10/21話
再びジークは額に手を当てた後渋い顔で頭を掻いて、ぶっきらぼうに口を開いた。
「俺は、お前のテーブルマナーが酷かろうが気にする必要はないと思っている。・・・思っているが、姫と呼ばれる人物がそんな食い方じゃ、気になるだろう?普通!」
初めて声を荒げたジークに驚いたロウナは口いっぱいに頬張ったパンを詰まらせ、慌ててスープを飲み込んだ。
「どっちだよ。気になるのか?気にならないのか?・・・テーブルマナーって何?」
びっくりしてしゅんとしてしまったロウナは最後の方は消え入りそうな声でそう言った。嘘の見えないその姿にジークは天井を見上げた。一息ついて視線をロウナに戻すと逆切れしたかのような不機嫌顔が目に入った。どう言おうかジークが悩んでいるとロウナが口を開いた。
「何を怒っているのだ?というかむしろ名誉な事なのだぞ、僕と食事が出来るなんて。」
ロウナは腕を組みながら当たり前のように言い放ち、足を組んでふんぞり返った。開いた口が塞がらないとはこういう事かと一瞬諦めそうになったが、しきたりやマナーに煩いティンファン育ちのジークは思い直した。
「そんな名誉はいらない。・・・ティンファンはしきたりやマナーに厳しい。今のままだとティンファンでは白い目で見られるし孤立するぞ。」
ティンファンで匿ってもらおうとしている本人が横柄では民たちも世話係を嫌がるだろうとジークは懸念していた。ルアナが同行できれば良いのであろうが、いつ追いつくかわからないのであればティンファンでの所作も伝えておかなければならないと思った。幸いロウナの食事風景に気を取られ自分の食事に手を付けていなかった事に気づいたジークは目の前のパンを持ち上げた。
「ルアナは君の身内だ。君がどんな食事の仕方でも彼女は何も言わないだろう。だがティンファンにフィヨンの姫として連れていくなら、食事作法くらいは習得して欲しいと思うわけだ。」
ジークはロウナの顔の前でパンをちぎり、口に放り込んだ。口を尖らせてジークを見つめていたロウナが、不意に冷笑を浮かべて口を開いた。
「そうだな。・・・僕は一度も他人に食事を見られたことが無い。自分の食事の仕方とか言われても分からない・・・」
ロウナの口調が見た目の年齢に見合わない冷たいものだった為、ジークは一瞬動きを止めた。何とも言えない気配を発するロウナに、ジークは無言で次の言葉を待った。一瞬のにらみ合いの後、ロウナが胸の前で音を立てて手を合わせた。
「よし、こうしよう。ジークの食事を見てそれに倣うとしよう。安心しろ、覚えるのは早いぞ。」
尊大な物言いに危うく頷きそうになったジークだったが、同時にその態度にイライラもしていた。俯いてふぅっと一息ついてから再びロウナを見たジークは同じく嫌味な笑顔を作った。
「そうか、覚えが早いならありがたいな。よーっく聞けよ。食事の時に大口を開けるのはレディーとして恥ずかしいと思え。パンは小さめにちぎり、上品に口の中に入れる。それと、スープを飲むときはスプーンを使え。音を立てるな。食事の仕方一つで印象が変わるぞ。見ておけ。」
基本を伝えて実演するジークにロウナは不満そうな顔だが真剣にその姿を見つめ続けた。不意に食事の手を止め、ジークがロウナを見つめ返した。
「ロウナの見た目は悪くない。マナーが良ければ好意を持たれる。ティンファンでも可愛がってもらえるはずだ。」
突然容姿を褒められて、ロウナは組んでいた足と手を解いた。一瞬にして空気が変わり、照れているような嬉しいようなもじもじした姿にジークは少しだけホッとした。
「それから、スープ皿を舐めるのは見た目が最悪だ。そういう時はパンで拭いながら食べればいい。・・・こうやってな。」
ジークはロウナが名残惜しそうにボウルをすすっていた姿を思い出し、付け加えるように言った。
「わかった。もう覚えたから明日からは大丈夫。・・・僕も姉様達みたいにちゃんとやればよかった・・・」
ジークの食事を見終えたロウナは立ち上がり人形を抱えたまま笑顔を見せた。