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境目ノ宿  作者: せんなみ
2/7

仲間のおはなし

 蕾が働き始めて数週間が経った。

 蕾は藍と椿と共に働くことが多く、椿曰く藍が、新人だからなるべく当番を一緒にして欲しいと女将に頼んでいたとか。


 始めは怖い雰囲気の椿だったが、それが彼の通常運転であり、話してみれば意外と面倒見がいいということも分かってきた。

 なんだかんだと言いながら蕾と行動を共にし、さりげなく蕾のフォローをする。蕾がそれに対してお礼を言おうとするとそっとその場を離れていく。そんな分かりづらい優しさを見せる人間だった。


「いや、蕾が僕に不愛想とか言えないと思うけどね」


 ある日の休憩室で椿がお茶を飲みながら呆れ顔で蕾に言う。


「え、そう?」

「向こうにいる時、接客業とかしたことないの?」

「あー、したことないね。研究職だったし、バイトもしたことない。ずっと勉強してたから」

「まぁ蕾は掃除とかの手際はいいし、僕も接客嫌いだけどなんだかんだクビ切られてないから大丈夫なんじゃない。接客は藍さんとか(なずな)とか、愛想笑いが上手い人に任せてればいいよ」

「それって褒めてるんだよね?」

「めちゃくちゃ褒めてるじゃん」


 これが椿だった。言葉に少し棘はあるものの、不思議と嫌われることはない、そんな人であった。


 薺は自他共に認める人気者だった。蕾自身、薺からそんな話を聞いたことはないが、あれは自分の魅力を理解しフルに活用している人間の振る舞い方だと常々思っていたからだ。そして周りからの反応もきっと、薺の思惑通りだった。


「お願い、蕾!今度の庭掃除、かわってくれない!?」


 同僚の女の子からそんな頼み事をされたのは、椿以外の友達ができ始めた頃だった。


「いいけど、なんで?」

「そんなの決まってるじゃない!王子とお近づきになるためよ!」

「王子?って誰?」


 お客様のいない廊下の隅で、三人組が蕾の周りに集まって来る。


「知らないの!?薺様のことだよ!」

「薺様とご一緒できるなら、地獄廊下の掃除だって喜んでやるわ!」


 目を輝かせている彼女たちの姿は、まるでアイドルを追いかけるファンの姿そのものだ。しかし、王子様こと薺よりも、蕾には気になることがあった。


「ねぇ、地獄廊下って何?」

「ほら、一階のやたら長い廊下!」

「確かにあそこの廊下は地獄だね」


 この旅館は神の持ち物。昨日はなかったはずの部屋が増えたり減ったり、廊下が伸びたり縮んだりなんていうのは日常茶飯事だった。

 しかし、一階の廊下だけは常に誰かが使うせいか、いつも長い。そして、女将がよりこだわって掃除をさせるため、長いうえに大変だった。


「ち、な、み、にー、地獄部屋っていうのもあるよ」


 同僚の一人がニヤニヤとし、それを見た他の二人も同じような顔をし始める。地獄廊下の定義で言うなら思い当たる部屋は一つだけ。三人がニヤニヤしている意味は分からないが。


「一番広い宴会場のこと?」

「何言ってるの蕾!地獄部屋は女将さんの部屋だよ!」

「そうそう。入るだけで息が詰まっちゃう」

「女将さんって綺麗だけど怖いよね~。この前なんてさ、」


 三人の会話が盛り上がって来てこれからが本番というところで蕾は全力で首を横に振った。三人も蕾の様子がおかしいことに気が付き、会話を中断。恐る恐る後ろを振り向くと、あの美しい顔でにっこりと笑った女将が立っていた。


「楽しそうだね、あんた達。あたしも入れてくれるかい?」


 悲鳴を上げて逃げていった三人の背中を見送った後、女将も小言を言いながら去っていった。なんだかんだで、女将が誰かのクビを切ったところを蕾は見たことがないし、酷い扱いをしているのも見たことがない。だから彼女もウワサほどの怖い人ではないのだろうと、蕾は思っていた。


