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2-3

 テイラーが声を張り上げる様子もないのに、円形競技場全体に声が届く。これも魔法の一種だそうだ。

 ここに来てから何度か、国王が国民に声を届けるために使っているのを見た。


「強い魔力を持った人がいるポ」


 感心するホープに釣られて視線を移動させる。

 呼ばれた組だろう四人が観客席からアリーナへ戻っていくところだった。


「実戦形式、使用魔法に制限はなし。相手の魔力が尽きるか、降参したらその時点で魔法の発動は止めること。模擬戦ルールに則り中級治癒魔法で完治させられないほどの怪我は負わせないこと。したら即失格、この授業での評価はマイナスとなる。では、両者位置について」


 いよいよ模擬戦が始まるようだ。

 希星は首を傾げる。


「模擬戦ルールとか、中級治癒魔法って、なに?」

「ボクも人間のルールはよくわからないポプ~」


 膝の上に乗ったホープを一瞬だけ見下ろして(役に立たないな……)、隣に座るレジーナに視線をやった。

 レジーナはぱちりと目を瞬く。そして「ああ」と小さく頷いた。


「模擬戦ルールとはこの国で軍や騎士の方々がまとめたものです。それをこの学園ではこうして実践授業で使うことがあります」

「どういうもの?」

「主に相手を傷付けすぎないよう、やってはいけない戦法などについてですね。その……詳しくは恐ろしい対軍戦法なので、個人でやるのは難しいかとは思いますが」

「なるポプ~」


 そう言っていくつかの例を挙げる。例えば対戦相手の五感を奪ってしまうほどの魔法薬を使用するとか、使用禁止条約にある禁忌魔法の使用だとか。他にも人道的に反するものの使用は禁止されている。

 なるほど、クラスター爆弾の使用みたいなものか、と希星はふわっとしたうろ覚え知識で納得した。


「中級治癒魔法は、低級治癒魔法よりも大きく身体を回復させることができる治癒魔法です。低級治癒魔法はちょっとした擦り傷、切り傷、火傷などの治療ができます。中級治癒魔法はそれよりも大きな出血を伴う怪我や火傷、凍傷に効果があります」

「怪我の程度で使う魔法のレベルが違うってことか」

「はい。ですが、大きく欠損してしまったものを治すことはできません」

「指とか腕の切断とか……?」


 レジーナはこくりと頷く。


「上級治癒魔法でしたら、切断された部位を回収してくっつけながら施すことで元のように治すことはできますが、それでも欠損してすぐに上級治癒魔法を施さないと効果はないので万能ではありません」


 レジーナはそうした現場を見たことがあるのだろう。脳内にうっかり、指を切断した青年が治癒魔法によって治る様子を受信する。

 ここにきて声だけでなく、強く思い起こした記憶まで読み取れるようにならないでほしい。


(まぁ……つまり、欠損するような怪我を負わせるな、ってことかな)


 それを明確に言語化して伝えておかないとその危険があるということでは? と気付いてしまい、希星はもう一度うんざりした。


「そこまで! 勝者、ルマリア・トゥルマリナ・パライバ! 並びにキレスタ・ルチル!」


 テイラーの声に我に返る。わっと歓声が上がったのを聞いて、模擬戦が終わったのだと気付いた。

 レジーナに模擬戦について教えてもらっている内に終わってしまったので、結局なにも見ていなかった。

 アリーナでは悔しそうに肩で息をする男子生徒二人と、涼し気な顔をした麗人が立っていた。その後ろに控えるようにして、麗人より少し背の低い青年が地面に座り込んでいる。

 麗人は対戦相手だった二人を助け起こすと、座り込んでいた青年と共に観客席へと上っていくのが見えた。


「ルマリアさま……流石ですわ……」

「流石、パライバ公爵家のご令嬢。鮮やかな勝利だったな」

「あの二人も相手が悪かったね。パライバ嬢が相手では……ねぇ?」


 どうやら麗人の方は人気のようで、周囲も浮かれた様子で囁き合っているのが聞こえた。


(公爵……ええっと、確か貴族の中でも一番上の序列、なんだっけ)


