現実が終わりを告げた日
ある日、宇宙から複数の隕石が飛来した。
世界中の都市で大規模な電波障害を及ぼしたそれらは連日ニュースで取り上げられたが、二週間もすると人々の生活は日常へと戻り隕石に関心を向ける人間は極僅かとなった。
「みんな、おはっぴ~☆さっちんだよ!
さて、さっちんは今どこに来てるでしょ~か!」
[おはっぴ~]
[外配信?]
[森でしょ。鳥の声うるさすぎ]
「正解は~……今話題の高尾山で~す!」
[立ち入り禁止の場所で草]
[↑入山規制は昨日解除されてるぞ]
[あ~東京に落ちた隕石か]
「そうそう!今日はね、この高尾山の頂上まで登って話題の隕石を一目見てみようって企画です!」
[登山コースからじゃクレーターの端っこしか見えないぞ]
[鳥の声うるさすぎて聞き取れん]
[これ鳥じゃなくて悲鳴じゃね?]
「え、悲鳴?」
スマホから顔を上げた配信者の顔に赤い液体が降り注ぐ。
大きな衝撃音と共にカメラは派手に回転し、逆さまな森の映像と獣の咀嚼音だけが数分間配信され続けた。
『ショッキングな映像が流れます。大手配信サイトで高尾山の登山客が正体不明の野生動物に--』
『繰り返しお伝えします。避難命令が発令されているのは、東京都多摩地区全域、埼玉県西部、神奈川県--』
『高尾で発生したものと同種と思われる生命体が南極でも確認されていた事が判明し、専門家は隕石と共に飛来した宇宙生命体の可能性が--』
『アメリカ政府はカウアイ島で異形生命体と戦闘を行った軍人複数名が体の異常を訴えている事を公表し、未知の感染症への警戒を--』
隕石から現れた異形生命体によって、平穏な日常は突然パニック映画に変わった。
隕石に程近い大都市はその機能を完全に麻痺させ、避難民は隔離にも近い避難所生活を余儀なくさせられていた。
異形生命体の駆逐の目処も立たず、人々の心が疲労の限界に達する直前、それは起こった。
「なんかお前、光っとらん?」
「え?……ほんとだ」
指摘された本人も気が付いていなかった程のほんの僅かな変化。
だが、その男の体毛は確かに蛍光塗料の様にぼんやりと緑色に光っていた。
「お前……ほんまに人間か?擬態型なんと違う?」
「アニメの見すぎだ!今その冗談しゃれにならんて!
俺だよ!小学校からずっと一緒だろ!?」
「せやけど、人間がそないな風になるかいな!」
徐々にヒートアップする男達の口論を聞きつけ、避難所の一角に続々と人が集まってくる。
光る男に対する不安の声が男達の声量を上回り始めた時、一人の女がおもむろに手を挙げ衆目を集めた。
「実は、私も3日前から肌が変なの」
女は身に付けていた手袋を外すと、勢い良く手を叩いた。
その音は柏手とはほど遠く、まるで金属同士をぶつけた様な甲高い音だった。
「そう言えば僕も--」「私も耳が--」
「幻覚だと思っていたのだが--」
女の行動を皮切りに、老若男女を問わず皆次々に体の変化について告白していく。
それらの症状にはまるで一貫性が無く、病気と呼ぶにはあまりにも不可思議な現象ばかりだった。
「どうなってるんだよ……」
光る男のその問いに答えられる者は居ない。
沈黙に包まれた避難所の中で、かけっぱなしのラジオが響いた。
『国連は、異形生命体の総称をモンスター、その巣である隕石をダンジョンと呼称する事を--』
「……せやったら、これはもうスキルやん」
その呟きは瞬く間に世間に広がり、現実はファンタジーへと様変わりした。