「二人共、重かったら無理しなくていいのよ」


 たくさんの洗濯物を抱えた藍が同じくたくさんの洗濯物を抱えた蕾と椿の方を振り返り、声を掛ける。蕾と椿は二人そろって「大丈夫」と返事をした。


「フフ。あなた達、随分仲良しになったわね」

「まぁ、これだけ一緒にいれば多少はね」


 椿が蕾の方を向いたので、蕾も椿と視線を合わせて「ね」と答える。それを見た藍は嬉しそうに笑うのだった。


 洗濯物を運んだ先には薺がいて、三人を見つけると近付いてきた。そして、藍と蕾の荷物を取り上げる。


「え、いいですよ。私持てます」

「いいからいいから」

「薺~僕のは~?」

「君は自分で持ちなさい」


 運ぶ先はすぐ近くだったが、結局最後まで薺が運んでくれた。蕾がお礼を言うと薺はまるで子供に接しているかのように頭を撫でる。それに対して、蕾は少々渋い顔をするのだが、その顔を見た藍と薺がまた笑うでのであった。


「そうだ藍さん。藍さんと俺に女将さんが相談があるって。ちょっと時間いいかな?」

「ええ、もちろん。二人共、今日早番だったでしょう?もうあがって大丈夫よ。お疲れ様」


 それだけ言い残すと、藍と薺は足早に部屋を出て行った。


「あの二人っていつも忙しそうだね」

「そうだね。まぁ仕事できるし、古株だしね」

「やっぱそうなんだ。もしかして何百歳とかだったりするのかな?」

「蕾さぁ、それ…」


 椿に指摘されハッとして咄嗟に手で口を押える蕾。

「僕だから良かったものを」と椿からのお小言を聞き、素直に反省する。


 ここに来ると皆、体が若くなるそうだ。

 蕾も初めて鏡を見た時に、驚きのあまり藍を探して旅館中を走り回り、縋りついて説明を求めたほどだ。だから元の年齢は皆分からない。そして、それを聞いたり詮索することは暗黙の了解でご法度とされている。


「ちなみに、気をつけるのは年齢だけじゃないよ」


 蕾と椿は共に部屋を出た。今日も仕事終わりに一緒に食事をしに行くため、従業員食堂に向かう。


「この宿には神様のご友人様もいらっしゃる。相手が人間かどうかさえも僕達じゃ分からないんだから、変に首を突っ込んで呪われたりしたら嫌でしょう?」

「面白い話をしているね」


 突然後ろから声がして、二人は勢いよく振り向く。


「じょ、常連様!気づかず申し訳ございません。どうぞお通り下さい」


 椿がすぐに道の端に移動したのにならい、蕾もその隣にすぐさま移動する。

 頭を下げながらチラリと常連の顔を盗み見ると、あの時蕾をここへ連れてきた美しい男だった。


「いいよいいよ。頭を上げて」


 蕾が頭を上げて真っ直ぐ視線を合わせると、にっこりと微笑んでいる常連と目が合った。


「やぁ、久しぶりだね。働くことにしたんだ」

「その節はありがとうございました」

「どういたしまして」


 薺同様、この男も女性従業員の間では人気が高い。美しい見た目に従業員相手にも物腰柔らかく気さくなこの性格。しかし、蕾は何となくこの男を避けている節があった。何を考えているか分からないこの笑顔が蕾には恐ろしく見えていたのだ。


「それじゃあね。頑張って。君の年季が明けるのが楽しみだ」


 常連はヒラヒラと手を振りながら去っていった。常連の背中が完全に見えなくなった後も、二人はその廊下の曲がり角を注視し続けた。椿も蕾と同じように彼を警戒しているようだ。


「私、あの人に連れてこられたの」

「うちの常連客だよ。何者かは誰も知らないけど、女将さんが上客扱いしてるから皆もそうしてる。でも、あまり近づかない方がいいよ」

「どうして?」

「あの人、多分人じゃないから」


 そうして二人はどちから言ったわけではないが、当然のように踵を返して別の道から食堂に向かうことにした。


 いつものように一緒に食事を取り、お茶を飲みながら将棋をしてすぐ別れる。すべていつも通り。これが今の蕾の日常となっていた。

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