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2-2

「やだ、テオドール。アンタと組まされるの?」

「げぇ。ボクだってごめんだよ」


 スフェルジェマ魔法学園の本校舎の横にはコロッセオに似た円形競技場が建っている。

 基本的に運動やスポーツ、実技授業はここで行われるようになっているようだ。

 希星の知るコロッセオと違うのは造りや外観はもちろんだが、大規模防壁魔法がかけられている上に天候不順のときには屋根が上部を覆うらしい。

 本日の授業は円形競技場で行う初級の魔法制御の授業……のはずだったのだが、どういうわけか他のクラスの生徒たちまで集まっていた。


「授業変更で他クラス合同の実技になったらしい」


 そう教えてくれたのは同じクラスの男子生徒。

 なるほどとテオドールと共に頷いていると、担当教員(ヴィクターより年嵩で、への字に曲がった口と眉間のシワが不機嫌そうに見える)がやってきてくじ引きをするように指示した。

 そして意味もわからないまま数字が書いてあるくじを引き、首を傾げていると近付いてきた他クラス生徒がテオドールを見下ろして心底困惑した顔で言った。

 べ、とテオドールも舌を出してその整った顔を見上げている。


「こんにちは、アレクサンドルさん」

「あら、キセちゃん。こんにちは。もう、サンドラって呼んでって言ってるのに」

『きゃぁっ、キセちゃんだわ! もう、今日も可愛いわね~! 今度、うちの専属デザイナーにキセちゃんに似合うドレスをデザインしてもらおうかしら。着せ替えしたいわ~』


 うふふ、と艶やかに微笑む彼は、ちょんと人差し指で希星の頬を突いた。心の声がとても賑やかだ。

 希星の横でテオドールがオエとわざとらしく吐く真似をする。

 セミロングのウェーブのかかったくすんだ金髪を掻き上げ、彼は薄い唇をへの字に曲げた。


「今日はツイてない日ね。お子ちゃまと組んで実技授業だなんて」

『面倒くさい子ね。まぁ他の子たちより技能は優れてるから、今日の成績は問題ないか。まったく、真面目にやれば上位クラスにだって移動できるっていうのに』

「それはこっちのセリフ! ババアはボクの邪魔しないでよね」

『うげぇ、うるさいのが来た! でもまぁ、合わせるのは楽だから足引っ張られることにはならないか』

「んま、ババアだなんて……」

『この子、口が悪いけど顔は可愛いのよね……ほんっと、もったいない』

「間違えた、ジジイ」

『間違えた、ジジイ』

「このクソガキ」

『このクソガキ』


 希星はまた始まった、と肩をすくめた。

 背の高い彼の名前はアレクサンドル・クリスマリア・ドライト。三大公爵家のうちの一角を担うドライト公爵家の長男で、見ての通りテオドールとはこうしてよく言い合いをする仲だ。

 とはいえ希星にしてみれば二人の応酬は気の置けない者同士のじゃれ合いにしか見えず、本気の嫌悪感はそこにはない。そんな心の声も聞こえてこない。

 まぁ、別に仲がいいわけではないのだが。

 アレクサンドルはくっきりとした顔立ちでテオドールとは違う整い方をした容姿の持ち主だ。後ろ髪は目の色に近い青緑の細いリボンで結われ背中に流されていて、しっかりとした肩をしているものの身体はすらりとしたマネキンのように完璧なシルエットを描いている。

 少し遠目に後ろから見たら男装の麗人とも見紛うが、決して華奢というわけではない。

 その仕草は一つ一つが洗練された優美なもので、下手な令嬢よりも美しい。

 女性的な()()の作り方は下品ではなく、むしろ彼に似合っていた。


「可愛いボクの言うことが聞けないの?」

『こんなに可愛いボクの言うこと聞かないのなんてアレクサンドルくらいだよ』

「アンタのその性格さえなければ素直に可愛いって認めてあげるわよ」

『ほんっと顔だけは可愛いのよね……顔だけは!』

「厚化粧!」

『厚化粧!』

「なんですって!? このちんちくりん!」

『こんの傲慢ちんちくりん!』

「……えーと、わたしも組む人探しに行くね」


 普段は大人っぽいアレクサンドルも、にこにこと楽しそうにしているテオドールも、二人揃えば幼い子どものように語彙力の低下した言い合いを始める。

 城で何度かその光景を見ていた希星は、諦めて自分の引いたくじを見下ろした。

 小さな紙には「十二」の数字だけが書かれている。


「じゅうにばーん。十二番の人、いますかー?」

「あ!」


 テオドールたちとは離れてうろうろしながら声を出すと、集まっていた令嬢たちの中から声が上がった。

 そちらに視線をやると、琥珀色の髪を高いところで一つに結った元気の余ってそうな令嬢が慌てて、令嬢たちの輪から抜け出して小走りに希星の方へやってくるのが見えた。


「十二番?」

「はい、ベルアンバー子爵が長女、レジーナと申します! よろしくお願いします、聖女さま!」

『うわぁ、聖女さまとご一緒させていただけるなんて!? そそそそそ、粗相のないようにしないと……ああでも妹が聖女さまのファンだからあとでサインとかいただけないかしら!?』


 令嬢――レジーナはにこりと笑った。心の声の騒がしさなど微塵も感じさせない愛嬌のある笑顔だ。

 頭を下げるとそれを追うようにポニーテールがぴょこんと揺れる。


「キセでいいよ。楽に喋っていいよ。同じ年くらいでしょう?」


 何度も「聖女」と呼ばれるのには未だに慣れない。最初の内は敬語もいらないと言っていたが、身分制度のあるこの世界では少し難しいようで、無理のない範囲で楽に話すように伝えるようにしている。

 レジーナは目を輝かせると、「私のこともレジーナと呼び捨ててください」と頷いた。

 周囲を伺うと、ほぼ全員が二人組を作り終えたようだ。

 担当教員は全員を見渡すようにぐるりと視線を滑らせると、わざとらしく咳払いをして手を叩いた。


「本日は二人組での実技となる。組み分けはもう済んだようだな。今から勝ち抜き方式で模擬実戦をする。組み分けのときの数字が呼ばれたら前に出るように」

『あーあ、今日は研究室でのんびりボトルシップでも作ろうと思ってたのにな~。くそ、デュポン教授め、押し付けやがって。今度、高いワイン奢ってもらおう。逃げたフィッシャー教授はあとで実験台にする』


 なにやら授業変更の際に揉めたようだが担当教員(希星に気付いて不機嫌さを引っ込め、テイラーと名乗った)は淡々と準備を進める。

 希星は心の声(特に最後)を聞かなかったことにして、集まっていたアリーナ部分から観客席側へ移動する。視界の端ではテオドールとアレクサンドルがまだ言い合いをしながら並んで歩いているのが見えた。

 どちらの味方もするつもりもないので、こちらも見えなかった聞こえなかったということにする。


「模擬戦だなんて……最初じゃないといいな……」

『あああああ、どうしよう! 聖女さま……じゃなかった、キセさまにお怪我をさせてしまったらどうしよう! ああ、こんなことならもっとジャッドに実践魔法教えてもらっておくんだった!』


 何故か一歩下がったところを歩くレジーナの呟きと心の声が聞こえてくる。周囲も似たような言葉を漏らして唸るような声まで聞こえている。

 スタンド場になっている観客席の最前列を確保し、希星とレジーナは並んで座った。

 聖女が魔法を使えないと聞いてがっかりはしたが、こうして魔法を見るのもワクワクとして楽しい。


「最初は……十八番、それから三番! 前へ!」


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