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3-4

「だいじょぶ、サンドラさん?」

「え? ええ、ごめんなさい。あの二人を見てたらもどかしくって、つい」

『レセディちゃん、大丈夫かしら。ウィルもウィルね。あとでちょっとつついてみないと』


 アレクサンドルは「聖女さまには関係ないお話しだけど、」と少しだけ言いづらそうに続ける。


「アタシが初めてあの子たちに会ったのは、まだ六つのころだったんだけど、あの二人はちょうどそのころから婚約が決まっていたの」

『ウィルが一つ下だから、五歳と四歳ね……。まぁ、レセディちゃんが生まれて女児だとわかってすぐに婚約の話自体は出てたみたいだけど』

「そんな年齢でもう婚約の話が……」

「ま、王族貴族にはよくあることよ」

『アタシは全部突っぱねてるけど』


 自由恋愛が一般的なド庶民の生まれ育ちである希星には驚くような話だ。

 とはいえ、現在のカラドラシア王国の情勢や貴族たちの勢力図的に、上位貴族であるほどわざわざ家同士の結びつきを強める婚姻をする必要性もないらしい。


「それでもわざわざ王家とカリナン公爵家の婚約が成ったのは、二十年くらい前はまだ魔族との戦いが継続していたせい。あとは……王妃殿下とレセディちゃんのお母さま、カリナン公爵夫人のお二人が仲が良かったから、その縁でね」

『うちのドライト家はアタシと弟しかいないし、パライバ公爵家にもルマリアちゃんがいるにはいるけど……あの公爵、カリナン公爵と仲が悪いものね……多分、裏で争って負けたんでしょ』


 さきほどからポロポロと王侯貴族の裏話が漏れているが、希星は心を無にして聞かなかったことにしておく。

 婚約自体は問題ないんだけど、とアレクサンドルはちらと二人の去っていった庭園の入口に視線をやる。

 もう二人の姿は見えないが、アレクサンドルはなにかを見ているように遠くを見ていた。


「昔、ウィルに相談されたことがあるの」

『あれはまだ十歳になるかならないかくらいのころだったかしら?』

「相談?」

「ええ。勝手に決められてしまった婚約者を幸せにしてあげる方法はなんだろう、って」

『あのころのウィルは真面目だけど、ちょっとやんちゃだったわね。お勉強もサボってアタシやアニーちゃんを引っ張って剣術ごっこしたりして』


 今の完璧王子さまからは想像できないが、随分と遊んでは周りの大人たちを困らせていたようだ。

 ちなみにアニーちゃんとは確か、カリナン公爵家令息――レセディの兄を呼ぶときの名前だった気がする。


「それで、サンドラさんはなんて答えたんです?」

「立派な王さまになって豊かな国を作れば、そこで暮らしている王妃さまも幸せなんじゃないかって。……まぁ、子どもが子どもにするアドバイスよね」

『今だったら……彼女をしっかり見て、向き合って、一番愛してあげられるよう努力しなさい、くらい言うわね。もちろんウィルの場合、立派な王になるのは第一条件になってしまうでしょうけど』


 ウィリアムの心の声を聞く限り、立派な王になるという目標は特に苦になっている様子はないので心配はないだろう。そう考えて、希星はアレクサンドルに頷く。

 ここで昼寝していたホープが起き出してきて、ふよふよと浮いて希星の頭に乗った。少し重い。


「王太子は、コンニャクシャを幸せにしてあげたいポプね」

「……婚約者、ね」


 希星が見る限り、心の声を聞く限り、二人は想い合っているように感じる。だが同時にすれ違っているのだとも思った。


「……王太子さま、レセディさんのことちゃんと好きですよね」

「キセちゃんもそう思う? ええ、アタシもそうだと思ってる。ウィルの口からそうきいたことはないけど、ね」

『幼馴染にくらい、もう少し本音で話してくれたっていいわよね。ほーんと、友だち甲斐のない子なんだから』

「レセディさんも、王太子さまのことイヤだと思ってる風ではなかったし」

「そうね。まぁ、レセディちゃん、見た通り、表情が硬いからちょっとわかりにくいけど……。いえ、それを言うならいつも笑顔のウィルも似たようなものね」

『あの二人の表情筋、どうなってるのかしら。どっちもあの顔で固まってるんじゃなくて?』


 けれどもこうしてここで希星とアレクサンドルが話していても仕方ないことだろう。

 これはあくまで二人の問題だ。大きな問題ではないようだし、結婚するのはレセディがスフェルジェマ魔法学園を卒業してからになるし、それまでに二人で話す機会くらいあるだろう。

 そんな話をして、アレクサンドルとは別れた。

 希星もそろそろ部屋に戻るか、と庭園を後にする。

 今夜は確か王妃に晩餐を共にと誘われているのだ。


「あの二人は幸せオーラが足りないポプ」

「そんなオーラあるんだ……」


 希星はホープを頭に乗せたまま王城の廊下を歩く。

 それだけで、周囲の騎士たちやメイドたちの心の声がたくさん聞こえてきて疲れてしまう。


『王太子殿下、いくら優秀な公爵令嬢とはいえ、あんな鉄面皮女と結婚しなきゃならないなんて、可哀想』


 そんな声がどこかから聞こえて、少し嫌な気持ちになる。


「……この世界に来る前までは、人の心の声が聞こえたら、人の顔色窺わなくていいから楽だろうなぁって思ってたんだけどな」

「聖女、嫌になったっポか?」

「別に、嫌とか嫌じゃないとかではないけど。ただ……」


 ただ、やっぱりどうしようもなく疲れてしまう。


「そう考えると、ホープと一緒にいるのは楽だな。ホープの心の声、聞こえないし」

「ボクは人間みたいに心で考えてること以外は喋んないっポプ」

「うん。だから楽だよ」

「ポプポプポプッ! ボク、役に立ってるポプね!」

「……笑い方、うっぜぇ~……」


 頭の上のホープに手を伸ばして軽く小突く。

 ホープはポプポプ笑いながら蛇のような尻尾で希星の肩を叩いた。


「キセが聖女としてみんなを幸せにしたら、世界が崩壊することはないポプ!」

「それ、フラグじゃないよね?」

「ポプポプポプッ」

「おい、こら」


 唐突に出てきた「世界が崩壊」という単語に希星は頬を引き攣らせる。

 やはりあとでホープにはしっかり説明してもらわなければならない。

 希星はホープを頭に乗せたまま、がっくりと肩を落とした。


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