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ヒーロー「魔王」  作者: バナハロ
ヒーロー誕生。
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ヘルメットマン

「なるほど……国家公務員試験と警察官採用試験の二つか……」


 パソコンをカタカタといじり、警察官になる方法を検索する。当たり前だが、警察官になるのは簡単ではない。面接とかもクリアした後は、警察学校に入学せねばならないようだ。


『いけるのか?』

「勉強は苦手じゃないから、やれば試験はいけると思うけど……まぁ、一度問題見てみないと分からないかな」

『ふむ……まぁ、いざとなったら我がカンニングの手伝いを……』

「ダメでしょ。そんなのインチキじゃん」

『クソ真面目め……相変わらず、融通の効かない奴だ』


 そんな話をしながら、今度は試験対策用のテキストを調べようと、検索サイトのトップを開くと、ニュース一覧にさっき聞いたばかりの名前が見えた。


「……なんだこりゃ。ヘルメット男vsダークネス・ブレイド?」

『ほう……もう、ニュースになっているのか』


 気になったので、ついでにその記事を読んでみることにした。


「……って、あらら」

『むぅ……そういう扱いになるのか』


 記事には「謎の超高性能兵器を秘密裏に開発した犯罪組織の仲間割れ」とされていた。

 まぁ、公共施設で大暴れした挙句、操られていたとはいえ、一般人が二十一人も巻き込まれたのだ。

 その二十一人は、被害者として名前だけ出ている。その中には、店長の名前もあった。


「……」

『おい。調べ物は良いのか?』

「あ、ああ。そうだった」


 とりあえず、本について調べ始めた。

 しばらくはダークネス・ブレイド(笑)だって姿を現さないだろう。ならば、自分も今は犯罪者探しなど中断して、就活に重きを置くことにした。

 まぁ、かと言って、たまたま目に入ってしまった犯罪があれば見逃す事はしないが。そのために、常に鎧を着ている。


「……うーん、やっぱどれも高いなぁ。二千円は余裕で超えてるよ」

『ふむ……あの美味いラーメンの三倍弱か……』

「その安い換算やめてくれない?」

『大窓屋の唐揚げ定食の二倍弱でもあるな』

「いや金額の問題じゃなくて……それなら、あのテレビの十分の一って言った方が……」

『それでもショボくないか?』

「うん、そうだね……」


 何にしても安っぽさが出てしまう。そんな話をしながら、何となく優衣が指を差したテレビに目を向けると、臨時報道が放送されていた。


「……あれ、なんかやってる」

『事件か?』

「かもね」


 そんな話をしながら、優衣はいつの間にかテレビの前に立つ。映されているのは、朝霞台と北朝霞駅の近くだった。人参のオブジェクトがあったはずの場所は、隕石が落ちたようにクレーターが出来ていて、その周りでは欲望を操作された人達と警察の激しい戦闘が行われている。

 そして、クレーターの中央には。大剣を担いだ男が立っている。優衣への対抗意識か、ヘルメットを被っていた。

 その顔の向きは、真上からヘリで撮影しているカメラマンにしっかりと向けられていた。


「……おいおい、これ」

『生きていたか……』


 しかも、以前より遥かに多い欲望ゾンビを引き連れて。

 ニュースを見ていなくて知らなかったが、昨日の件以来、駅周辺には、多くの警察官が動員されているようだ。

 その甲斐あってか、素早く多くの欲望ゾンビを相手に出来ていた。

 しかし、それでも押され気味だ。そもそも、あの辺の敵を全て相手にした所で本体を抑えないと根本的な解決には至らない。


「……行かないと」

『良いのか?』

「何が?」

『行けば、メグミとやらの卒業研究が止まることになるぞ』

「……」


 それを聞いて、ゴシマを出ようとする優衣の身体が止まった。せっかく新たなパートナーを見つけ、ようやく卒業研究が進み、半年間の留年までしていると言うのに、それをまた優衣が邪魔することになってしまう。

 前回の戦闘は向こうから仕掛けてきたわけだが、今回はこちらから仕掛ける形になるのだ。つまり、選択の余地があるにも関わらず、邪魔する事を選ぶわけだ。

 もし、今度こそ留年が続けば、留年では済まないかもしれない。


「あなたはあなたのなすべきことをしなさい」


 そんな言葉が頭の中を反復する。この場合は、見過ごして就活する事と、助けてせっかくの調べ物が出来る休日を不意にする事、どちらなのか。

 自分に利があるのは、間違いなく見過ごす事だ。怪我をしてバイトに出れなくなる可能性も消せるし、少しとは言え就職に関して考える時間も取れる。安い参考書が見つかれば万々歳だ。

 ……だが。


「……」


 チラリ、とテレビの画面を見る。相変わらず、玲二はヘリを見上げたままだ。

 そのヘルメット越しの表情は「お前が来ないと、この場にいる全員を殺す」と言っているようだ。

 あれを殺せるのは、おそらくSATや自衛隊くらいのものだ。だが、あんな魔王の力を手にした男を相手にした訓練などしていないだろうし、自衛隊に至っては国民である玲二の身体を使っている魔王に武力を行使する防衛出動をする事すら出来ない。

