第13話 リリス、ざまあする!
◆裁定の刻――偽りと真実の狭間で◆
三日後。王都ルメリア、魔導研究院・中央大講堂。
白壁に囲まれた荘厳な建物の中。魔法陣が刻まれた大理石の床と、円形の天井から降りそそぐ魔光灯の光が、厳粛な空気を漂わせていた。
「ここが……運命の場所か」
わたし、リリス=ヴァレンタイン(中身は稲村菜々)は、ひとり立っていた。
ルードが手配してくれた黒のフード付きローブを着て、顔の半分を隠している。
でも、それでも隠しきれない。貴族たちの視線は、あまりにも鋭い。
中央には魔導師団の長老格が並び、王国の法務局員、治安騎士団の代表もそろっていた。
そして――
「見つけたぞ、“リリス”」
あの声。嫌というほど聞き覚えのある男の声。
「……ハーグ」
銀髪を揺らして現れたのは、元婚約者ハーグ=ユトレヒト。背後には、ピンク髪のアイン=トホーフェンもいる。
二人は、満足げに笑っていた。
「今日で終わりだ。おまえの罪は、すべて明らかになる。禁術使用、魔導書の窃盗、そして逃亡。おまえはもう、侯爵令嬢じゃない」
「リリス=ヴァレンタイン容疑者」
法務局の執政官が、淡々と告げる。
「魔力鑑定を実施する。魔導書“グリモア・レガリア”を用いた際の魔力残滓と、あなたの波動が一致するか、精密鑑定を行う。拒否した場合は、有罪と見なされる」
わたしは、静かに息を吸った。
「……拒否しません」
魔力を指先に集中し、鑑定陣へと手を差し出す。
天井からゆっくりと降りてくる水晶の球体。それに指を触れた瞬間、青白い光が広がって――
《一致率、11%。魔導書使用者と対象の魔力波形、非一致》
「な、なにっ……!?」
ハーグの顔が、真っ青になるのが見えた。
場内がざわつく。
「鑑定結果、リリス=ヴァレンタインは“魔導書の使用者ではない”と判断されました」
「そんな馬鹿なっ……! 魔導書を使ったのは確かにこの女だ!」
アインが絶叫した。
「目撃者もいるのよ!? あたし、見たもん! こいつが光に包まれてるの!」
「それはただの残光かもしれません。魔導書は“別の魔力”に反応した可能性があります」
執政官がきっぱり言い放つ。
「むしろ問題は……」
と、そのとき――
「ハーグ=ユトレヒト。あなたの魔力波形が、魔導書の使用履歴と73%一致しています」
「……え?」
空気が凍りついた。
「ど、どういうことだ!? まさか……」
「使用者とは限りませんが、あなたの魔力が“書に触れた”のは確かです。あなた自身、または“あなたに近しい誰か”が魔導書を起動させた可能性がある」
わたしは静かに、アインを見つめた。
「もしかして、あなた……勝手に触った?」
「ち、違う! あたしじゃない! ハーグがやれって言ったのよ!」
「アイン……!」
ハーグの顔が歪む。
「おまえ……!」
「だって仕方ないじゃない! お金が欲しかったのよ! あんたが“魔導書を奪えばヴァレンタイン家は終わる”って言ったんじゃない!」
ついに自爆。会場全体がどよめきに包まれる。
「これより、ハーグ=ユトレヒトおよびアイン=トホーフェンを、魔導犯罪および名誉毀損の容疑で拘束します」
「ま、待て、俺は貴族だぞ! こんな茶番で――」
「貴族であることは、免罪符にはなりません」
衛兵たちが二人を取り囲み、拘束の呪縛具をかける。
「くそっ、リリス、てめえぇぇ……!」
ハーグの叫びが、わたしの耳に響いた。
でも、もうわたしは顔を上げていた。
「わたしを“悪役令嬢”にしたのは、あなたたちよ。でももう、わたしは違う」
騒然とする会場の片隅で、ルードが微笑んでいた。
「よくやったね、リリー」
「うん。やっと、ひとつ終わった気がする」
でも、まだ始まったばかりだ。
これから、わたしは“本当の自分”を生きる。
リリスでも、菜々でもなく――この世界で、自分で選んだ生き方を。