かなり加筆。 土木屋として、かれこれ20年前の熱い気持ち として書いた文章に今の自分の気持ちを付け足してみた。 にさらに付け足し。 蛇足もいいところ。
たらこくちびる毛さんからの感想をいただいてアツくなったけど、この文章は少し寝かせてからとうこうしよう(2022.5.26)
だけど、やっぱり投稿することにした(2023.05.17)
なぜか?F島県O熊まちの某学校の設計に対して文句ありまくりだこのクソ設計家!
設計家ってのはスケッチだけ描いて
「あとは施工屋、よろしく」
ってぶん投げるだけが仕事なのか? そんなんだったら誰でもできるんだよ。 テメェラガ適当に描いた曲線とかキチガイじみた直線の組合せを形にするために、現場の人間達がどれだけ、血反吐を吐きそうになって形にするために施工図を書いて、そのデタラメな曲線や直線をも現実の物にしているか分かっていないよね。
俺はやりたい。 設計家を現場に呼んで
「ねぇ、ここうまくいかないんだけど。 どうすればいいの?」
って問い詰めたい。
実際に辛酸をなめされられた経験からすると、丸一日、アイツラが嫌な顔を隠せなくなるくらいの6時間ぐらい問い詰めたい。
俺大は大学を合格する以前は建築科希望だった。だけど、現在の建築家はクソしかいない。
そんなの、建築現場の人間だったらば誰でも分かるだろう。
なんで現場事務所に 「施工図」 を描くブースがあって、複数のCADオペがいるのか。なぜそれ専属の技術者が配置されているのか。
「設計家」 っていうのを盛大にディスってみせますよ!
見栄えが良さそうだ という理由だけで適当に線を引くなよ!
躯体を斜めに横切る設備配管とか、誰が得をするんだ?
オメエラの承認欲求を満たしたいだけじゃねぇの?
実際に私が勤務する会社で請け負った外構工事であった話です。
「魚市場つくるわ」
「雨水最終流末はこの側溝ね」
俺「いやちょっと待て、この位置に側溝を作るとトラックをつける舗装面が魚市場のプラットフォームよりも高くなるのだが」:
元請「よくわかんないから、下請さん計画図と仮設計画図ヨロシコ」
作業所長に直接頼まれたからマウント取りが好きな同僚の有形無形の嫌がらせの中でも必死の決意で考えて、計画も練って、仮設計画図FACE1~いくつまでわからない図面を作成しました。プレゼンするのは
元請だと思って会議に参加してみたら 「作成者さん、解説よろしく」
「ふざけんじゃねぇぞ」 って思いを抱きながらも、発注者(役所)相手に 「それではよろしくお願いS桝」 という挨拶から始まるプレゼンもどきをしましたとも。
「会社で請け負ったのだのだから、同僚の嫌がらせは些末な問題でしかない」 と、自分に言い聞かせながらね。 あの頃は精神面でもハードだった。
結果、それが採用になった。けど業界用語で言う 『設計書』 の根拠を作らなければいけなくなった。
ねぇ、みんな。エクセルって触ったことあるよね。 それで見積書を作ってみたら1200行以上になる物だった。
こんな1200行もあるようなモノをを持ち込まれたゼネコンの課長も資料だけでは理解できないからと説明を求めるよ!
300km以上離れた宿舎に居住している私にさ!
上長に相談したら 「近くのビジホの経費は見るから、説明してきて」
そのビジホは現場が見えるところで俺がモーニングコーヒーを決めている部屋からみんながラジオ体操をしているところが見える場所だ。
その光景を 「ざまぁ」 と思っていた自分に嫌気が差した。 だけど、同僚たちがクソすぎた。
だから、 「汗を流すしか取り柄がない馬鹿ども。現場そのものの計画をきちんと立てておけば問題なんて生じなかったのにな。 汗の量じゃなくて、出来高をどれだけ上げられたが勝負の世界なのによ」
なんて思ってしまった。
実際に、彼らは出来高という概念を持つことができる知能ではない人種であった。
アイツラにこうと思えばいくらでもかけるんだけど今回はこのぐらいにしておく。
ここからはおっさんの昔語りだ。 「昔語りをするようになっちゃ、アイツはおしまいだな」 なんて言われる業界です。
俺は大学中退後に施工する側に回った。
施工する側から言わせると
「建物は四角にしてくれ(切実)」
「帰還困難地域だからと言って奇抜な格好にしないで」
「奇抜な建物にしたって、浜通りに見に来てくれる人ちょっとしか増えないよ?」
さて、1ページ以上も改行ペースを入レました。
コレがどういう意味か。 私のユーザーだったら
「あちゃー」
と思うところこの上ねぇだろうな。
私たちは、設計図、設計書に基づいて施工計画書や施工計画図を作って目的の構造物を造っております!
完成した構造物は大抵は地下に埋まってしまい、文字通り日の目を浴びることはありません!
上下水道ならば、蓋しか見えません。
道路なんて、あって当たり前のようにみられます。
維持補修工事で交通規制をしようものならば、鬼の首を取ったようにクレームを付けてくる輩を
ぶっk(自主規制)してもいいよね?と気分で穏便に対処したりします。
田舎の田んぼしかない場所で河川工事もやったことあります。大きな水路を作っている最中に台風が来ました。
周りの田んぼ一面水に浸かりました。私たちはその田んぼの稲の穂を守ろうと、せっかく作った築堤を壊して水を排水路(川)に流しました。
そのときにある百姓(マジ蔑称で呼びたい))が
「オマエらがこんな河川工事をしたから田んぼに水が溢れたんだ!」
「あのね、このような洪水が起きないために僕たちは川をつくっているの。それが分からないんだったら口出ししないでね」
って意味合いの言葉を、今になってみれば紡げるのでしょうが当時血気盛んだった私は口より先に手が出る性分でした。
重ねて言いますが私は当時20台の血気盛んな年頃でした。あと、近隣対策で仕事が暇なときは周辺の農家の皆さんの作業を手伝ったりしていました。 収穫した大根を洗ったりとかしていましたよ
その私たちにこの言葉ですよ。 正直な気持ち。
「おぅ、吐いた言葉飲み込むなよ。テメェの家は分かっているんだよ。 いまからガソリ(自主規制)」
そんな気持ちでしたが、抑えました。
橋梁下部工の橋台ならば、パラペット以外に一般の方の目に触れることはありません。パラペットとは? 橋のつなぎ目のコンクリートです。幅なんて1メートルもありません。
橋梁上部工とか、ダムとか、発電所とか。見た目が派手なモノに注目が行きがちで、私たちが施工する一般土木というモノは地面の下に隠れてしまいます。
世間では、著名な設計家が設計(私からすれば思いつきのデザインだろ?)した建物を設計した設計家がもてはやされておりますが、彼らが設計(形だけのデザイン?)したモノを実物にするためにどれだけの技術者やCADオペが施工図が書いてているのか、どれだけ発注者・元請・下請・材料屋との打合せが成されているのか、どれだけの職長が収まりを考えて頭を悩まされているのか、どれだけの職人が汗を流しているのか。
私みたいな現場の底辺から言わせると、
「設計家」
みたいな高尚な職種で職務を全うしている気になっている連中は、実際の現場で
「こういう設計ならば、このような齟齬が生じる。その齟齬が生じないためにあそこをこうして、ココをこうして、アレをどうすればスムーズに工事が進む」
という視点がない無能としか言いようがありません。
想像力の欠如、ここに極まれり。
頭がいいつもりで絵を描いているだけの芸術家気取りの無能。