 なら、あれに対抗出来るのは日本にたった一人だ。


「……行こう」

『ふっ……了解した、ユウイ』


 初めて、意図的に名前を呼ばれた。

 そうと決まれば善は急げだ。まずはトイレに向かい、ヘルメットを被るとともに窓から飛び降り、誰の目につくでもなく店を出る。

 裏には、違法投棄されているバイクを見つけた。錆が見えないあたり、最近捨てられたものなのだろう。

 何にしても、早い段階で足が見つかったのはありがたい。


「ラッキー」


 バイクに跨ると共に、身体から服が排出され、バイクが身体に取り込まれた。

 ブォン、ブォン、と脚からエンジンを鳴らす。赤い布を視界に押さえた闘牛のように、脚を地面の上で擦らせると、一気に店の裏から姿を消した。


 ×××


 そろそろ、待つのにも飽きてきた。これだけの騒ぎを起こし、空を飛ぶテレビカメラを呑気に見物してみたりしたが、第六感に引っ掛かるのは周りの警察官だけだ。

 そいつらも自分に対し拳銃を向けはするものの、そっちに風の弾を一発飛ばすだけでダウンさせられるし、そもそも欲望の奴隷が警官達を抑えている。

 まぁ、これだけやって来ないのなら、そろそろ街に被害を出してやるしかない。


「ふぅ……やれやれ」


 ポケットからライターを取り出し、大剣に吸わせる。直後、まるで元々、ガソリンが塗ってあったかのように炎が剣身を包んでいく。

 それを視認した警察官達は、慌ててパトカーから離れようとした。引火すれば、即爆発する。


「早く来やがれ、クソ魔王」


 視認してから逃げるようでは遅過ぎる。一振りで、地面を割り、その割れ目から業火がライン状に灯されていった。警官どころか、欲望ゾンビそのものを巻き込む勢いだ。

 しかし、その斬撃の前に一台のバイクが飛んで来た。車に届く前にバイクに直撃し、爆発・炎上。その余波でパトカーにも引火する。


「うわやばっ」


 セリフの割に呑気な声が警察官の耳に届いた。その時には、自分の身体は襟首を掴まれ、無理矢理、投げ出される形でパトカーから引き剥がされる。自分以外も何人か後方に飛んでいたが、パトカーが爆発し、隣にそのパトカーの扉が降ってきた事により、助かったのだと理解した。


「大丈夫?」

「あ……? あ、お前は……ヘルメットマン⁉︎」

「胸のヤツ借りるよ」


 ヘルメットの男が、旨の警察無線を手に取ると、全員に声を掛ける。


「えーこちら巡査部長。総員、欲望ゾンビの相手と市民の避難誘導に専念せよ。繰り返す、欲望ゾンビの相手と市民の避難誘導に専念せよ!」

「お、おい! 何勝手に……!」

「あのヘルメット男には手を出すな。以上!」


 ふざけているのか真面目なのか分からないが、従う気などさらさらない。むしろ、すぐに隣の男に手錠をかけようとした時だ。


「やっと来やがったな、ヘルメット野郎‼︎」


 アニメの世界にしか無さそうな凶悪な剣を持った男が、空気中の水蒸気を利用して氷を作り、剣脊で弾いて飛ばして来た。向かってくる氷の礫は、数えるのもバカバカしくなるような量だ。

 それに対し、ヘルメットマンはパトカーの扉を掴み、盾にして氷を弾く。全てを打ち砕くと、身体を横に回転させながらサイドスローを放つように投擲し、その後に続いて走り出した。

 氷の礫によってズタボロになった扉を大剣で弾くと共に、氷を螺旋状に地面から這わした。

 その一撃を、走り高跳びのように身体を捻って回避し、氷の斜面を滑り降りながらダークネス・ブレイドに向かう。

 そこから先は氷の斜面が邪魔で見えないが、ドゴッバギンッズガンッとバイオレンスな音が聞こえる限りは戦闘中なのだろう。あの化け物を相手に。


「……各員、欲望ゾンビの相手と市民の避難誘導に専念しろ。あの二人のヘルメットには絶対、手を出すな」


 その指示を全員に出すと、化け物の相手は化物に任せて自分達に出来ることをする事にした。決して、逃げているわけではない。

 直後、大きな轟音が氷の向こうから響き、JR線の線路にヘルメットマンが殴り飛ばされているのが見えた。


 ×××


『ユウイ、代るか?』

「……頼むわ」


 やはり、敵も魔王だ。本契約している上に戦闘の経験値も違う。簡単に勝てる相手ではない。

 ならば、魔王には魔王をぶつけるまで。

 仮契約のため一〇分しか保たないが、逆に言えば一〇分で片付けるのみだ。

 意識が切り替わり、動きも変わる。線路の力が身体に吸収されるが、はっきり言って使えないし動きが遅くなるので、さっさと身体から追い出した。勿論、敵への牽制代わりに使って。

