8 ハーフエルフっ娘と掃除機再び
「店主を呼んでください!」
サイクロン掃除機を求める人達でごった返す店の中、客を押し退けるようにして入って来たのはブルドゥだった。
流石に街で有名になっている掃除機の元祖であるブルドゥの事は知っているらしく、従業員も慌てて店主を呼びに行った。
「はい、私がここの店主ですが」
客への応対を近くの従業員に任せて、店主がブルドゥの元へと急ぎ、やって来た。
「何で貴方達の所で掃除機を販売しているんですか?私の許可も無しに!」
ブルドゥが半ば怒鳴り散らすように店主に詰め寄った。
彼が怒るのも無理は無い。
サイクロン掃除機の登場でブルドゥの所は売上が激減したのだから。
何しろ、いくらホコリを吸い込んでも吸引力が落ちないし、内部にゴミ袋を設置する必要もない。それでいて値段はブルドゥが販売している掃除機と同じなのだから。
フォーリィが着目したのは風の魔石の相場だった。
ブルドゥの掃除機が爆売れしたため、風の魔石の値段が跳ね上がっていた。
しかしそれは、掃除機に必要な出力を出せる魔石に限った事だった。
出力の低い魔石の相場は変わっていないし、魔石を加工する際に出る小さな魔石の欠片に至ってはゴミとして大量に捨てられていた。
フォーリィはその小さな欠片を二〇個組み込んで回転を生み出す『魔道モーター』を開発したのだ。
しかも、元々売り物にならない欠片だ。魔石を扱う工房ならその裏庭に山積みになっているため、いくらでもタダで仕入れる事が出来るのだ。
もっとも良い事ばかりではない。
直接風の魔石で吸い込む初代掃除機に比べて機構が複雑になっているため、製造する部品点数も多く、製造工程も少々増えている。
結果、製造に掛かる時間が初代掃除機の二倍弱となってしまった。
「掃除機は私の特許製品です。勝手に類似品を販売されては困ります!」
急に予約注文のキャンセルが増えた為、ブルドゥがあちこちの食堂や工房で情報を集め、この店に辿り着いたのがサイクロン掃除機発売から五日経っての事だった。
「そうは申しましても、私達は委託を受けて販売していますので、苦情等は委託元にお願いします」
「ぐぬぬ。そうやって時間稼ぎをするんですね。いいでしょう。商業ギルドに訴えを起こして委託元を割り出して……」
「委託元は秘匿されていませんよ」
「え?」
まさかの展開にブルドゥは言葉を失う。
商売において、悪徳商人がダミーの窓口や委託元を使い、訴えを起こし辛くして、その間に売り切ると言うのは珍しくなかった。
ブルドゥは今回もそのパターンだろうと思い、委託販売そのものを止めようと圧力を掛けるつもりだった。
委託元が分かれば商業ギルドにてすぐに委託を中止させられるし、委託元がダミーなどの場合も調査に数日掛かるが店に対して委託受付け禁止を言い渡せる。
そう思っていたが。
「委託元はフォーリィさんです」
「なっ?」
店主はいともあっさり委託元を明かした。
「フォーリィ……ちゃん?あのハーフエルフの?青銀髪で青い瞳の?」
「はい、そのフォーリィさんです」
その名前はブルドゥにとって全く予期しなかったものだった。
フォーリィの人柄から、彼女がそんな悪事に手を染めるなんて全く考えていなかった。
それに、ブルドゥは他店が掃除機を販売していると聞いて最初に思い浮かんだのは、ブルドゥが販売している物と寸分違わない製品を悪徳業者が販売したのでは、と言う疑惑だった。
掃除機は構造がとてもシンプルな製品の為、ブルドゥが製造を委託している工房に同じ物を発注して組み立てるだけで、オリジナルと全く変わらない掃除機が簡単に作れてしまうからだ。
「あ、あの娘ですか!掃除機は私の特許製品だと言っているのに、懲りないですね!」
ブルドゥは顔を真っ赤にして怒った。
「フォーリィちゃんを出してください!今すぐ!」
詰め寄るブルドゥに、店主は困った顔をする。
「ですから私共は委託されて販売しているだけで、取り次ぎなどは一切行っていません」
「なっ?あんたそんな無責任な!」
「苦情なら彼女の家を尋ねてみては如何でしょうか」
「ぐぬぬ……」
ここで押し問答していても時間の無駄と悟ったのか、ブルドゥは踵を返す。
