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ヒーロー「魔王」  作者: バナハロ
ヒーロー誕生。
4/28

世界を焼き尽くした剣。

「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」


 珍しく疲れを感じた日の翌日、今日も今日とてアルバイトに精を出す優衣は、朝の忙しい時間を終えて、割と暇な時間に自分の肩を軽くマッサージしていた。

 昨日はつい、衝動的に動いてしまったが、鎧は割と身体に負担が掛かるようだ。まぁ、慣れれば問題ない無いのだろうけど。

 その鎧だが、中々に便利なもので上から服を着れば布の性質が鎧に入り、早い話が服を着ているだけの状態になる。常に鎧を装備できるわけだ。ヘルメットだけはそうもいかず、リュックの中に入れておくしかないが。

 とはいえ、別に常時、着ておく必要はないと思ったのだが、魔王が「良いから着ていけ」と言うので着ていくしかなかった。


「おい、吸原。お前はどう思う?」

「何がですか?」


 急に店長が要領を得ない質問をしてくる。何のことか分からず怪訝な表情を浮かべると、店長は意外そうな顔で答えた。


「あん? ニュース見てないのか?」

「うちにテレビもスマホもパソコンも無いんで」

「そういやそうだったな。や、ヒーローが出たんだと。鎧を着てヘルメットを被ったヒーローが」

「えっ……」


 思わずドキリと胸が跳ね上がった。そんな奴は、世界中探しても一人しかいない。


「SNSでも話題だぞ。時速100キロ近くで走る怪物だとよ」

「そ、それはすごいっすね……」


 なんだか褒められてるのか褒められてないのか分からないが、背中がむず痒くなって来ているから褒められてはいるのだろう。もちろん、自分ではなくその怪物が、だが。


「ま、デマだろうけど。どうせ見間違えたなり、加工した動画なりとか、そんなんだろ」

「あ、あはは……そっすよね」


 とりあえず、同意だけしておく。正体はバレたくないし、なるべくなら目立ちたくもないのだ。首から下は鎧だが、頭はヘルメットなのだ。割と簡単に壊れるし、後をつけられても厄介だ。つけられていればすぐに気付けるが、そうなれば撒かなければならないので帰りが遅くなる。

 正体がバレていないとはいえ、本人を目の前でよく言うな、とは思うが。


「でも、物騒な世の中になったもんだぜ。捕まった三人の容疑者、被害者と知り合いでもない上に、共犯同士が顔も名前も知らん仲なんだって? しかも記憶がないとか何とか。そんな言い逃れが通用すると思ってんのかね」


 そうブツブツ言いながら、店長はまた手を動かし始めた。どうやら、自分はいつの間にかヒーローになったようだ。正直、悪い気はしないが、少し荷が重い気もする。自分は困っている人を助けているだけだし、ガラじゃない。

 そんな中、ふと違和感に気付いた。普段なら反応しそうなワードであるのに、もう一人の奴がとても静かだ。


「どうした魔王? 普段なら『この我がヒーロー?』『笑わせるな』『詫びとしてラーメン食わせろ』とか抜かすのに」

『む、いやすまん。考え事をしていた』

「昨日の夜からなんか変だよ。何かあった?」

『昨日の誘拐犯だ』


 てっきり「貴様には関係ない、気にするな。それよりヒーローとは何の話だ? 事と次第によってはラーメンだが」となると思ったが、割とあっさり話してくれた。


『奴らには魔力が回っていた』

「ああ、言ってたね」

『魔力という事は、どんなに低い可能性を模索しても我とは別の魔王によるものという事だ』

「契約者?」

『にしては微弱過ぎる。十中八九、欲望の魂によって欲を操作された人間達だろう』


 流石、自分が相手なだけあってよく分かっているようだ。ありがたいが、よくよく考えればピンチでもある。何せ、魔王が欲望を欲しがったら終わりだ。


「……」


 冷静になった今では、とんでもない契約をしてしまったのかもしれない。まさかこれ程近くに、そして簡単に魔王の片割れが見つかるとは思わなかった。

 何にしても、一応、釘を刺しておかねばなるまい。


「あー……なぁ、魔王」

『用心しておけ。欲望の魂、と言うだけあって、何処までも欲望に忠実だ。これから先、手段を選んで来る事はないだろう。奴が人間を操って何をするつもりかは分からんが、情報の入手だけは怠るな』

