87 ハーフエルフっ娘の王都防衛8 ~ 彼女の願い
「鉄砲水が来るぞ!」
兎人の一人がそう叫ぶ。
コエリーオ王国軍の主戦力がカデン軍の正面から総攻撃を仕掛けている中、十数名の身軽な者が身を低くして川辺を走り抜けていたのだが、あっさりと見つかってしまったようだ。
「みんな!上に!」
全員が急ぎ五メアトルほどの崖をよじ登る。
だが、コエリーオ王国軍先鋭隊が崖を登った先ではカデン軍の重機関銃の掃射が待っていた。
「くそっ!いったん退け!」
彼らは必死に、ほふく前進で重機関銃の射程から逃れ始める。
「敵の気配はなかったぞ!どうやってこちらの動きを察知したんだ?」
敵が望遠鏡で遠くから見ていても察知できるほど感覚の優れた種族を数名加えて、敵の察知に気を付けながら進んでいた隠密部隊のはずが、こうも簡単に見つかってしまった事に驚いていた。
だが彼らは知らない。監視カメラの存在を。
それにより、離れた所からテレビモニター越しに見ていたため、彼等は視線を感じる事ができないのだった。
(な……何だ、これは?)
その頃コエリーオ王は、再び連れてこられたモニタールームで驚愕していた。
ちなみに、ここに連れてこられたのは、彼がフォーリィの服を掴んで離さなかったからだ。
最初、彼女は戦場に立って指揮をしようと思っていたが、兎人のつぶらな瞳を向けられたら、それを振りほどく事はできなかった。
もちろんフォーリィは、人が殺されるシーンを子供に見せるのもどうかと思った。だから最初はコエリニアの反応を確認ていた。
だが、特に怯えたようすを見せないため、テレビ画面越しでは人が死んでいる実感がないのだろうと解釈し、彼女はそのままコエリニアを自分の膝の上に座らせていた。
(左端に映し出されているのは川をせき止めている場所か?定期的に切り替わっているから全体数は分からないが、二つや三つじゃないぞ。いったい何か所せき止めたんだ?)
一見、砦よりも無防備に見えるこの陣地。こうして見ると、なかなか難攻不落な作りとなっていた。
西側の険しい山などの自然を利用した防壁。更に弱点である東側の川沿いは何重にも備えがしてあった。
そして、それらを全て一度に見渡す事ができるこの部屋と、魔道具による音声伝達。
コエリーオ王は、こんなバケモノと戦っていたのかと、背筋に冷たいものを感じた。
(それにしても、将軍たちは何で総攻撃を仕掛けているんだ?国王がいなくなったのだぞ。いや、分かる。奴らの動きからすると正面から大規模攻撃を仕掛けて、その隙に隠密裏に私を救い出そうとしているのだ。となると、私が連れ去られたところを目撃されていたのか?だったらなぜ、そのまま連れ去りを許したんだ?まさか我が軍の中に敵に内通している者がいるのか?)
そこで彼は考えるのを止めた。
軍の末端ならいざ知らず、彼の側にいる者達を疑いの目で見ていたら、軍を率いることなどできないからだ。
「三番機銃。掃射を止めて」
その時、彼を膝の上に抱えていたフォーリィが指示を出す。
先ほどから見ていると、彼女は逃げるコエリーオ王国軍に対して、途中で追撃を止めさせていた。
「ナンデコロサナイノ?」
振り向いて質問するコエリーオ王に、フォーリィは首を傾げる。
「ん?何て言ったのかな?」
言葉が伝わらなかったことを理解したコエリーオ王は、今度はイントネーションなどに注意して質問を繰り返した。
「ナンデ殺サナイの?」
彼の質問に、フォーリィは一瞬目を見開き彼の顔を覗き込むが、再び顔を引き締めるとモニター画面に視線を戻す。
「私はね、あの人たちに、これ以上先に進んで欲しくないだけ。殺し合いなんて好きな人たちだけで、やってれば良いのよ。……対空部隊長!二時の方角からワイバーンが高速接近して来ているわ!」
(本当に防御だけが目的なのか?これだけの攻撃力がありながら?)
