相性悪い! あああ、壁がっ壁が泥にぃぃぃっ!』


 でろりと溶けだした土壁を諦めてレジーナは希星の方に走り、再び土壁を形成。

 同時にべちゃりと音がして新しい土壁に水球が当たった。


『地味に面倒だな……。聖女さまはなにもしてこない、ということは、やはり魔法は使えないのだろう。となると、ベルアンバー嬢だけ気にすればいいか。アーカーは……聖獣さまと戯れている場合か。なにをしているんだ、あいつは』

『うわぁん、足元、泥でぐっちゃぐちゃになってきたぁ……でも聖女さまは魔法が使えないんだから、私が守らないとっ』


 聞こえてくるのはロバートとレジーナの心の声。

 相変わらずナーディルの声は聞こえない。見れば、なにをしているのかホープともみ合っていた。一応ホープなりに貢献しようとした結果だろうか。


「レジーナが得意なのは土壁だけ?」

「だけ、ではないですけど……」

『私はベリルさまのようになにもないところから水を発生させるような魔法は苦手だし……ここは地面が土だから、なんとか壁にすることはできてるけど……』


 うんうんと唸るレジーナを横目に、ロバートとナーディルの位置を確認する。

 ロバートは特に初期位置から動いていない。

 いや、動く気がないのだろう。

 彼はなにもないところから水を球にしてこちらに撃ってくることができるのだから、わざわざ近付いてくる必要はない。

 ナーディルは相変わらずホープともみ合っていた。蛇のような尻尾が顔や首に巻きつこうとしているのを解こうとしているようだ。


(ナーディルくん、なんかごめん。止めないけど)


 ホープはホープで頑張ってくれているので放置。

 問題はロバートだ。


「あの水って無尽蔵なのかな?」

「え? いえ、流石に本人の魔力が尽きるとそれまでですけど……。でもそれはなかなか難しいでしょうね。ベリルさまは公爵家ほどではないものの、子爵家としては多い魔力量だと聞いたことがあります」

『私は平均的だし……先に魔力が切れるとしたら、私の方が先だろうな』


 様子見なのか、猛攻が止んだ水球が土壁に当たる音を聞きながら、希星はふむと腕を組む。

 先ほどから水球ばかりなのは、こちらが格下だとわかっているから手加減しているからのようだ。

 その証拠といってはなんだが、さっきから土壁に当たっている水球の大きさが徐々に大きくなったり小さくなったりしている。

 最初はずっと同じ大きさだったのだから、きっと几帳面で神経質そうな彼ならその振れ幅はわざとだろう。


『ふむ。大きい球だと速度は落ちるが安定はするな。逆に小さい方は速度と威力が上がるが、どうにも精度が安定しない。水温が変わるとどうなるだろう』


 心の声が聞こえて確信する。実験してやがる、こいつ。


「なにもできないのは確かだけど、なんっか腹立つな……」

「キセさま?」

「なんでもない。レジーナは土があれば壁が作れるの?」


 レジーナは目を瞬かせ、頷く。


「量や大きさにもよりますが、だいたいはそのような認識で間違いありません。……動き回る相手だったら、壁ほどではない小さなでっぱりを作って相手を転ばせる、なんてこともできるんですけど」

『もう少しジャッドに一緒に実践訓練してもらえばよかった。動かずにずっと遠距離攻撃してくる相手なんて考えたことないよ』


 魔力がある者(多くは王族貴族)は有事に戦場に出ることもあるのだといつぞやのマナー教育の一環で聞いた覚えがあった。

 それこそ老若男女問わず。それが貴族として生まれた者の務めなのだと。

 だからこうしてスフェルジェマ魔法学園では魔法による実践訓練が授業に組み込まれているらしい。

 それを思い出しながら、希星はなにか引っかかるものを感じていた。


(貴族のありようは別にどうでもいい……なんか引っかかるの、なんだろう? なんか……なんかヒントになりそうなことサンタマリア侯爵夫人が言ってたような……)


 うんうん唸っているとレジーナに手を引かれ走って移動する。土壁が泥になって崩れた。

 足元がぬかるんでいてとても走りづらい。


「泥……」

「土よ、壁となって我らを守れ!」

『こ、この短時間で精度上がってきた気がする……ごめん、ジャッド。今度からもう少しちゃんと実践訓練、真面目にやるね……』


 見ればレジーナの土壁は最初よりも一回り大きくなっている気がする。

 戦いの中で成長するバトル漫画の主人公か?


