第10話 王都でのリリス、改めリリー
◆再会じゃない出会い――異世界の街角で◆
王都ルメリア――。
それは、わたしがWEB小説で何度も読んできた舞台だった。石畳が続く大通り、風にたなびく露店の旗、衛兵たちが行き交う中央広場。
朝の鐘が鳴り響き、人々の活気が通りを満たす。
でも、その雑踏の中で歩くわたしの姿は、完全に場違いだった。
(やばい……服、汚れすぎてる……)
森を抜け、村を二つ越えて、やっとたどり着いた王都の南門。旅の間に裾を引き裂いていたドレスは、もはやボロ布。髪もぐしゃぐしゃ、靴なんて途中で片方壊れて、今は片足だけ裸足。
(悪役令嬢っていうより、完全に難民じゃん……!)
それでも、街に入れたのは奇跡だった。
ラ・ロシェの名前を聞いた門番が、びびって通してくれた。……たぶん、違う意味で有名なんだろうな、わたし。
「とにかく、まずは服と食事と、あと休む場所……」
でも、もちろんお金なんて持っていない。
(え、詰んでない? これ)
そんな風に、通りの片隅で肩を落としていたその時だった。
「そこの君。困っているのかい?」
ふと、目の前に影が落ちた。
顔を上げると、ひとりの青年が立っていた。
柔らかそうな茶髪、軽く跳ねた前髪の下の瞳は、琥珀色。冒険者風の革ジャケットを羽織っていて、腰には細身の剣。
「え、あの……だれ……?」
「僕? ああ、ごめん、名乗ってなかったね」
青年はにこっと笑って、胸に手を当てた。
「僕の名前は、ルード=フェリエ。冒険者ギルドで“情報屋”をしてる。こう見えても、王都の裏情報なら右に出る者はいないってね」
「じょ、情報屋……?」
「そ。で、君は?」
「わ、わたしは……リ……」
まずい。リリスの名前を出せば、すぐに噂が回る。
「……リリー。リリーって名前です」
咄嗟に、偽名を使った。
でも、ルードはそれを疑う様子もなく、笑ってうなずいた。
「リリーね。うん、かわいい名前だ」
「えっ」
「で、リリー。どう見ても、君、困ってるように見える。正直に言ってくれたら、力になれるかもしれないよ」
彼の声は優しくて、どこか信用できそうな気がした。
でも、だからこそ……警戒心が働く。
「……どうして、見ず知らずのわたしを助けようと思うの?」
「うーん、そうだな。理由なんて、ないかな」
「……ない?」
「見捨てる理由もないでしょ。困ってる子がいたら、助けたくなる。それだけ」
さらっと、そんなことを言ってのけるなんて――この人、前世でヒーローとかやってたのかな?
「……ほんと、変な人」
「よく言われるよ。で、どう? まずは、飯でもどう?」
◇ ◇ ◇
連れていかれたのは、王都の西区にある小さな食堂だった。
屋台のような店構えだけど、焼いたチーズの香りと、スパイスの効いたシチューが絶品。しかも、ルードが「今日はごちそうだよ」と言って、山盛りで頼んでくれた。
「うまっ……これ、めっちゃ美味しい……!」
思わず素が出て、がっついてしまった。
「ははっ、リリー、食べっぷりいいねえ」
「ご、ごめん……ずっとまともなご飯食べてなかったから……」
「そっか……」
ルードは、わたしの言葉に何も聞かず、ただ静かにうなずいた。
彼のこういうところ、すごくありがたい。
◇ ◇ ◇
食後、ルードの紹介で、王都ギルド近くの宿に身を寄せることになった。
「ここなら、知り合いがいるから、数日はタダで泊まれると思う。あとは、君がどう動くか、だね」
「ありがとう……本当に助かった。あなたがいなかったら、たぶん、わたし……」
「泣いてた?」
「う、うん。……たぶん、泣いてた」
二人でくすっと笑ったあと、ルードがふっと真顔になった。
「リリー。君、きっと、ただの迷子なんかじゃない。僕にはわかる。そういう“匂い”がするから」
「え……?」
「でも、大丈夫。君がどんな過去を持っていても、僕は“今の君”を見てるから」
その言葉が、心の奥にすっと染みこんだ。
“今のわたし”を見てくれる――
それは、ずっと欲しかった言葉だった。
◇ ◇ ◇
宿の部屋。小さなベッドに腰掛け、窓から見える星空を眺める。
「……出会えたんだ。カールじゃなくても、“新しい誰か”に」
ルードのことはまだ何も知らない。
だけど、少なくとも――この世界で、わたしが“信じてもいい”と思えた初めての人だった。
「……ありがと、ルード」
そう、そっとつぶやいてから、わたしは目を閉じた。
もう大丈夫。この世界で、きっとわたしはやっていける。
そしていつか、過去の自分も超えてみせる。