コエリーオ王は信じられなかった。
確かに今までの彼女の言動から、戦争に消極的なのは伝わって来ていた。
だが、これまでの彼女の行動と矛盾し過ぎていた。
「デモ、ラトゥーミアの王様ヲ捕マエタ」
しかも僅か数時間でだ。
これにより、近隣諸国は彼女を国家の脅威ととらえていた。もちろんコエリーオ王国も。
「あ、あれは……」
彼の指摘にフォーリィはモニターを見つめながら少し頬を染めた。
その表情に、コエリーオ王は敵ながら見惚れてしまう。
「お兄ちゃんを殺すって言われたから……」
「!」
フォーリィは彼の正体に気付いていない。
その事はコエリーオ王も確信していた。
でなければ、こんな軍事機密性の高い場所に連れて来たりしないだろう。
だから、今の彼女の言葉は恐らく本音だろうと彼は思った。
「家族ガ大事?」
「当たり前よ。それ以外、大事なものなんて無いわ」
即答だった。
それなら、なおさら彼には分からなかった。
「敵ヲ追払ウだけじゃ、マタ来ル。倒サナイと家族マモレナイ」
「それは違うわ」
フォーリィは彼に優しい笑顔を向けた。
「敵だからと無暗に殺してたら、相手の心に憎しみが生まれるわ。自分の家族を殺した人たちを許さないってね。そんな人たちが増えたら、かえって私の家族が危なくなるでしょ?」
その言葉にコエリーオ王は思った。彼女は現実を知らなすぎると。
戦争は、憎しみだけが原因ではない。
自国民を守るため、より豊かな土地を手に入れなければならない場合もある。
それ以外にも、憎くもない国に戦いを仕掛けることは少なくない。
現に今回の戦いも、ホーズア国のエルフ主義者たちが亜人国家を認めたくないから起こしたようなものだ。
だが、その後の彼女の言葉に、彼はビックリした。
「もちろん、食料不足や水不足、考え方の違いなど、人と人がぶつかり合う理由はいくらでもあるわ」
まさかとは思いつつ、彼女のそのセリフに、自分の心を読まれていると錯覚させられた。
「私は、そう言った戦いの原因を一つずつ取り除きたいと思ってるの。ただ闇雲にその解決を他人から奪った土地に求めるだけじゃ、またすぐに同じ問題にぶち当たるわ。一つずつ向き合わないと。例えば食料問題にはガラスハウスや肥料の改良。水不足にはダムの建設や水車の活用とかね」
なんと、彼女は全て理解したうえで、その解決策を自国の改良で賄おうとしていた。
その事は、彼にとって衝撃的だった。
「後は国同士が互いに依存しあう……といっても分からないかな……つまり、こちらの国は小麦などを相手の国に売って、相手はオリハルコンなどをこちらに売るなどしてね。必要なら、ダムやガラスハウスの技術を相手国に提供するのもいいわね。そして、自分たちの国がより豊かになるために、お互いに相手が必要な状態にしたいの。そうすれば戦争したくても出来なくなるでしょ?」
「!!」
目からウロコだった。
それは今までの彼の常識からかけ離れていた。
今まで彼は、自国の民を飢えさせないためには、より良い土地を手に入れる必要があると学んできた。
だが彼女は、互いに手を取り合って、自国を発展させることにより平和を勝ち取ろうとしていた。
その夜……
――パアァァァァン
「ぐっ……」
遠くから響いて来た音と共に、腕に走った激痛に、草むらの中を進んでいたコエリーオ王国隠密部隊の猫人の一人が腕を抑えた。
「大丈夫か?」
心配そうに覗き込む仲間に、その猫人は首を横に振る。
「いや、骨をいっちまってるにゃ。私はここに残るにゃ、悪いけどお前らだけで行ってくれにゃ」
仕方が無かった。