『温度の高い水球の方が土壁を崩しやすいな。だが熱を発生させるのに少々魔力を消費する……呪文と術式が……ううん、もう少し簡略化できればいいんだが』


 観客席からはテオドールたちの茶化したような応援が聞こえてくる。


『む。少し乾いてきたな。水球ばかり作り過ぎたか』

「……うん?」


 土壁から少し顔を出してロバートを伺う。指を擦り合わせたり空を見上げたりして、なにかを感じようとしているようだった。


(乾いた? 水球作ってたから? ……あれ?)


 もしや、とロバートの足元を見る。

 少し、ひび割れているのが見えた。


「……レジーナ、どれくらい離れたところまで土動かせる?」

「ええっと……あまり遠くまでやったことはありませんが……」


 歓声や野次が聞こえているし、距離もあるから聞こえることはないとは思いつつ、口元に手を寄せ、二人頭を寄せて小さな声で話す。

 こくり、と力強くレジーナは頷いた。


「よし、じゃあ、それでよろしくね」

「はい、キセさまもお気を付けて」


 二人で頷き合い、次の瞬間には逆方向に土壁から飛び出した。


『なんだ……?』


 希星は一直線にロバートへ向かって走る。

 ロバートは面食らった顔をしつつも、顔面大の水球を希星の方へ放った。


「お、っと」


 とはいえ魔法が使えないと確信しているので直接当ててくることはない。足元へ落ちた水球はばしゃんと地面に水たまりを作った。跳ねた雫が足に当たって少し気持ち悪い。

 希星の運動神経は特別いいわけでも悪いわけでもない。五十メートル走は調子がいい日で七秒程度。

 それも邪魔が入らなければ。

 希星はたっぷり十五秒ほどかけて水球を避けながらロバートの方へ走った。


「貴方が近付いたところで、魔法が使えなければ、」

「近付いて来てるの、わたしだけだって思った?」

「なに!?」

『ベルアンバー嬢はどこに、』


 もう少しでロバートの正面、といったところで希星は足を踏ん張り急転。今度はロバートから距離を取る。


「土よ、覆え!」


 ロバートの周囲の土が盛り上がり天を目指す。

 四方を土壁に囲まれたロバートは「しまった!」と息を飲んだ。

 壁はロバートの身長を超えると角度を付け、半円を作るようにして隙間なく固まった。


「……!」

『なんだ、これは……土が円蓋に!? 閉じ込められたか!』


 乾いた土の中でロバートがなにか言っているようだが、しっかり密閉されているので言語として聞き取れない。

 視線を巡らせるとあちこちに作られた土壁に隠れていたレジーナが顔を出し、安心した様子で希星に手を振っているのが見えた。


「レジーナ、すごい!」

「キセさまの作戦のおかげです!」

『うそ……本当にベリルさまを無力化してしまった……これを、私が?』


 希星はレジーナに駆け寄る。


「はい、そこまで」

「えっ」

「あっ」

『キセさま!?』


 希星は背後にぴたりと詰め寄られたのを感じて足を止める。

 そろりと肩越しに振り向くと、にこりと笑ったナーディルと目が合った。


(わ、忘れてた~)