「出直してきます!」
そう捨て台詞を残し、他の客達を押し退けながら店から出て行った。
「あのぉ」
ブルドゥが見えなくなってすぐ、フォーリィが店の奥から出て来た。
別に最初から奥に控えていた訳ではない。
「あら、いらしてたんですか?」
「今、工房から掃除機を受け取って来た所です。そして裏から入ったらブルドゥさんの怒鳴り声が聞こえたから…………あの……色々とご迷惑お掛けします」
頭を下げるフォーリィに、店主がにこやかに答える。
「頭をお上げ下さい。全然迷惑じゃありません。それどころか、フォーリィさんのお陰で儲けさせて貰っていますから、逆に感謝しています。それより、首尾はどうですか?」
店主の問い掛けにフォーリィは満面の笑みで答える。
「最低限必要な特許申請も済ませましたし、例の施設も後三日程で完成します」
「そうですか。頑張って下さい。応援してますよ」
特許申請の登録料等で多額の出費を強いられた彼女は、自分で店舗を借りる事は諦めて委託販売をする事となった。
そこで彼女は、それほど大きくもなく、かと言って小さ過ぎもない店舗で、人の良さそうな店主を選んだ。
そして事情を説明した上、トラブルが起きた時は全責任を彼女が持つと言う契約書を交わして委託販売をお願いしたのだ。
「まあ、ブルドゥさんが被害届を出すにしても後二、三日は大丈夫そうだから、間に合います。それまでは、どんどん売りまくって下さい」
そう言ってフォーリィは胸の前で両手で握りこぶしを作り、ガッツポーズをとった。
「はい。店の名にかけて頑張って販売いたします」
店主はそれに笑顔で答えた。
(それでもアレが完成する前に被害届出されちゃったら正直厳しいな)
フォーリィは少々博打を打ち過ぎたかなと考えていたが、その心配は杞憂に終わった。
何故なら、裁判所への出頭命令が来たのはそれから一〇日後だったからだ。
◆ ◆
ブルドゥはあれからすぐ、弁護士を雇って色々と相談していた。
そして弁護士の指示に従ってサイクロン掃除機を手に入れて、その構造がブルドゥの掃除機と同じである事を確認した後、被害届を商業ギルドに提出……のはずだった。
しかし、肝心のサイクロン掃除機がなかなか入手出来なかったのだ。
今やブルドゥの掃除機を押し退けて爆発的な人気となっている商品だ。その事を失念していた時点でブルドゥの余裕の無さが伺える。
そして、無理言って知り合いの食堂から借りる事が出来たのが二日後だった。
更に工房での解析も難航した。
何しろ、これまでの魔道具は魔石を器にはめ込んだものばかりだった。
それは初代掃除機でも同じで、ビールジョッキを少し細長くした様な器に風の魔石をはめ込んだ、とてもシンプルな物だった。
だが、借りてきたサイクロン掃除機を開けてみて、ブルドゥと弁護士は言葉を失った。
そこには、懐中時計よりかなり大きい歯車がいくつも詰まっていたからだ。
まず、この機構部分は完全にオリジナルで、著作権侵害を訴える事は出来ない。
弁護士はその事をブルドゥに伝えた上で、ホコリを吸い上げるのに風の魔石を使っている事を証明するように提案した。
ブルドゥは早速、知り合いの工房にサイクロン掃除機を持ち込んだ。
しかし、工房長はサイクロン掃除機の中を見て唸り続けていた。
元々、気圧と言う概念が無いこの世界では、初代掃除機が風の魔石で外に向けて風を起こしただけで、何故反対側からホコリが吸い込まれるのか理解出来る人は一人もいなかった。
人々はただ、『魔法だから』の一言で受け入れていただけだ。
だから工房の誰もが、内部で回っているプロペラが何を意味するか理解する事が出来なかったのだ。
最終的にはブルドゥの許可を得て、バラバラに分解する事になった。
ブルドゥとしては借り物を勝手に分解するのは避けたい所だったが、被害届を出すのに必要なだけの証拠集めがこれ程難航していては、最早手段を選んでいる余裕は無かった。
だが、その甲斐はあった。
工房長から、小さな風の魔石を発見したとの報告を受け、ブルドゥは勝利を確信した。
そして急ぎ商業ギルドに行き、被害届を提出したのだった。