6/21話
ルアナを見送ったロウナはジークの方に顔を向けた。
「大変だな、ジークも。・・・僕は君より長生きだ。安心しろ。」
そう言ってロウナは笑顔を見せた。しかしジークはロウナの顔色が悪い事に気が付いていた。
「顔色が悪いな。力を使うと疲れるのか?少し休んでから行くか、嬢ちゃん?」
ロウナは小さな声で、うんちょっとね、と答えてジークへ体を預けた。そうして間もなく規則正しい寝息を立てて寝てしまった。ジークは外を窺いながら、自分も軽く仮眠をとることにした。
空が白々としてきた頃、ジークはそっとロウナを起こした。
「休めたか?」
その問いにロウナは小さく頷いた。
「今から移動するが力は使わなくていい。緊急事態っていうのはいつ起こるかわからないからな。使うと疲れるんだろ?」
再びロウナが頷いた。それを見てジークは自分の胸に拳を当てた。
「この天才シーフ、シャルマンジークを信じなさいってね。」
ジークがロウナの頭に優しく手を置くと、ロウナはジークを見上げて驚いた顔をした。
「シャルマン?ジークはシャーマンなのか?・・・それならフィヨンの姫の力くらい知っていてもおかしくないはずだ。」
拗ねたような声で抗議するロウナにジークが苦笑いを返した。
「俺はシーフの方が向いていたからな。そっちの知識はてんでからきしだ。まぁ、戦闘型シャーマンの素質は十分にあるぞ。シャルマンが付くシーフはティンファンでも精鋭なんだ。」
でも僕の事知らないのは勉強不足だ、とロウナが小さく呟くのを、ジークは苦笑いをしたまま見つめていた。
数分後身支度を整えたジークが立ち上がる。
「ジーク、僕が嫌いか?」
ジークの背中に寝袋ごと背負われたロウナが文句を言った。ジークは小さく舌打ちをしてロウナを前に回して抱えた。
「本気にするな、冗談だ。結界から出るぞ。しっかり掴まってろよ。」
ロウナに意地の悪い笑顔を見せた後、ジークは入口間際で外を窺い、人の気配が無い事を確認してから洞窟から飛び出した。人間とは思えないスピードで木々の間を走り抜けた。ロウナを抱えたまま梢を渡り歩いているにも関わらず、彼女にかかる負担はほとんど無い事にロウナは驚いた。負担が無いどころか会話まで可能であることにも驚いていた。
「ジーク、これがシーフの能力か?僕の飛行よりも快適だ。」
ロウナが目を輝かせて過ぎ去る景色を眺めていた。
「まぁ、隠密の護送術ってやつだ。人目につかないように重要人物を移動させるって依頼を受ける事もあるくらいだ。・・・そういえば嬢ちゃんも重要人物か。」
得意げにそう語るジークにロウナは楽しそうな笑顔を向けた。ハーネスでがっちりと固定されているロウナの為に時々休憩を挟み、半日ほど走った辺りでジークは長めの休憩を取った。太い枝の上に足をぶらぶらさせて座りながらロウナはさらに高いところで周囲を見回すジークを見上げていた。しばらくしてジークがロウナの隣に座った。
「もうすぐローグ領に入るぞ。俺一人ならティンファンまで二日で着くんだが・・・その速度じゃ嬢ちゃんが大変だ。」
薄ら笑いの表情なのに優しい視線をロウナに向けながらおどけたようにジークは言った。「それにローグ領に入れば、宿に泊まることも出来るかもしれない。フィヨンの姫っていうぐらいだ、野宿じゃ嫌だろ?」
続けて言いながらジークはロウナの頭に手を置いた。ロウナはジークの言葉に不満があるのかその手を払い除けて口を尖らせた。
「その呼び方嫌だなぁ。僕の事はロウナでいいよ。まぁ、宿に泊まれるならそれでもいいけど、僕は深窓の令嬢ではない。どこでも寝られるお得体質だ。」
ロウナが親指を立てて満面の笑みをジークに向けた。