 心の声が聞こえなかったこととホープともみ合っていたので完全に意識の外になっていた。

 ナーディルは黒い石のハマった指輪をつけた指で希星の肩をちょんと叩く。


「大人しくしてね。痛いことはしないからさ」

「……ホープは?」

「聖獣くんならちょっと寝ててもらったよ」


 透明な石のハマった指輪をつけた指が遠くを指す。

 そちらを見れば、テイラーの近くにへそ天状態でぐっすりと眠るホープの姿が見えた。

 蛇の尻尾は結ばれているが、特に怪我をしている様子はない。

 とりあえずホッとして胸を撫で下ろす。


「いやぁ、まさかロバートくんが無力化されるとは思わなかったよね。流石にあの土壁の中じゃ、水分を集めたところで水球は作れないだろうし」

「ああ、やっぱり。空気中の水分を集めたのを攻撃に使ってたんだね」

「そりゃ、人間の魔法は無から生み出すことはできないからねぇ」


 ナーディルはのんびりと笑っているが、目の奥は相変わらず笑っていないし、希星の肩に置いた指を退けることもない。

 ちらとレジーナを伺うが、彼女も動けないようだった。


「さて、レジーナちゃん。降参してくれる?」

「……降参、します」


 レジーナはゆっくりと両手を挙げた。希星は肩を落とす。

 ナーディルが頷いて、審判をしているテイラーを見た。

 テイラーが大きく手を叩く。


「そこまで! 勝者、ロバート・フッカー・ベリル! 並びにナーディル・アーカー!」


 その声を聞いて、ナーディルは希星から手を離して距離を取る。

 もうなにもしてこないのを確認して希星はレジーナのもとへ走った。


「レジーナ、ごめん!」

「いえ、キセさまがご無事でなによりです!」

『ベリルさまを無力化できただけで十分……それに、アーカーさまの実力もよくわからないし……ああ、無事に終わって良かった……』


 レジーナは心底安心したようにほうと胸を撫で下ろしている。

 ちょうどそのころになってようやく魔法の効果が切れたのか、ドーム状の土壁からロバートが出てきた。憮然とした顔で、少し不機嫌そうだ。

 土埃を叩きながら希星とレジーナへ近付き、紳士の礼を取る。


「貴方がたを見縊っていたようだ。すまなかった」

『ベルアンバー嬢の土壁、ここまで扱えるのなら叔父の進めている土木案件に協力要請を……いや、勝手に決めるのはよくないか。ご令嬢だからと格下扱いは失礼だったな』

「いえ、ベリルさまが手加減してしまうのも当然です。私はそれほど実践に慣れておりませんもの。今回は、キセさまの作戦勝ちです」

『キセさまが一緒じゃなかったらきっと、さくっとやられていたもの』

「でも作戦があったって、レジーナが熟せなきゃ無駄でしかないよ。レジーナはすごいよ」

「あ、ありがとうございます……」

『キセさま、お優しい……。信じてくださったキセさまに報いることができてよかったぁ』


 ところで、とロバートが考えていたようにベリル宰相の案件とやらの話を始めたので、希星は聞いていない二人に「先戻るね」と言ってその場を離れた。


「キセちゃん、魔法使えないのにうまく立ち回れたね」


 待っていたかのように、アリーナから観客席に向かう通路でナーディルが話しかけてきた。

 やっぱり心の声は不明瞭で聞き取れないし、目の奥は笑っているように見えない。


「レジーナがうまくやってくれたからね。わたしはこういうことできるんじゃないかな? ってことを彼女に伝えただけ」

「僕の存在忘れてなかったら勝てたかもね」

「別に勝ち負けで成績が決まるわけじゃないし」


 なんかこれ負け犬の遠吠えみたいな発言だなと思いながら、ナーディルと並んで観客席へ向かう。遅れてレジーナとロバートも熱心に話しながらやってくるのが見えた。


「まぁ、聖女なんて戦うのが本分じゃないから、後ろの方で大人しくしてた方がいいんだけどね」

「それはそう。せめて聖女の力がもう少し使い勝手のいいものだったらよかったのに」

「……聖女の力って、具体的にどういうものなんだい?」

「…………なんか……聖女っぽい……ふわっとした……力……?」


 まさか「人の心の声が聞こえます」などと正直に言えるはずもなく、適当に答える。

 ナーディルはなんだそれ、と小さく吹き出した。


「でもま、キセちゃんはあんまり大人しくしてるタイプじゃないね」

「大人しくしてていいなら大人しくしてたいけど?」

「いやぁ、無理じゃないかな。結構、お節介っぽいし」

「わたしのなにを見て……?」

「ふふ」


 ナーディルは笑って答えない。

 確かに今朝の両片思いの二人に対してはお節介をしてしまったから、お節介ではないと言い切れないかもしれない。

 ナーディルはひらりと手を振って観客席に戻っていく。

 そのあとをロバートが追うように歩いていく。すれ違いざま、目礼をされたのでこちらも目礼を返しておく。


「ロバートさま、思ったよりも気さくな方で安心しました」

「おかえり。なんか話弾んでたね」


 土木事業や下水工事についての話で盛り上がったようで、レジーナはにこにこと楽しそうになにを話していたかを教えてくれた。

 それを聞きながら並んでもとの観客席に戻り、座る。

 テイラーの声が聞こえて、次の組がアリーナへ降りていくのが見えた。

 なにか忘れているような、と希星は首を傾げる。

 目を凝らすと、テイラーの足元に白いふわふわした塊が転がっているのが見えた。


「……あ、ホープ忘れてた」


 今から回収に向かうのも面倒だな、と希星は浮かせかけた腰を椅子に降ろす。

 未だにへそ天で寝ているようだし、近くにテイラーもいるので、転がしておいたところで大きな怪我はしないだろうと判断して放置を決めた。


次回からちゃんと恋愛する人たち出てくるはず

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