第14話 リリス、悪役令嬢を卒業準備する
◆取り戻すべきもの――名誉と尊厳◆
魔導研究院での裁定から、三日が経った。
ハーグとアインが拘束され、魔導書の事件の真犯人として調査が進められている間、わたし――リリス=ヴァレンタイン(中身は稲村菜々)は、王都の片隅でひっそりと過ごしていた。
でも、何かが少しずつ変わってきている。
「……あれ? あの子、裁定の場にいた“リリス”じゃない?」
「無実だったんだよね? ハーグ様が犯人だったって……」
道を歩いていると、そんな声がちらほら聞こえるようになった。
ほんの数日前までは「悪役令嬢」「逃亡犯」「禁術使い」なんて言われて、石を投げられそうになっていたのに。
人の噂って、ほんとうに勝手。
でも、わたしはそれをただ恨んだりはしなかった。
だって、わたしだってそうだった。前の世界で、ネットの“まとめサイト”を見て、誰かを決めつけてたこと、あったから。
「だから今度は、自分の手で信じてもらう」
静かにそう誓って、わたしはギルドの掲示板に貼られたクエストをひとつ選んだ。
《南門外の薬草採取依頼。夜の魔物注意。報酬:銀貨12枚》
大したクエストじゃない。でも、これが一歩になると思った。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
夜の森は思った以上に静かで、それでいてどこか怖かった。
魔物に遭遇するかもしれない。だけど、手に入れたばかりの短杖と、グリモアの簡易術式がある。
(あれ以来、禁術は封印してる。でも……使える魔法もある)
「《ライト・バースト》」
手のひらの上に小さな光球を浮かべると、暗い森の奥がほんの少しだけ明るくなる。
目当ての薬草――“セリナの葉”は、月光の当たる水辺に群生する。
夢中で探していると、背後からガサッと音がした。
――グルルル……
狼だ。一頭、いや、二頭……!
思わず後ずさるけど、足がもつれて倒れかける。
そのとき――
「《フォース・ブレイク》!」
魔法の衝撃波が狼たちを吹き飛ばした。
振り返ると、そこにいたのは――
「リリー、大丈夫?」
ルードだった。いつの間にか、後をつけてきてくれていたらしい。
「うん……ありがとう」
わたしは立ち上がって、泥のついた手で薬草の束をぎゅっと握りしめた。
「でも、やるからには、自分でやらなきゃって思ったの。リリス=ヴァレンタインとして……この街で生きていくって、決めたから」
ルードは、すこしだけ微笑んで、でも真剣な目で頷いた。
「……君は本当に、変わったね」
◇ ◇ ◇
薬草をギルドに届けた翌日。
予想外のことが起こった。
「リリスさん、ですか? ちょっとよろしいですか?」
声をかけてきたのは、王都の名門――グルノーブル公爵家の娘、アメリア=グルノーブルだった。
社交界でも有名な令嬢で、以前はわたしに冷たい視線しか向けてこなかった人。
「先日の件、拝見しました。……立派なお働きでしたわ」
「……ありがとう、ございます」
まだ少し警戒しながらも、わたしは頭を下げる。
でも、アメリアは続けた。
「実は、来月の社交茶会で、“貴族令嬢による貢献表彰”が行われますの。あなたを推薦したいという声が、ギルド側からも上がっています」
「……え?」
あまりに意外で、思わず声が裏返った。
あの社交界の茶会は、名誉回復どころか“名実ともに復活”するチャンス。
「ですが、ひとつ条件がありますわ」
アメリアは優雅に扇子を閉じて、こう言った。
「当日、ハーグ=ユトレヒトとアイン=トホーフェンの処遇が決定します。その席で、あなた自身の口で“真実を語る”覚悟があるかどうか、ですわ」
静かな、けれど強い言葉だった。
(わたしが、わたし自身を語る……)
「……分かりました。引き受けます」
その瞬間、アメリアは初めて、ほんの少し笑った気がした。
◇ ◇ ◇
夜、宿に戻ってルードに報告すると、彼はじっとわたしを見て――
「じゃあ、“ざまあ”の本番はこれからだね」
「……うん、今度は“舞台の上”でやり返すよ」
王都中の貴族が集まる社交茶会。
わたしを笑い者にしたあの人たちが、全員そろう。
そして、そこでわたしは――リリス=ヴァレンタインとして、すべての過去と向き合うことになる。
名誉を取り戻すだけじゃない。
この世界に転生してしまったわたしが、“生きる意味”を見せつける。
――ざまあ、はまだ始まったばかりだ。