18/21話
部屋に入ったジークはすぐさま結界を張った。
「この宿は何も調べる必要が無いから楽なんだよ。裏通りや他の通りにも同郷の宿はあるが、今回は人目の多さでここが一番なんだ。」
ロウナを安心させるようにジークは窓際でリラックスした姿を見せた。怪訝な顔をするロウナを手招きすると窓の外を見るように促した。上から見下ろすと大通りの人の様々が見えた。
「ここから見ていれば怪しい動きをする奴も良く見える。それにここはティンファンの宿だ。それなりに仕掛けもあるから・・・な。」
ジークはロウナの目線と同じ高さまで姿勢を低くして窓の外を眺めながら鼻で笑った。
この先の道程はティンファンまで砂漠を抜ける事になるため、ジークは念入りに準備をする事にした。しかし手前の街まで追手が来ていた事もあり、のんびりしていられる状況では無い事も解っていた。カモフラージュとしてアグニの服を買い、必要な物資を買い込んだ。張り詰めたように警戒をするジークに感化されたのか、ロウナはジークの手をしっかりと握ってついて行った。宿について部屋に入るまで二人は緊張を解くことが出来なかった。
部屋で荷物整理をしながら窓の外を眺めるジークの視界に、先日見たローブ姿が映り込んだ。その瞬間、ジークはため息を吐いた。もう少しだけのんびり出来ればと淡い期待をしていたのだが、どうやらそれも許されないらしいと再認識した。
「ロウナ、そろそろ追い詰められてきたようだ。のんびりする暇すら与えてくれないらしい。」
ジークの横で同じように窓の外を眺めていたロウナに、ジークは落胆と呆れの混じった声でそう言った。ロウナは悲しそうな笑顔でそれに頷いた。
さすがに休息を取らずに砂漠越えをするわけにはいかなかった二人は警戒しながら、宿で一晩を過ごした。警戒はしていたが、ジークはここがハドス交易都市で良かったと思っていた。ローグ国内ではあるが、ある程度の自治権を認められたこの都市は国籍問わず議会に参加できるため、どの国の民も勝手な事は出来ないようになっていたのだ。
朝日が昇る頃、二人は再び窓の外を確認した。宿の出入りを監視するように物陰に隠れているローブ姿が数人見て取れた。ジークはロウナに顔を寄せて小声で話しかけた。
「恐らく分散して何軒かの宿を見張っているんだと思う。まぁ、街の中では何かしてくることは出来ないだろうから・・・一つ目の難関は城門だろうな。」
ここまでの道程で随分とジークに気を許したロウナは、何かを言おうと口を開けようとした。その口の動きを手で止めてジークは微笑んだ。
「ロウナの能力は最後の最後だ。俺が守り切れなくなった時、その力でティンファンまで飛ぶんだ。俺に指令が来たという事はそう言う事さ。きっとロウナにならティンファンの道は開く。」
今までにない優しい笑顔と真剣な眼差しに、ロウナはジークの覚悟を感じていた。その瞬間、激しい感情がロウナの中で吹き荒れた。それは苦しいような切ないような嵐に似た感情の波だった。それが何かを知るのは容易な事だった。それをジークに伝えたいと思ったが、彼女は臆病でそれを伝えられなかった。そんなロウナの様子を見て、ジークは不安なのだろうと考えていた。ロウナの不安を軽くしようと抱き寄せ大丈夫だと囁いた。それに対してロウナは目を伏せたまま頷いた。支度を整え、手を繋いで二人は部屋を後にした。アグニ方面とティンファン方面の城門はそれぞれ一か所だった。アグニ側から出てティンファンへ向かう方法も可能だが、時間的状況から二人はティンファン側の城門から出る事を選択した。
城門に到着した二人はそこにヘスティア兵士の姿が見えない事に気が付いた。その時点でジークは砂漠での待ち伏せだと考えた。複数の経路があるが、その中でジークが選んだのは戦闘がし易いルートだった。