8/21話
気まずく思ったジークは目を合わせないようにして寝室へ戻り、椅子に座った。テーブルをはさんでロウナが座ると、ジークは手に取った本を見た。
「フィヨン・・・なんだ?」
後半部分は擦れてしまっているのか上手く読めなかった。
「その本、僕らの事が書いてある。ジークは勉強不足だから、それ持っていくと良い。その本はジークを待っていた。そんな気がするから。」
ロウナがテーブルに両手を付き、前のめりになって話した。ロウナの勢いに押されて、ジークは椅子の背もたれに体を押し付けた。
「分かった。だが、その前に食料を調達してくるから・・・ロウナは、ここから、動くなよ?・・・別の部屋も見ていいが、あまり触るなよ。危ないものもあるし。」
本をテーブルに置き、小さな子に留守番を言いつけるようにジークが言い放った。ロウナは椅子に座りなおしてジークを見上げて笑顔を作った。
「大丈夫、ジークに迷惑掛かることしない。僕だって危険な目に会いたくない。僕のせいで誰かが危険になるのもイヤ。」
笑顔でそう言うロウナを見て、ジークは少しだけ心が痛んだ。いつも彼女の傍にいただろう護衛官は今、彼女のせいで離れ離れになっているからだ。あの護衛官は無事だろうかと思いを馳せながら、ジークは隠れ家を出て村へと向かった。五年前の悲劇がシャーマンの呪術ではないとされ、ジプシーへの警戒が解かれたとはいえ辺境の地では用心するに越したことはないのだ。ジークが村の市場の様子を窺っていると、遠くから一人の青年が手招きをしていることに気づいた。裏路地を通りジークはその青年の元へとたどり着いた。
「久しぶりだな、ジーク。お前が生き残っててちょっと安心した。」
青い瞳の青年が口の端を上げた。
「久しぶりだな、ロキ。もう俺の事なんか忘れていると思ったよ。」
ロキと呼ばれた青年は表情が乏しいのか、軽く眉を上げただけだった。ロキが無言で促すと、ジークは彼の後をついて行った。しばらくすると小さな家に着いた。家に入った二人はリビングのテーブルをはさんで座った。先に口を開いたのはロキだった。
「五年前、あの林のキャラバンはロッジを全て破壊して、ティンファンへ向けて旅立って行った。その後全滅したと聞いてね。なぜ彼らは隠れるのではなく行動を起こしたのか不思議に思って調べようとしたんだが、ローグの兵が居て調べられなかったよ。お前は何か知っているのか?」
ロキは各地に居るティンファン協力者の一人だった。協力者と言っても周囲に知られているものでは無かったため、五年前の惨劇には巻き込まれなくて済んだのだ。それでも彼は後味の悪い思いを五年間してきたのだろうと推測できる佇まいをしていた。ジークは覚悟を決めたように口を開いた。
「あれは・・・大巫女様の指示だった。あの年のキャラバン編成はおかしかった。シーフ団精鋭五名がバラバラに配備されて、それ以外のメンバーは老兵ばかりでさ。大巫女様は予見していて全滅する前提でメンバーを集めたと・・・後から聞かされたよ。」
ロキが怪訝な顔をして口を挟んだ。
「精鋭が付いていてあれだったのか?」
ジークは静かに首を横に振った。
「あの惨劇の前日にさ、俺達精鋭部隊は隊長に召集されてキャラバンから外された。全滅を聞かされたのは俺達がキャラバンを離れた数日後だ。大巫女様の式が隊長の元に届いていてさ、俺達は隊長に聞かされたのさ。」
いつになく沈んだ顔をしたジークにロキは何も言えなかった。
「俺も最初は受け入れられなかったよ。でもお前も気に病むことではないんだ。・・・・それよりも、随分とやつれたじゃないか。色男が台無しだぞ。」
最後はロキの体を気にしてジークはからかうように言った。
「でも、やっぱり何かしてやりたかったよ。・・・今、俺にできる事はあるのか?」
ロキはすがる様にジークに要求を求めた。それが彼の罪滅ぼしとでもいうかの様だった。