 王太子であるウィリアムの婚約者も公爵家のご令嬢だと聞いているが、パライバ公爵家とは聞いた覚えがないのでまた別の家なのだろう。

 ぼんやり考えている間にもテイラーは新しくくじを引いている。


「ところで魔法での模擬戦ポね? キセはどうするポプ?」

「……」


 そういえばそうだった。

 思わず希星は無言で天を仰ぐ。

 横ではきょとんと眼を瞬かせたレジーナが不思議そうにこちらを見ている。


「次、十番、それから十二番! 前へ!」


 間の悪いことにテイラーの声が響き渡る。

 希星とレジーナは手にしたままの番号札を見下ろした。


「……わたしたちの番、だね……」

「が、頑張りましょう!」

『ひえぇぇ、もう順番来ちゃった! どうしよう、なにも作戦とか考えてない!』


 作戦以前にそもそも魔法が使えるのはレジーナだけであるという事実をどう伝えたものか。

 そしてそもそものそもそも、聖女の力自体にも攻撃性のあるものはない。

 気が進まないものの、前に出ないわけにもいかず、背筋を伸ばして堂々とした足取りでアリーナへ向かう。その後ろをレジーナは姿勢を正しながらも気後れした様子でついてくる。

 人の目がある以上、希星は聖女として恥じない姿勢でいなければならない。……でないとマナーなどの講師であるサンタマリア侯爵夫人にあとでなにを言われるかわからない。あの方はどこで聞いてくるのか、ものすごい地獄耳なのだ。

 審判として立つテイラーの前に移動すると、少し遅れて二人の男子生徒が正面に立つ。

 こほんとわざとらしい咳払いをして、テイラーは両者を見た。


「聖女キセ・センゴク、並びにレジーナ・ベルアンバー」

『あれ、聖女さまって魔法使えたっけ? ……まぁいいか』

「はい」

「は、はい!」

『あー、終わった。対戦相手、ベリル子爵のご子息じゃないの……はい、無理無理。勝てない』


 横に並んだレジーナは正面の青年を見、そして空を見上げていた。

 優秀な生徒なのだろうか、そちらを見るとスクエアタイプの眼鏡の奥で冷ややかな視線とかち合った。

 ひょろりと細長い体型で、見るからに運動よりも本を読む方が好きそうなタイプに見える。

 淡い青の髪と冷静そうな、ともすれば冷たくも見える同色の目。眼鏡を押し上げる仕草がいかにも神経質そう。

 短い髪は前髪をきっちりと上げているので余計に年上のように見えるが、同年代くらいのように思えた。


「あ、ベリル宰相の甥っ子ポプね。王太子が青田買いしようかなって言ってたっポ」

(あー……なんか聞いたことある気がする)


 なるほど、王太子の側近として候補に挙がっている名前として聞いたことがあったような気がする。

 あの王太子ウィリアムが目をかけているのだ、きっと優秀なのだろう。

 ……本当に、模擬戦をするまでもなく勝てないのでは?


「ロバート・フッカー・ベリル、並びにナーディル・アーカー」

『デュポン教授のところの優等生と、ローロゥくんのところの留学生か』

「はい」

『あれが叔父の言っていた聖女さまか。……聖女とは魔法が使えないものではなかったか?』

「はーい」


 眼鏡――ロバートの横に並ぶのは、今朝、教室でも見た顔だ。

 灰色の目が合うと、にこりと笑って手をひらひらと振ってくる。

 肩に届くか届かないか程度に伸ばされた髪は後ろでハーフアップにしており、耳にはいくつも飾りがついている。

 着崩した制服と装飾の多さで一見してチャラ男というイメージが先行するが、表情は笑っていても目の奥はあまり楽しそうには見えない。


(あ、声、聞こえない)


 正確にはなにか聞こえるような気はするが、不明瞭で聞き取れない。


(ヴィクター先生のときと同じだ。なんだろ)


 あとでホープにも聞いてみるか、と考えながら、希星はチャラ男――ナーディルに目礼した。


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