「お、おう……」


 なんかやたらと協力をしてくれているが、それがかえって不安を煽ってしまっている。

 結局の所、魔王が何を考えているのか分からない。基本的には美味いラーメンの事しか頭に無い阿呆だが、早く身体を戻したいはずだ。

 いつのまにか何処か頼もしいと思っていた奴が、また油断ならない相手になった。


「ま、帰りにまたニュース見に行こうか」

『うむ』


 とりあえず当たり障りのない返事だけして、仕事に励むことにした。

 そんな時だ。オープンケースに並んだ商品を、お客さんが手に取ってカウンター台の上に置いた。


「あ、ありがとうございま……」

「……」


 思わず口が止まる。立っていたのは、木崎めぐみだったからだ。しかも、隣には桐崎玲二がいる。


『コクれ』

「ダマれ」


 小声で阿呆を黙らせると、優衣はとりあえず接客しようとするが……何を言えば良いのか分からない。いや、普通に「いらっしゃいませ」で良いのだろうが、その言葉が出なかった。

 黙り込んでいると、先に玲二が口を開いた。


「久しぶりっす、先輩」

「久しぶり、桐崎」

「まだ埼玉にいたんすね。てっきり実家に帰ったんだと思ってましたよ」

「そんな金ないから。ご注文は?」

「ハンバーガーセット二つ。飲み物はコーラとサイダーでテイクアウト」

「かしこまりました」


 注文を受けて、レジのボタンを押す。皮肉を言われたが、とりあえず間を保てた事に心の中で胸を撫で下ろす。


「‥‥2点で1050円でございます」

「……えーっと……」

「あ、俺出しますよ」


 財布の中をいじるめぐみに、玲二が横から口を挟んだ。


「え、そ、そう?」

「この前のカップ麺のお返しっす」

「ありがとう」


 目の前でいちゃつくな、と思いつつも、客にそんなことを言えるはずもなく。

 学生だった頃から玲二がめぐみを狙っていたのには気付いていた。なんでって、その頃からすごく嫌われていたから。別に気にしちゃいないが。

 玲二が金を出している間に、袋に商品を詰めてやる。


「2000円お預かりします。‥‥950円のお返しです」

「はいはい」

「ありがとうございました」


 またのご来店はお待ちしなかったが、とりあえず野口二枚分のお金に頭を下げる。

 好きな人が嫌な奴と一緒に来たからか、あまり素直になれない、やたらと不安定なメンタルになりつつも、何となくここで会話を切るのはもったいない気がした。

 余計な奴がいるとはいえ、声をかけたくなってしまった。


「ねぇ、ちょっと」

「め……木崎さん」

「「え?」」


 お互いに声をかけていて、思わず二人揃って顔を見合わせる。

 それに隣の玲二が眉間にシワを寄せたが、二人とも気づかず無言で「どっちが話しかける?」みたいなやり取りの後、やがて優衣の方から質問した。


「や、大丈夫かなって……ニュースで、見たから……」

「あ、ああ。平気よ、別に。あなたに心配される事でもないわ」

「あ、そう……」


 まぁ、助けた側としては、平気と言うならそれはそれで良かった。別に自分が助けた、ということは知られる必要のない事だし、恩着せがましくするつもりもない。

 ……とはいえ、割と危ない場面を助けたんだし、もっとこう‥‥何か良い事があれば、と思わないでもないが。

 しかし、あんな目に遭ったというのに、平気と言い切るなんて随分と強い奴である。


「で、そっちは?」

「私の方は……いえ、何でもないわ」

「何でもないの?」

「何でもないわ。いきましょう、桐崎くん」


 まぁ、話を切り上げるなら、それはそれで構わない。本来なら自分と話したいわけがないし、桐崎も不愉快そうな顔を……と、思ったら、キョトンとした顔でめぐみに食い下がった。