怪我人を連れて敵の陣地に忍び込むのはリスクが高すぎるのだ。
「分かった。しかし、ツイてないな。闇雲に放った攻撃が当たる……」
――パアァァァァン
「ぐうっ」
話の途中で豹人が痛みに顔を歪めて腕を抑えた。
「まさか……見えているのか?」
――パアァァァァン
「くっ……」
三人目も腕を抑える。
偶然ではない。
敵は確実にこちらを狙っている。
しかも、わざわざ腕を狙って、こちらの動きが細部にわたって確認できていること、そして向こうからは精密な攻撃が可能なことを示しながら。
「くそっ!退くぞ」
暗視スコープの存在を知らない彼らは、カデン軍のその奇妙な技に底知れぬ恐怖を感じた。
「隠密部隊もダメか!」
任務の失敗を聞いて、将軍は激しく机を叩く。
「将軍、落ち着いて下さい。まだ手はあります」
近くにいた将校の言葉に彼はハッとなり、頭を切り替えた。
「そうだな。とにかく東の死神が国王様の正体に気付く前に、確実に奪還しないと」
そして、その日も夜遅くまで彼らは作戦計画を練っていた。
◆ ◆
『私、コエリニア』
翌朝、テレビに映し出されたコエリーオ王は進化していた。
そう、進化だ。
なんと彼はワンピースを着させられていた。
いつまでも寝巻のままにする訳にはいかないと、フォーリィが、戦闘服の補修のために連れてきていた職人に頼んで作らせたのだ。
それを観ていたホーズア国王、ラントゥーナ補佐官、クリザテーモ北カデン内政担当など関係者たちは苦しそうな表情で、片手で顔を覆った。
そしてコエリーオ王国軍の仮の砦では……
「くそぉぉぉ!何たる侮辱!」
将軍が顔を真っ赤にして激怒していた。
「将軍。明らかにおかしいです。彼女一人ならともかく、カデン軍の全員が兎人の男女の見分けがつかないなんて、あり得るでしょうか」
言われてみれば、そうだった。
彼女が間違えていたとしても、周りの者はそれを正すだろう。
なら何故それを放置している?
「まさか……国王様の正体に気付いていて、わざと……」
そうなると、隠密裏に奪い返すなどと悠長なことは、やっていられなかった。
「全員で出るぞ!」
その言葉に、全員が弾かれたように動き出した。
そして第一防衛ラインでは、カデン軍の兵士たちが噂話をしていた。
「おい、伯爵様が連れ回っているウサギは……」
「ウサギじゃなくて兎人な。そこ間違えると伯爵様を怒らせるぞ」
「ご、ごめん。今の聞かなかった事にしてくれ」
「いいよ。それで兎人な。言いたいことは分かる。あれはどう見ても男だ」
「何で気付かないのかな」
「伯爵様は、どうも他種族の事をあまり知らないらしい。セントラル・シティに集まっているドワーフ職人たちも全員、高齢者ばかりだと言っていたらしいぞ」
「マジか?誰も教えてやらないのか?」
「お前が教えてやれよ。俺は嫌だぞ」
「お、俺も嫌だよ。怒らせたら怖いし」
誰も彼女に教えてくれなかった。その兎人が男だということを。
その頃フォーリィは、モニタールームで敵の動きに注意していた。
すると突然、魔道音伝器の呼び出し音が鳴る。
彼女はポケットから魔道音伝器を取り出すと、魔力を流した。
「もしもし。どうしたの?ラントゥーナ」
『どうしたの?じゃ、ありません!』
いきなり、ラントゥーナの怒鳴り声が響いて来た。
『伯爵様が今、膝に抱えている兎人は……』
「ゴメン!敵の大軍がこちらに向かって動き出した。暫らく連絡できないから」
『ちょっと!伯爵様……』
フォーリィは魔道音伝器の魔力を切ると、ポケットに入れた。
「今回は全軍をもっての総攻撃?」
彼女は敵を迎えるべく、色々と指示を出していった。




