表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/14

第7話 悪役令嬢リリス、魔法を使う。 メタモール…………

◆悪役令嬢、奇跡を起こす◆


 地上に戻ったのは、夜明け前だった。


 館の廊下は静まり返っていて、わたしの足音だけがやけに大きく響いていた。何も知らなかった昨日までのわたしなら、きっとこの闇が怖くて仕方なかったと思う。


 でも今は違う。


 胸の奥に、熱いものが宿っている。


 《契約、完了せり。我が主よ、汝の命に応じて、力を与えん》


 体の中に宿った魔導書《グリモア=ネメシス》の声が、心の奥でささやく。


 ――わたしは、もう無力な侯爵令嬢じゃない。


 魔法陣の記憶、禁術の詠唱、未知の構文式が、脳内に次々と浮かび上がってくる。たった一晩で得た知識じゃない。数百年分の知識が、契約とともに流れ込んできたのだ。


 「……これはもう、チートどころの騒ぎじゃないってば……」


 そう思っていた、そのときだった。


 「ひぃっ! ど、どうしてこんな時間に……っ!」


 侍女のひとりが、曲がり角でばったりわたしに出くわして、悲鳴をあげた。


 「……あなた、大丈夫?」


 「だ、大丈夫じゃないです……お、お嬢様、お顔が……血の気が……!」


 「え?」


 鏡も何も見ていなかったけど、きっとわたしは今、かなりヤバい顔をしていたんだと思う。徹夜明けで、泥まみれで、しかも目が赤く光ってたらしい(後から聞いた話だけど)。


 「ごめんね、驚かせちゃって」


 わたしはできるだけやさしく微笑んでから、彼女に近づいた。


 でも、そのときだった。


 「……っ、く……!」


 侍女が急に胸を押さえて、崩れ落ちた。


 「ちょ、ちょっと、大丈夫!?」


 慌てて駆け寄ると、顔は青白く、呼吸も浅い。明らかにただ事じゃない。


 ――まさか、毒?


 「誰か……! 誰か来て!」


 叫んでも、廊下に応じる声はない。館の夜警は別棟にいて、侍女の通路なんて、誰も気にしていない。


 「どうしよう……!」


 このままじゃ、彼女が――


 そのとき、心の奥に、あの声が響いた。


 《蘇生の禁術“リグレス・スパイア”――発動条件、対象の魂がこの場にとどまっていること。魔力供給、可能》


 「わたしにできるの? こんな魔法……!」


 《可能。主は契約者なり》


 わたしは彼女の胸に手をかざした。


 指先に、赤黒い魔力が集まってくる。まるで血が逆流するような、熱く重たい力。


 「お願い……助かって……!」


 わたしは目を閉じて、魔導書が教えてくれた詠唱を口にした。


 「《リグレス・スパイア――命の刻印、汝の名のもとに灯れ》」


 パァァァァッ!!


 侍女の体から、かすかに光が立ち上る。薄く透き通った羽のような何かが彼女の胸に降り注ぎ、呼吸が……戻った。


 「っ……う……ぅ……」


 目を開けた彼女は、戸惑いと恐怖が混ざった顔でわたしを見た。


 「お、お嬢様……?」


 「大丈夫、もう大丈夫よ」


 わたしは震える手で彼女の頬に触れ、にっこりと微笑んだ。


 そう、この瞬間。


 わたしは初めて、この世界で“誰かを救った”。


 魔導書の力なんて、ただの破壊のためだと思ってた。でも違った。


 これは、生きるための力でもある。


◇ ◇ ◇


 その日の午後。


 侍女の病室を訪ねてきた医師が「信じられない」と首を振っていた。


 「毒にやられていたのは確かです。あのままなら……でも、まったく痕跡が残っていない。こんな回復は見たことがない」


 医師が部屋を出て行ったあと、彼女がこっそりわたしに尋ねてきた。


 「……あのとき、何をしたんですか?」


 「ちょっとした魔法よ」


 「貴族魔法じゃない……もっと深くて、古い……何か……」


 わたしは笑ってごまかしたけれど、彼女の瞳には、明らかな“恐れ”があった。


 そう。これが禁術の代償。


 誰かを助けても、その力の異質さゆえに恐れられる。


 でも、それでいい。


 わたしはもう、ただの“飾り物の令嬢”じゃない。


 《我が主よ、初めての力の行使。その代償、記録せり》


 「……記録?」


 《魂の欠片を、ひとつ頂いた》


 その声とともに、わたしの中で何かがふっと消えた。


 昔の友達の名前が、ひとつ思い出せなくなった。


 「……これが、契約の重さ、か」


 でも、構わない。


 わたしは、ここで生きていく。


 魔導書とともに、悪役としてじゃなく、“自分の意思で戦う者”として。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