 その攻撃は剣に弾かれてしまったが、その隙に接近する。大剣の攻撃を避け、顔面にパンチを入れるが、氷を纏った蹴りを受ける。

 氷は身体に吸収され、鎧を作ると共に蹴りのダメージを抑えると共に掴む。


「凍れ」

「チッ……テメェ、知性か」


 足からパキパキっ……と、冷たく不気味な音が身体を侵食しようとする。

 が、玲二の身体はポケットからライターを灯して大剣と自身に炎属性を付与し、氷を溶かす。


「っ……!」


 いち早く身体から氷を追い出しながら飛び退く優衣。その優衣に対し、大剣の剣先を向けて軽く引いて構えた。

 チリチリっ……と、付近に火花が舞い、大剣に炎が纏われていく。

 周りに出来た氷が溶け、水に成り代わっていく中、玲二は突きを放った。剣身がそのまま豪炎と化し、炎で象られた龍頭が口を開いて優衣に向かう。


「クッ……!」


 慌ててその辺に落ちてるコンクリートの瓦礫に手を伸ばし、胸に当てて身体を補強する。

 両手をクロスしてガードするも勢いは殺しきれない。真後ろのコンビニのガラスに突っ込み、身体がガラスになってコンクリートが出て行き、さらに後ろの商品棚が身体に入ってガラスが出て行った……なんてループを身体の中で繰り返しつつ、ようやく炎が止んだ時には、鎧はペットボトルを吸収していた。


「なんだこれッ……!」

「休んでる暇はねえぞクソ魔王!」


 コンビニの中に、さらに炎が飛んで来た。それを慌ててレジの後ろに逃げる。直後、目に入ったのはフライヤーフードの調理台だった。


「ヤバいっ……‼︎」


 それに炎が引火したら……と、思った時にはコンビニは既に大火事だ。慌ててコンビニの壁を殴り壊して出た直後、爆発・炎上する。


「っ……ぶねえ」

『え、だ、大丈夫なの? あの容赦の無さ』

「分からん。確かにやるが……やるしかないだろう。……せめてこの鎧が万全なら……」


 やらかしてくれた勇者に殺意すら芽生えてしまう。いや、それは元々芽生えていたが。

 無い物ねだりしても仕方ない。手持ちの物で勝つには、武器になるものを手にする必要がある。

 そんな中、目に入ったのは爆発の衝撃で吹っ飛んで散乱した、商品とビニールの袋だ。


「……」


 それらの中で使えそうなものを手に取ると、追撃が来る前に突撃した。

 まず、体に入れたのはガラスの破片。それにより、ガラスの適性を得た優衣の身体は透明になった。正確に言えば、手に持っているビニール袋だけは透明になっていない。

 しかし、炎と煙と水たまりが支配する現場において、ビニール袋が浮いている、なんてどうでも良いことに気付く奴はいなかった。

 すぐに接近した優衣は、玲二の顔面を思いっきり殴打する。


「グッ⁉︎ て、テメッ……!」


 すぐに臨戦体制を取り、反撃しようとする玲二。

 魔王を相手にガラスになる、なんて奇襲が成功するのは最初の一撃だけだ。

 ならば次は。ビニールから取り出し、身体に取り込んだのは懐中電灯だ。それを明かり全開にして顔面に当てる。ヘルメットがあるとはいえ、目眩しくらいにはなった。

 その隙に剣の軌道から外れると共に、今度はハサミを身体に取り込み、手でチョキの形を作る。指の内側に刃が現れ、頸動脈を刈り取りに行った。

 しかし、それは首を横に曲げられたことにより回避される。それと共に、氷によって巨大化させられた手に腹を鷲掴みにされ、遠くに放り投げられた。


「ぬおっ……⁉︎」

「こんな世界のモンを取り込んだ所で、テメェに勝ち目なんかあるかよ‼︎」


 その直後、氷の礫を付近に浮かばせる。しかし、氷での攻撃は魔王の鎧にとっては食事でしかない。

 ありがたく身体に取り込み、金網の上に着地する。後ろに落ちれば東武線の線路の中だが、そんなヘマはしない。それよりも、次の作戦だ。

 正面から飛んで来るのは風。横向きのサイクロンだ。氷での攻撃が効かないと分かるや否や、別の属性での反撃を試みてきた。


「はっ」


 しかし、それこそ読み通りと言わんばかりに優衣が唇を歪ませた事により、玲二の中に入っている魔王は背筋をゾクリと振るわせた。

 が、そこから先を見る事はなく視界は竜巻に塞がれる。金網も電線も何もかもを巻き込んで、サイクロンは空に突き抜けていった。

 途中、風によって白い何か宙を舞った気がしたが、おそらく優衣が手にしていたビニール袋だろう。これで奴が変身するための手持ちの武器は消えた。あとは吹っ飛ばされた後を追って頭をかち割ってやるのみだ。