「いや、聞きましょうよ。気になるんでしょ?」

「……」


 何の話なのか、先に玲二には相談していたようだ。まぁ、自分を目障りに思っている奴から後押しがある時点でロクな話では無いのだろうが。

 やがて、意を決したのか「コホン」とわざとらしい咳払いをした後に改まって聞いてきた。


「あなた、昨日は春ヶ瀬公園に来た?」

「うぇっ?」


 口から心臓が飛び出しそうになったのを無理矢理、飲み込んだような声が漏れた。


「……どうなの?」

「え、あ、いや……」

「昨日、私を助けてくれた人、何処と無く既視感があったのよ。声や体格が似ていた気がするんだけど……どうなの?」


 まずい、と優衣は頬に汗を流す。割と当たるのだ、目の前の女の勘は。


『プッ……フフッ……バレるの、早っ』


 笑っている魔王がいちいち、癪に触る。しかし、お陰で頭が戻った。まずい、とかうろたえている場合ではなく、何がなんでも否定しなくてはならない。


「い、いなかったから。てか、春ヶ瀬公園にいたの?」

「……違うなら良いわ。またね」

「え、もう行くんですか?」

「違うなら用はないもの」


 玲二の制止も振り切って立ち去った。仕方ないので、玲二も購入した弁当の入っている袋を持って後に続く。

 何を考えているのか知らないが、まぁ一先ず今は助かったと思っておこう。

 ホッと胸を撫で下ろしていると、魔王がイラついた声で呟いた。


『まったく……助けられたと言うのに偉そうな女め』

「知らないんだから仕方ないでしょ」

『そうは言うがな……勘付いていたのだろう? というか、貴様は嘘が下手すぎる。あれでは気付かれたかもしれんぞ』

「大丈夫、あいつ割と何でもホイホイ信じやすいし。試験の日で嘘ついて何回殴られたか」

『お前……』

「いや、ちゃんとすぐにネタバラシしたよ? それで試験受けられなくなったら申し訳ないし」

『いや、そんな子供のような嘘をついている時点で中々、最低だぞ』

「や、でも嘘つかれて怒ったあいつ可愛いんだよ。ポーカーフェイスを装ってるけど、実際は顔真っ赤になってて……」

『ええい、知らん知らん。惚気るな、阿保め』


 魔王が呆れた声であることは変わらなかった。当時の自分はかなり子供っぽい自覚はあった。いや、今も割と変わりはないかもしれないが。

 しかし、そんな悪戯も今は出来ない。顔を合わせることができるだけでも奇跡だ。

 ホントに馬鹿なことをした、と後悔するようにため息をしていると、魔王が後ろから声を掛けてきた。


『しかし、なんであれあの二人には気をつけるが良い』

「なんで」

『魔力の気配がした。微弱過ぎてどちらからの物か分からないが、二人が来てから感知したから間違いない』

「……は?」


 思わず間抜けな声が漏れる。魔力の感知は、この世界の人間には出来ない。それは、魔王の装備を持っていようと同じ事だ。

 だが、第六感のある優衣には必要ないものだと思っていたが、こうなってくるとむしろ欲しくなってしまう。知り合いから魔力が感知できる、なんて、めぐみは勿論、正直好きな奴ってわけではない玲二でも嫌だった。


「……欲望の操作は? あれでも弱い魔力は憑くんでしょ?」

『それにしても弱過ぎる。どう考えても魔力を隠している、としか思えん。我がまだ向こうの世界にいた時点でこちらに逃げてきた魔族との契約、というのも考えられなくはないが、まぁ可能性はゼロに等しい』

