11/21話
その日はそのまま一泊した。ベッドで眠るロウナを横目に、ジークは先程渡された書物に目を通していた。過去の大巫女が記したその書物には、ローグが大国になった頃にフィヨンの姫が誕生した事、姫は6人いて容姿はフィヨンの女神にそっくりだという事、そして姫の能力の事が書いてあった。しかし、姫の容姿についての記述では成人女性となっており、ロウナのような容姿については書かれていなかった。そう、その書物には少女のような容姿の姫については、書かれていなかったのである。
「フィヨンの姫にはまだ秘密がある、か。」
薄暗がりの中、書物を閉じたジークはロウナを一瞥して部屋の隅で眠りについた。
翌朝、ジークの寝覚めは最悪だった。夢を見た記憶はあるもののその夢が思い出せなかったからだ。ティンファンのシャーマンは夢見という予言能力がある者が多く、夢の記憶がある時は内容を鮮明に覚えているものだった。ところがこの日は、夢を見たという記憶はあるが夢の内容は全く思い出せなかった。
「うぅ~・・・変な気分だ。」
首の後ろを抑えながら、ジークは呟いてロウナを見やった。余程疲れていたのか、ロウナは未だ寝息を立てていた。
「まさかこの子のせいとか?・・・考えすぎか。」
モヤモヤしながら朝食を準備していると、その香りに誘われたのかロウナが目を擦りながら起きてきた。
「ごはん、まだ?」
ロウナがジークを見上げて尋ねた。ジークの脳裏に昨夜の記述がよみがえる。女神の分身である6人の姫、そしてその容姿・・・記述に合わないロウナの姿。尋ねたいことは山ほどあるが、まずはロウナを安全にティンファンまで逃がすことが先決だとジークはため息で謎に蓋をした。
朝食の準備が終わり、食卓についたロウナにジークは不思議な違和感を覚えた。容姿が大幅に変化したわけでもなければ、話し方が変化したわけでもない。ただ、ロウナの纏う空気に何かの変化が起こっている様な不思議な感覚だった。
「いただきます。」
静かにそう言うと、ロウナはパンを手に取った。昨晩の食事風景とは打って変わって上品な佇まいにジークは驚いた。覚えが早いと言ってはいたがこれ程とは思わなかった。その思いが更にジークの心をザワつかせた。
「それを食べ終わったら支度するか。今日は距離を稼ぎたいからな。」
務めて明るく発したジークの言葉にロウナは静かに頷いた。
支度を整えた二人が扉の下まで来たとき、突然ジークが動きを止めた。そっとロウナを下ろし、扉に耳を当てて周囲を窺っているようだった。ジークの耳には数人の足音が聞こえていた。息を潜めて注意深く聞き耳をたてていると、数人の足音が突然止まり倒れる音がした。
ジークが外の様子を窺う為にそっと扉を開けるとそこには笛のような物を持ったロキが立っていた。
「そろそろ出かけると思っていた。彼らには少しだけ眠ってもらっている。」
ロキは先回りをして障害を取り除くために早朝から待機していたようだった。倒れている者達は傭兵のような風体をしていた。一瞬ルアナの事が頭に浮かんだジークにロウナが声をかける。
「ルアナはまだ大丈夫。」
彼女達の関係についてジークは理解が追い付かなったため、ロウナの言葉を信じるしかなかった
「今は動くしかないか。」
考え事をしていても現状は良くならないとジークは頭を振って、ロウナを抱え直した。
「気を付けて行けよ。」
ロキから倒れている者達は昨晩遅くに村に来た事と人探しをしているようだったという事を伝えられたジークはルート変更をすることにした。恐らくヘスティア側は人目につかないように逃走すると想定していると思ったからだ。元々の山脈沿いルートは山林地帯の為隠れる事も容易だが相手側が強硬手段に出る事も容易な地形だった。