 竜巻を消し、後を追った。線路を飛び越え、竜巻を飛ばした方角に向けて走って行ったが、優衣の姿が見えない。いや、見えなさすぎる。


「‥…逃げやがったか?」


 怪訝な表情を浮かべた直後だ。

 相変わらず空中を漂っているビニール袋から、人が排出された。出て来たのはヘルメットを被り、全身タイツに見える男だ。


「クソがッ……!」


 奥歯を噛み締めた玲二は、慌てて剣を振り抜こうとするが、優衣が肩車のように跨って乗る方が早い。すぐ真上の魔王に大剣を振るおうとしたが、突然、調理台の火が付いたように首に炎が灯った。


「あっづぁっ⁉︎」


 大剣に炎を灯した覚えはない。仮に灯したとしても、身体にも炎属性が付与されるため、熱など感じないはずだ。

 まさか、こいつもライターを身体に入れる事で炎を使えるようになったというのだろうか?


「魔王のバーベキューか、豪勢だが旨そうではないな」

「ちっ……しかたねえ!」


 今こそ、奥の手を使う時だ。水蒸気から生み出した氷と炎を、同時に大剣へ取り込んだ。


「こいつ……!」


 その結果、生まれたのは前と同様、水だ。しかし、違いは魔王の意思で操れるかどうか、という所だ。大剣の中で生まれた水だから魔力が宿っているため、操作することが可能だ。

 消火される前にライダーを体から追い出したが、水によって後方に押し出される。真後ろにある金網に背中を打ったが、金網は身体の中に取り込まれ、線路に追い出された。

 そして、横からは電車が迫る。


「マズい……!」

『横! 横!』

「分かっている!」


 マズイのは衝突する事ではない。吸収してしまう事だ。慌てて真後ろにバク転で回避し、ジャンプして線路から逃げ上がった。


「クソっ……! 奴め……滅茶苦茶をやりおって……!」


 雷属性まで自由に使えるようになれば、水を電気分解し、さらに酸素と水素まで操れるようになるかもしれない。というか、原子まで操れるようになればそれこそマズい。奴一人で国家レベルの軍事力を有すことになる。

 ここで仕留めなければ……と、魔王の中の優衣が奥歯を噛み締めた時だ。不意に体の中に魂を戻される感覚に陥った。

 気が付けば、視界はさっきまでよりもクリアなものになる。ハッとした頃には、目の前に玲二が炎を纏った大剣を振りかぶって迫っていた。


「ぬぅわぁああっ⁉︎」


 慌てて回避した直後、地面に大きな亀裂が走り、その所々から炎が漏れ上がる。


「な、何⁉︎ どゆこと魔王⁉︎」

『時間切れだ。すまない、仕留めきれなかった』

「マジでか……!」


 だが、嘆いている暇はない。仕返し、と言わんばかりに玲二は炎を纏った大剣をぶん回す。


「はっ、その口ぶりだと魔王は引っ込んだようだな、人間!」

「っ、の野郎……!」


 分かっていたことだが、奴は欲望の魔王のようだ。自分達より長持ちしている辺り、本契約であり、そして玲二の人格は長く眠らされているようだ。

 正直、魔王が倒し切れなかった時点で逃げるのもアリだと一瞬だけ思ってしまった。しかし、やはりここで逃げるわけにはいかない。


『やるのか?』

「とーぜん!」

『なら、もう近距離戦じゃ敵わんぞ。頭を使えよ』

「うっす!」


 まるで体育会系のような返事をして、再度、応戦する。喧嘩の要領で腰を落とし、顎を引いて構える。

 肉体のスペックは魔王が動いていた時と変わらないのだ。相手の動きをよく読み、反射神経と動体視力に全神経を注げば回避出来るかも……なんて思っていた直後だ。

 正面にいる玲二は、大剣の周りに炎を生み出す。ドリルのように螺旋を描いて天に駆け巡っているのを見て、優衣はヘルメットの下で口元を引きつらせた。


「……えっ」

『避けろよ』

「何処にどうやってどのように⁉︎」

『よく見ろ』


 言われて、炎の剣を見上げる。火事に遭ったことはないが、おそらくどの火事よりも威力の有りそうな炎の大剣が自分に向かって降りてくる。生物の本能的な恐怖を必死で堪え、眩しさと熱にも耐えて目を剥いて食い入るように見入った。


「っ……!」


 人間以上の五感をもってして、炎の流れや風向き、火の粉が舞い散る方向を読み切り、なんとか4時の方向に回避した。勿論、地面に剣が叩きつけられた余波によって結局は後方に弾き飛ばされたが、それでも死んではいない。衝撃は全て鎧が吸収してしまうからだ。