「……」


 思わず、奥歯を噛み締めてしまう。世間が狭いなんてもんじゃない。異世界含めて世の中全部が狭い。そんなつまらない愚痴を言わずにはいられなかった。

 というか、魔王というのも迷惑な存在である。勇者もだ。他の世界に、世界を滅ぼしかねないような兵器をポイ捨てするな、と壁を殴りたくなった。


『逆に言えば、あの二人のどちらかは手掛かりだ。休みがあれば、監視するのも考えた方が……』

「……」


 そうだ、魔王にとっては自身の体を取り戻す大事な手掛かりだ。この好機を逃す事はないだろう。


『人間?』


 黙り込んでいたからか、怪訝そうな声を掛けてくる。それに対し、優衣は返事をすることはなかった。

 ちょうど良いタイミングで新たなお客さんが来た。なんて返事をすれば良いのか分からない会話を切り上げられる絶好の言い訳である。


「……いらっしゃいませ」


 やはり契約を解除して押し入れに押し込もうか、そう思いながら接客を続けた。


 ×××


 三番、それは飲食店が「トイレ」という意味で使う言葉だ。お客さんの気分を害するようなことがないようにするための配慮である。

 実際は四に限っているわけではない。店によっては一だったり二だったり四だったりするわけだ。ただ、優衣のバイト先は三番と呼んでいた。

 まさに、店長は三番に来ていた。場所は事務所の中、朝霞台駅に並んでいる店、すべての店員が使う事務所でありトイレなので、あんまりのんびりはしていられない。

 電子ロックを解除し、事務所の中に入ってトイレの扉を開ける。すると、中では禍々しい大剣を担いだ男が立っていた。


「……は?」

「悪いな、オッサン。あんたの力、借りるぜ」


 右腕をかざし、黒い電気を浴びた紫色の雲を店長に流し込んだ。

 直後、店長は目を紅に光らせ、まるで中にいる男に気付いてもいないように、とりあえず用を済ませた。

 そんなシーン、別に見たいわけではないので、大剣使いは一足先にトイレを出る。さて、兵士はあと二〜三人ほどいただくことにしよう。

 それから、開戦の狼煙を上げさせてもらう。


 ×××


 バイトが終わり、優衣は一人で帰宅し始める。魔王に情報を明け渡す事にはなるが、自身が情報を掴むためにも、やはりスーパーのテレビを見に来る他ない。

 この前のように生放送で困っている人がいるかも……と思いつつも、実際は魔王の魂と自分の魔王を引き合わせるのを阻止するためだったりする。無関係の事件ならば、そっちを追うフリして魂から目を逸らしてやれる。


『人間、今日の晩飯はキャベツともやしの炒め物が良い』

「……随分と趣味嗜好が貧乏臭くなったな……」

『何、貴様の質素な料理も悪くないと気付いたのだ。その代わり、今週の日曜のラーメンは秋葉原に行こう』

「電車賃ないから無理」

『バカめ、せっかく仮契約したのだから能力を使えば良いだろう』


 正直、なるほどと思わないでもなかった。上手く使えば高速で移動出来る。

 そんな会話をしている時だ。ジッと観察されているような視線が第六感に刺さった。間違いなく、悪意あるものからの視線だ。


「……魔王」

『この時間なら、公園に子供も少なかろう。被害を出さないようにやるなら、そこがベストだ』

「はいはい」


 誘導されている、と思わないでもないが、そうする他ない以上は仕方ない。

 気付いていないフリをしてお店を出た。後ろからしっかりとつけられているのを確認しつつ、早過ぎずに遅過ぎない速さでのんびり歩く。

 野球の練習場のある公園に到着した。ここでも公園に被害が出るが、人に被害が出るよりはマシだろう。この世界は隅から隅まで国、県、市、そして個人の所有物にあたるので、戦えば被害が出るのは当然だ。まぁ、昨日戦ったレベルの相手なら被害は出ないが。

