5/21話
ジークは両手を上げて敵意が無い事をアピールしながら話しかけた。
「いや、兵器だと思ったから壊すって言っただけで、嬢ちゃんに危害を加えるつもりはないよ。見たところ、あんたらも被害者みたいだしな。」
ロウナがルアナの服を引いて軽く頷いた。それを見たルアナは大きく息を吐いた。
「五年前、あの時ロウナ様は追い詰められました。ヘスティアの策にはまって、力を暴走させてしまったのです。その結果が、兵団の殲滅でした。・・・この力は・・・人の命すら・・・」
最後は苦しそうなルアナの言葉にジークは怒るでもなく、静かに彼女を見つめていた。ロウナも心配そうにルアナを見つめた。
「ティンファンの者は呪術を操る。嬢ちゃんの力をティンファンの呪術と間違えてもおかしくはない。・・・あ、心配するな。恨みはねぇよ。」
ジークはロウナを見て、口の端を上げた。ロウナが立ち上がって、ジークの方を向いた。
「ジーク、僕は言葉を操るだけじゃなく、色々見える。僕は君を信じる。ルアナも言う事があるよね?」
ロウナの口調は先ほどまでと違い、威厳のある物言いをしていた。ルアナはロウナの足元に跪き、頭を垂れた。
「承知しました。ロウナ様をジーク殿に託します。」
「えっ?」
ルアナの言葉にジークが呆気にとられた声を上げた。呆気にとられるジークの前にルアナは膝を着いた。
「ヘスティアには独自の魔術を操る者がおりました。その者が私に追跡の呪いをかけています。ロウナ様のお力でも防げない可能性があります。・・・ですから・・・ロウナ様と一緒にいる事は出来ません。あなたにお願いしたい・・・。」
ジークはこの数分で態度が変わったルアナに対して不思議に思ったが、彼女たちのお互いに対する信頼を考えるとそれも頷けると考えた。
「お願い事は構わないが・・・俺は盗賊だから、膝を着いてお願いするような相手じゃないぞ。・・・シーフの技術で嬢ちゃんを運ぶことは可能だが、目的地はフィヨンでいいのか?」
ルアナに普通に座る様に促して、ジークは目的地を聞いた。こういった場合、闇雲に逃げても意味がない事をジークは経験として知っていた。ルアナは座りなおして、首を横に振った。
「フィヨンは・・・ヘスティアから侵攻された際に、タミナの街を住民ごと封印してしまいました。ヘスティアの目的がロウナ様の力である以上、ロウナ様がフィヨンに逃げても受け入れてもらえる可能性は少ないと思われます。申し訳ないのですが、ティンファンに連れて行ってはくれませんか?ティンファンはローグと対等に戦えると聞いています。」
このルアナという女性は盲目的に護衛官として護っていただけではなく、情勢にも精通していたのかとジークは驚いた。
「別に構わない。しかし俺が嬢ちゃんを連れて逃げたとして、あんたはどうやって追いつく気だ?居場所を知らせる術はどうする?」
ジークの問いにルアナは薄っすらと笑った。
「私はロウナ様と常に繋がっております。お互いどこにいても分かり合えるのですよ。フィヨンの姫と護衛官は特殊なのですよ。」
それ以上の質問を拒否するかのように、ルアナは冷たく言い放った。
「まぁ、いいさ。世の中には知らない方が良い事もあるってわけだな。」
ジークがそれ以上の詮索をやめた事に感謝するように、ルアナがゆっくりと頷いた。
「では、ロウナ様。私は南に向かいます。良い頃合いを見計らってお逃げください。」
ルアナがしばしの別れを惜しむようにロウナを抱きしめた。ロウナを離し、微笑みかけると素早い動きでルアナが洞窟から飛び出していった。ロウナは涙を流すことも無く、ルアナの背中を見送っていた。その光景を見ながら、ジークは大巫女であったおばば様を思い出していた。己の運命を知っていながらキャラバンを編成し、最後をジークに託したおばば様とロウナが重なって見えた。