 鎧の入れ替わりを繰り返しつつも駅の改札口でなんとか止まり、正面を見る。が、そこに玲二の姿はない。

 昨日の夜、夢中だったとはいえあれだけ攻撃を避けられたのが不思議なほどだ。いや、あれは中身が玲二だったからというのもあるのだろうが……。


『早く立て!』

「っ!」


 魔王に言われ、ハッとしてすぐに立ち上がった直後だ。駅の真上のホームが炎によって崩される。


「うおおおっ……!」


 落ちて来る瓦礫と瓦礫の隙間を走って抜ける。正面に降ってくる障害物はスライディングや跳び箱の技を用いて避け、それでも躱しきれない物は殴って無理矢理破壊して突破した。

 駅を出て、再び広間へ。ほとんどの人が避難を終えていて、周りには警官隊しかいない。それも盾を構えている。

 しかし、それにかまっている余裕は無かった。すぐ後ろから悪寒が走る。直後、飛び込んで来たのは玲二だった。風によって勢いを増した一撃。しかも、大剣には風の刃を纏っている。


「今更だけど、あの大剣は吸収できないわけ?」

『属性を纏っている間は無理だ。氷はともかく、実態のない風や炎、水、雷の場合は即、持っていかれる』

「ですよ、ねっ!」


 後ろには警官がいる。あの盾で防げるものとは思えないので、その辺に止まっているパトカーを身体に吸収し、アクセルを掛けた。

 刃は脇腹に挟んで掴み、身体を相撲のように重心を低くし、身体全体で押さえ込みにいく。


「俺の後ろの! 早く逃げろ!」

「他人の心配とは、余裕だな人間!」


 直後、さらに風による加速を倍にされ、優衣の身体は後ろに持っていかれる。

 近くの建物に突っ込むが、背中からエアバッグが出現し、衝撃を和らげる。


「なっ……⁉︎」

「あぶねえなこの野郎!」


 流石に驚いた隙を突いて、優衣の蹴りが玲二の顎に直撃する。

 後ろに自分から飛んで衝撃を和らげられたが、チャンスだ。


「逃すか!」

「そう思うなら自分の鎧の事をよく見ておけ」

「は?」


 言われた直後、踵の辺りから違和感を察知した。見下ろした直後、目に入ったのはガソリン漏れだ。鎧に穴が空いている。


「ヤベェっ……!」


 慌てて、身体からパトカーを玲二の方に追い出すが、既に距離を置かれている。むしろ自分の方がパトカーに近い位だ。

 慌てて後方に距離を取ろうとするが、爆発の衝撃波で再び建物の中に突っ込まされた。

 頭を強打し、ヘルメットにヒビが入る。目に破片が入らないように目蓋を閉じつつ、ヘルメットを脱いだ。警官隊は遠くにいるし、衝撃で監視カメラも吹っ飛んでいるので顔を見られる心配もない。


「っ、ふぅ……クソ、あの野郎……!」


 奥歯を噛みしめて顔を上げる。このままでは防戦一方だ。というか、既に防戦一方な気さえする。勝つにはやはり攻めるしかないが、どう反撃したら良いのか分からない。自分の中に居座る魔王の機転と度胸を今更、褒め称えたくなって来ているまである。