 ジャンプして野球場を包む金網にしがみつき、さっさっと登って飛び越え、後ろを振り向く。


「……女の子ならともかく、男にストーキングされる趣味は無いんだけど?」


 挑発するように振り返ると、明かりのない公園の闇から薄らと光が見える。血の色よりも赤い瞳が、ゆらゆらと揺らぎながら、入口から侵入してくる。

 月明かりによって照らされたスポットライトから見えたのは、優衣の見知った顔だった。


「……は? 店長?」


 立っていたのは、店長だった。しかも、仕事着のまんまだ。


「何してんすか? 仕事中でしょ、あんた」

『バカ、あいつは欲望を操作されている。操られている欲望にもよるが、お前の声など届かん』

「店長の欲望? ……ああ、普段から『そろそろ新しいプラモデル欲しい』って嘆いてるね」

『いや、それでなんでお前をストーキングするんだ?』


 そんな緊張感のかけらもない会話をしていた時だ。自分に向いている殺気が増えていた。公園の中を見回すと、夜中の高速道路のように赤い点々とした光りが灯されていく。

 金網の後ろから、ザッと見回しただけで二〇人近い人々が立っていた。


「ええ……新手のホラー映画? 欲望ゾンビって名付けようか」

『ホラー映画が苦手な癖につまらん例えはよせ』

「違うから! それは契約する前の話だから!」

『メグミとやらにスクリーンで泣きついていたな。マジ泣きして』

「やめろおおおおおお‼︎」


 トラウマを抉られている時だ。自分と欲望ゾンビを阻んでいる金網に二箇所、切り込みが入った。

 それにより、金網が前方に倒れ、一斉に人がなだれ込んできた。敵は合計二一人。欲望が操作されているとはいえ、容赦の無い普通の人間、気絶で済ませれば問題ない。

 大勢の敵に対し、優衣は手に持っているヘルメットの入ったリュックを見下ろした。ここでは変身しない方が良いだろう、欲望ゾンビ以外の目があるかもしれない。

 だが、戦ったら戦ったで自分が常人離れしているところが見られる可能性もある。


「……仕方ないな」


 一度、ゾンビ達の相手をせずに逃げることにした。幸い、公園には隠れる所はいくらでもある。

 逃げ回りながら、魔王に声をかけた。


「ていうか、こいつらなんで俺を追ってくるの? 俺を殺したい欲望?」

『恐らく、ストレス発散的な欲望だろう。人間には睡眠欲、食欲、性欲があると聞くが「欲しい」という点だけに重きをおけば、なんでも欲に変換できる』

「……なるほど」


 そう捉えると厄介な能力だと思う。

 すると、後ろのゾンビ達が先回りをし始めた。出入口には向かわせず、壁際に追い詰める動きだろう。


「……よっ、と」


 なるべく先回りされたゾンビ達を宙返りで回避して着地すると、野球のベンチの下に潜った。完全では無いが、ここが一番人目に付かないだろう。

 そこで袋を開け、ヘルメットを被ると大きく前傾姿勢になりながらジャンプした。

 背中からベンチの屋根を吸収し、服装が変化していくと共に、身体から私服を追い出してキャッチし、ヘルメットが入っていた袋に入れた。

 跳んだ優衣をゾンビ達は一斉に見上げた。月光を背にしてヘルメットを被る男の身体は、鋼鉄に身を包み、背中から皮製のマントを翻していた。


「……なぁ、野球場のベンチの屋根の能力って何? 別に硬くもなくね?」

『日光は防げるんじゃないか?』

「夏だもんね……いまは夜だけど」


 そんな事を話しながらも、ゾンビ達の中央に着地する。

 その優衣に、一斉に襲い掛かった。周囲、360度から迫り来る敵に対し、まずは一秒も掛けずに見回し、自分に到達する時間の速さに順位をつけた。

 一番、早い奴の胸に蹴りを入れ、後方に飛ばすと共に後ろのゾンビまで巻き込んで気絶させる。

 背後からの攻撃に対しては、ぬるりと回避すると共に背側に回り込み、襟首を掴んで足を払い、その場に転ばせて眠ってもらう。一時と一〇時方向から同時に拳と蹴りが飛んで来たのに対し、軽く跳び上がりながらアッパーを喰らわせた。

