15/21話
前の街と似たような雰囲気の女将がやる宿屋だった。ジークは一泊で部屋を取り、部屋に入り荷物を下ろして窓の外を見た。この街には協力者がいるのだ。しかもその協力者はおそらくおばば様と同等の知識を誇る人物だと知っていた。部屋に万全の対処をした後、ジークはロウナに出掛けるかと聞いた。ロウナは嬉しそうに頷いた。
街道の中でも大きい方のこの街の市場を目の当たりにして、ロウナはうきうきしているようだった。それでもジークの手を離すこと無く、寄り添っていた。無意識だったが、ロウナはジークの手を離したくなかったのだ。しばらく散策していると、怪しげな雑貨の店が見えた。店主は仮面を着け、腰には人形がぶら下がっていた。ジークはその人物を見つけると、ロウナの手を優しく引いてその店主の後を追った。路地に入ると、その店主はジークを待っていたかのようだった。
「久しいな。トキから伝え聞いている。お前が重要任務とはな。」
少し高めの声のその男性は、ジークを見て少しだけ笑った。
「は?・・・隊長から?隊長はどこまで察してるんだ?」
そういえば報告には詳細を書いたかな、と不安になりながらジークは言葉を繋いだ。
「あの人が見通せないわけがなかろう。ほぼ把握しているようだぞ。」
そこまで話して、仮面の男がジークの後ろに隠れているロウナを覗き込んだ。少し後ずさりしたロウナに、苦笑いをして膝を着いた。
「怖がらなくても大丈夫ですよ。フィヨンのお姫様。」
仰々しくお辞儀をした後、含み笑いをしながら顔を上げた。
「ジークは知識が足りなくてさぞ大変でしたでしょう?貴女様の知識も無かったでしょうし・・・困りごとはございませんか?」
男の言葉にロウナは軽く首を横に振る。
「左様ですか。それならば良いのでございます。ただ、幼生の姫君にお会いできる事は私にとっても喜ばしい事でございます。」
その言葉にロウナは少しだけ驚いた顔を仮面の男に向けた。おどけたように両手を上にあげた男が、人差し指を唇に当てて内緒だという仕草をした。
「相変わらず嫌味な奴だな。
ジークは心底嫌だという顔をしながら頭を掻いた。
「お前の足りない頭でも解るように世の真実を教えろと伝言が来ている。あの方はお前の勉強不足までご存じなのだからな。・・・と言ってもな、秘密にしている本人の目の前だとどこまで話していいものか・・・」
立ち上がってジークを見つめた仮面の男は顎に手を当てているものの、その声は楽しそうだった。数秒にらみ合った後、二人の視線がロウナに向けられた。
「場所を移すか。」
そう言うと仮面の男は歩き始めた。路地からしばらく歩いた辺りで壁に吸い込まれるように消えた彼を見てロウナは驚いた。ジークはそんなロウナの手を優しく引きながら、同じように壁に向かって歩いて行った。壁はすり抜けられるようになっており、その先には隠れ家のような部屋があった。部屋に入ってようやく男は仮面を脱いだ。男はジークとロウナに椅子を勧めて、キッチンへと向かっていった。しばらくしてお茶と軽食を持ってきた男もテーブルに着いた。お茶を一口飲み、男が口を開いた。
「さて、フィヨンの姫さんとしては自分の口から語りたいだろうが、自分でそれを語ることは禁止されているはず、だよな。ということで、伝承の吟遊詩人であるこのモーラが語ろうと思うんだが、良いかな?」
すこし芝居掛かった物言いだが、モーラという男の名乗った伝承の吟遊詩人という肩書きは本物である。ロウナは大きく頷いた。その動作を見て、モーラは一旦椅子から立ち上がり、大袈裟にお辞儀をした。再び椅子に座ると口を開いた。とはいえ、今回は吟遊詩人の仕事では無いため、普通に話し出したのだった。