 こちらの世界にあるものを使い、敵の属性と相性に合わせて最適解と思われるものを良くも選んだものだと感心した。


「……ん?」


 そこで、ふと優衣は声を漏らす。そういえば、あの魔王は自分の大剣に属性を付与すると、自身の属性も変化して巻き込まれないようになるという。

 それはつまり、大剣に取り込んだ属性によって弱点も変化するのではないだろうか? だとしたら……。


『ユウイ、右だ!』

「何ぼーっとしてんだァッ⁉︎」


 直後、真横から剣脊による殴打が顔面に迫っていて、避けようとしたが剣先が頬を掠める。血が数滴漏れただけだが、首に当たっていたら死んでいたと思うと恐怖心が煽られる。

 しかし、怯えた所でどうしようもない。何より、突破口を見つけた以上はビビっている暇なんかない。速やかに実行するのみだ。

 割れたヘルメットを再び被り直すと、建物の中から外に出て、まずはパトカーを吸収した。


「借りますよ、返せないかもだけど!」

「お好きにどうぞ」


 完全にひよってしまっているのか、警官は割と素直だった。その方が優衣としても助かる。

 鎧を変形させ、後ろから迫り来る魔王の攻撃を回避しつつ、ドリフトのようにターンして態勢を立て直した。


『何か策があるのか?』

「うん、浮かんだ。やっぱ頭脳派だわ、俺」


 そう言いつつ、車を走らせた。正面からくるのは炎による遠距離攻撃。それらを前に、まずは魔王に言われた言葉を思い出す。


 『よく見ろ』


 あまりにも単純で、抽象的で、ハッキリ言って適当なアドバイスだ。天才肌はこれだから、と呆れてしまうほどに。

 しかし、そうとしか言いようがない。せっかく五感、身体能力が上がっているのだ。落ち着き、敵の攻撃を全てを持って予測し、避ければ良い。


「んなろおおおおおッッ‼︎」


 吠えながら攻撃を回避し続けた。迫り来る炎を避けつつ、背中を丸めた。そこから出てくるはパトカーのサイレン。赤く回転しているように点滅しているものを背中に生やした。

 何のつもりだ? と玲二の身体を持つ魔王は眉間にシワを寄せたが、そんな暇はないようだ。時速100キロを超える速度で迫ってくる小僧を相手に気は抜けない。

 攻撃は尽く避けられていくのは不愉快なので、速さを合わせることにした。

 火を捨て、風を纏った。


「速度で勝ったつもりか⁉︎」


 それを見て、優衣は内心で微笑んだ。

 やっぱり、乗ってきた、と。

 風に車は勝てないが、向こうも余裕で抜き去るつもりはないだろう。何せ、欲望のままに今の今まで自分をいたぶって来たのだ。

 ならば、その隙を突くしかない。思い付く限りのことをやってやるだけだ。

 炎を避けると、ハイビームを放った。


「またそれか⁉︎ 二度も通じるかバカめ!」


 目を閉じたまま、大技を放った。公園で見せた小さな竜巻を発生させる技だ。それも三つ。複数の範囲攻撃により、視界を一瞬、塞いだ隙をカバーした。

 その竜巻を迂回して回避し、斜め後ろを取ると飛び廻し蹴りを放った。


「ハッ、甘ェんだよ!」


 が、その蹴りは大剣によって塞がれる。それと共に、暴風を纏った大剣を振り抜かれ、後方に弾き出される。剣から発生した風の刃が、優衣の背後に浮いている電線をぶった斬り、さらに駅の屋根を抉って行った。

 途中で身を翻すように宙返りし、別のパトカーの後ろに着地する。


「あんまり糖分は摂ってないんだけど、ね!」


 それと共に、自分の身体からパトカーを弾き出し、それを前のパトカーにぶつけてカチ上げた。


「車による爆破にも飽きたっつーの!」


 そのパトカーも炎の大剣で叩き斬られ、爆発する。周りに炎が焚き上がり、黒煙も雲は合流していく。

 その煙をさらに突き破り、さらにパトカーが飛んで来た。それをも斬り裂く。わざわざ斬る必要は無いのだが、どんな攻撃をも無駄である事を教えてやる良い機会だ。

 次に来るパトカーに対して警戒をしている時だ。


「っ、けほっ…けほっ……!」


 息が急に苦しくなる。

 そこでようやく狙いが読めた。あの男は自分を酸欠にするつもりなのかもしれない。

 中々、面白い狙いではあった。自分に新たな技がなければ。まだ残っている水蒸気をかき集め、氷を作ると共に炎と一緒に大剣の中に封じ込めた。

 それにより、水を生成し、一気に消火を進めた。


「バカめ、水をも司る事に成功した俺に火攻など100年早ぇっつーの」


 直後、正面からサイレンの音が耳に響く。酸欠はブラフ、水を使わせて視界を奪った所を突撃する構えのようだ。

 面白いが、所詮は人間の浅知恵。読み切ってしまえば負けはしない。


「……」


 眉間にシワを寄せる。サイレンが鳴ったは良いが、いつまで経っても突撃して来ない。そもそも、第六感に目の前のパトカーは感知しない。


「っ、まさか……!」


 振り返った直後、思わず玲二の身体を持つ魔王は剥いた。煙を振り払い、飛び込んで来たのは割れたヘルメットから血走らせた瞳をこちらに向ける魔王の鎧を身に纏った人間だった。

 その鎧は、身体はグレー、そして両腕は黒に変色していた。


「オラァアアアアッッ‼︎」

「っ、ナメんなボケがぁああああッッ‼︎」


 振り向きザマに大剣を振り抜く魔王。だが、それよりも優衣の両手が魔王の首を掴む方が早い。

 ここまで来て絞め技? と思ったのも束の間、首筋から流れ込んで来るのは、何もかもを麻痺させるような痛みだった。


「グッアアアアアアッッ‼︎⁉︎」


 首筋の脊椎、つまり身体の神経全てを司る部位から電気が駆け巡ってくる。

 鎧に吸い込んだものは電柱だった。水属性を付与させることで電気に弱くすると共に、全身を痺れさせることができる。

 神経を狙われた以上、大剣を握る手の神経がやられる。

 手から大剣が離れ、地面にカランと黒い剣が音を立てる。


「んおらああああッッ‼︎」

「キッ、サマァアアアアッッ‼︎」


 だが、剣から手が離れたということは付与された属性も操る力も一時的に離れた、ということだ。

 身体が元の普通ではない人間の状態に戻り、優衣の両手首を掴む。


「ンギギッ……!」

「に、んげんっ……風情がァアアアアッッ‼︎」


 直後、腹に蹴りが直撃し、優衣の身体は後方に蹴り飛ばされた。

 その隙に魔王は手放した大剣を拾おうとするが、その顔面に電柱が炸裂する。優衣が身体から排出したものだ。

 玲二のヘルメットは完全に割れ、顔が露わになると共に後方に殴り飛ばされる。


「グガッ……‼︎」

「武器がなきゃなんも出来ないのかな⁉︎」


 煽りつつ、突撃して大剣を踏み付け、自分の後ろに払う。その隙に、玲二が走り込んで拳をボディに叩き込んできた。


「グッ……!」

「邪魔だ、退け!」


 膝を着いた優衣の横を通り過ぎ、大剣に手を伸ばして走る玲二。その背後から、優衣は襟首を掴み、後ろに引き倒そうとしたが、読まれていた。その手を掴んで、引きと膝蹴りを同時に喰らい、トドメにヘルメットの穴に拳を叩き込まれた。

