表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/14

第14話 リリス、悪役令嬢を卒業準備する

◆取り戻すべきもの――名誉と尊厳◆


 魔導研究院での裁定から、三日が経った。


 ハーグとアインが拘束され、魔導書の事件の真犯人として調査が進められている間、わたし――リリス=ヴァレンタイン(中身は稲村菜々)は、王都の片隅でひっそりと過ごしていた。


 でも、何かが少しずつ変わってきている。


 「……あれ? あの子、裁定の場にいた“リリス”じゃない?」


 「無実だったんだよね? ハーグ様が犯人だったって……」


 道を歩いていると、そんな声がちらほら聞こえるようになった。


 ほんの数日前までは「悪役令嬢」「逃亡犯」「禁術使い」なんて言われて、石を投げられそうになっていたのに。


 人の噂って、ほんとうに勝手。


 でも、わたしはそれをただ恨んだりはしなかった。


 だって、わたしだってそうだった。前の世界で、ネットの“まとめサイト”を見て、誰かを決めつけてたこと、あったから。


 「だから今度は、自分の手で信じてもらう」


 静かにそう誓って、わたしはギルドの掲示板に貼られたクエストをひとつ選んだ。


 《南門外の薬草採取依頼。夜の魔物注意。報酬:銀貨12枚》


 大したクエストじゃない。でも、これが一歩になると思った。


◇ ◇ ◇


 その日の夜。


 夜の森は思った以上に静かで、それでいてどこか怖かった。


 魔物に遭遇するかもしれない。だけど、手に入れたばかりの短杖たんじょうと、グリモアの簡易術式がある。


 (あれ以来、禁術は封印してる。でも……使える魔法もある)


 「《ライト・バースト》」


 手のひらの上に小さな光球を浮かべると、暗い森の奥がほんの少しだけ明るくなる。


 目当ての薬草――“セリナの葉”は、月光の当たる水辺に群生する。


 夢中で探していると、背後からガサッと音がした。


 ――グルルル……


 狼だ。一頭、いや、二頭……!


 思わず後ずさるけど、足がもつれて倒れかける。


 そのとき――


 「《フォース・ブレイク》!」


 魔法の衝撃波が狼たちを吹き飛ばした。


 振り返ると、そこにいたのは――


 「リリー、大丈夫?」


 ルードだった。いつの間にか、後をつけてきてくれていたらしい。


 「うん……ありがとう」


 わたしは立ち上がって、泥のついた手で薬草の束をぎゅっと握りしめた。


 「でも、やるからには、自分でやらなきゃって思ったの。リリス=ヴァレンタインとして……この街で生きていくって、決めたから」


 ルードは、すこしだけ微笑んで、でも真剣な目で頷いた。


 「……君は本当に、変わったね」


◇ ◇ ◇


 薬草をギルドに届けた翌日。


 予想外のことが起こった。


 「リリスさん、ですか? ちょっとよろしいですか?」


 声をかけてきたのは、王都の名門――グルノーブル公爵家の娘、アメリア=グルノーブルだった。


 社交界でも有名な令嬢で、以前はわたしに冷たい視線しか向けてこなかった人。


 「先日の件、拝見しました。……立派なお働きでしたわ」


 「……ありがとう、ございます」


 まだ少し警戒しながらも、わたしは頭を下げる。


 でも、アメリアは続けた。


 「実は、来月の社交茶会で、“貴族令嬢による貢献表彰”が行われますの。あなたを推薦したいという声が、ギルド側からも上がっています」


 「……え?」


 あまりに意外で、思わず声が裏返った。


 あの社交界の茶会は、名誉回復どころか“名実ともに復活”するチャンス。


 「ですが、ひとつ条件がありますわ」


 アメリアは優雅に扇子を閉じて、こう言った。


 「当日、ハーグ=ユトレヒトとアイン=トホーフェンの処遇が決定します。その席で、あなた自身の口で“真実を語る”覚悟があるかどうか、ですわ」


 静かな、けれど強い言葉だった。


 (わたしが、わたし自身を語る……)


 「……分かりました。引き受けます」


 その瞬間、アメリアは初めて、ほんの少し笑った気がした。


◇ ◇ ◇


 夜、宿に戻ってルードに報告すると、彼はじっとわたしを見て――


 「じゃあ、“ざまあ”の本番はこれからだね」


 「……うん、今度は“舞台の上”でやり返すよ」


 王都中の貴族が集まる社交茶会。


 わたしを笑い者にしたあの人たちが、全員そろう。


 そして、そこでわたしは――リリス=ヴァレンタインとして、すべての過去と向き合うことになる。


 名誉を取り戻すだけじゃない。


 この世界に転生してしまったわたしが、“生きる意味”を見せつける。


 ――ざまあ、はまだ始まったばかりだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