 浮き上がった身体を掴むと、空中から二人の体を落とし、さらにゾンビ達に当てる。

 これで七人、でもまだ十四人いる。その敵に対し、身体からベンチを排出して落とした。これにより、一気に七人減らす。


「うし、あと三分の一……」


 普通、ここまで叩きのめされれば他のメンバーは逃げてもおかしくない。それでも躊躇なく向かってくる辺り、やはり正気ではない。

 躱し、掴み、投げて失神の三コンボを何度も繰り返し、二人ずつ片付けていく。

 いよいよもって最後の一人……となった直後だ。思わず優衣の手が止まる。店長だったからだ。

 胸背負い投げをするために胸ぐらに向かう手が止まる。お陰で、店長が手に持っている包丁に胸を刺された。勿論、吸い込まれて優衣の身体は包丁の能力を得る。


「っ……!」

『何してる? 早く倒してやれ』

「分かってるけど……言葉は通じないの?」

『無理だろうな。我も自分の魂ではないからハッキリとは言えんが、意識を飛ばさない限りは止められんだろう』


 そう言う通り、店長は口から「コロス……」と機械的に唱える。

 とりあえず、身体から包丁を吐き出すと、仕方なく優衣は店長の身体を掴み、その場でひっくり返し、気絶させた。知っている人に暴力を振るうのは、やはり気がひける。

 ‥‥…いや、そもそもだ。他の既に倒してしまった人も、普通に悪人ではないのかもしれない。ただ欲望を操作されているだけで。


「……」


 思わず、頭に少し血が上った。つまり、魔王の欲望は関係無い人間などお構い無し、目的の為には手段を選ばない奴のようだ。

 いや、それはある意味では当たり前かもしれない。理由は、魔王だから。


『ふむ……しかし、敵の目的が見えてこんな。奴らは何がしたい?』


 そして、それはこちらの魔王も同じ事だ。むしろ、現状は最悪なのではないだろうか……。

 とりあえず、さっさとその場を離れようとした時だ。

 自分に対し、強烈な殺意が突き刺さった。まるで心臓を握られているような、そんな悪寒と動悸が全身に響き渡る。


「っ!」


 振り返った直後、地面がパキパキと凍り付いて行っているのが目に入った。いや、既に足元にまで侵食しつつあった。

 慌てて背後にロンダートで回避した直後、氷面から突然、殴り上げるように太い突起が現れ、優衣の身体を殴り付ける。が、氷は身体に取り込まれていく。黒いタイツが、パキッパキッ……と、氷に染まっていくが、寒さを感じない。


『この氷、魔力を宿しているな』

「ということは?」

『自由に操れるぞ』

「え、ホント? や、そうじゃなくて。てことは、魔王の魂の一部がいるって事じゃないの?」

『……だな』


 そう返事をした直後だ。もう日が沈んでいるはずなのに、夜空がやけに明るい。というか眩しい。

 ふと上を見上げると、一人男が浮いていた。禍々しい、いかにも「魔王の大剣」という名前が当てはまる剣を空に掲げ、超小型の太陽を想起させる炎の球体を、剣の先に浮かせていた。


『マズいな……あれは吸収出来んし、溶かされるぞ』

「っ……俺がマズイって事は……!」


 チラリ、と倒れている人達を見る。さっき自分がちぎっては投げてちぎっては投げた元欲望ゾンビ達だ。

 ぶっつけ本番だが仕方ない。幸い、鎧の効果か使い方は能力を手にした途端に理解した。

 自由に操れるのは、吸い込んだ条件の氷だけ。氷の温度は変えられないが、量なら変えられる。

 まずは、両手を地面につけ、倒れている人間達を氷で殴打し、自分の横に移動させると共に、すでに凍り付いている氷面を翻させ、氷のドームを作った。

 直後、炎の球体が落ちて来る。氷と炎がぶつかり合うが、相性は最悪だ。徐々に氷の屋根は溶かされていき、水滴が落ちてくる。


『溶かされるぞ!』

「時間稼ぎにはなる!」


 それと共に氷で巨大な右掌を作り、自分の周りで寝ている人達を包み、その場を離脱した。

 が、氷のドームは最後まで保たない。全てが水に変えられると共に炎が落下してきて、洪水と業火の衝撃で流され、野球場のバックネットに背中を強打する。


「うあぁああぁぁっ……!」

『お前……他人の世話を焼いている場合か⁉︎』

「無関係な人を巻き込んだ上に死なせらるか!」

『甘ったるい奴め……!』


 魔王の苦言を聞きつつ、ふと上を見上げるととんでもないことに気付いた。

 背中を強打したバックネットは衝撃で後ろに傾いて行き、そしてさらにその後ろにはマンションがある。


「っと、おおおいおいおいおい!」


 慌てて地面からバックネットに向けて氷で浸食させ、凍りつかせて動きを止めた。

 幸い、炎が溶かした氷によって水蒸気が付近に発生し、視界を封じている。

 それが消えないうちに、一度、野球場から離脱して二一人をマンションの駐車場に隠した。

 すぐに公園に戻り、もう一人の魔王の相手をしなければならない。氷を纏わせたままジャンプし、崩れかけのバックネットの横にあるナイター照明の上にジャンプで乗って着地した。