 目の僅か上に当たったが、思わず意識が飛びそうになる。グラリと膝を着いてしまったが、その優衣に魔王はお土産と言わんばかりに蹴りをたたき込んだ。

 後方に蹴り飛ばされ、道路の上に仰向けに倒れる。


「カッ、ハッ……」

『焦るな、ユウイ。奴は丸腰だが、お前の鎧は生きているだろう!』

「……!」


 それを聞くと、優衣は近くに落ちているパトカーのナンバープレートを身体に吸収し、震える左手を玲二に向けた。

 今度こそ大剣を拾おうと片膝をついた玲二の右手首に、ナンバープレートを吐き出し、正確に打ち抜いた。


「グァッ‼︎ ……き、貴様……‼︎」


 さらに、その辺にある小石や瓦礫を闇雲に身体に取り込んでは玲二に放つ。手首の後は肩、腹、頭に立て続けに放っていき、無理矢理にでも立たせてやりながら距離を詰める。

 最後の一発を撃つ前に拳で殴れる距離にまで接近したため、拳を振り被った。

 が、それは玲二の魔王も同じ事だ。優衣が拳を出す前に、拳を振り抜いた。顔面のヘルメットに当たり、さらにヘルメットにヒビが入るが、その直後に魔王の顔面にも衝撃が走る。

 最後の一発、小さなコンクリート破片が玲二の額に直撃した。


「ーッ……⁉︎」


 グラリと身体が揺らめく玲二。その隙を逃すほど、優衣は甘くなかった。振りかぶった拳をそのまま顔面に叩き込み、後ろに倒れかけた玲二の脇腹に廻し蹴りを入れて、大剣から大きく遠ざけた。

 ゴロっ、ゴロンと転がりつつも、玲二は受け身を取って優衣を睨む。


「て、テメェ……人間如きが、また俺を殺すつもりか⁉︎」

「そんな事しないよ。異世界の勇者が逃したように、また逃げられるかもしれないから」


 万全でないとソウル・セパレイトは出来ない。しかし、優衣はそれを知らない。

 少なくとも、あの最低の欲望は消しておくべきだ。


「……魔王、この大剣を叩き折ったらどうなる?」

『我の魂が消える。本契約していても、魔王として身体が元に戻るまでそれは変わらん』

「なっ……お、おまっ……やめろ⁉︎」


 そう言われた時には、優衣は大剣を拾っていた。慌てて玲二は優衣に向かって走るが、その隙を突いて優衣は大剣を振り回した。

 予想外の行動に、玲二の顔面に魔王の大剣の剣脊が直撃する。あまりの威力に、玲二は後ろにひっくり返って気絶してしまった。


「……ふぅ、はぁ……」


 思わず、優衣もその場でへたり込む。玲二はピクリとも動かないし、大剣も禍々しいオーラは放っているものの、その場で沈黙しているように見える。

 これで完全に、終わりだ。


「動くな!」

「止まれ!」


 直後、優衣を取り囲むのは警官隊。周囲に配備されていた連中だ。警察からすれば、優衣も同じように化け物だ。簡単に気を抜くわけにもいかない。

 ……が、ハッキリ言って今の優衣に警官達と戦う気力は無かった。フラフラと立ち上がると、警察官達を無視して声を掛けた。


「魔王、この剣は折れるの?」

『さぁな……勇者との斬り合いでも折れなかったし、簡単にはいかないだろう。もし、欲望の魂を本気で封印するつもりなら、媒体ごと仕留めることを勧めよう』

「それはダメだ。……結局、こいつも欲望に操られただけだから」

『相変わらず甘いな……。ならば、こいつと大剣を絶対に引き合わせない事だ』

「……了解」


 それだけ聞くと、手にした大剣を地面に思いっきり突き刺し、立ち上がって手を離した。


「後はお願いします」

「そうはいかん。お前も連行するぞ」

「この大剣、絶対にこいつと引き合わせないで下さい。また同じ力を手にする事になります。あと、この人間自体も最早、人間以上のスペックを持っていますから、他の囚人達と同じ刑務所に入れることも勧めません」

