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12/20

12 就職

 翌日、コアンが食堂に出勤すると、そこにはパミナとフレイヤがいた。

 パミナはにこにことしながらコアンに挨拶をする。


「おはよう。夕べはお楽しみだったかい?」

「いえいえ。なんかずっと泣いていて、なだめるのに大変でした。今は寝ています」

「押し倒してないのかい。残念だねえ」


 パミナは近所のおばさんたちの噂話にあがりそうなネタを期待していたのだが、コアンを見る限りでは本当にそんなことはないのだなと、ちょっとがっかりした。

 なぜそうなるか事情を説明すれば、ニーナがコアンの部屋に泊まったからである。

 昨日、フレイヤと戦った後のニーナは、ずっと泣いている状態であり、そこから宿の手配をしてというのは無理だと判断し、コアンが自分の部屋に連れて帰ったのである。それで、パミナはコアンがそのままニーナを押し倒すのではないかと期待していたというわけだ。

 一方、それを聞いたフレイヤはどこか安堵した雰囲気を出していた。


「あれは抱けばその後面倒なことになるぞ」


 と、コアンに忠告をする。

 フレイヤも色々な冒険者を見てきた経験から、ニーナのような女性冒険者がどうであるかも知っていた。ヤンデレという言葉はないが、イメージとしてはそれである。

 それでも非力な駆け出しであればどうとでも対処できるのだが、相手は隻腕とはいえ剣聖である。戦った感想として、不意打ちを食らえば勝てる保証はないと思っていた。

 コアンとの肉体関係を疑われでもしたら、腹をかっさばかれて子供の有無を確認するくらいのことはされそうであると感じていた。できれば、青の勇者の元に送り返したいところではあるが、無理にニーナをコアンから遠ざけようとすれば、いつその怒りが爆発するかわからない。いや、爆発はすぐにするのだろうが、その爆風がいつ自分に襲い掛かるのかがわからないというのが正確なところである。

 そんなフレイヤのアドバイスに、コアンは顔を真っ赤にした。


「抱くとか押し倒すとかないですから……」

「なんだい、その若さで不能ってわけじゃないだろう?」


 パミナはニヒヒといやらしい笑いをする。

 フレイヤはそんなパミナをたしなめる。


「あまり初心な若者をからかうな」

「わるいね。つい、うちの亭主が無くした初々しさを見るとね」

「コアンも、今の彼女の気持ちが裏返った時のことを考えると大変だが、徐々に距離を取るように努めた方がいいぞ」

「徐々に、ですか」


 難題が出現して、コアンは悩む。

 コアンとしてはニーナは幼いころからの仲間であり、異性としてよりも家族に近い感覚であった。だからこそ、押し倒すようなつもりはないし、ニーナに恋人が出来れば応援するつもりであった。そうした心情から、家族に対して距離を取れといわれても、それは難しいことなのである。

 そこで会話が終わり、コアンが仕事にとりかかろうとしたところ、ニーナが走ってきた。


「コアン!起きたらいないから心配したじゃない」

「ごめん、仕事だったから。それに、ニーナを起こしちゃ悪いと思って」

「起きていない方が心配するからね。明日からは寝ていたら必ず起こして」

「うん」


 ニーナの勢いに押されて頷くコアン。

 それを見たパミナは思う。


(こりゃ、本当に面倒なことになりそうね。フレイヤには悪いけど、ここの平和のためにはコアンとニーナがくっついて、子供を作った方がよさそうだわ)


 ニーナの目に、若干の狂気を感じたパミナは、今後余計なことは言わないようにしようと心に誓ったのであった。

 さて、そんなパミナなど眼中にないニーナは、食堂の椅子に座った。コアンを監視するためである。

 そんなニーナに、パミナが注文を聞いた。


「ご注文は?」

「ないけど」


 注文は無いけど、席を使うニーナにどう説明すべきか悩むが、うかつなことは言えないと言葉が出ないパミナ。それを見かねてフレイヤが口を出す。


「そこは客のためのものだ。注文をしないのであれば、どくのが筋であろう」

「それは困ったわね。一日中コアンを見ていたいのに」


 返答をするニーナは本気である。フレイヤもそれがわかったので無理にどかそうとはしない。無理にしようとすれば、また戦わねばならないのだ。

 どうすればよいかと黙考すること5秒。フレイヤは妙案を思いつく。


「コアンと一緒にコックをしたらどうだ?厨房の中の方が近くで見れるぞ」

「それは素敵なアイデアね。でも、私は料理が出来ないわ。冒険の途中で食べるようなもので、お金はとれないでしょう?」

「ならばコアンに教わりながらでどうだ?ギルドマスターには私から話を通しておこう」

「ありがとう」


 フレイヤの気苦労など全くしらず、ニーナはニコニコしながら厨房へと入る。そして、今フレイヤに言われたアイデアをコアンに伝えた。コアンがこちらを見てくると、フレイヤは頑張れとアイコンタクトをした。

