最強神子と平凡神子
この世界の夜は美しい。
特に月に一度、青い月と黄色い月が同時に昇る夜は、世界が淡い緑色に染まって凄く幻想的だ。
俺が日本からこの世界に召喚され、神子として崇め奉られるようになって早半年。
はじめはあまりの理不尽にブチ切れかけていたが、俺に宿る力をこの国が求めていると切実に訴えかけられ、結局は折れる形でここに滞在することにしたわけなのだが。
召喚は出来ても送還は出来ないというのだから仕方がないだろう。
国王達が嘘をついていないことはわかっていたから、俺は割り切って神子として働くことにしたんだ。
神子とは、奇跡の力を有していて存在するだけで国が潤う最高のアイテムなんだそうだ。
そして先日五大国の最後の国が神子を迎えたらしく、今はこうして各国の神子をお披露目するための五大会談が催されているのだが…
「我が国の神子様は、女子の身でありながら炎を自在に操るのですじゃ」
爺さんが孫を愛でるように、老王が中学生くらいの女の子の頭を撫でている。
「それを言うのであれば、こっちはこのように熟れた美女に相応しく華麗に水を操る姿はまさに女神!」
熊のようなおっさんが、妖艶に微笑むお姉様を自慢げに語る。
「わたくしの神子様は風を身に纏い空を飛ぶことも可能ですのよ」
気品のあるマダムは少年に優しく微笑みかけている。
どの国も自国の神子を何より大切にしているのがわかる。
「俺んとこの神子様は、念力が使えるらしいぜ。あんま見たことねぇけどな」
この口の悪い男が俺の国の国王だ。
こんな俺様野郎だが、民想いで愛妻家の憎めない奴で…って、そんなことはどうでもいい。
問題は最後に神子を手に入れた隣国だ。
「余の神子は癒しを司るのだが、これが中々言うことを聞かない上この通り見目も良くない。マナハヤが羨ましい限りだ、そのような美しい神子で」
痩せぎすで蛇のような目付きの男が、舐め回すように美女…ではなく俺を見詰めてくる。
まぁ、神々しい程に整った顔は自覚済みだからこういった類いの視線は慣れているけど、神子を見下したような態度は気に入らない。
自分で無理矢理神子を召喚しておきながら、自国の神子を貶める言葉を吐くこの男にどうしようもなく苛立ちが募る。
「何言ってんだよ、癒しの力なんてスゲェじゃねぇか」
「余の自由にならぬ力など、ないも同じだ。時にマナハヤ王、余の神子と貴殿の神子を取り替えてはみぬか?」
一応世話になっている手前、嫌な顔ひとつしないで黙って座っていたが…この糞ジジイ最悪だな。
それに見目が良くないと言われた神子を見れば、確かに顔立ちは地味ではあるけど艶やかな黒髪に切れ長の瞳は日本人特有の涼しげなものだ。
背筋もすっと伸び、決して良い待遇を受けているわけではないだろうにその瞳に濁りは見られず、男前な雰囲気と高い身長も彼に良く似合っていて元の世界では普通にモテていただろうことが窺える。
何故こんなにも高潔な男が変態糞野郎なんぞに蔑ろにされなきゃならないんだ。
「おいおい、神子様を交換って…」
「私は構いませんよ」
「真か!」
「お、おい、ナツキ…」
俺が即答すれば、普段は俺様な国王が動揺を露にする。
しかしチラリと目配せすれば、俺の意を汲んでくれたのか大きな溜め息を吐き出して小さく頷き返してくれた。
俺の快諾に喜色満面な糞野郎はそんなやり取りなど気付くはずもなく、舌舐めずりせんばかりの勢いで手続きに必要な書類を出してきた。
何とも用意周到なことで。
戸惑ったような視線が刺さるが、俺はあえて無視した。
交換されることになった向こうの神子は、俺がコイツに嬲り者にされるとわかっているのか一瞬止めるように口を開きかけるが、俺はそれを念力で無理矢理閉じさせる。
人の心配をしている場合か。
この清廉な神子は、どうやらこの糞野郎に暴力を振われているらしい。
治癒の力を持っているこの神子が自己治癒能力もずば抜けて高いのを良いことに、ストレスをぶつける道具にしているのだ。
ふざけんなよ。
勝手に呼んでおいて、自分が望むような神子じゃなかったからと奴隷のような扱いをするなんて許せるはずがない。
いや、自分が望むような神子だったら、それはそれで慰み者として性奴隷にでもしそうだが。
現に今、俺をどうやって手込めにするのか妄想しまくってるんだろう。
気色の悪いジジイめ。
例えこの世界が許しても、俺は絶対に許さない。
見えない力によって口を塞がれている神子を安心させるように、俺は殊更優しく微笑みかける。
すると切れ長な瞳が見開かれ、神子の目元に若干の赤みが差したではないか。
これは、中々可愛い反応だ。
見たところ俺と同い年くらいだし、彼とならこの異世界でも楽しくやっていけると思う。
俺の直感は百発百中だ。
その後の会談は恙無く終わり、今日はこの糞野郎の城にみんな滞在するんだそうだ。
そして俺はもちろん、新しい主でもある糞野郎の後について行ったんだが、コイツいきなり寝室に引っ張り込みやがった。
ジジイのクセにヤる気満々かよ、気色悪い。
「さぁ、神子よ…」
「神子よ、国に仕えること即ち余に仕えること、か?」
「…なっ!」