 未だ、水蒸気と炎と煙と水で視界は良くないし、上空に浮いていた敵の姿は見えない。


「……」


 はっきり言って逃げたい所だ。魔王に他の魔王と引き合わせるのは危険だし、自分と同等以上の力を持つ相手と戦うのは初めてだ。要するに、ここから先は命懸けになる。

 だが、逃げれば奴は間違いなく追ってくる。その際、必ず周りの人間に被害を出す。やはりここで仕留めておくべきだろう。


「っ……よし」

『行くのか?』

「もちろん。さっきから視線を感じる。多分、観察されているんだ」

『気を抜くなよ』


 そう言いつつ、とりあえず鎧に力を追加することにした。氷だけでは心許ない。お尻をナイター照明に着けると、スーツに取り込まれていく。

 それと同時に、身体から大量の氷が飛び出し、野球場を氷の山に変えてしまった。


「……は?」

『ん?』


 自分だけでなく、魔王も同じように声を漏らす。


「あれ? 制限無いんだよね、能力のストック」

『そのはずだが……もう一度、氷に触れてみろ』

「うん」


 ナイター照明が消えたことにより、優衣の身体は地面に着くが、とりあえず氷に触れてみた。

 すると、氷は体に取り込まれ、ナイター照明が出て行った。


「あれええええ⁉︎ な、なんで⁉︎」

『……も、もしかすると……勇者に刺された時に不具合が発生したのかもしれん。光属性の技だったし……』

「先に言えよ! 戦うって決めたばっかなんですけど⁉︎」

『わ、我だって知らなかったのだ! おい、どうするんだこれ……!』

「騒がしいな、学校を辞めてのど自慢王でも目指す事にしたのか?」


 直後、聴き慣れた声が響き、優衣も魔王も黙る。炎と煙と水が散乱したピッチャーマウンドから降りて来たのは、大剣を担いだ桐崎玲二だった。

 その目は赤く光っているが、どうにも凶暴に見える。まるで、血に飢えている獣のような瞳だ。


『自分で自分の欲望を強化し、操作しているようだ。今までの奴ら以上に容赦なく、それでいて理性的に戦って来るぞ』

「……わかってる」


 とりあえず、めぐみじゃなかった事にホッとしつつ、声を掛けた。


「何、俺に何か用? 男に夜、待ち伏せとかされても嬉しくないんだけど」

「相変わらず、口喧嘩になるとよく回る口だな。小者の特権だ」

「小者はどっちだよ。魔王の武器を持っていながら、他人に頼ってばっかの奴から出る言葉とは思えないね」

「魔王の鎧を着てヒーローを気取ってる奴に言われたくねぇなぁ」

「強大な力を持つと悪事に手を伸ばすバカよりマシでしょ」


 すると、玲二はニヤリとほくそ笑んだ。まるで、心底小馬鹿にしたような笑みを浮かべて。


「……どーせお前の事だ。何も無い空間に感情がある奴を放置するのは可哀想……そんな理由で契約したんだろ?」

「……」

「本当に甘い奴だよな。だから、簡単に卒業研究を邪魔してやることが出来た」

「……は?」


 今、なんて? と、言わんばかりに片眉をあげる優衣の表情を読み取り、玲二はご丁寧に説明した。


「俺がお前を色んな研究室の奴に声をかけて相談させたんだ。『あの研究室の吸原先輩は何でも答えてくれるよ』って」

「…‥お前が?」

「そうだ。すべては、めぐみ先輩を俺の女にするためにな。あの人、馬鹿みたいに酒強くて涙潰すのも無理だったしな」

「……」


 思わず、眉間にシワが寄る。怒りが脳天にまで達し、握り拳が震える。充血しそうなまでに目は見開かれ、額には血管が浮かぶ。

 確かにおかしいとは思っていた。他の研究室の奴らまで相談を持ちかけてくるものだから。

 殺す、と欲望を操作されたわけでもないのに口から漏れそうになった時だ。耳元で魔王が囁いた。


『落ち着け』

「……?」


 過去に聞いた魔王からの台詞のどれよりも穏やかな声だった。


『あれは挑発だ。それに、どんなに相談を持ちかけられた所で断れば良かった話だ。半分はお前が悪い』

「…‥確かに」


 正論を言われると冷静になってしまう優衣の性格が功を成した。とはいえ、まさか魔王に落ちつかされるとは思わなかった。

 そんな中、別の魔王の声が聞こえてくる。


『随分と甘いモンだなァ、とても俺と同じ奴だったとはお前ねえよ』

「……魔王?」

『我ではない、奴に憑いている欲望の魔王だ』


 なるほど、と優衣は頭の中で返す。同じ声だが、唐突に下品な喋り方になり、思わず引いてしまった。


『貴様は相変わらずのようだな。人間の欲を操作し、捨て駒にする冷徹さは中々のものだ。その大剣も衰えていないようだな』

『当然っしょ。こいつ、中々センスあるよ』

『そうか。良い拾い物をしたようだな』

『そりゃお互い様じゃね? さっきの猛攻、凌がれるとは思わなかったよ』

『どうかな? 確かに頭はキレるが』

『ま、あのクソムカつく勇者気取りなとこはいただけねえけどな』


 その言い草で、優衣は改めて魔王同士が対話していることに危機感を覚えた。冷静にして貰ったところ、申し訳ないが魔王は元々、人間を滅ぼす側だ。現状は益々、悪くなっている。