 そして、ゴーデスの許可を取るべく、彼の執務室へと赴く。


「ゴーデス」

「フレイヤか。なんの用だ?」

「剣聖をコックとして雇ってくれ」

「コックならコアンがいるだろう」

「だからだ。剣聖はコアンと一緒にいたいらしい。無理に引き離そうとすれば、この街が崩壊しかねんぞ」

「何を大袈裟に――――」


 と言いかけてゴーデスの口が止まる。

 彼は顎に手を当てて考える仕草をしてみせた。


「ありえるか。コアンもとんだ奴に魅入られたな」

「まったくだ」

「お前さんらがコアンに手を出す前でよかったな。結婚して子供でも作っていたら、どうなっていたかわからんぞ。子供を抱えて戦えんだろう?」

「仲間にしたいとは思ったが、夫婦になろうとは思ってないぞ」


 ゴーデスの言葉を否定するフレイヤ。それに対してゴーデスは首を振った。


「ルリやマヤも違うと言えるか?」

「それは……」


 フレイヤも彼女らの態度に思うところはあった。ただ、ニーナほど露骨ではないので、確認をするようなことはしていない。

 黙ったフレイヤに対して、ゴーデスはため息をついた。


「まあ、今は気を付けてくれ。コックの件は承知した」

「そうだな。まったく、とんだ厄災が飛び込んできたもんだ」

「剣聖が厄災なら、魔王軍はなんなんだ?」

「さあな。詩人ならばうまいことをいうのだろうが、生憎とそういった才能はない」


 そんなやり取りがあって、ニーナがコックとして厨房で働くことは承認された。


 一方そのころ魔王軍では会議が行われていた。

 魔王は不在であり、その下の三賢者と四天王による会議である。円卓に六人が座っており、魔王と四天王のヴァイスの席が空席となっていた。

 三賢者の一人、老人のようにしわだらけの顔をしたカスパーが出席した一同を見回してから口を開く。


「次の攻撃目標だが、青の国にある迷宮都市バーミンをチンロン殿に攻撃してもらう」


 チンロンは四天王の一人であり、竜人族である。そのため、体はうろこに覆われており、顔はトカゲのようであった。

 竜人族は人語を話す知能を有しており、魔法を使う個体もいて、、身体能力も人間よりも優れている。ただし、人数が少ないので人間に取って代わるほどの繁栄が出来ていない。

 そんな竜人族を束ねる族長がチンロンなのである。

 指名を受けたチンロンはカスパーに訊ねる。


「作戦であれば従うのだが、迷宮都市など攻める理由がわからん。納得のゆかぬ作戦など、命をかけられぬが」


 そう訊ねられたカスパーは笑った。


「ふぉっふぉっふぉ。それも道理。理由はそこに傷ついた剣聖がおるからじゃ。傷がいえる前に倒してしまえば、後々の憂いを排除できるというもの」

「剣聖だと?」


 チンロンの目つきが険しくなる。


「オーガロードに腕を落とされたような弱者に、何故俺が出向かねばならんのだ。五将軍の一人でも派遣しておけば十分であろう」


 最近の青の勇者は魔王軍との戦いで敗北を重ねている。しかも、四天王よりも弱い相手にだ。その状況を知っているチンロンは、自分が出向くことに納得がいかなかった。

 だからこそ、不機嫌さを隠さずにカスパーにぶつける。

 そのカスパーは、常人であれば気絶しそうなほどの視線をものともせず、笑いながら答える。


「安心できる兵力をぶつけることこそ常勝の理。また、バーミンには迷宮攻略を生業とする冒険者が多数おり、そやつらの戦力の計算が難しい。だからこその四天王というわけじゃ。それに、わしは魔王様より軍の指揮権を与えられておる。わしの策に反対するというのは、すなわち魔王様の策に反対すること」

「ぐぬ」


 チンロンも魔王の名を出されては、それ以上反論することは出来なかった。

 それ以上の議論もなく、魔王軍の会議は終了する。

 会議後、自分の軍団に戻ったチンロンは、同じ竜人族の副官に会議の結論を話した。


「次の我々の作戦は、手負いの剣聖を仕留めることだ。青の国の辺境にある迷宮都市バーミンを攻撃し、そこにいる剣聖を倒す」


 それを聞いた副官は不思議そうな顔をする。


「オーガロードに敗れ、腕を失った剣聖にわれらを派遣するのですか」

「ああ。カスパーの策だ。奴の言い分では確実に勝利できる兵力をぶつけるということで、理にかなっているとは思う。が、最近では五将軍にすら負ける青の勇者パーティーで、さらにそこの一人だけを倒すのに我らが必要か?冒険者が多数いる街だとはいえ、勇者ほどの力があるとは思えぬ。何か裏があるはずだ」

「確かに。しかし、どんな裏があるにしても、我らは与えられた命令に従います。それに、勇者と戦うよりは安全でしょう。新兵の訓練には丁度良いのでは?」

「そうだな。一族の若者に実戦経験を積ませるのには良い機会か」


 こうして何か引っかかる物があるが、チンロンは自分の軍団をバーミンに向けて出発させた。


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