「何故わかったのだ、か。本当にお前は悪役のテンプレのような思考回路だな」
思考をズバリ言い当ててやったら、糞野郎が驚愕の表情で俺を見てきた。
そりゃ驚きもするだろうさ。
「その答えは簡単だ。俺には思考を読む力があるからだ」
「そんなっ、馬鹿な! だったらマナハヤ王が嘘を…ッ」
「五大国会談で嘘つくわけねぇだろ。俺が念力を持つ神子なのは本当だ」
「…ならばっ」
「ただし、扱える力がひとつとは限らない」
濁った目玉が飛び出すんじゃないかと思うくらい、驚愕に目を見開いて糞野郎が俺を見てくる。
驚くのも無理はない。
マナハヤ王の話によれば、神子の力は通常ひとつだけらしいからな。
そこをいくとこの俺は、容姿端麗頭脳明晰に加えて超多才で天才で唯一無二の絶対的強者というわけだ。
「ちなみに、念力・読心術の他にも火・水・土・風・金・雷・氷・光・闇はもちろん、時間・空間まで自由自在…らしいぜ? そんな俺を手籠めにしようとするなんて、国を滅ぼされても文句は言えねぇよな?」
俺が喋れば喋れるほど、どんどん顔色が悪くなっていく糞野郎に侮蔑の笑みを向ける。
そう、俺には見ようとすれば人の心が透けて見える。
コイツが自国の神子にどんな仕打ちをしたのかも、国を顧みず豪遊していることも、有能な弟を無実の罪で幽閉していることも、何もかもお見通しだ。
「ちっ、違っ」
「違うんだ、そんなつもりじゃない。神子様が疲れておられると思って寝台にお連れしただけ…? この期に及んでふざけんなよ、糞野郎! テメェの底の浅い思考なんて読心術使わなくても丸わかりなんだよ! 安心しろ、この国は弟が守ってくれるだろう。そしてお前も、殺しはしない。死よりも過酷な生を与えてやる」
浅はかで愚鈍な国王は、今日この時をもって表の世界から姿を消すのだ。
***
「よ、ただいま」
「……!」
マナハヤ王に宛がわれた客間へと入ると、そこには深刻そうな表情で椅子に座っている我が国王と癒しの神子がいた。
そして揃いも揃って、いきなり現れた俺に驚き目を真ん丸にしている。
ま、驚いている理由は各々で違うけど。
「よく無事で…っ」
神子は俺が何事もなく帰ってきたことに、純粋に驚いているみたいだ。
会話すらしたことのない俺をこんなにも心配してくれるなんて、本当に良い子だな、癒しの神子は。
「ナツキ、お前まさかアイツを…」
マナハヤ王は俺の爽やかな笑顔に嫌な予感を感じているんだろう。
しかもそれが、ただの予感ではなく事実だとすれば尚更だ。
「あの糞野郎なら殺してないよ。ただ五感を奪っただけだ」
死は何の罰にも償いにもならない。
容赦なく突き付けられた死を前に生きることこそが贖罪になるんだと俺は思う。
視覚も聴覚も味覚も嗅覚も触覚も奪い取られ、茫洋とした闇の中でただ生かされる恐怖足るや想像を絶するものだろう。
俺の笑みが深くなるにつれて、マナハヤ王の顔色が悪くなっていく。
「あの、ナツキさん…。マナハヤ陛下に聞きました。俺のために、ありがとうございます」
マナハヤ王の変化に気付いていないのか、癒しの神子は立ち上がるなりその長身を深く折り曲げた。
このお辞儀の仕方は、多分体育会系のそれなんだろう。
「アンタのためじゃない…って言うところだけど、今回は全部アンタのために俺が勝手にしたことだ」
「はい、凄く感謝しています。俺にできることがあれば何でも言ってください、ナツキさん」
そう言って顔を上げた癒しの神子が、俺にはやっぱり可愛く見えてしまう。
無意識の内に手が伸び、いつの間にか俺は神子の黒髪を撫で繰り回していた。
一瞬にして真っ赤になる神子と、一瞬にして真っ青になるマナハヤ王。
「だったら、一緒にいてくれないか? 同郷の友人が傍にいてくれた方が、この世界での生活も楽しくなる」
「……友人にする気なんかないクセに…」
ふんわり柔らかな笑みを浮かべる俺を胡散臭そうに見るマナハヤ王には、後できついお仕置きをしないとな。
「あの、でも…」
「俺とは友人になれないか?」
「違っ、なりたい! ナツキさんと友達になりたいっ」
少し悲しげな顔をすれば、神子はすぐさま色好い返事をくれた。
心と言葉に裏表がない、純朴な性格も実に好感が持てる。
「ありがとう」
今度は両手を握って見上げると、やっぱり赤面する可愛らしい神子。
はじめは友人からでいい。
神子の心を俺でいっぱいにして、それから手込めにするとしよう。
「ところで、アンタの名前を聞いてもいい?」
「俺は、───…」
嗚呼、はにかむ仕草も可愛い。
こんなドストライクな人間に出会えるなら、この世界に連れて来られて良かった。
俺の手を控えめに握り返してくるのも、満面の笑みを浮かべる俺を直視できずに落ち着きなく視線を泳がせるのも、何もかもが可愛くて仕方がない。
あの糞野郎なんかより余程質の悪い男に捕まってしまったと、アンタが気付くのはいつになるんだろうな。
でも、もう遅い。
最強の神子に目を付けられたのが運の尽き。
ドロッドロに甘やかせて、俺なしじゃ生きていけないようにしてやるよ。
嗚呼、これから楽しくなりそうだ。
【end】