『とにかく、さっさとその人間を殺すなり乗っ取るなりして意識をもらえよ。それで後は冷徹の野郎だけだろ』

『断る』


 しかし、意外過ぎる返事が出て、思わず後ろを振り向いてしまった。自身の身体を手にする絶好の機会である誘いに対し、魔王は想像もしていなかった返事を出した。

 それが想定外だったのは欲望の魂も玲二も同じようで、片眉をあげた。


『……は? つまらない冗談ならよせよ?』

『残念ながら、冗談ではないな。今回、魂が三つに分離してよく分かった。我は、貴様のような自分勝手で欲望のままに力を奮うような下郎と同化するのだけは御免だ』

『……ああ?』


 ビキッ、と。欲望の魔王から血管が浮き立つ音が聞こえた気がした。身体も顔もないので実際には立たないが。


『テメェ、まさかあの癪に触る勇者に負けたままになるつもりか? いつからプライドが無くなったんだ?』

『プライドの問題ではない。今回、人間に憑依してよくわかった。世界を回すには、法と秩序が必要なのだ。それを自らが暮らしやすい世界を作るため、乱し、殺戮と戦争を繰り返したのは我らだ。そんな連中は滅んで当然だろう』

『……おい、マジで何があった? 反吐が出るような事を平気で抜かすようになったじゃねぇの』

『まぁ……もっとも本音的な部分を言えばだな……』


 それは優衣にも興味があった。拾った直後の魔王とはまるで違う。まだ一週間ちょっとしか経過してきないはずなのだが、価値観に大きな変化が生じている。

 ゴクリと唾を飲み込むと、魔王は何食わぬ顔で答えた。


『キチンと対価を払い、労働の後に食べる週一ラーメンはとても美味い』

『……』

「……」

「……」


 呆れを通り越して笑えてきてしまった。この魔王、食に釣られていた。

 ……が、こちらの世界をキチンと理解してくれていたのは助かる。自分が元の世界でやらかし、仕返しされた事も全て自業自得である事も。

 それらに対し感心した意味を込めて、微笑みながら皮肉を漏らした。


「……魔王がラーメンに釣られるなよ」

『黙れ。貴様こそ、そのお人好しすぎる性格を直せ。さっきは怒りで芯が沸騰していたと言うのにも関わらず、今はあの小僧が操られている可能性を考えているだろう』

「え、なんでわかるの」

『今、告白するが、勘で聞いたらお前が自白しているだけだ』

「嘘⁉︎」


 いつの間にかコントになり始めていた時だ。

 ドウッと正面から暴風が巻き起こる。目の前で、竜巻にも似た勢いで風は空に向けて、柱を立てた。

 目を向けると、玲二の身体付近から、本人の姿が見えないほどの突風だ。


「……もういい、そんな甘い魔王は必要ねえ」


 竜巻から唯一、見えるのは紫色に発光した瞳だけだ。それに伴い、魔王が真剣な声を掛けてきた。


『……身体を変われ、ここから先は我がやる』

「え、いやなんで? 確かにヤバげな雰囲気だけど……てか、仮契約の間に身体って変われんの?」

『10分ほどなら可能だ。あくまでも仮だからな』


 そこをまず説明してから、続けて答えた。


『奴は腐っても魔王だ。戦闘に関しては、お前とは大きく経験差がある。聞き分けろ』

「……了解」


 そう言うと、優衣は目を閉じる。直後、まるで背中から抜けるように身体が浮かび上がる。自分の後頭部を直接、見るのは初めての経験だった。

 すると、自身の身体を持つ魔王はクビをコキコキと鳴らした。


「せっかくの機会だ。戦い方ってのを教えてやる」

『なんでも良いけど……なるべく被害が出ないようにね?』

「それはあいつ次第だ」


 それだけ言うと、魔王は優衣の身体でニヤリと好戦的に微笑んだ。


「…‥久し振りだな、血が騒ぐとはこのことか」


 自分の顔がここまで凶悪な顔が出来るとは思わなかった、なんて思ってる場合ではない、飛んで来たのは玲二を覆っている竜巻だ。それも三つに分かれて。

 それに対し、魔王は氷の壁を作る事で応えた。



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