「何を言っている? 貴様も今から……」

「言いたい事はそれだけです。では」


 そう言うと、優衣はジャンプして駅の屋根に乗った。


「待て!」


 一発、銃弾が肩に当たるが、銃弾は鎧に吸収され、そのままの勢いで飛び去っていった。

 逃してしまったが、正直、警官隊だけで抑えられる相手ではなかった。今は、とりあえず逃すことにして、目の前で倒れている男の連行を優先した。


 ×××


 翌日、頬にガーゼ、両手足に複数の湿布と絆創膏、目蓋の上にも色々貼ってある優衣を見て、社員さんに「そんなゾンビみたいな奴をカウンターに立たせられるか」とのことでお休みをくれた。

 で、今は近くのスーパーのテレビの前。ニュースを見ていると、昨日の事件のことで持ちきりだった。

 巻き込まれた人、欲望ゾンビ達は皆、逮捕され、警察病院にて精神鑑定を受けているらしい。それは、一昨日の店長達も同じだ。

 玲二が犯人である事は報道されたが、大剣については何も報道されなかった。おそらく、国家機密として封じられるのだろう。

 実際、この世界のものではない兵器だし、あとは玲二の元に届かなければ大丈夫だろう。


『ふむ……一件落着だな』

「いや、負けだよ。残念だけど」

『そうか?』

「あまりにも被害者が多過ぎだよ、これじゃ」


 敵の規模が魔王クラスであることを差し置いても、合計で四〇〜五〇人ほどの被害者がいる。とても平和になったとは言い得ない。

 その被害者がこれから先、加害者として扱われるかは分からないが、もう二度とこれまでの生活は戻ってこない。大剣と欲望の魂による能力の立証などおそらく不可能だし、十中八九、有罪となり、勤めていた会社も、育んだ家庭も全てを失うことになるかもしれない。

 次に兜と戦わなければならない時は、周りを巻き込まないようにしなければならない……と、心に強く刻んだ。


『ユウイ、後ろ』

「?」


 唐突に声を掛けられ、振り返るとめぐみが立っていた。


「相変わらず、ニュースを見るのはここなのね」

「……携帯もテレビも無いからな」


 その表情は、明らかに疲れ切っている。意外と元気に見えないでもないが、おそらく無理しているのだろう。


「めぐみ……」

『コク……』

「らない」


 相変わらずの魔王を黙らせると、めぐみが不愉快そうな顔で優衣を睨む。


「だから下の名前で呼ばないで」

「あの……ごめん」

「なんであなたが謝るの?」


 それは、お前の相方を逮捕させたのは俺だから、とは言えなかった。が、謝らずにはいられない。二度も、大学の卒業を邪魔したのだから。


「大丈夫か?」

「平気よ。……彼、何となく危ない感じしてたもの」

「え、そ、そうなの?」

「野心家というか何か胸に秘めているというか……近いうちに告白されたらどうしようかと考えていたのよね」

「……」


 意外と気付いていた。女って怖い、と改めて思ってしまったり。


「それよりあなた、その怪我は何?」

「え?」

「まさか、桐崎くんと戦っていたヘルメットマン、なんてことはないわよね?」


 ビクッと背筋が伸びる。


「近くにいた人が撮ってたそうよ。SNSに出回っているわ、ヘルメットマンの目だって」


 めぐみにスマホの画面を見せられる。そこには、割れたヘルメットのまま戦っている自分が映っていた。ボヤけているが、確かに瞳が見える。

 こんなもの撮ってる暇があるのなら逃げて欲しかったが、撮られている以上は仕方がない。


「……あなたに似てない?」

「え? ぼやけててわかんないんだけど‥…そう見える?」

「……」


 疑い深いジト目から必死で逃げるように目を逸らす優衣。今回、自分の正体が敵に知られていた事でかなり大変な事件へと発展したのに、例え知り合いであっても他人に言うわけにもいかない。


「いや、気の所為じゃね?」

「……そう」


 あくまでも気を逸らす優衣に、めぐみも問い詰めるような真似はしなかった。

 それを機に、優衣は話をすり替えた。


「それより、卒研は平気なの?」

「平気よ。……もう一人でなんとかするしかないけれど、事情が事情だけに教授が手伝ってくれるって」

「そうか。……良かった」

「あなたに安堵されるいわれはないのだけれど……」


 と、そこまで話し込んだ時だ。臨時ニュースが流れた。銀行強盗のようだ。


『……ユウイ』

「ああ。悪い、木崎さん。行かないと」

「あら、用事?」

「そう、用事」


 それだけ言うと、優衣はめぐみから逃げるようにスーパーを出た。結局、関係修復には至っていないし、就活が進んだわけでもない。何かが変わったわけでもないのだ。

 しかし、それでも今は自分に出来ることをするのみだ。人助けであろうと、自分の進路であろうと、それは変わらない。

 それだけ胸に秘めて、とりあえず銀行強盗を教えに走った。


「……あ、新しいヘルメットどうしよう」

『あの銀行はトンキの近くだろう。そこで覆面を買ってから動けば良い』

「俺まで強盗と思われそうだなぁ、それ……」


 そんな呑気な話をしながら、事件の収束に向かった。



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